「自分で歌う」を選んだワケ 傑作を生んだ蓮沼執太インタビュー

音楽とコミュニケーションの「ハーモニー」を追求した「蓮沼執太フィル」名義での活動に一区切りをつけた後、アメリカの非営利財団「アジアン・カルチュラル・カウンシル」のグラントによりニューヨーク滞在を経て、蓮沼が新たに目を向けたのは「メロディー」だった。昨年4月にはイルリメ、木下美紗都、Phew、高野寛らをゲストボーカルに招き、全曲書き下ろしの新曲で構成されたコンサート『蓮沼執太のメロディーズ』をBillboard Live TOKYOで開催。そして、最新作『メロディーズ』では全編で蓮沼自身がボーカルを担当し、これまでになくポップスに接近した作風で、新境地を提示している。

もちろん、生演奏と打ち込みが同居した緻密なアレンジや音響構築の素晴らしさは本作でも健在。また、2012年に『TPAM』(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)で上演された舞台作品『TIME』、2014年に発表された蓮沼執太フィルのアルバム『時が奏でる』に続き、本作のラストには『TIME』用に作られた楽曲“TIME”のリアレンジが収録されているように、「音楽=時間の流れ」と捉え、そこと対峙し続ける作家としての姿勢にも何ら変わりはない。そんな蓮沼の見つめる「今」について語ってもらった。

追求したのは音響だったり、音楽的構造やアレンジで、そこは一貫して変わってないんです。ただ、その入口が「歌う」ということだった。

―「(フィル)ハーモニーの次はメロディです。僕の音楽に常に潜んでいたメロディに今、大きくスポットライトが当たっています」というコメントも出ていましたが、新作は『メロディーズ』というタイトル通り、メロディーを追求したような作品になりましたね。

蓮沼:メロディーの追求というか、音楽を作る入口がメロディーだったという話なんです。僕は曲も書くしアレンジもするし、音楽の作り方の種類がいくつかあるんですけど、その中で今回は自分の声から作るということにチャレンジしてみようと思いました。自分の身体を使って作るって、すごく大切な気がして。

蓮沼執太
蓮沼執太

―昨年は森山未來さんの企画によるダンス公演の音楽を手掛けられていたように、蓮沼さんはこれまでも身体表現と密接な関わりを持って活動されていますもんね。

蓮沼:そうですね。身体表現との共同作業は非常に刺激的です。あとは、どんどん新曲を作っていくトレーニングみたいな感じでもあったんです。というのも、僕はこれまで自分の作った曲のアレンジを変えたり、蓮沼フィルの演奏のように編成を変えて披露したりすることをずっとやっていて。時が変わっても同じ曲が演奏され続けるのは美しい行為だと思いますが、その一方では、「せっかくだから、どんどん新曲作ろうよ」という思いもあったんですよね。

―蓮沼執太チームが蓮沼執太フィルへと発展して、アンサンブルを突き詰めたアルバムを1枚完成させた。となると、今回は新たなスタートのタイミングだったのかなと思うのですが、いかがですか。

蓮沼:蓮沼執太フィルで作品を作ったのだけではなくて、同時期に展覧会をやったり、舞台の音楽を作ったり、いろんなコンテクストで活動していたので、「自分は何なんだろう?」ということを考えるタイミングではありました。それが去年ニューヨークに行ったことで自分のコンテクストがだいぶ整理されて、すんなり曲を作れるようになったのは確かです。だから今回はホントに、楽器も持たず、ただマイクを置いて、録音ボタンを押して、歌うというところから作りました。

―めちゃめちゃプリミティブですね。

蓮沼:なので、メロディーを追求したというよりは、メロディーからスタートはしているけど、曲にするにあたって追求したのは音響だったり、音楽的構造とかアレンジだったりで、そこは一貫してこれまでと変わってないんです。ただ、入口が「歌う」ということだった。それが『メロディーズ』という作品です。

曲が持ってる時代感は膨よかで幅広いんですよね。ただ、現在性は残るといいなと思っていました。

―ちょっと言い方を変えて、「ポップスを作ろうとした」と言うことはできますか?

蓮沼:どうなんでしょうね……ポップスだと思いますけどね。ポップスはマナーであって、フィルの曲でも、そういう形式を踏襲した作り方はしているんです。そのマナーがあるからこそ、いたずらしがいがある、ひっくり返しがいがあるというかね(笑)。でも、今回は突拍子もない構造や音色の曲とかもなく、わりと忠実に歌謡曲だと思うので、「ポップス」という概念でいいんじゃないかと思いますけどね。

蓮沼執太

―近年蓮沼さんが関わられたアーティスト、今作にも参加している坂本美雨さん、Negicco、イルリメさんの(((さらうんど)))、あとは赤い公園とかにしても、それぞれの手法でポップスを作っていると言えると思うんです。そこに時代感を感じて、今回のような作品を作ったのかもなと思って。

