元祖文化系企業パルコの挑戦は、消費行為を「楽しく」変えるか?

イタリア語で「公園」を意味する「パルコ」は、1969年に東京・池袋にテナントビルとして開業。繁華街といえば新宿や銀座、六本木が中心だった時代に、「渋谷」を拠点にコンセプチュアルなフラッグシップストアをオープンしたのが73年。ファッションを中心として若者カルチャーやアートをクロスオーバーさせた斬新な展開で文化を作り上げてききたパルコが、新たなチャレンジとして、クラウドファンディングサービス「BOOSTER」をスタートした。国内流通大手の企業が、なぜ今クラウドファンディングに乗り出すのか? BOOSTERが目指すものを、本企画の立ち上げメンバーの一人であるパルコの伊藤健さんにうかがった。

流通小売り大手企業がクラウドファンディングに参入したワケ

そもそもクラウドファンディングサービスとは何か? 語源をひもとくと、群衆「crowd」と資金調達「funding」を組み合わせた造語。新たな挑戦を志す人や組織が、多くの場合にインターネットを介し、必要な資金を調達するシステムである。今では日本国内だけでも、国内初のクラウドファンディングサービス「READYFOR?」や「CAMPFIRE」といった大手のほか、音楽・アート分野に強い「MotionGallery」、ビジネス支援に強い「ShootingStar」、デジタルガジェットに特化した「Cerevo DASH」……など、実に多様なサービスが登場している。実感として、長く不況が続く世の中において、クラウドファンディングは活況を迎えているように思う。

「BOOSTER」メインビジュアル
「BOOSTER」メインビジュアル

だがほとんどの場合、専門的なプラットフォーム事業者が運営を行なっており、パルコのような流通小売りの大手企業が市場に参入するのは珍しい。なぜパルコはクラウドファンディングを始めようと思ったのか?

伊藤:2011年から今年4月までの間、「FIGHT FASHION FUND by PARCO」(以下、FFF)という企画を運営していたんです。一般の方に一口3万円から資金調達を募って、JUN OKAMOTOさんとmy pandaという2つの新しいファッションブランドの成長を支援してもらい、販売実績に応じてお金をリターンするシステムで成功を収めました。そのときに、単にお金を投資してもらうだけではなく、ファッションデザイナーと直接触れ合う機会を設けたり、商品企画に参加してもらうなど、もの作りに関われる新しいスタイルを「コミュニティーリターン」と称して提示したんです。それが「BOOSTER」の前身になっていますね。

『FIGHT FASHION FUND by PARCO』メインビジュアル
『FIGHT FASHION FUND by PARCO』メインビジュアル

変化する時代をサバイブするパルコの武器は、「目利き」にアリ

FFFの資金調達モデルは「投資型」だったが、BOOSTERは、出資した金額に対して商品やサービスでリターンをする「購入型」だ。一口500円から数十万円まで自由に対価を設定し、サポーターが参加しやすい環境作りを実現。扱うプロジェクトはファッションにとどまらず、幅広いコンテンツをサポートし、地方や海外の新しい才能の発掘・支援にも力を入れていく。その背景には、めまぐるしい消費環境の変化に対するパルコ独自の戦略があったという。

伊藤健(パルコ)
伊藤健(パルコ)

伊藤:数年ほど前から、様々なファストファッションが上陸し、さらにネット通販の普及によって、全国一律で同じものが手に入るようになっています。創業以来、パルコは各テナントから最先端の都会的なライフスタイルを提供してきました。時代の変化に伴い、そのようなパルコならではの個性というものを、今こそ若い世代にアピールしていきたいと思い、他社がやらない新しい試みとしてFFFを始めたんです。

