ボーカロイドからリアルボーカルへ 古川本舗インタビュー

どことなく懐かしさを感じる人もいるかもしれない。みずみずしい心地よさを感じる人もいるかもしれない。どちらにしろ、聴き手を優しく包み込むような、ゆっくりと染みていくような、良質なポップソングが詰まっている。それが古川本舗によるセカンドアルバム『ガールフレンド・フロム・キョウト』だ。透明感のあるアコースティックサウンドをボーカロイドに活かした作品群でニコニコ動画で一躍話題になったサウンドクリエイターだが、もともとエレクトロニカやポストロックをルーツにしたバンド畑出身。本作ではすべて実在のボーカリストを起用している。ネットミュージックシーンなどによりDIYで世に出る才能が珍しくなくなってきた昨今だが、そのまっただ中で活動する彼と、音楽の話から「好きなことを仕事にすること」という普遍的なテーマまで、幅広く語り合った。

プロデューサーのコアな音楽要素をポップアイコンに乗せて出すという、そのバランスがすごく好き

―まずは、今回の『ガールフレンド・フロム・キョウト』というアルバムをどういう意識で作り始めたのかというところからお聞きしたくて。前作の『Alice in wonderword』とは違うモチベーションで作ったものだと思うのですが?

古川本舗:前回のアルバムは、それまでに作っていた曲を一枚のアルバムにパッケージしたものです。個別の世界観を持ったそれぞれの曲を、ひとつのコンセプトのもとに一枚のアルバムにまとめたという、いわばベスト盤的なものだったんです。それで今回、何を作ろうかを考えたときに、今度はちゃんとコンセプトを立てて、一枚の流れを作るようなやり方でアルバムを作りたくて。

古川本舗
古川本舗

―前のアルバムではカヒミ・カリィさんと野宮真貴さんをフィーチャーしていましたよね。このアルバムでも、advantage Lucyのアイコさんや、空気公団の山崎ゆかりさんをピックアップしていて、そこにひとつの価値観を感じるんです。渋谷系というものにひとつの筋を通しているというか。

古川本舗:そうですね。ただ、前回と今回では、ちょっと違う理由があるんです。前回は声の魅力だけでなく、ある意味パーソナリティーや存在の魅力も含めて、その人に歌ってもらうことが重要だったんです。“ピアノ・レッスン”っていう楽曲を、エレクトロニカ的な元バージョンと、もうひとつの軸として作ったジャズアレンジバージョンをカヒミさんと野宮さんに歌っていただいたんですが、それはまさに渋谷系的なものを体現してるお二方に歌ってもらえたら、すごく引き締まるんじゃないかと思ってお願いさせてもらいました。それに対して今回は、まずアルバム単体での大きな流れを作りたいという意識があったので、あくまで声の魅力でお願いしました。何曲目にはこういう曲があって、そこにはこういう声がハマってほしいという感じですね。まあ、多分に自分の好みも入ってるんですけど(笑)。

―そもそもは、ボーカロイドを使ってニコニコ動画への投稿を始めたというのが、古川本舗として曲を作り始めた活動の始まりですよね。

古川本舗:そうですね。その頃は自分の作った曲がCDになるかどうかすら考えてなかったです。もともとバンドをやってたんですけど、辞めてしばらく普通に働いていて、たまたま地元の先輩からボーカロイドのソフトを貰ったんですね。それでインストールして使ってみたら、「ああ、女の子の声出るんだ」と思って。自分が昔に作ってた曲を女の子の声で歌ったらどうなるんだろう? みたいな好奇心で使い始めたのが始まりでした。

―それで意外といけるなと?

古川本舗:ニコニコ動画もよく観ていたので、投稿してみたんです。バンドをやっていたときなんて全然お客さんいなかったですから、「1日で100人とか200人が見てるんだ!」と思うと、やっぱりちょっと楽しくなっちゃって。当時は「やべぇ、俺すごいんじゃね!?」と興奮しながらやってました(笑)。


―古川さんのサウンドはエレクトロニカやポストロックと言われますけど、どんな音楽に影響を受けてきたんでしょう?

古川本舗:大学のときに聴いてたのがDinosaur Jr.とかWeezerあたりのオルタナだったんですが、そのあたりの影響は大きいですね。攻撃的だったりアグレッシブなんだけど、でもよくよくメロディーだけを聴くとめちゃくちゃポップ、そういうものが好きですね。どこか異質なものが入っていたり、メロディーはポップなのにドラムがうるさかったり、歪んだギターが入ってたり。そういうものが微妙なバランスで成立しているものに、影響を受けてきてると思います。

―ちなみに、My Bloody Valentineは好きでした?

