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絵を見るってどういうこと? 本物じゃないフェルメールから考える

絵を見るってどういうこと? 本物じゃないフェルメールから考える

杉原環樹
撮影:相良博昭
2015/04/30

最先端テクノロジーによる複製画によって、絵画への理解は「本物」よりも深まる?

複製を通じた「本物」の価値のアップデート。その面白さに気づき始めた取材陣に、「そうした試みは、世界的な動きでもある」と二人は言います。

野口:先端的な技術を使って過去の絵画の複製に取り組んでいるのは、実はわれわれだけじゃないんです。たとえば国内では、東京藝術大学に「油彩画の3Dを含めた完全複製」というプロジェクトがあります。3Dプリンターでゴッホなどの名画を立体的に模造して、その凹凸に油絵の具で彩色していくというものです。「本物」は時が経てば必ず劣化し扱いにくくなる。しかし、こうした本物に近い複製画ならば、理論的にはいくらでもコピーでき、展示も販売も可能になります。気軽に触ることもできますよね。

『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』展示風景

これまでは視覚的に読み取るしかなかった絵画のマチエール(肌合い)を、気兼ねなく触覚的に感じられるとは、なんとも夢が広がる話です。そこからは、名画の新たな側面がたくさん見えてくるでしょう。高度なスキャ二ング技術と3Dプリンターを組み合わせた同様の試みは、アムステルダムのゴッホ美術館や、デルフト工科大学の研究者ティム・ザーマン率いる研究チームなどによっても進められ、一定の成功を収めているようです。

木村:高度な複製画の制作や、今回のようなまとまった数での展示には、「教育」という目的もあるんです。日本ではいまだに教科書を使って画家や潮流の名前を暗記するスタイルが一般的ですが、ヨーロッパの小中学校などでは複製画を通した学習が盛んに取り入れられています。これも、「知識」より「理解」を重視するからでしょう。また今後、技術がより進めば、従来にはない新しい作品経験の形も登場するかもしれません。たとえば今でも、3Dプリンターで立体物の凹凸を再現する試みはありますが、次は凹凸といったレベルを超えて、それを3Dで空間的に展開するような展示も出てくるんじゃないでしょうか。つまり作品のなかの世界を、仮想的に体験できるような展示です。

AR(拡張現実)プログラムでの、より能動的な鑑賞体験

今回の展示には、AR(拡張現実)技術を使った試みの萌芽も見られ、いくつかの作品では実際にスマートフォンを使ったARプログラムを通しての鑑賞ができます。これは、作品の脇に添えられたQRコードをスマホの専用ARアプリ「Junaio」で読み取ると、カメラからのリアルタイムの映像上に作品をより深く理解するためのさまざまなCGが現れる、というもの。たとえば、オリジナル作品と複製画の色彩を比較できたり、3DCGでバーチャルに再現された作品空間に画面上で入り込めたり、遠近法の消失点から逆算して明らかになったフェルメールの視点を追体験できたりというような、CGとARの組み合わせによる新しい美術体験プログラムが提供されています。

画面中心の円の中がオリジナル作品の色彩、円の外がリ・クリエイトで再現した制作当時の色彩
画面中心の円の中がオリジナル作品の色彩、円の外がリ・クリエイトで再現した制作当時の色彩

「見る」という視覚的な作品経験から、「触る」や「(作品内へ)入る」といったより触覚的な作品経験へ。絵画をはじめとする美術鑑賞のあり方は、いま大きく変わろうとしているのかもしれません。「ただし」と木村さんは言います。

木村:そこには注意も必要です。技術の進化を無批判に活用するだけでは、たとえ新しい鑑賞が可能になっても、それは「遊び」のひとつに過ぎなくなってしまう。今回のような試みにおいては、画家本人やオリジナル作品とは関係なく新たな「意図」が作られることがあってはならないわけです。それを避けるためには、当然のことですが、今回参考にしたような修復家の地道な作業データや、歴史研究の蓄積といった、従来からの学問との並走が必須です。それらが混じり合うところに、本当の意味での新しい「価値」の発見はあるんです。

フェルメール『合奏』(オリジナルは1990年に盗難にあって以来行方不明)
フェルメール『合奏』(オリジナルは1990年に盗難にあって以来行方不明)

「Junaio」を通じて見たフェルメール『合奏』

当時、最先端の「カメラ・オブスクラ」(カメラの元となった光学装置)を使って絵を描いたとも言われるフェルメール。そんな彼の絵に潜んだ真実を、最新の画像処理・印刷技術や、3DCG、ARといったデジタル技術を組み合わせて解明し、伝えようとする現代の人々。そこにはたしかに、「本物」を見たり見せたりすることとは別の次元での、芸術に対する誠実さがあるように思えます。それでは、このプロジェクトの、今後の展開はどのようなものなのでしょうか。

野口:今後も全国各地の会場で展示を行うことで、フェルメールの作品を身近に感じ、理解してもらい、複製画の展示のおもしろさや可能性を知ってもらうことが目標です。僕もこのプロジェクトに関わってはじめて、複製画を肯定的な眼で見られるようになったんです。それを、来場者の方々にも感じていただきたいんです。また、フェルメール以外の巨匠の絵画作品にもこの動きを広げられるのではと思うと、ワクワクします。

「本物はいいものだ」。たしかにそれはそうでしょう。ただし、そこから「複製画は劣っている」と決め付けているとすれば、もしかしたらその人の作品経験は、それを受け入れる人よりも、ひょっとしたら貧しいものになってしまっているのかもしれません。オリジナルから物理的には離れた、技術が可能にする複製(リ・クリエイト)の経験の中に、実はより深い「本物」に対する理解への道が隠されているかもしれないのです。

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イベント情報

『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』

2015年3月13日(金)~6月30日(火)
会場:東京都 銀座 永井画廊
時間:11:00~18:00
休廊日:火曜(ただし5月5日、6月30日は開廊、5月7日は休廊)
料金:大人1,000円 子ども・中学生500円

プロフィール

ヨハネス・フェルメール

1632年生まれ、1675年逝去。レンブラントと並び、17世紀のオランダ美術を代表する画家とも言われており、現在でもファンは多い。代表作に『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『絵画芸術』など。現存する作品点数は、研究者により異同のあるもの含めて33~37点とされている。また、43年間の生涯のほとんどを、故郷デルフトで過ごした。

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