ニッチなマインドを持っていたからこそ発見できた、珠玉の才能たち

おそらく、30代以上の人になると、パルコはファッションだけではなく、カルチャーシーンを作る存在だというイメージを持っているのではないか。たとえば、1980年にイラストレーターとフォトグラファーの人材発掘を目的にした『日本グラフィック展』を主催。そこから立体作品に的を絞った『オブジェTOKYO展』が派生し、それらが『アーバナート』へと統合されていく中で、常に広告やアートシーンを牽引してきた。何を隠そう、『日本グラフィック展』からは日比野克彦、大竹伸朗、タナカノリユキ、ヒキタクニオ、井上嗣也……といった錚々たるクリエイターが世界へと羽ばたいていったのだ。近年では、女性クリエイターにフォーカスした『シブカル祭。』から生まれたアグレッシブな才能が注目を集めている。

さらにCLUB QUATTROでは、レニー・クラヴィッツ、NIRVANA、Oasis、Bjorkなどをいち早く日本に紹介。映画館「シネクイント」では『Buffalo'66』や『メメント』『ジョゼと虎と魚たち』『下妻物語』などのインディペンデントな秀作を上映し、ミニシアターブームを再燃させるなど、新しい才能を発掘し、育てていく文化が根付いている。

伊藤:個人単位の才能を大きな企業体が拾い上げるのはなかなか難しいのですが、パルコはそもそもニッチなマインドを持つ会社なので、個人の想いを汲み取ることに長けているんです。クラウドファンディングサービスというのも、個人や小さな団体にフォーカスして応援していく仕組みなので、共鳴するものがあると思いますね。

伊藤健(パルコ)

もの自体からコミュニケーションへ。消費の動向が変化している

全国でテナントを運営する立場から、「消費行為のあり方」そのものの変化を感じたことも、BOOSTER発足の後押しになったという。

伊藤:さきほどお話したように、どこに行ってもほぼ同じ商品が買える中で、「なぜ今、この店でこの商品を買うのか?」の「なぜ」がお客様にとって大事になってきているとつくづく感じます。たとえばそれは「カードのポイントが貯まるから」「店員さんと友達になったから」という理由かもしれません。「ものを起点にしたコミュニケーション型」へと消費の動向が変化しているんです。消費に新しい価値を付加するという動きは、まさに「出資者が企画者を応援し、企画者はお金で買えない価値を出資者にリターンする」というクラウドファンディングのコミュニケーションと同じ構造です。

各ジャンルのカルチャーを牽引する、スペシャリストたちを仲間に巻き込む

従来のクラウドファンディングサービスとBOOSTERの一番の違いは、パルコが単なるプラットフォームの提供者ではなく、クリエイターを積極的にプロデュースしていくことにある。さらに、外部パートナーの協力体制も手厚く、まず国内ファンドサービスの最大手「ミュージックセキュリティーズ」がシステムの構築やコンプライアンス面を支援。他にもFFFで支援した「my panda」の経営元であり「Soup Stock Tokyo」などの展開で知られる「スマイルズ」の遠山正道や、ポップカルチャーに特化したソーシャルテレビ局「2.5D」など、各ジャンルのプロフェッショナルとの連携をはかる。

伊藤:事務局が面白いと感じたプロジェクトは、パルコ内部や、外部のスペシャリストも参加して、より発展的なアイデアにブラッシュアップしていくつもりです。プロモーションに関しても、マスメディアへの紹介はもちろん、ウェブでの展開やSNSの使い方をアドバイスしたり、パルコの店頭など自社運営のスペースも活用できます。クラウドファンディングの仕組みは、パルコのテナントビジネスにとても似ているんですよね。テナントさんに場所を貸すだけではなく、売り上げ向上のための目標に向かってプロデュースしていく。40年間蓄えてきたリソースを総動員して、個人のアイデアをあらゆる点からサポートしていけるのが、パルコがクラウドファンディングを行なう最大の強みだと思っています。

「シンガポールの至宝」、ANREALAGE、気鋭の若手写真家が「誰も見たことのない雑誌」を制作中

ここで、BOOSTERではどのようなプロジェクトを扱っていくのかを具体的に見ていきたい。12月18日にローンチした第1弾では、さっそく6つのプロジェクトが始動。どれも、かゆいところに手が届くような先鋭的な企画だが、その最たるものが「テセウス・チャンによる新雑誌『W__K W__K』の発刊プロジェクト」だ。