蓮沼:なるほど。そことシンクロしてるか僕にはわからないですけど……確かに、端から見ていて赤い公園の(津野)米咲とかはそれこそJ-POPを追求して、僕なんかより分析的に楽しく作っていて、素晴らしい活動だなあと感じます。さっきも言った通り、歌ものの体裁を取りつつ、こだわってるのは響きとか制作過程の面白味なところなので、姿勢としてはJ-POPオリエンテッドなものを作って、「どうだ!」という感じではないですね。もっとナチュラルに、自分の声で最初にできたメロディーに合うようなアレンジにしていきました。

―特別に時代感を意識したというわけではないと。

蓮沼:アルバムの具体的な話で言うと、今回はレコーディングした場所もプロセスも、曲ごとに全く違うんです。バンドはライブのときのグルーヴを大切にして一発で録って、弦は弦で別に録ったり、あとは自分で電子音を作って、それをアナログシンセサイザーや古いサンプラーを使って鳴らして、高い解像度で録っていくようなことをしているので、曲が持ってる時代感は膨よかで幅広いんですよね。ただ、現在性みたいなものは残るといいなと思っていました。ポップという考え方自体は同時代性の流行や技術、社会や経済背景だって入っていて、それはどんな立場からでも抜け切れません。さらに今を生きている自分自身が歌うことで、現在性は直接的に入るだろうとは思っていました。「今を記録する」ということは、かなり意識的にやりましたね。

自分は「これエラーでしょ」と思っても、相手にとってエラーじゃないものってたくさんあるだろうから、要は視点をいくつか用意するということなんですよね。

―“起点”に関しては、デザイナーの大原大次郎さんとイルリメさんとのユニット、TypogRAPyのバージョンが先行で配信されていましたね。

蓮沼:TypogRAPyは大原さんのプロジェクトで、文字や音楽やグラフィックを、普段とは違う側面から見てみようという試みで、たとえばペンで文字を書いた音に言葉を当てはめたりとか、様々な方法を探るように楽曲を作っているんです。で、ニューヨークにイルリメさんが遊びに来てくれたときに、「俺ら普通の曲の作り方したことないね」という話になって、「じゃあ、僕がメロディーから作ってみます」って言って作ったのがこの曲でした。そこにイルリメさんが、歌詞とラップを入れてくれて完成したので、このアルバムの中では一番最初にできた曲ですね。ビルボードでやったシンプルなバンドアレンジも好きだったので、アルバムでは僕が歌ってるんですけど、せっかくだから二人をお呼びして録音したバージョンも作って配信リリースしたんです。

―TypogRAPyのインタビューを読ませていただいたんですけど、「万人に向けて標準化されたものではないけれど、上手いところも下手なところも踏まえ、自分の癖というものにも向き合った上で、意図的に強いものを出している」というお話が印象的でした。今回蓮沼さんが全編で歌っていることも、自分の癖と向き合った上で音楽にするチャレンジのようにも思えたのですが、そういった意識はありましたか?

蓮沼:最近U-zhaanと即興のパフォーマンスをやってて思うんですけど、タブラという打楽器は、強いリズムと美しい純粋な音色が共存してるんですよね。そう考えてみると、声というのもリズムの音色化なんですよ。そして自分の声にはレンジがあり、限界もあって、そもそも癖だらけなんです。僕は、いつもはコンピューターとかフィールドレコーディングから音楽制作をスタートしていることが多いので、マイクの向けた先は無限だったんですけど、今回は自分の声を起点にしているわけで、かなり癖だらけのことをやっているんですよね。その癖やエラーは面白いと思ってやっていました。

蓮沼執太

―現代の音楽はそういった癖やエラーを非音楽的なものとして排除しがちだと思うんですけど、そこにこそ豊かさがあるんだという提示になっているようにも思いました。

蓮沼:僕はどんなことをやっていても、ノイズや誤解や間違いとか、偶然に起こることも受け入れるようにしているので、癖というのはそことも似てますね。たとえばフィルの場合、大枠のヘッドアレンジを決めて、「あとは自由にやってください」みたいなこともやるんですけど、そうすることで自分が思い描いてなかったものが出てきたときも、それを自分のものとして受け入れて作るということをやってるので、免疫があるというか(笑)。シンセサイザーやコンピューターでサウンドを作っていても、僕がいいと思う音はいつもエラーや偶発でできたものですし。

―確かに、そういうノイズを受け入れる感覚というのは、蓮沼さんの作品に常に通底しているもののように思います。

蓮沼:そうですね。ノイズという考え方も時代によって変化していく概念ですけど、どんな人が作品に触れるかわからないじゃないですか? 自分は「これエラーでしょ」と思っても、相手にとってエラーじゃないものってたくさんあるだろうから、要は視点をいくつか用意するということなんですよね。何でも固定観念で考えがちですけど、「そうじゃない作品があってもいいよ」っていうのは常に意識してるので、今回の作品にもそれが表れているのかもしれないです。この意識は何も音楽に限った話ではないですが。

シンガーソングライターやラッパーのように、言葉とメロディーでメッセージを伝えるというよりは、言葉の意味や響きも含めて「作曲をしてる」という感じが強いです。

―またちょっと別の言い方をさせてもらうと、さきほど「こだわっているのは変わらず音響的な部分」というお話がありましたが、それを踏まえた上で、本作を「シンガーソングライター蓮沼執太の作品」と言うことはできますか?