古川本舗:好きですね。

―mumは?

古川本舗:大好きですねぇ!

―アルバムを聴いて、90年代のマイブラと00年代のmumを経由してここに至ってる感じがしました。

古川本舗:まったくその通りです。かつJ-POPも大好きです(笑)。

―J-POPはどの辺りが好きでしたか?

古川本舗:1990年代後半から2000年初頭のJ-POPにめちゃくちゃ影響を受けてると思います。たとえば小林武史さんですとか、渡辺善太郎さんとか、プロデューサーがコアな音楽要素をポップアイコンに乗せて出すという、そのバランスがすごく好きで。ああいうところに今でもやっぱり憧れも感じます。

―そのポップアイコンというところで、ボーカロイドから実在のボーカリストに歌ってもらうことに音楽表現が移行していったのはなぜですか?

古川本舗:移行したっていう感覚はないんです。ボーカロイドが自分の中で終わったわけではまったくないんですよね。僕は声を楽器として捉えていて、実在の人の声がアコースティックボーカルだとするならば、ボーカロイドの声はエレキボーカルというような。そういうニュアンスで使い分けているんです。

暗いところから明るいところへ向かおうとする力をちゃんと表現したかった。

―今回の『ガールフレンド・フロム・キョウト』については、アルバム全体にひとつの物語があったりするんでしょうか?

古川本舗:明確なストーリーというわけではないですけれど、とにかく暗いところから明るいところへ向かおうとする力をちゃんと表現したいというのはありました。それも、劇的な変化じゃなくて、じわっとした変化でいいんです。今までは哀愁漂う世界観のものを多く作ってきたんですけれど、だんだん明るい世界観のものを作りたいと思うようになってきていて。暗いところから明るいところへ至るまでのプロセスというものを、ちゃんとアルバムで表現したかった。そういうところから曲順や、サウンドの感じや、歌詞の世界観を作っていきました。

古川本舗

―「明るさ」はどういう種類の明るさでしょうか?

古川本舗:朝5時とか6時ぐらいの明るさで、翌日の天気がわからないぐらいの感じ。明と暗の両方の要素がある感覚が今回のアルバムにはふさわしいんじゃないかと思うので、その時間帯に聴くとグッと来るんじゃないかと思います。

―『ガールフレンド・フロム・キョウト』というタイトルにした理由は?

古川本舗:今回“girlfriend”を最後の曲にしようっていうのは、最初の段階で決まっていました。自分的にもすごく大事な曲だし、タイトル曲だと思っていて。あとは、前作の『Alice in wonderword』が3ワードのタイトルだったので、今回は「ガールフレンド」を使って3ワードのタイトルにしようと思ってつけました。

―“girlfriend”という最後の曲が、アルバムの中で一番重要な曲になっているわけですよね。アルバム全体を聴いて、ここが「辿り着く場所」になっていると感じました。

古川本舗:そうですね。この曲はトランペットがまるで祝福するファンファーレのように鳴っている。エンディング的な意味もあるし、新しいことが始まりますよっていうような意味もあるし、どうしても必要な曲ですね。

―“魔法”という曲が1曲目にありますよね。“girlfriend”が到達点だとすると、この曲は出発点として置かれていると思うんですが、これはどういうイメージの曲なんでしょうか?

古川本舗:当初はこれを1曲目にするっていう考えはあまりなかったんです。でも、実際に並べてみたら、一番暗い曲だったんですよね。だんだん明るくしていくには、最初に持ってくるものは、一番暗くなくちゃいけない。とはいえ、ディープに沈みきってしまうと、辛いものになってしまうので、そこを上手くコントロールしながら作っていきました。

―ちなみに、“KAMAKURA”や“KYOTO”という地名を曲名に用いたのはなぜでしょう?

古川本舗:実は“KAMAKURA”も“KYOTO”も地名じゃないんです! そう思ってもらえるような仕掛けにしているんですけど。“KYOTO”は歌詞に<今日はもっと>という言葉があって、その省略形ですね。“KAMAKURA”は雪のかまくらのことです。この曲は、実は道ならぬ恋の歌なんです。それをかまくらっていう白いもので隠すわけですよね。外からは白く美しく見えるし、中は一応暖かいんだけど、寒々としてるものです、みたいな意味での“KAMAKURA”ですね。

―活動してきた中で見えた音楽シーンについて伺いたいのですが、古川本舗としてボーカロイドの楽曲を初めてニコニコ動画に投稿してから、約3年が経ったんですよね。何が一番変化しましたか?

