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美醜を問わず、生と死のドラマを捉えたネイチャーフォトの世界

美醜を問わず、生と死のドラマを捉えたネイチャーフォトの世界

インタビュー・テキスト
阿部美香
撮影:相良博昭
2015/02/20

ヘドロが何層も積み重なっているという東京湾の海中に、40年もの間潜り続け、そこでたくましく生きる生物の姿、共に暮らす漁民の姿をライフワークとして撮り続けるフォトグラファー・中村征夫。高度経済成長期と呼ばれた時代、工業廃水や生活排水が垂れ流され、ヘドロの海、死の海と呼ばれた東京湾に、なぜ彼は魅入られたのか。東京湾の生き物たちから何を学び、美醜が混在したありのままの生き物たちの姿を捉えた写真で何を私たちに訴えるのか。六本木のフジフイルム スクエアで開催中の企画写真展『ライフスケープ「森と海―すぐそこの小宇宙」』を控え、プリントチェックを行なっていた中村にじっくりと話をうかがった。

初めて東京湾の海水に顔をつけたときは、皮膚や唇がビリビリ痺れて、「潜ったら死ぬな」と思いました。

―中村さんは長年、東京湾の海中に潜り、ヘドロの中で生き続ける生き物たちを撮り続けていらっしゃるそうですが、そもそものきっかけは何だったんですか?

中村:31歳のときですから……今から40年近く前になりますね。理由はいたって単純で、江戸前の魚が大好きだったから。東京湾は埋め立て開発のために漁師たちが漁業権を放棄したエリアが多いから、自分で潜れるようになれば江戸前を獲って食べられるなと思ったんですよ(笑)。といっても、素人に易々と捕まるようなノンキな魚はいませんから、ちょっと湾内を覗いてみたいなというくらいの気持ちでした。

『マアナゴを喰らうイトマキヒトデ』 ©中村征夫
『マアナゴを喰らうイトマキヒトデ』 ©中村征夫

―40年前……、高度経済成長期の東京湾の海中というと、工業廃水・生活排水、ヘドロまみれというイメージですが、実際は?

中村:それはもう「潜ったら死ぬな」と思いましたよ(苦笑)。初めて潜ったときは、お台場に急傾斜の石垣があって、近くの松の木にロープを縛り付け、ボンベを背負ってロッククライミングの要領で岸まで降りていきました。そこから先は水深6メートルくらいの浅瀬が広がっていて、ヘドロが何層にも積もり重なっている。気を抜けば身体はヘドロの中に沈み込んでいくし、水中も浮遊物が多くて視界は極度に悪い。浅瀬の先にはもう一段深くなっているエリアがあるのですが、そこは航路なのでダイビングは危険。下手をすれば、やや深い海中は無酸素状態になっていたかも知れませんね。

―そんな海に生き物がいるなんて、神秘的でもありますね。

中村:そうですね。初めて東京湾の海水に顔をつけたときは、湾に流れ込んだ化学薬品のせいで皮膚や唇がビリビリ痺れて、すぐに顔を上げてしまいました。当時の東京湾は工場廃水も生活排水も垂れ流し状態。きっとこの水を飲んだら死ぬ、これはヤバイと思って帰ろうとしたんだけど、一瞬、目の端に小さなイソガニが見えたんです。当時、東京湾は「死の海」と呼ばれていたから驚いて、カメラを構えようと腹ばいになりました。すると、イソガニがぴょーんとジャンプして、僕に向かってハサミを広げて立ち向かってきた。瞬時に小さいカメラでバチバチ接写してたら、わずか3~4センチばかりのイソガニが、次から次へ何十匹もレンズに向かって襲いかかり、ぶつかってはヘドロの上に落ちていきました。

中村征夫
中村征夫

―ヘドロの世界に突然現れた中村さんに、戦いを挑んできた(笑)。

中村:さらに横を見ると、マハゼがキレイな腹を見せて死んでいて、その死骸を撮ろうとヘドロに手をついたら、モゾモゾとこそばゆい感覚が。何かと思ったら、アラムシロガイがうようよと湧いてマハゼの死骸に群がり、歯舌(しぜつ)を内蔵に突き刺して栄養を吸い取り始めました。他にもイッカククモガニという大小のカニの群れ。ヘドロまみれの大きなオスが、小さなメスをおんぶするように群れながら、僕を睨みつけ、襲いかかってくるんです。東京湾は「死の海」なんて言われているけど、僕が見た世界はまるでアフリカのサバンナ。「こんな弱肉強食の世界がお台場で展開していたとは!」と驚きました。

―カニたちが襲いかかってくるというのは、何か理由があったんでしょうか?

中村:翌日現像したフィルムを見てみると、イソガニはみんな卵を抱えていたんですよ。帰化生物のイッカククモガニも繁殖力が非常に高くて、年中交尾しているんです。アラムシロガイしかり、ヘドロまみれの死の海で、こんなにしたたかに生きているものたちがいるなんて、大スクープものでした。

―その最初の強烈な体験があって、東京湾を撮り続けようと決められたわけですね。

中村:写真1、2点だけで発表するのはもったいないので、東京湾の至る所に潜り、多くの漁師たちの漁船に乗り、沿岸で暮らす様々な人々も取材しました。それをルポルタージュ『全・東京湾』(情報センター出版局、1987年)として発表するまで、約10年かかりましたね。それ以来、今でも東京湾に潜り続けています。

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イベント情報

『ライフスケープ:写真が語る自然「森と海―すぐそこの小宇宙」』

2015年2月20日(金)~3月11日(水)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内 FUJIFILM SQUARE
時間:10:00~19:00(入館は18:50まで)
出展作家:
今森光彦
中村征夫
料金:無料

ギャラリートーク
2015年2月21日(土)、2月22日(日)14:00~
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内 FUJIFILM SQUARE 展示会場
出演:
今森光彦
中村征夫
料金:無料

書籍情報

風景写真1月号臨時増刊『ライフスケープ』
風景写真1月号臨時増刊
『ライフスケープ』

2015年1月20日(火)発売
価格:1,500円(税込)
発行:ブティック社

プロフィール

中村征夫(なかむら いくお)

1945年秋田県昭和町(現・潟上市)生まれ。19歳のとき神奈川県真鶴岬で水中写真を撮るダイバーに出会い、独学で水中写真を始め、31歳でフリーランスとなる。1977年東京湾に初めて潜り、ヘドロの海でたくましく生きる生物に感動、以降ライフワークとして取り組む。沖縄の開発によるサンゴ礁の滅亡や白化問題、諫早湾の干拓を始め、海の環境問題に対して映像と文章で訴え、報道番組で生中継を担当するなど、「海の報道写真家」として活躍。出版物、テレビ、ラジオ、講演会とさまざまなメディアを通して海の魅力や海をめぐる人々の営みを伝えている。2009年秋田県潟上市にフォトギャラリーブルーホールを開設。

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