宇宙物理学者・柴田一成、すぐには役立たないものの価値を語る

「はやぶさ」「あかつき」など、実在する日本の探査機の活躍から、日食・月食・流星群といった各種天文ショー。あるいは、『ゼロ・グラビティ』『インターステラー』『オデッセイ』などのハリウッド映画、そしてドラマ『下町ロケット』に至るまで。ここ数年来、またしても「宇宙」ブームが来ているといっても過言ではないだろう。

そんな中、太陽フレアや宇宙ジェットの研究で知られる宇宙物理学者、柴田一成のユニークな試みが静かな注目を集めている。京都市山科区にある花山天文台の台長及び、京都大学宇宙総合学研究ユニット副ユニット長を兼任する柴田。そんな彼が今回、企画・監修した映像作品『古事記と宇宙』は、ワールドワイドな活躍を繰り広げている国際的なシンセサイザー奏者・喜多郎の名盤『古事記』の音楽をバックに、柴田選りすぐりの宇宙映像が次々と映し出される逸品だ。目を見張るような美しさでありながら、学問的な重要性も高いという、それらの映像。宇宙・古事記・音楽……この大胆なコラボレーションは、果たしていかなる発想のもと、生み出されたのか。そして、太陽フレアの観測と研究を専門とする彼が、その先に見据える人類の未来とは。柴田に訊いた。

「自分がなぜここにいるのか?」という疑問を遡っていくと、結局全部宇宙に繋がるんです。

―柴田先生は、なぜ宇宙物理学者の道を志したのですか?

柴田:物心つくかつかないぐらいから、「自分は何でここにいるんだろう?」とか「あの山の向こうはどうなってるんだろう?」ということにすごく興味がありまして。自分がなぜここにいるのか遡っていくと、やっぱり地球ができて、そこで生物が進化してきたからなんです。地球は太陽系の中にできて、太陽系は銀河系の中にできたわけで。結局は全部宇宙に繋がるということに、小学校の高学年ぐらいで気がつきました。

―かなり思索的な少年だったのですね。

柴田:その一方で、私はテレビっ子の走りでもあるんです。『鉄腕アトム』や『ウルトラマン』が大好きで、それには全部、宇宙が出てくるわけです(笑)。あと、その頃から、まさに宇宙の時代になっていって、アポロが月に行ったのもその頃でした。ただ、それを学問として本当にやりたいと思ったのは、中学1年のとき、『ガモフ全集』を読んでからですね。

―『ガモフ全集』?

柴田:ジョージ・ガモフというロシア出身の物理学者がいるんですけど、実は彼が、宇宙はビッグバンで始まったというのを、最初に言い出したんですね。彼は子ども向けの本も書いているのですが、それを中学生のときに読んで、大変感銘を受けまして、宇宙物理学者になりたいと思うようになったんです。だから僕は、星から興味を持った感じではないんですよね。そもそも、家に望遠鏡もなかったので(笑)。

―夜空を眺めるのが好きだったとか、そっちではないのですね。

柴田:むしろ、もっと観念的な入り方をしたというか……あとは、宇宙人に会いたいとか(笑)。まあでも、いろいろ勉強して、望遠鏡を覗いたりするとやっぱり感動するんですよね。

柴田一成
柴田一成

スーパーフレアの話は、我々の進化の謎を解き明かすヒントになる可能性があるんです。

―柴田先生は、宇宙の研究の先には、どんなものがあると考えられているのですか?

柴田:いい質問ですね。それは、私の専門であるスーパーフレアの研究とも関係する話でして。フレアというのは、太陽で起きている爆発のことを言うのですが、それよりも10倍、100倍、1000倍大きいスーパーフレア(超巨大爆発)が、太陽とそっくりの星で大量に発生してることを、僕らが見つけたんです。それで『ネイチャー』という世界的な雑誌に僕らの論文が出たんですけど、太陽とそっくりの星で爆発が起きているということは、太陽でも起きる可能性があるということなんです。

―ということは、つまり?

柴田:それはもう、恐怖なんですよ。現在の太陽フレアですら、実はいろんな被害を地球に及ぼしていますから。たとえば、太陽フレアの爆発の勢いが伝わってきて、カナダやスウェーデンの町全体が停電になったり、その影響でしょっちゅう通信障害が起きているんですよ。そのせいで、航空機が目的地の空港に辿りつけなかったり……。

―SF映画で、そういうシーンを見たことがあるような気がします。

柴田:それのもっとすごいのが起きると、生命大絶滅みたいなことも考えられる。もちろん、頻度は少ないですよ。僕らが見つけたものも、数千年や1万年に1回とかの頻度なので。だから、すぐに心配することはないんですけど、過去にそれが起きた可能性はあるわけです。

―どういうことでしょう?