古川本舗:単純に、アルバムを2枚も出すとは思わなかったです(笑)。最初に驚いたのは、ボーカロイドを通じて知り合った友達から「即売会があるからCD作りなよ」と言われたときですね。「どうやって作るのよ?」って聞いたら、「ここに頼めばいいから」ってプレス会社を教えてもらって、10万円ぐらいで作れちゃって。「あ、できちゃったよ、CD。と」。

―そういう形態が成立することがまず驚きだったんですね!

古川本舗:そう、「俺、こんなん知らなかったわ!」って。CDって誰かの許可がないと作っちゃダメなのかと思ってた(笑)。でも、よくよく考えてみたら、曲も作れるし、デザインもできるし、自分でやれないことがない、という。

―それを経て、自分でCDを作るのではなく、レーベルに所属してそこからリリースしようと思ったのは?

古川本舗:やっぱりより深いところでやりたいという気持ちですかね。流通にしても宣伝にしても、プロフェッショナルとしてやっている方々と作っていく良さに、一人でやってみて改めて気付きました。一人だと、自由にできる反面、全部自分でやらないといけないし、考えが回らないこともあります。特に今回はスタッフと何回もミーティングを重ねて作ったので、その度に「こういうやり方してみたら?」っていう提案ももらえて、それは一人でやっていたら出てこないアイデアですからありがたくて。

―アルバムでは、ちびたさんとかばずぱんださんのような、ニコニコ動画の「歌ってみた」のコミュニティーで活躍されてきた方も、Spangle call Lilli lineの大坪加奈さんや空気公団の山崎ゆかりさんのように、長くバンドシーンで活動してきた方も起用されていますよね。その両方を区別なしに声の響きだけで同じ系統に感じられるような並びになっている。

古川本舗:そうですね。そういう垣根とかはあんまり関係ないです。いいと思うか思わないか、それだけです。それは自分が強く思うことで、それぞれ出自は違うし、違うお客さんもいると思うんですけれど、それを合体させたいわけでもなくて。

―このアルバムの成り立ちからいうと、一人一人の歌い手を、ひとつのキャストとして捉えている感じじゃないでしょうか?

古川本舗:そうですね! その言い方がすごく近いと思います。映画っぽいというか、配役って感じですね。

好きなことを仕事にしていても、辛いことは沢山ある。だけど、どちらにしても給料日は嬉しい(笑)。だったらもう好きなことやってたほうがいい。

―古川本舗さんのTwitterで「仕事は何をしたって辛いことがあるので好きなことを仕事にした方が良い派」と呟いているのを見たんですけれども、何かそういうことを実感されたことがあったんでしょうか?

古川本舗:いやいや、特にそういうことがあったわけではないんです!(笑) ただ別のタイムラインで「好きなことを仕事にするのはイヤだ」っていう話を見て、あ、そうなんだって思って。それは自分の好きなことに他の人が介入してくるのがイヤで、お金が絡まないほうが、純粋に好き嫌いだけでモノが作れるのでいい、という話で。それはまあ、わからないでもないなと思うんですけど、僕はいろんな人の意見が入ることは、より研鑽されることもあるし、いいことだと思うんですよね。どうしても好きなことをやりたいんだったら、それを通すだけの考え方と行動をしなくちゃいけないわけだし。それはどんな仕事であれ一緒だと思うんですよね。

―僕としては、10年前の自分と今の自分を比べたら「好きなことを仕事にする」ということができてきているように思うんです。おそらく、今と10年後を比べたら、10年後はさらにそうなっているんじゃないかと思う。

古川本舗:あぁ、そうですね! きっと許容範囲が広がっていくんでしょうね。

―その流れというのを、古川さんも感じているんじゃないかと思うんですけれども。たとえば、自分でCDを作って、それが売れたら、仕事になったという。

古川本舗:「こりゃ楽しいわい!」ってことですよね(笑)。その話で言うと、昔って、「なりたい自分」というものが、いわば「点」だったんじゃないかと思うんです。たとえば、大学に入って、ストレートで卒業して、みたいにルートが決まってるイメージがあった。そこを外れると、社会に置いていかれたような感覚もあった。でも、意外と留年しても大したことないし、自分みたいに辞めても何とかなるんですよね。実際、今は音楽とデザインを仕事にしてるんですけど、大学は経営学部だったし。はたから見たら「全然関係ない!」って思いますよね(笑)。でも、何とかなるんですよ。