テセウス・チャンによる新雑誌『W__K W__K』の発刊プロジェクト
テセウス・チャンによる新雑誌『W__K W__K』の発刊プロジェクト

「シンガポールの至宝」と呼ばれるデザイナー・テセウスの革命的な試みにより、その名を世界に轟かせるインディペンデントマガジン『WERK(ヴェルク)』の姉妹誌として発刊されるその新雑誌が特集に選んだのは、「ANREALAGE」。『情熱大陸』にも取り上げられ、2015年の春夏コレクションでパリコレ進出を果たした気鋭のファッションブランドを一冊丸ごと大特集する。採算度外視のこだわりのデザインを細部に施し、限定数で制作予定だ。

伊藤:かねてよりパルコとは縁の深いテセウスとANREALAGEの森永邦彦さん、写真家の奥山由之さんがコラボレーションします。どんなものができあがるかまだ想像もつかないのですが(笑)、かなりダイナミックなアート雑誌になりそうです。11月にテセウスが来日した際に三人と打ち合わせたのですが、とにかく全員が「誰も見たことのない雑誌を作りたい」と言っていたんですよ。

テセウス・チャンによる新雑誌『W__K W__K』の発刊プロジェクト
テセウス・チャンによる新雑誌『W__K W__K』の発刊プロジェクト

デジタルガジェットを駆使するファッションブランドや、地方発のクリエイションをサポート

ファッションの分野では、実験的なブランド「SHIROMA」のデジタルガジェットを駆使したインスタレーションイベントをニューヨークで行なうプロジェクトや、国内で数々の受賞歴のある「YASUTOSHI EZUMI」のニューヨーク本格進出をサポートするプロジェクトを展開。

「SHIROMA」によるデジタルガジェットを駆使したインスタレーション「ポルタ―ガイストプロジェクト」
「SHIROMA」によるデジタルガジェットを駆使したインスタレーション「ポルタ―ガイストプロジェクト」

「YASUTOSHI EZUMI」ニューヨーク進出プロジェクト
「YASUTOSHI EZUMI」ニューヨーク進出プロジェクト

パルコらしさという意味では、『シブカル祭。』から選りすぐられた10組の女性アーティストの展覧会をタイ・バンコクで開催するためのプロジェクトも注目。これらはBOOSTERが志向する「日本から海外へ」をまさに体現するプロジェクトといえる。

SHIBUKARU MATSURI goes to BANGKOK
SHIBUKARU MATSURI goes to BANGKOK

さらに、パルコの地方ネットワークを活かして広島でおこなわれる『西条酒蔵芸術祭 →ConnecT←』の存続&定着のためのプロジェクトや、同じく広島のレコードショップ「STEREO RECORDS」でのRIKI HIDAKA&janというアーティストのアナログ盤リリース支援プロジェクトも、地方に根付いた興味深い試みだ。

伊藤:『西条酒蔵芸術祭 →ConnecT←』と「STEREO RECORDS」のプロジェクトは、どちらもパルコ広島店の有志が地元のクリエイターと触れ合う中で発信されたもの。BOOSTERが期待している、地方から首都圏への情報発信をまず実現したくて初回のプロジェクトに選びました。くるりの岸田繁さんも絶賛されたRIKI HIDAKA&janのアナログレコードは音楽ファンの琴線に触れると思いますし、『西条酒蔵芸術祭 →ConnecT←』は、一度訪れたことのある人なら誰もが必ずもう一度行きたいと口を揃える、アートと音楽と酒蔵が融合した素晴らしいイベント。リターンとして準備させていただくオリジナルラベルの日本酒もとても質が高いので、お酒好きの方にとっても見逃せないプロジェクトだと思いますよ。

『西条酒蔵芸術祭 →ConnecT←』を存続&定着させるプロジェクト
『西条酒蔵芸術祭 →ConnecT←』を存続&定着させるプロジェクト

「STEREO RECORDS」RIKI HIDAKA&janによるアナログ盤リリースプロジェクト
「STEREO RECORDS」RIKI HIDAKA&janによるアナログ盤リリースプロジェクト