柴田:地球の歴史を調べると、生命というのは結構絶滅していますよね。たとえば、恐竜が絶滅したのは今から約6500万年前と言われていて、あれは巨大隕石の衝突が原因だったというのが有力な説なんですけど、もしそれが起きなかったら恐竜は絶滅していないし、そうすると人類の進化もなかったかもしれない。つまり、それまで繁栄していた生物が突然いなくなって、それまで繁栄できなかった生物が生き延びて進化するというのを繰り返して、ここまで来たと。だから、スーパーフレアの話は、ちょっと拡大すると、僕らが何でここに生まれたのかという、我々の進化の謎を解き明かすヒントになる可能性があるんですね。

―なるほど。

柴田:太陽とよく似た星を調べることによって、太陽の過去がわかり、未来が見えてくる。今、そのまわりに第二の地球が見つかり始めているんですね。そうすると、次はそういう第二の地球の上に、生命がいるかどうかという話になる。いずれ宇宙人も見つかるんじゃないかと僕は思ってるんですけどね(笑)。そういうものが見つかると、僕らの未来を開拓する、いろんなヒントが見つかるはずなんです。

40歳を過ぎた頃から、これは社会のために働かなければと思うようになったんですよね。

―そういう「使命感」のようなものは、若い頃からあったのですか?

柴田:僕の場合は、とにかく宇宙大好きで、そこから入って脇目も振らずに研究をしていたので……恥ずかしながら、若いときは「社会のために」なんて思ったことがなかったんですね。もう自分の好きなことをやって一生遊んで暮らそうじゃないですけど、研究というのは、遊びの延長にあったわけです。

―それがいつ頃、どのように変わっていったのでしょう?

柴田:僕は、宇宙の星々の謎を解明するための一番身近な星ということで、太陽の爆発現象の研究をやり始めたのですが、さっき言いましたように、それが地球にいろんな被害を及ぼしてることが、だんだんわかってきたんですね。太陽観測衛星の運用当番というのがありまして、太陽のX線画像を調べていたら、どうも大爆発が起きたらしいことがわかったんです。他の人はそう思ってなかったけど、理論的に考えたら、どうもこれはすごい爆発が起きた可能性があると。それで一応、世界中の研究者にメールを送ったんですけど、それを受け取った私の友人が、シカゴの電力会社に電話して、「太陽爆発の影響で、磁気嵐が起きる可能性ある」と伝えたんですね。電力会社は、しょっちゅうそういう被害が出ているので、念のため大きな変圧器を外して待っていたんです。そしたら、その2日後に、本当に磁気嵐が来たんですよ。

柴田一成

―柴田先生の予測が的中したと。

柴田:ただ、その電力会社は変圧器を外していたので、壊れなくて済んだんです。それで数億円の機械が守れたらしくて、えらい感謝されました。そのとき私は、すごいカルチャーショックを受けまして。基礎的な研究をやっているつもりが、ある種の社会貢献になったと。それ以来、そういう爆発の予報を天気予報のように……宇宙天気予報というのですが、それを出すようにしたんです。そうやって、40歳を過ぎた頃から、これは社会のために働かなければと思うようになったんですよね。

『古事記』というのは、世界の始まりを記した神話なので、宇宙とも関係が深いんです。

―柴田先生は、落語で宇宙を語る「宇宙落語会」の制作にも関わっていたり、宇宙の魅力をさまざまな手法で伝えていらっしゃいますね。今回、音楽家の喜多郎さんとのコラボレーションDVD『古事記と宇宙』を企画・監修するに至ったいきさつを教えてください。

柴田:2012年の2月に喜多郎さんを京都大学花山天文台にお招きして、私がご案内したことがありまして。

―柴田先生が「台長」を務める天文台ですね。

柴田:花山天文台は、1929年に作られた日本で2番目に古い歴史的な天文台なんです。しかも、単に歴史が古いだけではなく、アマチュア天文学の発祥の地でもあるんですよ。

―というと?

