美声を操る音楽家・butaji、家から抜け出しその歌を全ての街へ

「街と脳は似ている」という話をどこかで聞いたことがある。いや、ただしくは「人間は脳を外に出そうとするから街ができる」だったような気もするが、どちらにせよ、「人間の脳と街の構造はつながっている」という考え方が、この世の中には存在するようなのだ。1つの街から人が離れ、そこにまた別の誰かがやってくる。そして、そんな人々の往来が絶え間なく続いていく。なるほど、確かに我々が暮らす街の光景は、脳内を血液が循環していく様子に近いのかもしれない。そこで、ふと思うのだ。じゃあ、もしこの血流が止まったとしたら、その街は一体どうなるんだろう。

butajiの1stアルバム『アウトサイド』に収められているのは、そんな都会の街から離れていく人をめぐる、いくつかのストーリーだ。シンセサイザーの音色が奏でる都市の喧騒。アコースティックギターを爪弾きながら口ずさむ、過ぎ去った夜の回想。艶っぽい美声を震わせ、ときにそれをオートチューンで変調させながら、butajiは「アウトサイド」へと動き出した人に祝福の声を送る。アルバムの冒頭を飾る曲“ラブソング”で、彼はこうも歌っている。<大切な昨日を 戻らない全てを たった一つのアイデアで塗り替えたい>。もしかすると、『アウトサイド』は僕らが生きる街の血流を描いた作品なのかもしれない。そんな思いを密かに抱きながら、butajiこと藤原幹に話を訊いてきた。

僕が初めて自分で曲を作ったのは、幼稚園の頃なんですよ。「このお菓子が美味しい」みたいなことを歌った曲(笑)。

―butajiさんが最初に始めた楽器はバイオリンだったそうですね。

butaji:はい。幼稚園の年長くらいから習い始めて、中学生の頃にはやめたんですけどね。

―じゃあ、幼い頃に親しんでいたのは主にクラシック?

butaji:そうですね。バイオリンを習う上で聴いていたクラシックのオーソドックスなところは、自分の根っこにあると思います。僕が初めて自分で曲を作ったのも幼稚園の頃なんですよ。それはピアノで作ったんですけど。

butaji
butaji

―幼稚園の頃にですか! それってどういう曲だったか、今でも覚えてますか?

butaji:覚えてますよ。左手で1つのコードを弾きながら、同時に右手もずっと動いてて、「このお菓子が美味しい」みたいなことを歌った曲(笑)。僕はその当時から和音が大好きだったし、歌うことがとにかく楽しかったんですよね。深い意味も追い求めず、根源的な快楽に従うようにして、ずっと歌ってました。

―歌うことが好きなことに加えて、和音が好きとなると、おのずとバイオリンとは違う楽器に興味が向きそうですね。

butaji:そうなんです。それでバイオリンは中学生でやめて、アコギを手に取るようになって。曲自体はいつも頭のなかにあったので、今思えば手に取る楽器はピアノでもギターでもよかったのかもしれないけど、当時はとにかくギターばっかり弾いてました。

―自作曲を録音するようになったのは、いつ頃からですか?

butaji:宅録にハマったのは大学の頃にiBookを買ってからですね。それで在学中にアルバムを3枚ほど作って。1枚目は身内の友人にしか聴かせてないんですけど、2枚目に作ったものはSoundCloudにひっそり上がってますよ。3枚目は本当に自分しか聴いてないアルバムなんですけど。

―当時のbutajiさんは、積極的に自分の音楽を広めていこうとはあまり思っていなかったんですか?

butaji:そうだったのかも。ただ、Myspaceを通じて海外の人からメッセージをもらえたりしたのはすごく刺激的でした。でも、そこまで熱を入れて自分をガンガン広めていこうっていうモチベーションは、それほどなかったかもしれない。butajiという名義は、大学生の頃から使っていたんですけどね。

―学生の頃からこの名前で活動を続けているんですね。ちなみに「butaji」というアーティストネームは何に由来してるんですか?

butaji:これ、本当に意味ないんですよ(笑)。自分のあだ名を縮めたらこうなっただけ。あと、その頃の僕はアコースティックな音像に特化した曲を作っていたんですけど、そこでそういうシンガーソングライターっぽい名前にするのが嫌だったんですよね。むしろその音像と相反するようなネーミングの方が、今後の活動もやりやすくなるんじゃないかなって。自分の音楽を名前の印象だけで判断されたくないという気持ちも強かったから。