「クラウドファンディング」から始まる、消費の一歩先の楽しみ方

FFFという成功例があるにしろ、「実際、BOOSTERにどれぐらい応募していただけるのかまだ未知数」と伊藤さんは不安をのぞかせる。しかし、「今やらねば」という思いは強い。

伊藤:パルコがやるべきことは、既に売れているブランドやカルチャームーブメントを大きく展開することではありません。社員一人ひとりがまだ世に知られていないブランドに出会って「これは面白い!」と感じること。それをいち早く展開し、サポートすることです。均質化した情報があふれる今こそ、「目利き」を武器に、現状を変えていかなければと考えています。

プロジェクトオーナーとして名乗りを挙げる人の立場から考えれば、BOOSTERのシステムは、なんとも手厚く、心強いものだと思う。それと同時に、まだまだクラウドファンディングを通して「サポートする」という行為は、国内には馴染みが薄く、その突破口になれるような新たな喜びを提供できる存在になれれば、という。

伊藤:クリエイションやカルチャーが大好きな人に、一歩先の楽しみ方を提案したいですね。自分が応援しているクリエイターとBOOSTERを通じて関わることは生活の刺激になりますし、かけがえのない体験ができるはずだと思います。そこから一歩おし進めると、たとえばリターンの内容を非常に魅力的なものにすることで、ファンの方を満足させるだけではなく、新たなファンを獲得するような場面も創出できるのでは? とも考えています。クリエイターとのコミュニケーションの窓口として機能できるように、注力していきたいですね。

「とにかく面白くてクリエイティブなことをしたい!」という、将来を見据えた冒険のはじまり

とはいえ、ビジネスとしての収益性を想像すると、企業が個人のクリエイションをバックアップするという決断は、なかなかハードルが高かったのではないだろうか。

伊藤:FFFの経験から言うと、クラウドファンディングで企業が金銭的に大きなリターンを得ることは相当難しいと思います。しかし、今回パルコがBOOSTERに乗り出したのは、そこで大きな収益を上げるのが目的ではありません。「とにかく面白くてクリエイティブなことをしたい!」という気持ちが優先。有形の資産よりも、BOOSTERを通じた人との繋がり、将来的なコミュニティー作りなど、無形の価値を求めての冒険という意味合いが強いんです。BOOSTERから今後生まれるプロジェクトにもチャレンジャブルでアグレッシブなものを期待しながら、みなさんと一緒に楽しんでいきたいですね。

アメリカでは映画業界でクラウドファンディングが利用されることも多く、昨年はスパイク・リー監督が北米最大のクラウドファンディングサービス「Kickstarter」で製作資金を集め、公募開始からわずか25日後に目標額の125万ドル(約1億2500万円)を達成した報せも記憶に新しい。日本からも大手ゲームメーカーから独立したスタッフが、新作アクションゲーム『Mighty No. 9』の開発資金をKickstarterを通じて公募、日本円で9200万円の目標金額に対して、世界中のサポーターから3億9000万円を集めるなど、気運は高まってきている。

現状の他大手サービスは掲載数も非常に多いため、一つひとつの企画自体が埋もれやすい。だがBOOSTERは、パルコという誰もが知る企業が、これまでの文化事業で培ってきたノウハウを総動員して、丁寧な体制でサポートするという強みがある。実店舗を全国展開しているからこその、地方と首都圏、そして東京と世界を繋ぐような新しい運営の仕方も楽しみだ。パルコにとっては大きな冒険だが、チャレンジャブルだからこその「パルコらしさ」が、BOOSTERでより発揮されることにも期待しよう。

サービス情報
クラウドファンディングサービス「BOOSTER」

2014年12月18日(木)からスタート
パルコが運営するインキュベートクラウドファンディング。「インキュベーション(=新しい才能の発見と応援)」をテーマに掲げてきたパルコが、様々な資源を活用してプロジェクトの実現をサポートし、必要な資金をインターネット経由で個人から調達。サポーターと一緒にクリエイティブな挑戦を世の中に送り出す。



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