「UKダンスの牽引者」ホフェッシュ・シェクター インタビュー

ドラムが刻むビートが劇場を揺らし、光の洪水と突然の闇が観客に緊張感をもたらす。そんな無二の体験を与えるダンス作品を携えて、UKダンス・シーンに突如あらわれた衝撃的な振付家、ホフェッシュ・シェクター。彼の来日公演が、6月25日から3日間、彩の国さいたま芸術劇場にて行われる。映画、音楽、アートなどさまざまなジャンルから影響を受けてきたという彼が、ダンスという芸術ジャンルに見る可能性とは何か。本人に行ったメールインタビューにて、「総合芸術」であるダンスの奥深い魅力を実感していただきたい。

(インタビュー・テキスト:小林宏彰)

精神的に成長できたダンスの経験

─ホフェッシュ・シェクターさんは、イスラエルの著名なカンパニー、バットシェバ舞踊団でキャリアを積まれたわけですが、イスラエルはコンテンポラリーダンスが盛んなことで有名ですね。まずは、ダンス表現との出会いから教えていただけますか?

HS:踊りは学校で始めました。イスラエルの学校では週に1回、民族舞踊のクラスがあって、子どもたちは皆それを受けるんです。学校の先生にイェルサレムのユース・フォークダンス・カンパニー(子どもたちで構成される民族舞踊団)に入るよう勧められて参加し、そこでイェルサレムにダンス・アカデミーがあることを知って入学しました。

「UKダンスの牽引者」ホフェッシュ・シェクター インタビュー
『Uprising』 Andrew Lang

─アカデミーでは、どのような勉強をされたのでしょうか。

HS:初めて「真剣な」ダンスレッスン、つまりクラシックやモダンダンスといった踊りの勉強をしたのですが、それは新しい世界への扉でした。身体的な訓練はもちろん、精神的にも大きな挑戦であり、素晴らしい経験だったんですね。実は、それまで私はとても内向的で人見知りな性格だったのですが、アカデミーでダンスを学ぶことを通して、周囲の人たちとの関係のなかで存在する自分というものをより自然に感じられるようになりましたね。

─その後、ダンサーや振付家としてのキャリアを積まれていくわけですが、ダンスの道に進んだ決め手を教えてください。

HS:振り付けを始めたのは、実はちょっとした好奇心からでした。それまでもダンサーであり、ミュージシャンとしても活動していましたが、創作欲が完全には満たされていないことに気づいていたんです。そこで、1ヶ月の休暇がとれた時に、じゃあ何か小さな作品でもつくってみようと思って実験を始めたんですね。デュエットを振り付けて何度か上演してみたのですが、それがきっかけで、ロンドンのプレイス・シアターにアソシエイト・アーティストとして招かれることになりました。将来的にどうなるのかはわからなかったけれど、とにかく1年間、振り付けに専念することにしたのです。この経験が大きなキッカケになり、振付家として成長していきました。

驚き、悲しみ、希望。それがダンスのインスピレーション

─それでは、作品についてお聞きします。『Uprising』では、幕開けの場面から、観客は激しい音とダンスのうねりに巻き込まれますね。このように、観客に「思考すること」ではなく、「皮膚で感じること」によって作品に接してもらいたいと考えていらっしゃるのでしょうか。



HS:ええ、私は作品をつくるときはいつも、そこにエモーショナルな世界をクリエイトしたいと思っています。観客の皆さんは少し混乱するかもしれませんが。 つまり、整然とした分析とは対極に位置するような経験をしてもらいたいと思っているんです。センセーション(知覚)とエモーション(感情)。このふたつが、ダンスをこんなにも豊かにしているのだ、と私は思っています。ダンスという表現手段についてあまりにも厳密に定義しようとしてしまうと、その魅力を損なうおそれがあるのです。

─『In your rooms』では、シェクターさん自身による、現代人の感じるストレスを題材にしたナレーションを被せる演出が特徴的です。シェクターさんが作品を創作される上で、現代社会に起こっている様々な出来事が内容に影響しているのでしょうか? また、もし影響していたとすれば、それは特にどんな出来事でしょうか。

「UKダンスの牽引者」ホフェッシュ・シェクター インタビュー
『Political Mother』Tom Medwell

HS:私自身も、私がつくる作品も、私という個人の社会におけるさまざまな経験に影響されているのは明らかですね。人が相互に関わるその行為のなかに、私は実に多様な感情を見いだします。興味、驚き、悲しみ、希望、感傷…。どのように人が関係し合うのか、その動機は何なのか。それが私の創作のインスピレーションの源です。

─また、作品をつくる上で、音楽が重要な要素となっていますね。ご自身もバンドのドラマーであり、ボディーパーカッションや作曲もされていらっしゃるわけですが、音楽についてどのような意識を持って創作されていますか?