東京に対する不信感みたいなものがものすごく強くて、前作『シティーボーイ☆』はそんな都会への皮肉を込めたアルバムだったんです。

―butajiさんの作品はどれもコンセプチュアルな構成になっていますよね。

butaji:僕はずっとそういう作品ばかりを作ってきました。1曲目ができたら、その曲と対照的なものをあえて2曲目に持ってきたり、1つの側面だけではよくわからないんだけど、その表裏を見るとようやく全体像が把握できる、という作り方を常に意識してましたね。でも、今作に関してはそういう意識はないんです。「これがbutajiだ」と言い切れる作品が作れたので、どんなふうに受け止められてもかまわないと思って。

―『アウトサイド』はこれまでの作品とはまったく違う意識で臨んだアルバムだということ?

butaji:そうですね。今の僕は、歌詞に自信を持つことができたんです。『シティーボーイ☆』(2013年にBandcampでリリースされた自主盤)は、すごく斜に構えたアルバムなんですけど。

―タイトルの「☆」マークがそのスタンスを象徴してますよね。

butaji:まさにそう(笑)。その頃、東京に対する不信感みたいなものがものすごく強くて、『シティーボーイ☆』はそんな都会への皮肉を込めたアルバムだったんです。ところが、そのアルバムを発表してみたら、それが皮肉だってことをあまり理解してもらえなくて。

―皮肉のつもりだったのに、それがbutajiさんの心情をそのまま表現しているように受け止められたと。

butaji:そう。でも、あれはそういう作品ではなかったんです。そこで僕は「じゃあ、本当の自分はどうなんだろう」みたいなことを考えるようになって。そこからいろんな試行錯誤を経て、今回のアルバムにたどり着きました。

―なるほど。『シティーボーイ☆』を制作していた当時のbutajiさんは、主に東京のどんなところに対して不信感を募らせていたんですか?

butaji:軽薄なところ。震災以降の、なんとなく元通りになっていく都会の様子が、僕はものすごく軽薄だと感じていたんです。それはそれで自己回復能力として正しいのかもしれないけど、あのどんどん記憶が薄まっていく感じがものすごく無神経に思えたんですよね。『シティーボーイ☆』はそこに対する警鐘……なんて言うと、さすがにちょっとおこがましいのかもしれないけど、あのアルバムを作ったときはそういう気持ちが強かったです。

歌詞に皮肉を込めていようがいまいが、それとは関係なく響く音って、やっぱりあるんですよ。そこらへんに生えている植物とか、川や空なんかと同じなんですよね。

―あのアルバム全体のエレクトロニックなサウンドも、その都市の軽薄さや浮き足立ったムードを表現したものだったんでしょうか?

butaji:まさにそうです。あの薄っぺらいソフトシンセの音とか、4つ打ちとかね。でも、結局そこで僕が歌詞に皮肉を込めていようがいまいが、それとは関係なく響く音って、やっぱりあるんですよ。そこらへんに生えている植物とか、川や空なんかと同じなんですよね。つまり、音はすでにそこで響いているものだから、1度放たれたらもう制御できない。だから、そこにどんなものが込められていようが、その音が単純に気持ちいいっていうことは、当然あり得るんです。それはもう作った自分でも把握しきれない。

butaji

―逆に言うと、当時のbutajiさんはそこも把握しようとしてたということ?

butaji:そう。自分でコントロールできると思ってました。でも、思いもよらなかったような感想をいろいろ頂くことになって、ようやく気付いたんです。「ベッドルームポップ」とか、よく言われましたから(笑)。

―確かに当時はふわふわした音像の宅録シンセポップが、国内外を問わずネット上でたくさん発表されていましたよね。でも、そうした評価を自分の作品に当てはめられるのは、あまり納得できるものではなかったと。

butaji:納得いかないというか、意外でした。少なくとも当時の僕はそういう音楽を聴いてたわけじゃないし、そういう音楽を作ろうとしていたわけでもないから。でも、そういう感想を受け取るたびに、自分の姿勢を正されているような感覚もあって。そのおかげで、今回は音への反応をコントロールしようとすることは諦めて、それと同時に、歌詞により強い念を込めることができたんです。

