水道橋博士が語る、天才・園子温監督の生き様

『愛のむきだし』『ヒミズ』『冷たい熱帯魚』など、立て続けに観る者の心を奪うような問題作を発表し、日本の映画界で異彩を放っている監督・園子温。その魅力にとりつかれたタレントの水道橋博士は、映画作品を観まくるだけでなく、監督本人と親交を深め、ついにはお笑いライブでコンビまで組んでしまった。さらには監督の衣服を借りて、浅草公会堂で行われた『第6回したまちコメディー映画祭』に「園似温」として登場。新作の撮影で現地に来られない本人の代わりに舞台挨拶を務めた。ビートたけしに弟子入りし、浅草キッドとしての芸人活動はもちろん、エッセイストやコメンテーターとしても活躍する彼が、そこまで園子温にのめり込むのはなぜなのか。監督の最新作にして映画愛に満ちたコメディー『地獄でなぜ悪い』を踏まえながら、その魅力を水道橋博士=園似温に語ってもらった。

園さんは「日本の映画監督が北野武に敵わないのは、たけしさんは芸人をやって、映画監督もやるからだ」と言うんです。

―『地獄でなぜ悪い』はヤクザの抗争を舞台にした映画愛に溢れた映画で、とてもそうは思えないのですが、園子温監督の実話をもとにして撮った作品なんですよね。だからこそより魅力的だと感じました。水道橋博士と園監督は普段から親交が深いとのことですが、きっかけは何だったのでしょう?

水道橋博士(以下、博士):2009年の年末にTBSラジオ『小島慶子 キラ☆キラ』で映画の年間ベスト10を選ぶ企画があって。映画評論家の町山智浩さんが前日までクリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』を選んでいたのに、当日になって急にひっくり返したんですよ。「さっき『愛のむきだし』を観たんだけど、これが1位だ」って。それで僕も観て、釘付けになったんです。

水道橋博士
水道橋博士

―『愛のむきだし』のどんなところがよかったのでしょう?

博士:『愛のむきだし』は、4時間もある映画なんですよね。今どきそんな映画、興行上、好まれないじゃないですか? 観客の回転率が悪いし、効率的じゃないですからね。でも、そういうことをあえてやりながら世界に飛び出していく姿勢が素晴らしいと思って、痺れているんです。

―作品はもちろんですが、本人の姿勢に影響を受けているということでしょうか。

博士:園さんの自伝『非道に生きる』を読んだのですが、あまりにも素晴らしくて、自分の子どもに「パパは非道に生きるから」って宣言しました。「非道」というのは、悪事を働くという意味ではなくて、「獣道を歩く」つまり「自分だけの道を自分らしく生きる」という意味です。園監督は教育一家に生まれたんだけど、世界的な映画監督になるために教育や家族というものを否定しているんですよね。

―お二人は、映画監督と芸人ですが、共通点などあるのでしょうか?

博士:園さんの人生が映画に映し出されているような感覚は、芸人にも必要なことですよね。ただ漫才をしているだけじゃダメなんだ、自分自身をボケにしなきゃダメなんだって。空気を読みながらトークの交通整理をして、ひな壇に座っていることもできるけど、園さんを知って、ラインを超えて、新しいことを生み出したくなった。それでテレビの降板事件が起こったりもしたんだけど……ああいうのも園さんの影響ですよ。

水道橋博士

―園監督は先日「芸人になる」と宣言して、博士とお笑いライブをやりましたよね。それに今回の『地獄でなぜ悪い』もコメディー作品です。今、園監督は「笑い」という要素に強い関心を持っているということなのでしょうか?

博士:いや、そもそもは『東京スポーツ映画大賞』で園さんが(ビート)たけしさんと(ガダルカナル)タカさんに壇上に呼び出されて、思いっきりツッコまれたんですけど、気の利いた返しができなかったんですよね……。それが芸人を始めた最初のきっかけです。

―「笑い」そのものに興味があったわけではない?

