カンヌ受賞作公開直前 黒沢清監督インタビュー

9月27日(土)より、恵比寿ガーデンシネマ他にて公開が始まる黒沢清監督の新作『トウキョウソナタ』は、「真っ向から親と子のドラマ」を描いた自身初めての作品となった。キャストに香川照之、小泉今日子、役所広司など、日本が誇る演技者たちを迎え、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞した。われわれが「家庭の中で抱えている小さな問題」が、「世界の問題でもあった」ことを証明した本作は、まさに黒沢氏でしか創り出すことのできない、独自の魅力をたたえている。このたび、作品に込めたさまざまな「チャレンジ」について、じっくりとお話をうかがった。

演技における新鮮さを大事にしています

―黒沢清監督の新作『トウキョウソナタ』は、父親、母親、長男、次男の四人家族の人間模様を中心にした物語ですが、誰もが楽しめる素晴らしい作品で、とても感動的でした。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞されたのも記憶に新しいですが、さらに去る7月10~20日、インドのデリーにて開催された「オシアンズ・シネファン 第10回アジア・アラブ映画祭」コンペティション部門で、『トウキョウソナタ』が大賞を受賞しましたね。率直なご感想はいかがでしょうか?

黒沢:映画祭に僕の映画が出品されていることは知っていたんですが、賞の対象になっているとは全然知りませんでした。受賞したという知らせを受けて、非常にびっくりしましたね。一等賞をもらうのは初めてなので、単純にうれしいのと、やや気恥ずかしい気持ちがあります。他にどういった作品が出ていたのか把握していないんですけれども、『トウキョウソナタ』は絢爛豪華でインパクトがあるわけではなく、地味な部類の映画ですので、大賞は気恥ずかしいですね。おそらくインドでは、家族に対する考え方が、日本とは欧米以上に違うだろうと想像しますが、この映画を楽しんで見ていただけたのであれば、非常にうれしいことですね。

『トウキョウソナタ』

―主要キャストをはじめとして、役者の演技が素晴らしかったですね。監督から役者たちに、具体的になにか言葉をかけるようなことはあったのでしょうか。

黒沢清監督インタビュー

黒沢:いや、特にないですね。全面的に信頼していますので。信頼している、ということが、たぶん一番大きな役目だったと思います。演技をする位置だとか、時間の配分だとか、最低限の段取りしかしていないですね。それが、役者さんが力を出すためには、一番いいんじゃないかなと思います。これまでの経験では、何か言うとろくなことがないんですよ(笑)。素晴らしいことが言えれば、もちろんいいんでしょうが。

―役者による脚本の解釈を、なるべくそのまま活かす、という方法なのでしょうか?

黒沢:基本的にはそうですね。演技における新鮮さ、というものを大事にしていますので、テストもあまりしないです。俳優が安心した状態で自由に、あまり考えずにふっとやってしまうことを活かしたいですね。何度もテストをやって相手の出方がわかってしまうと、演技が固まってきてしまいますが、僕は演技以前に、役者がふっとやってしまうことをなるべく取り入れたいんです。もちろんセリフは書いてある通りのものをやってもらうんですが、ある種の即興性というか、初めて口にするときの新鮮さを大事にしたいんですね。

四人の登場人物の誰かには、必ず共感できる部分がある

―小柳友さんが演じられた長男の役は、いまの若者の気持ちをリアルに表している面があると思います。世界に対して、何か役に立ちたいと考えたとき、彼の行動はひとつの選択肢としてあるのかもしれない、と感じる観客もいるかもしれません。黒沢さんは、若い観客の方に対して、どのような思いをお持ちでしょうか?