―なるほど。そこでbutajiさんが都会の次に目を向けたものが、『アウトサイド』には描かれていると。

butaji:僕が『シティーボーイ☆』で描こうとしていたのは、「田舎から見た都会のイメージ」だったんですけど、そこを踏まえて、今度は「都会から見た田舎のイメージ」をコンセプトに据えた作品にしようと思ったんです。そうすれば、2つの作品が相互補完できるんじゃないかなと。そこで実際に「都会から見た田舎」について描こうとしたときに、ふと気づいたんですよね。「それ、どっちもハズレじゃん」って。

―「ハズレ」というのは?

butaji:「田舎から見た都会のイメージ」には、何かしらの憧れみたいなものが含まれていますよね。じゃあ、実際の都会に住んでいる人はどうなのかというと、当然それとはまったく違うイメージを都会に抱えている。で、それは「都会から見た田舎」もそうなんですよ。つまり、都会も田舎も、双方の思い浮かべている印象とはまったく違うものだし、どっちのイメージも本物じゃない。もしかするとその桃源郷みたいなイメージが、いわゆる「シティポップ」になっているのかもしれないけど。どちらにしても、その2つはすれ違い続けることになる。そこに気づいたとき、僕は「そんなことをアルバム2枚もかけて表現しちゃいけない」と思ったんです。そんなバッドエンドはやるべきじゃないって。

歌が前面にくる音楽をやっている以上は、歌には真剣に取り組まなきゃいけないと思ってるし、その強度は保っているつもりです。

―なぜ「バッドエンド」はやるべきではない、と思ったのでしょう?

butaji:シンガーソングライターとして何かを表現する以上、僕はそんなに内省的なものは聴かせたくないし、こういう言い方が正しいのかはわからないけど、もうちょっと内実のともなったファンタジーを見せなきゃいけないと思ってたから。暗闇の中でも、ちゃんと光を提示しなければいけないと思ったんですよ。

―リスナーに何かを投げかける以上は、ポジティブなものでなければならないと。そうした音楽家としての高い意識は、butajiさんの歌そのものにも表れているような気がします。

butaji:おお。というのは?

―単純に言うと、butajiさんほど歌唱力の優れたインディーミュージシャンって、今あんまりいないと思うんです。『探偵物語』(2015年7月にリリースされた、入江陽との共作EP)を最初に聴いたときも、とにかくお二人の歌のうまさに感動しちゃって。

butaji:ありがとうございます(笑)。正直に言うと、僕は歌い方についてはあんまり考えてないんですけどね。入江さんはそういうことを意識的にすごく考えてる方だと思います。入江さんは多分アスリートに近い感覚なんじゃないかな。自分がボーカリストとしてどの境地にたどり着けるかっていう、すごくスリリングなことを実験している人だと思う。

―butajiさんの場合はそれとは違う?

butaji:僕はけっこう感覚的にやってしまっているところがありますね。とはいえ、僕もこうして歌が前面にくる音楽をやっている以上は、やっぱり歌には真剣に取り組まなきゃいけないと思ってるし、その強度は保っているつもりです。だって、それは楽器の演奏に取り組むことも同じことですからね。声も楽器と変わらないというか。

―なるほど。だから、オートチューンを使うことにも躊躇がないんですね。

butaji:確かにあれは歌がメインの音楽をやろうとする人が積極的にやることじゃないですよね。

―『アウトサイド』1曲目の“ラブソング”は、ものすごく和声が豊かな曲じゃないですか。そうしたら次の曲でいきなりオートチューンが使われていて、あの流れのインパクトは大きいです。

butaji:それは嬉しいな(笑)。僕は「こっちの方が気持ちいい」とわかったら、自分のボーカルにもためらいなくエフェクトを足しちゃうんです。ベーシックの歌が音程もタイミングもうまく録れていれば、あとはもうどんなエフェクトを使おうが問題ないと思ってます。

今いる場所から移動しようと思わなかったのは、ここにいい友達がたくさんいるから。やっぱり何よりも大切なのは「人」とのつながりだと思うんですよね。

―バッドエンドになることを避けるために、butajiさんが何を描こうとしたのかを訊きたいのですが、そもそもbutajiさんはどういう立ち位置から都市と地方を見てきたんですか?