博士:園さんは、演芸はすごく苦手というか興味がなかったんですよ。「芸人になる」って倉本美津留さんに相談したときも、ダウンタウンの浜田さんのすごさが全くわからないと言うので、僕と倉本さんで浜田さんがいかにすごいかという話をしたくらい。お笑いライブでも漫才の立ち方がわからなくてウロウロしちゃうし、マイクの前にツーショットで立てないんですよ。

―ではなぜ、園監督はお笑いをやろうと思ったのでしょうね。

博士:園さんは「日本の映画監督が北野武に敵わないのは、たけしさんは芸人をやって、映画監督もやるからだ」と言うんです。だから映画監督である自分が芸人になれば、たけしさんの境地に並ぶというロジックなんです。

園子温の『芸人宣言』
園子温の『芸人宣言』

―映画をもっと多くの人に開かれたものにしたいという思いもあったのでしょうか。

博士:そうですね。多くの人に「園子温」という存在を知ってもらうことで、自分の映画を世に広めたいんです。彼がよく「一部の小さなところで褒められるのなんて、すごく簡単だよ。それをどれだけ広めていくか、全く自分の知らない人にまで広めることができるかが肝心だ」と言うんです。その思いがあってこその芸人活動でしょうね。

映画監督の枠の中で映画評論家だけを相手にしてるから、日本映画の監督はそこ止まりなんだ。

―園監督自身が影響を受けた映画は、ファスビンダーやパゾリーニのような、ちょっとマニアックなものが多いですし、園監督をマニアックだと考える人も多いと思うんです。でも『地獄でなぜ悪い』は、コメディー映画として浅草公会堂のような大衆的な場所で日曜の午後から上映されて、監督のことを全く知らない観客で満席になっていたのが素晴らしいと感じました。

博士:映画の評価は必ずしもコンペティションや評論家が下すわけじゃなくて、大衆が決めていくところも大きいと思います。「映画監督の枠の中で映画評論家だけを相手にしてるから、日本映画の監督はそこ止まりなんだ」と園さんはよく言っています。

―園監督自身、もともと「東京ガガガ」で、寺山修司のような路上パフォーマンスをやってましたもんね。

博士:青天井に抜けていくためには、詩人であり、コメンテーターであり、ラジオのDJもやる寺山修司みたいな存在になるべきだと思っているんですよね。園さんの作品は、映画評論家からその年のワーストに選ばれたりもしてるんですけど、「じゃあ大衆に聞いてみろよ!」って言ってますし。映画評論家からの評価なんて、狭いものでしかないことをすごくわかっている。

―園監督は「水道橋博士は自分のお笑いの師匠だ」とおっしゃっていますけど、コメディー作品である『地獄でなぜ悪い』をどう観ましたか?

博士:園さんは、社会派の映画を撮る印象が強いけど、もともと映画におけるコメディーを圧倒的に理解しているんですよ。作劇が本当に上手だし、本人と一緒で支離滅裂なんだけど説得力がありました。

―つかみどころのない物語だけど、パワーがあってぐいぐい引き込まれる。

博士:画だけじゃなくて、音楽の才能もあって、「このシーンはこういう音楽」って鼻歌みたいに考えながら撮ってますからね。そもそも園さんはヤマハの『ポピュラーソングコンテスト』に出たことがあるくらいのミュージシャンで、お笑いライブでもシンセサイザーを弾いたんですよ。

―生半可な才能じゃないですね。

博士:園さんが不勉強だと言う人もいるけど、自分が勉強してることを公言しないだけで、素養教養はすごくあります。「映画評論家から何か言われても、反論することなんて簡単にできる。俺だっていろいろ本を読んでいて、語ることもできる」ってすごく負けん気が強いんですよね。俺と初めて会ったときも、「博士は芸人だから話が上手いかもしれないけど、実は俺のほうが面白い話をいっぱい持ってる」って言ったんですよ。初対面の人にそんなこと言う人、いないじゃないですか(笑)。

水道橋博士

園さんの作品が人の心を打つのは、園さんが自分の体験、自分の身についたものを撮ってるから。

―『地獄でなぜ悪い』は血しぶきが大量に飛び散るような残酷なシーンが多いですし、過去の作品も人間の暗部に踏み込んでいくような内容が多いですよね。園監督には積極的にタブーに触れようという気持ちがあるのでしょうか?