黒沢清監督インタビュー

黒沢:ぜひそれは、できるだけ若い方に見てもらいたい、というのが僕の願いですね。若い方が飛びつく作品に仕上げるのは至難の業なんですが、映画は若い人が見るべきだろうと。あんまりこういうことを言うと問題かもしれませんが、映画館が年寄りで満員になるよりは、若い方で満員になるほうがうれしいですよね(笑)。それは単純に、若い方のほうが物理的に長く僕の映画を記憶にとどめてくれるから、という理由もあるんですけれども、この映画に関して言えば、長男を理解して、彼に乗っていただければ、それでもう全然OKなんです。彼は途中でいなくなってしまうし、出番は四人の中では一番少ないかもしれませんが、じつはこの家族全部を引っ張っている存在なんです。

―それは、どのような意味においてでしょうか?

黒沢:ある意味では彼だけが、家族の一員でありながら全くかけ離れたところに突っ走っていき、家族を外部から見ている。僕が一番思い入れのあるキャラクターなんですよ。変な話ですが、脚本を書いていて、彼についての話が大きくなりすぎてしまったのを、削ったくらいなんですよ。これでは家族の話ではなく、彼の話になってしまうと。最初の脚本では、彼が中東に行って戦っている光景も撮ろうとしていたんですけれど、実際には撮影が難しいことと、中東の話が面白くなりすぎると家族の話ではなくなるので、控えたわけなんです。一応、家族を均等に描いているつもりですし、年齢も性別もバラバラな四つのタイプの人間がいるので、ある意味では四つのオムニバスの話が絡み合っているとも言えます。老若男女問わず、四人の中の誰かには必ず共感できる部分があって、あ、これが自分かな、と少しでも思っていただければ、この映画は急に見やすくなると思います。若い方には長男を、と特に決めているわけではもちろんありませんが、僕にとっては大きい、主役級の人間なんです。

―小泉今日子さん演じる母親が、長男と別れる場面では、いつの間にか成長し、家族の外部になってしまっているかのような長男にびっくりしているように見えました。

黒沢清監督インタビュー

黒沢:そうですね。小柳くんも本当に素晴らしい演技をしてくれました。真面目ではあるが一種の反逆児だという強烈なキャラクターで、かなり大胆なセリフも言っているんですが、小柳くんがすごく素直に、純粋に演じてくれたんですね。僕が想像していたよりも、長男という役をさらに大きくしてくれました。「こいつはひょっとして、家族のことを全部分かっているんじゃないか」と。母親に「離婚しちゃえば?」と言うシーンがありますが、脚本の時点ではカマをかけるようなセリフだったものが、心底から言っており、それにより母親は動揺する、といったふうに見えますよね。それは彼が持つ落ち着きと、純粋さがそうさせたのかな、と思いました。

人間を、可能な限りたくさん出したい

―次にキャスト以外のことについてもお聞きしたいのですが、映画の冒頭は、四人家族の住む街に嵐がやってきて、家の中にある新聞紙やマンガ雑誌が、風によってパラパラとめくられるというシーンですね。あたかもモノが生命を持っているかのような、ある種の不気味さを感じさせるシーンだと思いましたが。

黒沢清監督インタビュー

黒沢:そうですね…、僕は取り立てて要所要所で怖くしてやろうとは思っていないんですが、習性からそうなってしまうんでしょうかね。ただ、この映画では、四人家族の持つ「危うさ」を出そうとは努力しました。彼らはギリギリのところで家族であることを保ってはいますが、ちょっとしたきっかけで、すぐにバラバラになりかねない。なんでもない会話や食事の光景、またはなんでもない部屋を映していても、少しでもなにかが起これば、この家だって廃墟になってしまいかねない。ただ、僕の場合は、常識的なところよりはちょっとやりすぎてしまうので、異様な不気味さをたたえてしまうのかもしれません。

―黒沢さんは、『映画はおそろしい』(青土社)というご著書の中で、映画制作はロケ地にひきずられるものだとおっしゃっていますね。ロケ場所から得るインスピレーションが、映画を自分が撮ろうと思っていたものから全く異なるものにしてしまうことがある、と。『トウキョウソナタ』では、ハローワークや食料の配給場所など、変わった印象を受ける場所がいくつか登場しますが、何か監督ご自身に訴えかけてくる魅力があったのでしょうか。