HS:私は作品をつくるとき、振り付けと音楽を同時進行でつくっていきます。2つの要素は等しく作品の核になり、それぞれのエネルギーがより強力になりながら、舞台の雰囲気をつくりだすんですね。つまり、音楽はダンスをささえ、ダンスにインスピレーションを与える、そしてダンスは音楽をささえると同時に、音楽のインスピレーションになります。



観客を「自由」へと解き放つダンス

─近年のアートには、個人の内面に閉じこもったような表現も数多く存在しますね。しかし、ダンスにとって重要なのは、ダンサー同士や観客に対する「開かれたコミュニケーション」ではないかと思います。シェクターさんは、自らの表現を「開かれた」ものにしようという意識はありますか?

HS:もちろん、そう思っています。コミュニケーションとは、言葉を交わさなくてもわかりあえると感じられることです。それはとても特別な感情だと思っています。

─作品を演出される際に留意していること、ポイントとしていることを教えていただけますでしょうか。

HS:フォーカス(集中すること)とケアレスネス(不注意であること)の絶妙なバランスですね。それから、自然にわきあがるエネルギー。こうした要素に気をつけながら演出を行っていますね。

「UKダンスの牽引者」ホフェッシュ・シェクター インタビュー
『Uprising』 Gabriele Zucca

─尊敬する、あるいは刺激を受けたアーティストを教えていただけますか?

HS:そうですね、私には尊敬するアーティストがたくさんいます。ダンスのジャンルであれば、オハッド・ナハリン(バットシェバ舞踊団芸術監督である世界的振付家)、ウィリアム・フォーサイス(現代における最も先鋭的な振付家)、ヴィム・ヴァンデケイビュス(ベルギーの振付家)、マッツ・エック(スウェーデンの振付家)、ピナ・バウシュ(演劇とダンスを融合させた独自のダンス作品「タンツ・テアター」を展開)、アラン・プラテル(ベルギー出身の振付家)などです。非常に多くのものを学ばせてもらった,、私にとって非常に重要な芸術家たちです。

それから、私の舞台は映画からも大きな影響を受けています。イメージの編集や音の使い方など、現代のストーリー・テリングの手段として、映画はとても魅力的なメディアだと思います。特にスタンリー・キューブリックやチャーリー・カウフマンの作品はとても刺激的ですね。

─では改めてお聞きしますが、ダンスの持つ独自の魅力とは何だと思いますか?

HS:とても難しい質問ですね…。ダンスがこんなにも素晴らしいのは、言葉で説明することができないからこそ、なのですから。

─では最後に、シェクターさんの作品を初めてご覧になる日本の若い観客に対して、どんなことをお伝えしたいですか?

HS:作品を見ることで、何かしらの「自由」を感じていただきたいので、ぜひ心を解放してご覧になっていただきたいと思います。

イベント情報
ホフェッシュ・シェクター
『Political Mother ポリティカル・マザー』

2010年6月25日(金)〜6月27日(日)※計3公演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
振付・音楽:ホフェッシュ・シェクター
出演:ホフェッシュ・シェクター・カンパニー(ダンサー10名 ミュージシャン8名)

料金:S席5,000円 A席3,000円 学生A席2,000円
※ 25日の公演終了後、ホフェッシュ・シェクターによるポストトークを開催
チケット取り扱い:
彩の国さいたま芸術劇場 0570-064-939(10:00〜19:00、休館日を除く)
インターネット予約モバイルサイト予約
チケットぴあ(Pコード:402-924)
e+

プロフィール
ホフェッシュ・シェクター

ダンサー、振付家、作曲家。イスラエルを代表する世界的ダンス・カンパニー、バットシェバ舞踊団にてダンサーとして活躍。同時に打楽器奏者としての訓練も受ける。2002年イギリスに移り、『Uprising』(06年)、『In your rooms』(07年)で一躍UKダンス・シーンの先導的地位を確立した。08年カンパニー結成。同年、英国ダンス批評家賞最優秀振付賞を受賞。サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)アソシエイト・アーティスト。ブライトン・ドーム(ブライトン)に創作の拠点を置く。



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