博士:あえてタブーに触れるというより、もともと園さんの中にある感覚なんだよね。『冷たい熱帯魚』も、園さん自身が失恋してしまって、高円寺の派出所に「僕は人を殺しそうになっています」と言いに行った経験がもとになっている。壊れている自分に乗っかって、「人を殺す映画を撮るぞ」という映画の企画にしてるんです。

―園監督の作品は、どれも園監督の内面にあるものを映画にしているという感じなんですね。

博士:たけしさんの名言で「自分に身についたものしか映画に撮れない」というのがあって。例えば、真面目に勉強ばっかりやっていた人がいきなりディスコのシーンを撮っても、撮れないんだよって。それで言うと、園さんの作品が人の心を打つのは、園さんが自分の体験、自分の身についたものを撮ってるからで、脳内の架空のストーリーではないんです。

水道橋博士

―観た人の多くが感じると思うんですけど、長谷川博己さんが演じていた映画監督の役は、実際の園監督に近いのでしょうか? かなりエキセントリックな人物として描かれていますよね。

博士:あれは全くもって園監督です。たけしさんもそうだけど、映画の中に描かれる人物像は、自己投影なんですよ。

―だから、すごく真に迫った描写ができるのかもしれませんね。

博士:徹底的に調査する監督ですしね。原作がある作品でも、単にそれを映画にするだけじゃなくて、当事者にインタビューしながら作っていく。

―園監督の映画はエンターテイメントをやっていながらも社会問題を扱っていて、『地獄でなぜ悪い』もすごく笑えるけれど、「これ笑っていいのかな」と不安になるようなところがあります。観客としては、これをどういう姿勢で見るのが一番楽しいと思われますか?

博士:俺としては映画を観てもらう前に、ここまで話したようなことを知っていてもらいたいという気持ちがあります。だけど、例えば外国の人は日本のヤクザ映画のことなんて全く知らないわけだけど、すごく高い評価を受けているじゃないですか。そういう予備知識がゼロだとしても楽しめるのが映画の大前提だし、この映画はそれができている。

園さんは、どんなときでもやりたいことはできるんだよと言うことを常に言っているし、それを体現してる人ですよね。

―『地獄でなぜ悪い』の中で、長谷川さん演じる映画監督に対してヤクザが天才だと認めたかのような場面がありますよね。熱狂的な映画青年とヤクザが「命懸け」というキーワードで通じ合う印象的な描写だったと思うのですが、実際の園監督にも「天才」の部分があるのでしょうか。

博士:映画監督として圧倒的に天才ですよね。たけしさんもそうなんだけど、最初から画が見えているから、何の迷いもない。ちなみに絵コンテもすっごく上手ですよ。そこにストーリーをつけていくような感じでやっているんだと思います。

『地獄でなぜ悪い』 ©2012「地獄でなぜ悪い」製作委員会
『地獄でなぜ悪い』より ©2012「地獄でなぜ悪い」製作委員会

―では撮影は、自分の想定している画が撮れるまで粘っていくタイプの監督ですか?

博士:撮影は早いんですけど、役者に対して芝居をつけるのはすごく粘ります。でも、いざ自分が演芸をやるとなったら何もできないんですけどね。テレビドラマ『みんな!エスパーだよ!』の撮影後にお笑いライブの稽古をしたんですけど、あまりの下手さにドラマの役者さんもみんな驚いてたもん。声の張り方から何から、歴史的な下手さでした……(笑)。

―園監督の作品には走るシーンがよく出てきて、「走る」ことで別のアイデンティティーをまとう役割を担っていると思うのですが、その疾走感というのは、園監督自身が1年で2、3本も映画を撮るといった多作な製作ペースにも重ねられると思うんです。どんどん新しい表現方法に挑戦して、新しい自分を見出していく。

博士:質だけじゃなくて量をやらなきゃ才能は証明できないとよく言ってますね。停滞しないで、常に走り続けているようなイメージ。でもそれは、気力的にも体力的にもものすごく辛いことで、俺は50歳、園さんは51歳でお笑いライブをやったわけですけど、2時間の公演を2回やるのが本当にしんどかった。園さんが独り言で「あー、やるんじゃなかった」って言ってました(笑)。