柴田:初代の天文台長、山本一清先生が、日本中の天文好きの人々や子どもたちを花山天文台に集めて、観望会や講演会を積極的にやったんです。さらに日本中に出掛けていって、アマチュア天文家を育てたり……。日本のアマチュア天文家って、世界一なんですよ。彗星の発見など、アマチュア天文家による発見の数が、日本は世界で一番多いんです。なぜそうなったかというと、京大に花山天文台ができて、山本先生が熱心に普及活動をしたことも大きくて。

―そこに喜多郎さんが見学に来られたと。

柴田:そう。喜多郎さんご自身が熱心な天文ファンで、自宅の望遠鏡で毎日星を見られているらしいんです。そうやって星を見ながら、音楽のインスピレーションを得ていると。お会いしたらものすごく感じの良い方で、どんな音楽を作られているのか調べてみたら、『古事記』を作られていることがわかって。

―喜多郎さんが、1990年に作られたアルバム(ビルボードのニューエイジチャートで8週連続1位という快挙を成し遂げた、喜多郎の代表作)ですね。

柴田:それに僕は、パッと飛びついたんですよ。というのも、2012年というのは、神話の『古事記』が作られて、ちょうど1300年という節目の年でして。『古事記』は、稗田阿礼という人の口承を筆記したものとされているのですが、その稗田阿礼が生まれた奈良県の大和郡山市で、大きなイベントをやる予定になっていたんです。そもそも『古事記』は世界の始まりを記した神話なので、宇宙とも関係が深い。いわゆる「天岩戸伝説」(太陽神である天照大神が岩屋に隠れて、地上が暗闇の世界になってしまったという伝説)も、古代の皆既日食をヒントにしたんじゃないかと言われていたりするんですよ。

柴田一成

―あ、そうなんですね。

柴田:それで、大和郡山市の市長さんから、私ども京大の総長に「『古事記と宇宙』というテーマでシンポジウムを開いてくれませんか?」と連絡があって。京大は宇宙研究の最先端をやっていますからね。そのタイミングで喜多郎さんにお会いしたものですから、「あ、これはピッタリじゃないか」と。

―いろいろすごい偶然が重なったと。

柴田:『古事記』のCDは、まさに宇宙を思わせるような壮大な音楽で感動しました。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)をイメージして、怪物が暴れまわるのを表した“大蛇”という曲を聴いたら、私の専門である太陽爆発の映像が、もう次々と浮かんできまして。喜多郎さんの『古事記』に合わせて、その映像を上映したら、どんなに楽しいやろって思ったんですよね。

天文学的に重要な資料はほとんど映像に入れられたので、天文学の教材としても十分使えるものができたと思います。

―そこから具体的な作業がスタートしていったと。

柴田:はい。ただね、イベントでやったら終わりのつもりで作っていたので、最初は私がパソコンで全部編集していたんですね。喜多郎さんのCDを流すと同時に、私がパソコンで映像をスタートさせるという(笑)。だから本当に素人作りのものだったんですけど、アンケートをとりましたら、予想外に「良かったです」とか「感動しました」って書いてくださる方が多かったんですね。

柴田一成

―柴田先生が思っていた以上に、一般の方々には好評だったわけですね。

柴田:そうですね。それで喜多郎さんから「今度はもっとクオリティーを高めましょう!」と言われまして(笑)。京大の情報メディアセンターと学内共同研究という形を取れることになったんです。だから最後はちゃんとプロの方にやってもらいました。そのおかげで、私の独りよがりではない、多くの人に喜んでもらえるようなものができたんじゃないかと思っています。

―柴田先生が一番苦労されたのは、どのあたりでしたか?

柴田:やっぱり、映像や写真の許諾を得るところですかね。もともとは私の講義の資料だったものですから、そういう許諾を考えずに集めたところがあって。ただ、その甲斐もあって、天文学的に重要なものは、ほとんど入れられましたし、天文学の教材としても十分使えるものができたと思います。大学院生が見ても勉強になるし、小学生が見ても楽しめるようなものになっている。そういうものにしたいっていうのは、最初から思っていたんです。

―そのあたりは、最初から意識していたと。

柴田:そうですね。実際の映像の中ではあまり解説していないんですけど、解説したら一応全部が繋がるようになっているんですよね。最初、僕はできるだけ解説文を画面に入れようとしたんですけど、喜多郎さんに相談したら、「文字ではなく、映像は映像として楽しむのがいいでしょう」とのことだったので、最低限の情報に留めました。DVDの中に入っているブックレットでは、多少解説をしていますけど。

―完成したものをご覧になって、どんな感想を持ちましたか?