butaji:僕、転勤族だったんですよ。出身は東京都板橋区なんですけど、そこからいろんなところを転々としていて。つまり、僕はどっちの側面もなんとなくわかるんです。だからこそ、「どっちもハズレじゃん」ということがわかるんですけど。

―実際、『アウトサイド』は辛辣なトーンの作品ではなく、むしろ僕はすごくロマンチックな作品だと思ったし、『シティーボーイ☆』に込められていたような都市への不信感もなくなっていますよね。

butaji:うん。今の僕は東京がそんなに嫌いじゃないんですよ。なぜかと言うと、東京にいい友達がいっぱいいるから。友達がいるから、僕は今東京にいる。それが僕の出した答えなんです。

butaji

―つまり、大事なのは「場所」じゃなくて「人」だということ?

butaji:そう。今回のアルバムに入っている“Light”という曲で、僕は<奏でる地形ごとのソウルミュージック>という詞を歌っているんですけど、つまりそれは「それぞれがいたいところにいればいい」ということなんです。都市でも、地方でも、そこにはそれぞれの生活があって、各地でその生活が淡々と続いている。だから、みんな自分で自分の生活を選べばいい。行きたいところに行けばいいんだって。このアルバムのジャケットがまさにそうなんです。これ、都市とそれぞれの街をつないでいる動脈を描いてもらっているんですよ。

butaji『アウトサイド』ジャケット
butaji『アウトサイド』ジャケット

―このアートワークは実在する景色を描いたものなんですか?

butaji:はい。自分のイメージを伝えようと思って、我喜屋さん(我喜屋位瑳務。イラストレーター)に朝日新聞の切り抜きを見せたんです。それは、山頂から見える福島第一原発を撮った写真だったんですね。そこに映っている常磐自動車道が、ものすごく印象的だったんですよ。この道路はそれぞれの街を結んでいるんだなって。

―この明るい線は常磐自動車道だったんですね。ちなみに僕は福島県出身で、原発事故があったときは、やっぱり自分と故郷が分かち難い関係にあるってことを改めて痛感させられたんです。一方でbutajiさんは先ほどのお話だと、自分の故郷と呼べる場所は特にないとおっしゃっていましたよね。それってどういう感覚なのかなと思って。

butaji:僕はそういうルーツがないから、行こうと思えばどこにでも行くことができるんです。でも、僕は今のところ東京から動こうとは特に思っていない。一方で、去年から一昨年にかけて、僕のまわりには東京から離れていく人がいっぱいいたんですよ。やっぱり友達が遠くに行ってしまうのって、ものすごく寂しいもので。それでも自分が今いる場所から移動しようと思わなかったのは、ここにいい友達がたくさんいるからなんです。だから、やっぱり何よりも大切なのは「人」とのつながりだと思うんですよね。

―じゃあ、butajiさんが今いる場所からいつか離れる可能性は?

butaji:それは大いにあるでしょうね。なかには「絶対にここからは離れない」みたいな人も当然いるだろうけど、人間が集合と離散を繰り返していくことって自然の摂理だと思うし、むしろ僕はそれを祝福したいんです。人が内面から外面に出て行くときの勇気を讃えたいし、その代謝を止めてはいけないと思う。だから、行きたいときに行けばいいんです。アウトサイドにね。

リリース情報
butaji
『アウトサイド』(CD)

2015年8月5日(水)発売
価格:2,484円(税込)
PCD-93935

1. ラブソング
2. ウィークエンド
3. Faded
4. サンデーモーニング
5. ターミナル
6. 銀河
7. すべての明かりが消えたあと
8. Outside
9. Light
10. ギター

プロフィール
butaji (ぶたじ)

都内で活動する藤原幹によるソロユニットがbutaji。BandcampでEP『­四季』や自主盤『シティーボーイ☆』を発表する他、SoundCloudに多数音源を発表するシンガーソングライター。コンセプトだてた楽曲制作が得意で、フォーキーなものから色鮮やかなシンセサウンドを取り入れたエレクトロなトラックまで幅広く、BECKや七尾旅人を影響に受けている。USインディなどにも通じる要素も抑えており、高い楽曲のクオリティーを誇る。何といっても、彼の魅力は独特の歌声。8月5日、初となる全国流通アルバム『アウトサイド』をリリース。



フィードバック 6

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 美声を操る音楽家・butaji、家から抜け出しその歌を全ての街へ

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて