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絵を見るってどういうこと? 本物じゃないフェルメールから考える

絵を見るってどういうこと? 本物じゃないフェルメールから考える

杉原環樹
撮影:相良博昭
2015/04/30

「本物」信仰にもの申す? 複製画によって、名画の鑑賞はもっと身近に

「リ・クリエイト」のプロジェクトを進めるにあたり、会場候補には各地の公立美術館も含まれていたそうですが、これまではなかなか実現には結びつきませんでした。それはいったい、なぜだったのでしょうか。

野口:おそらく、美術館とは「本物」を見せる場所である、という認識が強いのではないかと推測します。もちろんそれは大事なことですが、実際に巡回展示をしてみると、美術作品に馴染みがない人からフェルメールのファンまで、来場者からは驚くほど否定的な意見が少ないです。もしかしたら、作品の送り手側の美術館と、受け手側の鑑賞者との間に、意識のギャップがあるのかもしれません。受け手側は、オリジナルではなく複製画であっても、「作品をより理解できる場」を求めているのかもしれない。本展では、福岡さんが「全作品を年代順やテーマ別に鑑賞することができ、そしてそこからフェルメールの思考の軌跡を追体験できる」といった、複製画展示のメリットを事前にきちんと説明しているので、そこに対しての反発が生まれないのだと思います。

「遠近法」というテーマにそって展示された作品群
「遠近法」というテーマにそって展示された作品群

たしかに今回のような展示は、美術の専門家からはなかなか出てこない発想だとも思えます。もちろん、オリジナル作品を前にしたときの喜びや、そこからしか感じることのできない経験があることは間違いありません。しかし、その価値を尊重し強調するあまり、「本物を見せた」ことが送り手側の免罪符になったり、その反対に、たとえ一瞬であっても「本物を見た」という事実のみが記憶に残ったりするような鑑賞体験が、果たして理想的と言い切れるのか。その「本物」信仰を、フェルメールの熱狂的な鑑賞者であり、美術の専門家ではない福岡さんが軽やかに飛び越えてしまったというのは、面白い現象だと感じます。

木村:日本の美術鑑賞のあり方への違和感も、今回のプロジェクトの側面にあるんです。たとえば最近、フェルメールの初期作とされる『聖プラクセデス』が東京・上野の国立西洋美術館に寄託され、常設展示のひとつとなりました。つまり、フェルメールの「本物」がいつでも見られるようになったのです。ところが、この寄託に関してはあまり大々的に報道がなされなかったために知る人ぞ知る事実となり、その一方で現在開催中の企画展の方は、大々的に告知をしているため、観客が押しかけている。そうした現象を見ると、日本人にとって絵画を見ることは未だに「イベント」にすぎないのではないか? とも思えてしまいます。ヨーロッパの美術館では、常設スペースにあるフェルメール作品は、いい意味で気軽に人々に愛されています。今回の複製画展示は、そうした親しみある作品経験をしてもらうための試みでもあるのです。

展覧会場でも流されている、福岡さん出演のマウリッツハイス美術館のプロモーション映像には、この「気軽さ」や「親しみ」の感覚がハッキリと表現されています。映像の前半に映るのは、『真珠の耳飾りの少女』の複製画を自室で楽しむ福岡さん。ところが後半では、その「自室」の側がオリジナルの絵画が飾られる美術館の展示空間に仮設され、つまり複製画の位置に「本物」の絵画が置きかえられ、そこに福岡さんが招かれます。「本物」と「複製」の間の絶対的な区別が曖昧化され、絵画を見る喜びそのものが浮き上がる。ここにはそんな、さりげなくも核心的な演出が見られます。

マウリッツハイス美術館 プロモーション映像『The real Girl with a Pearl Earring』

描かれた当時の姿を取り戻すことによる「新たな発見」

ところで鑑賞者の中には、オリジナルのフェルメールを知らない人たちも多いはず。「リ・クリエイト」を鑑賞するうえで、とくに見てほしいポイントはどこなのでしょう。

野口:僕のおすすめは、何よりも「色」ですね。たとえばフェルメールがよく使う色にラピスラズリ(海の青のような瑠璃色)があります。これはほぼ、アフガニスタンの一部の地域でしか採れない鉱石を原料としていて、とても高価な顔料なんです。フェルメールの妻は比較的裕福な家庭の出身だったのですが、フェルメールはその家の財産を食い潰すほど、この色にのめり込んでいたと言われます。ラピラズリの色の再現は、今回とくに力を注いだ部分のひとつで、フェルメールのこだわりを直に体験していただけるのではないかと思います。

木村:僕らも作業をしながら、いろんなことにあらためて気づかされたんです。フェルメールの作品をめぐってはさまざまな論争があり、そのひとつに、制作年が近い『青衣の女』『天秤を持つ女』『真珠の首飾りの少女』のモデルは妊婦なのではないか? といったものがあります。今回画像をクリアにしていくなかで、『真珠の首飾りの少女』の窓の片隅に卵が描かれていることが見えてきて、ハッとしました。つまりこれは、一種の受胎告知の場面なのではないかと。オリジナル作品では見えにくい細部がじっくり見られることで、こうした謎解きの楽しみも倍増しているのではないかと思います。

フェルメール『青衣の女』(リ・クリエイト作品)
フェルメール『青衣の女』(リ・クリエイト作品)

フェルメール『真珠の首飾りの少女』(リ・クリエイト作品)
フェルメール『真珠の首飾りの少女』(リ・クリエイト作品)

オリジナル作品が変わらぬ姿でひとつの場所にあり続けたとしても、それを取り巻く技術の発展によって、人々の見方が変わり、作品の姿も作者の意図も動き続ける。ただ「本物」を壁に飾ることだけが作品の価値を伝える手段ではなく、技術によって可能になったことを積極的に会場に持ち込み、鑑賞者に新しい「情報」を与えることで、作品の魅力を再発見してもらう道もあるのではないか。そんな「本物以外の展示」の可能性が見えてきました。

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イベント情報

『「フェルメール 光の王国展」~フェルメール作品に隠された3つの秘密~』

2015年3月13日(金)~6月30日(火)
会場:東京都 銀座 永井画廊
時間:11:00~18:00
休廊日:火曜(ただし5月5日、6月30日は開廊、5月7日は休廊)
料金:大人1,000円 子ども・中学生500円

プロフィール

ヨハネス・フェルメール

1632年生まれ、1675年逝去。レンブラントと並び、17世紀のオランダ美術を代表する画家とも言われており、現在でもファンは多い。代表作に『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『絵画芸術』など。現存する作品点数は、研究者により異同のあるもの含めて33~37点とされている。また、43年間の生涯のほとんどを、故郷デルフトで過ごした。

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