黒沢清監督インタビュー

黒沢:おっしゃるように、場所に左右されている面はありますね。こんな場所なんだから、こんな風に人がいたほうがいいんじゃないだろうかだとか、カメラをここに置きたいから、人はここにいないと映らないだとか。いまご指摘されたシーンについては、可能な限り人をたくさん出すというチャレンジをした場面なんです。これまでの作品では、ある場所でうごめく人々は、だいたい主人公だったわけです。それ以外には、誰もいない。ですが、今回はできる限り、主人公以外の人をゾロゾロと配置したんですね。そのことで、より奇妙な感じが強調されたのかもしれません。エキストラが100人以上いらっしゃることもあり、慣れていないので難しかったのですが、面白い体験でした。

―なぜ、人をたくさん出そうとしたのでしょうか?

黒沢:これまでの作品で、人をあまり出してこなかったので、飽きてしまったんですね。ホラー映画を作ることが多かったので、誰もいない街という設定は不気味で効果的でしたが、この映画ではホラー色をなるべく消したかったんです。

撮影の面白さは「不自由さ」にあるんです

―また今回の作品で、家族が食卓をかこんで食事をするシーンなど、家の中を非常に美しく撮影されていて、画面の力にとても心を動かされました。どんな工夫をされたのでしょうか?

黒沢清監督インタビュー

黒沢:じつは、家族が住んでいる家の中はセットなんですよ。外側は本物ですけれども。僕は、セットの撮影って、基本的には好きじゃないんです。なぜなら、先ほども話題になりましたが、あるロケ場所に行って、その面白さを発見する、といった体験ができないからなんですよ。ここってこうなってるんだ、面白いな~というのを発見して、撮影当日の天候や気温、風が吹いたり、思わぬところに陽が差し込んできたり、周囲のいろいろな影響を受けて、ひとつひとつのカットが豊かになっていくのが撮影の面白さなんですが、セットではそれがないんです。扇風機を回さないと風は吹きませんし、明かりをつけないと真っ暗で、雨も降らない。そこで今回は、セットでありながらも、可能な限りセットではないかのように撮ったんですよ。天井も全部作ったんですが、昼間は外から太陽が差し込んでいる設定にして、人工の光を太陽の光のように見せました。カメラは、窓の外や柱の向こうなど、障害物が多くて撮影しづらいところに置き、アングルを一生懸命探しながら撮ることにしました。この不自由さが、豊かさにつながっていると思っています。そういったあたりを見ていただけると、本当に嬉しいですね。

―それでは最後の質問ですが、黒沢さんは「映画史的に正しい」映画について言及されることがありますね。この映画を作られる上で、そういったことを意識された点はありますか?

黒沢:そうですね、なにか理屈を超えた形で、ある祝福がこの家族の上に訪れるという、それはつまり音楽ということなんですが、観客の方にはぜひ理屈を超えたある感覚によって、何かを感じ取っていただければうれしいです。映画の正しさって理屈だけではなくて、感覚的な正しさもある。この作品がそうなっていればとてもうれしいですね。

作品情報
『トウキョウソナタ』

2008年9月27日(土)より恵比寿ガーデンシネマ他にて公開
監督:黒沢清
脚本:Max Mannix、黒沢清、田中幸子
出演:
香川照之
小泉今日子
小柳友
井之脇海
津田寛治
井川遥
役所広司
ほか
2008年/日本、オラン

プロフィール
黒沢清 (くろさわ・きよし)

1955年7月19日兵庫県生まれ。立教大学在学中より8mm映画を撮り始め『しがらみ学園』で1980年度ぴあフィルム・フェスティバルの入賞を果たす。その後83年に『神田川淫乱戦争』でデビューし、『勝手にしやがれ!!』シリーズ(95~96年)や『復讐 THE REVENGE』シリーズ(97年)等を監督。97年に『CURE』を発表し、その後も『大いなる幻影』(99年)、『カリスマ』(00年)、『アカルイミライ』(03年)などを立て続けに発表し、今回08年公開の『トウキョウソナタ』で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞した。



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