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鈴木惣一朗と直枝政広、部室のような音楽談義

鈴木惣一朗と直枝政広、部室のような音楽談義

インタビュー・テキスト
金子厚武
撮影:田中一人

今だからこういうアルバムができたんだと思うし、ホントに30年かかってるって言ってもいいアルバムなんじゃないかと思いますね。(鈴木)

―実際の制作はどうやって進めて行ったのですか?

鈴木:いつも直枝君が僕の家に車で来てくれて、スタジオ行って曲作りをして、夕方になったらお蕎麦屋さんに行って、直枝君は絶対カツカレーで、僕は中華丼とか食べて……。

―お二人ともお蕎麦ではないんですね(笑)。

鈴木:結構食べるんです(笑)。で、眠くなりながらも19時くらいからまた作業を始めて、23時には2曲ぐらいはできてるっていう、すごくスピーディーな作業でした。昔軽音部の部室で友達と無目的にWINGSとかやって、帰りに菓子パン食べて帰るみたいな、そういうルーティーンに戻ってる感じでしたね。

直枝:部室みたいなところで「俺たちこれからどうするよ」みたいな、向き合う感じ。「誰それのあのアルバムを目指そう」とか、趣味的なことを言いそうな二人なんだけど、それは一切なくて、もっと純粋に、中学校のときに初めてギターを持ったときの感覚で、荒っぽいものになってもいいよねっていう話は、彼の方からしてきた。

直枝政広

―惣一朗さんは普段、作り込むタイプですよね。

鈴木:もちろん、もっといろんなことをやろうと思えばできるんだけど、最初の時点ですごく完成されてると思ったし、今はそういうリアルなものが響くんじゃないかと思って。あとは、僕ほとんど初めて歌を歌ったんで、あんまりオケが厚くなると、歌えなくなるんじゃないかっていうのもちょっとあったかもしれない。

直枝:でも、最初に彼がガーッと曲を作って聴かせてくれた時点で、すでにシンガーソングライターとしての貫録がありましたね。「初めての歌のアルバム」っていうことに対して、あんまりナーバスになってないというか、「あ、実際には慣れてるんだな」と思って。そうでしょ?

鈴木:インストゥルメンタルとか、アレンジをやってても、家で聴いてるのは歌ものばっかりだから、鳴ってたのかな。ドラムを10年ぐらい叩いてなかった時期でも、あがた森魚さんのプロデュースをしたときに自分で叩かなきゃいけなくなって、「叩けるかな?」って思ったら、全然叩けちゃうわけ。だから、歌も楽器も自分の中で鳴ってたんだなって。

直枝:あ、今思い出した! そもそも、僕が彼を初めて見たのは1982年なんです。すきすきスウィッチっていうユニットをやってて、僕はその追っかけだったんです。

鈴木:ウソー! それ面白くしてるでしょ(笑)。

直枝:いや、横浜のバーみたいなところですきすきスウィッチがライブをやってて、彼がドラムを叩いてて、“おみやげ”っていう素晴らしい曲を演奏し始めた途端、目の前にいきなり星が降ってきたように俺は感じて、「これだ!」って思った。ああいうリフレインのある曲を作りたいと思って、(カーネーションの)デビュー曲の“夜の煙突”ができたんです。まだお互いのことは知らなかったけど、そもそもそういう出会いをしてるんです。

―そこから数えれば、30年以上経って、遂に一緒に作品を作ることになったと。

鈴木:一緒にやらなかったのが不思議なくらいっていう、そういう不思議な縁があって、でもやらなかった30年っていう時間がまた良かったというか、今だからこういうアルバムができたんだと思うし、ホントに30年かかってるって言ってもいいアルバムなんじゃないかと思いますね。

1992年に『天国と地獄』っていうアルバムができて、これだったら同世代の人たちにも誇れるアルバムなんじゃないかって手応えがあって、そこからですね。やっと自信を持てるようになったのは。(直枝)

―アルバムタイトルの『1959』は、お二人が生まれた年ですが、他に同い年の日本の音楽家を調べてみると、まず小西康陽さん、あと小林武史さんがいて、それに58年生まれですけど、小室哲哉さんも加えれば、1990年代のプロデューサー文化を牽引した人たちだと言えると思うんです。で、そういう人たちって、いわば相当な音楽マニアで、それはお二人にも通じる部分だと思うんですね。これは何らかの時代背景によるものだと言えるのでしょうか?

直枝:子供の頃にテレビが普及して、カラーに変わる頃だったかな? 歌謡曲がとってもキラキラしてた時代で、小学生でグループサウンズを知ったみたいな世代なんで、音楽に夢を描いてこれたんだと思うんです。もっと上の世代の人たちは、もちろんビートルズとかベンチャーズを聴いてて、そういうのは後追いで勉強した感じですね。

鈴木:だから、サブカルチャーとカルチャーで言うと、サブカルチャーですよね。僕らが音楽を意識して聴き始めたときにはビートルズは解散してて、60年代ロックはもうなかった。サブカルチャーとしてのグラムロック、ニューウェイブ、パンクみたいな時代で。

直枝:でも、『サージェント・ペパーズ』から6年後くらいにロックを聴き始めてるから、60年代はすぐそこにあったっていう感じもあって。

鈴木:あと5年早く生まれてたら、団塊寄りになるんだけど、59年生まれってすごく微妙な過渡期に生まれてるから、そこが逆に面白いところで。渋谷系で流行ったものもドン被りだし、はっぴいえんどやはちみつぱいの時代のものももちろん知ってるし、グループサウンズとかもテレビで子供ながらに知ってたし、僕は『夢であいましょう』(1961〜66年に生放送されていたNHKのバラエティ番組)が好きで、中村八大・永六輔の曲で育ったと言ってもいいし。