柴田:映像だけで見るのと、音楽つきで見るのでは、だいぶ違いますよね。ここに入っている「太陽のプロミネンス噴出」の映像というのがあるんですけど、これはだいぶ昔の写真なので、ちょっと恥ずかしいなと思っていたんですけど、喜多郎さんの音楽がついていると、その古さが気にならないというか。むしろ、それが味になって、より感動したりするんですよね。本当に音楽の力ってすごいと思いました。

短期的な成果だけではなく、長期的な目線で地道に学問の普及をやっていくことが、非常に大事。

―ところで、柴田さんが台長を務める花山天文台は、現在存続の危機にあると聞きましたが。

柴田:そうなんです。花山天文台には、日本で3番目に大きい屈折望遠鏡があるのですが、そういうものを直接眼視できる場所なんて、世界的にもあまりないんです。それで月や土星を見たら、本当に感動するんですよ。ただ、天文学というのはすぐに役立つ学問ではないので、予算的にも後回しになってしまうんです。今、岡山に東アジア最大の望遠鏡を作りつつあるんですけど、日本政府はなかなかそこに十分な予算をつけてくれません。今年ようやく望遠鏡とドームの予算はつけてもらえたのですが、運営費がありません。運営費は花山天文台を閉鎖して、その分を岡山に回しなさいというのですね。ただ、閉鎖するには惜しい、歴史的にも価値のある素晴らしい望遠鏡が、花山天文台にはあるんです。それで今は寄附金集めで天文台の予算削減を何とか乗り切ろうとしています。ぜひ、みなさんにご支援いただけたら幸いです。花山天文台は、将来的には、むしろ毎日でもオープンして、子どもたちに来てもらいたいなと思っています。実は今、そういう構想を練っているところでして。国の予算にたよらず、市民の力で運営するような宇宙科学館(仮称)構想です。

―現状では、一般人は入れないのですか?

柴田:普段は立ち入り禁止なんですけど、年に10回ぐらい、観望会や見学をやっていて、そのときは一般の方々も入れます。何しろね、花山天文台の常勤の職員っていうのは私一人だけで、なかなか研究の現場は大変なんです……。その象徴が、STAP細胞騒動ですよね。

―というと?

柴田:再生医療の分野は役に立つから、国もいっぱい予算をつけるんです。それで研究者たちがそれを必死で取りにいくんですけど、そのためには、ちゃんと成果を出して、世界最高の成果を出さなくてはならないわけです。そのプレッシャーに負けてしまったというか、そういう構造の歪みが表れたのが、あの騒動だと思うんですね。すぐに役立つことばかりに気を取られて、時間が掛かる地道な分野の研究は、あまり相手にされないというか。

柴田一成

―短期的な成果だけではなく、長期的な成果への理解が求められていると。

柴田:そうですね。そのためにはやはり、冒頭に挙げた初代台長の山本先生のように、地道に学問の普及をやっていくことが、非常に大事なことだと思うんです。それこそ、今回のDVDもそうですよね。こういう入り方というのは、これまであまりなかったと思いますが、だからこそ、それによって世の中の人々の理解が深まって、みなさんが応援してくれるようになってくれたらいいなという。実は、そういう期待もしているので、是非一度手に取って、この映像と音楽を体験してみてもらえたら嬉しいですね。

リリース情報
喜多郎、柴田一成
『古事記と宇宙』(DVD)

2015年8月19日(水)発売
価格:4,104円(税込)
YZDI-8002

1. 太始 Hajimari(宇宙初期の大規模構造形成と銀河形成シミュレーション)
2. 創造 Sozo(太陽系内の惑星と衛星)
3. 恋慕 Koi(天の川、星団、星雲、銀河)
4. 大蛇 Orochi(太陽フレア、プロミネンス噴出、X線で見たコロナ)
5. 嘆 Nageki(オーロラ)
6. 饗宴 Matsuri(日食、コロナ、プロミネンス、彩層)
7. 黎明 Reimei(世界の宇宙学の歴史と未来)

リリース情報
『とんでもなくおもしろい宇宙』

2016年1月23日(土)発売
著者:柴田一成
価格:1,512円(税込)
発行:KADOKAWA/角川書店



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