水道橋博士

―水道橋博士も『地獄でなぜ悪い』に出演されていますが、映画の現場もそのような感じだったのでしょうか。

博士:現場に行ったら第一声が「何で博士がいるの?」だったんですよ。つまり、あまりの忙しさで自分が僕を配役したことすらわかっていなかったんです。クランクアップの2日前でしたが、その場にいる全員が寝てないっていうのがわかりました。でもそれに影響されて、俺も睡眠時間を削るようになりました。園さんと出会ってから、朝起きたらカチンコが鳴るっていう設定で生活してますね。

―博士がそこまで影響されるのは、園監督に近づきたいというような気持ちですか? それとも追い越したいという感じですか?

博士:同じ姿勢でありたい。芸人だって9時から17時までの定時の仕事じゃなくて、生き方すべてを芸にしていく職業だと思うんですよ。自分が芸人になった初期衝動はそこだったじゃんって。

水道橋博士

―たしかに、みんな自分らしく生きたいとは願ってるはずなんですけど、具体的にはどうやって現状から踏み出したらよいのでしょう?

博士:自分をさらけ出していくっていう感じですね。あと、やりたいことは、今からでもできるんですよ。園さんは10代の頃から詩人として活動をスタートしたけど、映画監督として日の目を見たのは40代になってからですからね。だって、40歳のときにホームレスだったんですよ。

―根っからの負けん気以外に、映画監督を目指し続けることができたモチベーションは何だったのでしょう?

博士:40歳の頃にホームレスだった偉人たちを思い浮かべて、その成功モデルを自分の中に入れ直していたそうですよ(笑)。まあ、どんなときでもやりたいことはできるんだよということを常に言っているし、それを体現してる人ですよね。今は「俺は40歳で映画デビューしたから、同い年ぐらいの映画監督たちがおじさんに見える」なんて言ってます(笑)。

―50歳でも青春というか、常に自分を追いつめているような感覚なんですね。

博士:そうですね。それに、例えば「東京ガガガ」(園子温が1990年前半に主宰していた路上パフォーマンス集団)もお金のためにやってなかったし、むしろやればやるほどお金がなくなっていく活動だったんですよね。先日のライブでも冊子を観客に配ったんですけど、その中で会田誠さんが絵を描いてくれて、すごく豪華だけど無料なんです。ライブで「このページを触ってみてください。匂いを嗅いでください、舐めてみてください」って言うんですけど、実はそのページ全体が園子温のキンタマをアップにした写真で……。本当に馬鹿馬鹿しいんだけど、こういうのが面白いし、大事なんだよな。

―園監督の映画は商業的にも成功されていますけど、根本的にあるのは「これで儲けてやろう」という気持ちじゃなくて、面白いことをやりたいという姿勢なんですね。

博士:『地獄でなぜ悪い』の中でも言っているけど、根本にあるのは、お金儲けのためにやっているとか、映画をあててやろうという気持ちじゃない。最終的に世の中に残るものを作りたいっていう初期衝動なんです。

作品情報
『地獄でなぜ悪い』

2013年9月28日(土)から新宿バルト9ほか全国でロードショー
監督・脚本・音楽:園子温
主題歌:星野源“地獄でなぜ悪い”
出演:
國村隼
長谷川博己
星野源
二階堂ふみ
友近
堤真一
配給:キングレコード、ティ・ジョイ

プロフィール
水道橋博士(すいどうばしはかせ)

1962年8月18日生まれ、岡山県出身。86年にビートたけしに弟子入り、翌年、玉袋筋太郎とともにお笑いコンビ「浅草キッド」を結成。テレビ・ラジオや舞台を中心に活躍の場を広げる一方、ライターとして雑誌等にコラムやエッセイを執筆する。最新刊は『藝人春秋』(文藝春秋)。現在、『週刊文春』に「週刊藝人春秋」を連載している。自身が編集長を務める日本最大級の有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』好評配信中。



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