直枝:その頃の音楽は刷り込まれてるよね。

鈴木:だから、今ほど情報がなくてもどんどん詳しくなったのは、普通にテレビを見てればそういうのが入ってきて、自然に浴びることが出来た世代だったっていうことなのかな。あと直枝君が言ったように、「希望を持てた」っていうのは、1970年に大阪万博があったっていうのが大きくて、未来に希望を持てる時代の幕開けというか、そういうのも経験してる。だから、2011年とかいろんなことがあっても、どこかに希望を持てるというか、それが体感として入ってるっていうのかな。

―お二人がワールドスタンダードとカーネーションを結成されたのも、同じ1983年ということですが、その当時も音楽に夢を描いて活動をスタートさせたのでしょうか?

鈴木:僕は1回サラリーマンを経験してるんです。「こんなマニアックな音楽をやっても生きていけない」って、最初に感じてたんで。

直枝:それ感じられたっていうのはすごいね。僕は思いついたらすぐ飛びこんじゃう方なんで、今思えばもうちょい人生を考えたかったっていうのはある。一方には、しっかりとした生き方があるんだって(笑)。

鈴木:でも、僕も2年考えて、結局仕事辞めて飛び込んじゃったから。「やっぱり好きなことやってのたれ死ぬ方がいいや」って、急にロックになっちゃって(笑)。でも、聴き手がどれだけ作り手よりもマニアックかとか、どのくらいの気持ちで音源を聴いているのかは痛いほど知ってたんで、それに対抗できるだけの本気の音源を作らないと、絶対買ってもらえないっていうのは最初から思ってましたね。ただ、エブリシング・プレイの『POSH』っていうアルバムが発売中止になって、そのとき僕30歳だったんですけど、もう音楽やめようと思ったんです。

鈴木惣一朗

―それはなぜ?

鈴木:自分にとってマストのアルバムができたのに、これが世に出ないってことは、もう自分は抹消されたんだと思って。でも、細野(晴臣)さんが声をかけてくれたり、鈴木慶一さん(ムーンライダーズの『マニア・マニエラ』が、一度発売中止になっている)に話を聞いたりして(笑)、やっと発売ができるってなったときに、音楽の神様が「音楽をやれ」って言ってるように思った。それが1992年で、僕はそこから活動を再開したわけなんだけど、直枝君はその間もずっと音楽をやってたわけだよね?

直枝:でも、相当きつかったよ。自分たちの思うようなアルバムがなかなか作れなくて、それがようやくできたのは僕も1992年。それまでは周りの音楽、岡村靖幸とかNEWEST MODELとかが、「何でこんなに強くて魅力的なんだろう?」って考えながらやってたし、一方で彼(鈴木)がやってるような音楽至上主義な感じにも憧れたし、それをミックスして、ロックバンドという形態で何ができるかって思ってやってたけど、ホントになかなか上手くいかなかった。ようやく92年に『天国と地獄』っていうアルバムができて、これだったら同世代の人たちにも誇れるアルバムなんじゃないかって手応えがあって、そこからですね。やっと自信を持てるようになったのは。

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リリース情報

Soggy Cheerios<br>
『1959』(CD)
Soggy Cheerios
『1959』(CD)

2013年7月17日発売
価格:2,730円(税込)
P-VINE RECORDS / PCD-26054

1. ロックンロールが空から降ってきた日
2. 明日も
3. かぜよふけ うみよなけ
4. 知らない町
5. 百八つの窓
6. きみがいない
7. 19時59分
8. ずっとずっと
9. ぼくはイノシシ
10. 曇天 夕闇 フェリー
11. とんかつの唄

プロフィール

{鈴木惣一朗(すずき そういちろう)

1983年にインストゥルメンタル主体のポップグループWORLD STANDARDを結成。細野晴臣プロデュースでノン・スタンダード・レーベルよりデビュー。95年、ロングセラーの音楽書籍『モンド・ミュージック』で、ラウンジ・ミュージック・ブームの火付け役として注目を浴び、97年から5年の歳月をかけた「ディスカヴァー・アメリカ3部作」は、デヴィッド・バーンやヴァン・ダイク・パークスから絶賛される。近年では、ハナレグミ、ビューティフル・ハミングバード、中納良恵、湯川潮音、羊毛とおはな等、多くのアーティストをプロデュースする一方、2011年夏、自身の音楽レーベル[Stella]を立ち上げた。

直枝政広(なおえまさひろ)

1959年生まれ。1983年カーネーション結成。1984年にオムニバス『陽気な若き博物館員たち』(水族館/徳間ジャパン)でソロ・デビュー。同年、カーネーションがシングル「夜の煙突」(ナゴム・レコード)でレコード・デビュー。以後、カーネーションは数度のメンバーチェンジを経ながら数多くの傑作アルバムをリリース。2000年には直枝政広としての初ソロ・アルバム『HOPKINS CREEK』を発表。同時に鈴井貴之初監督作品『man-hole』のサウンドトラックも手がける。2007年に初の著作となる『宇宙の柳、たましいの下着』を上梓。2013年、結成30周年を迎えるカーネーションと並行し、ソロライヴでの活動や執筆等、精力的に活動中。

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