―古川さんの音楽とデザインみたいに、ひとつのことに身を捧げるんじゃなくて、複数の仕事を兼ねている人も増えてきていますよね。仕事っていうものへの捉え方が変わってきているのかもしれないと思います。

古川本舗:そうですね。昔だったら95点とか100点とかじゃないと成功と言えなかったものが、今は65点くらいでオッケーになってきたのかもしれない。それこそ、ミュージシャンだって、ひと昔前は自分でCD作って売ったりすることも認められなかったかもしれない。「そんなのダメだよ、ちゃんと事務所とかに入らないと」って。やっぱり「こうじゃないとダメ」っていう価値観があったんでしょうね。もちろん、どっちが悪いってことじゃないんですよ。でも、そのへんの考え方が柔軟になることで、すごく気が楽になるようなこともあったりする。それぞれが自分のやり方をどう選ぶかっていうだけの話だと思いますね。好きなことを仕事にしていても、辛いことは沢山ある。だけど、どちらにしても給料日は嬉しい(笑)。だったらもう好きなことやってたほうがいいじゃん、っていうことです。

―どちらにしても納期とか締め切り前はキツいけど、それを「学園祭の準備」と捉えられるかどうかだけの違いだという。

古川本舗:そうそう。まったくその通りですね。学園祭の準備って、真剣にやったらめちゃくちゃ辛いですからね(笑)。

―最後に、いろいろな話を踏まえて、この先どういうクリエイターであろうと思っていますでしょうか?

古川本舗:うーん……。ちょっと言い方が正しいかわからないんですけど、古川本舗っていう世界観があったとして、まず自分の好きなものがいっぱいあるんですよ。アルバム2枚じゃ足りないレベルでいっぱいあるわけです。それは音楽かもしれないし、本かもしれないし、絵かもしれない。それをキュレーターのように、「俺、こんなのおもしろいと思ってるんだよね」というのを、常に出していきたいんですよね。そのスタンスは変わらないでいたい。この価値観を共有してほしいんですっていうところを常に変えずに持っていたいというか。次の作品を作るときにテクノがカッコいいって思ってたらテクノを出すかもしれないし、そういう変化をすることを違和感として見られないようなアーティストでいたい。「なるほど、次、これですか!」みたいな(笑)。自分の中にあるものをちゃんと昇華して、「これもおもしろいと思うんだ」ってことを提示していきたい。田舎のおばちゃん的な感じですね。「これもお食べ、これもお食べ」って(笑)。

古川本舗

―ははははは! まさに古川本舗という名前の通り、いろんな品揃えがあるお店みたいな感じだ、と。

古川本舗:そういう感じですね。もともとは、ソロで本名を名乗るのイヤだなと思っていて、ほかにないかなと思って「本舗っていいじゃん」みたいな感じでつけた名前なんですよ。団体っぽく見せたかったっていうのが最初なんですけど。でも、いろいろなものを取り揃えてるみたいな感じになっていけばいいですね。

リリース情報
古川本舗
『ガールフレンド・フロム・キョウト』(CD)

2012年11月7日発売
価格:2,500円(税込)
PECF-3031

1. 魔法 feat.ちょまいよ
2. 月光食堂 feat.acane_madder
3. グレゴリオ feat.ちびた
4. ルーム feat.花近
5. KAMAKURA feat.古川本舗
6. IVY feat.歌うキッチン
7. KYOTO feat.アイコ(from advantage Lucy)
8. 春の feat.大坪加奈(from Spangle call Lilli line)
9. はなれ、ばなれ feat.ばずぱんだ
10. 恋の惑星 feat.拝郷メイコ
11. family feat.YeYe
12. girlfriend feat.山崎ゆかり(from 空気公団)

プロフィール
古川本舗

10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。同人盤としてEPを発表する傍ら、多数コンピや楽曲提供、アレンジ提供などメジャーインディー関わらず幅広いフィールドで活動。2011年にインターネット発祥の音楽レーベルBalloomの立ち上げに参加。同レーベルよりアルバム「alice in wonderword」を発表。ゲストボーカルに野宮真貴、カヒミ・カリィ、マスタリングにはテッド・ジェンセンを招いた本作発表後、その活動が認められ、2011年ビルボードジャパンの優秀インディーズアーティストにノミネートされる。2012年、SPACE SHOWER MUSICより1年半ぶりのセカンドアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」を発表。山崎ゆかり(空気公団)、大坪加奈(Spangle call Lili line)らをボーカルに迎えた本作で、新たな世界観を確立。作詞作曲編曲だけでなく、アルバムのアートディレクション等、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するマルチアーティスト。



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