蓮沼:いわゆるシンガーソングライターの方と同じ土俵に上がっても十分強度がある作品を作ってるつもりだし、作った作品に対しては自信もあるので、「僕はシンガーソングライターじゃないんで」みたいなことは言いたくないですね。ただ、音楽の作りとしては、シンガーソングライターではないんですよ。って、いきなり矛盾したこと言ってますけど(笑)。やっぱりシンガーソングライターの人っていうのは、歌で想いや思想を届ける、伝えるという部分が大きくあって、音楽と言葉が密接ですよね。むしろそれらがひとつに近い。僕にはそういう考えはなくて、曲やメロディーを作って、その上に言葉で意味を乗っけている感じなので、「思いを伝える」という点では勝てない。

―とはいえ、日本語で歌詞を書かれているわけで、そこには何らかの想いがあるんじゃないかと思うんですね。例えば、イルリメさん作詞の“RAW TOWN”には「国会議事堂」、蓮沼さん作詞の“ハミング”には「シュプレヒコール」っていう言葉が出てくるあたりに、時代性も感じました。

蓮沼:“RAW TOWN”に関しては、イルリメさんと一緒にフィールドワークをして作りました。東京駅で待ち合わせをして、移動しながら、イルリメさんは言葉を書いて、僕は写真を撮ったり、フィールドレコーディングをしたり、終着地を決めずにいろんな順番で東京を旋回して、それがそのまま歌詞になってるんです。

―ではやはり、メッセージや時代性を意識したわけではない?

蓮沼:イルリメさんは、そこまで社会的というわけではないですけど、思想やポリシーがある方なので、僕にとって影響は大きくありますね。それに、リズムと言葉の関係性を僕以上に追求される方ですし、僕はいつも尊敬の眼差しで見ています。僕の場合は、メロディーに言葉が乗っても、それは音なんですよね。シンガーソングライターやラッパーのように、言葉とメロディーでメッセージを伝えるというよりは、言葉の意味や響きも含めて「作曲をしてる」という感じが強いです。

―「伝えたいメッセージ」というのとはまたちょっと違うとは思うんですけど、蓮沼さんの歌詞のキーワードになっているのは、やはり「時間」なのかなと。

蓮沼:そうですね。やっぱり、音楽で表現をする人間は、どうしても時間に縛られますからね。ただ、それを羨ましいと思う人もいて、たとえばペインターさんは音楽に憧れるんですよ。ライブや現前性がそこにあるから。でも、音楽家はその時間と絶えず争ってもいるわけで、ゆっくり一枚の絵を仕上げるペインターさんが羨ましくも見える。まあ、隣の芝生は青く見えるという話なんですけど、やっぱり僕は時間にまつわることで音楽を作ってるので、詞を書くときも、「それってどういうことなんだろう?」っていうのが出てくるんですよね。

またモードが変わっていくんだろうなって思いますね。

―アルバムのラストには、まさにその「時間」をテーマにした、“TIME”という曲が収録されていますね。

蓮沼:“TIME”は僕にとって重要な曲で、2012年に『TPAM』というパフォーミングアーツのフェスに出たときに作曲した舞台作品のタイトルでもあるんですけど、その中の歌のシーン用にメンバーで作って演奏したのが“TIME”なんです。今回はそれに僕が新たにメロディーと歌詞を足して、アレンジも変えて収録しました。先行配信のバージョンはYIRANさんというモデルの女の子に歌ってもらったんですけど、直接舞台作品とは関係のない人に歌ってもらうことによって、いよいよ誰のものでもない音楽になるというか。口頭伝承のような感覚で、曲が引き継がれていく感じ、僕の手元からどんどん離れていく感じを、“TIME”という曲で最後に持ってきたかったんです。

―今作は全編蓮沼さんが歌っている分、記名性の強い作品とも言えると思うんですけど、でも最後には手を離して、聴き手に返していくというか。

蓮沼:はい。それはやっぱり、「自分の作品なんて所有できないんだ」という想いの表れなんですよね。僕の作品はいつもそうで、みんなが好きなように楽しめる方が音楽としてはいいと思うんですよ。だから、「結局いつもやってることはそんなに変わってない、変われない」って話になりかねないんだけど(笑)。

―その哲学が根底にあるからこそ、どんな形態の作品でも、作家としての蓮沼さんのカラーが感じられるんだと思います。そう考えると、ライブと作品の相互作用で形態が変わっていくというのも蓮沼さんのカラーなので、今作がどうライブに還元されていくのかも気になるところです。

蓮沼:そうですよね。蓮沼執太フィルの一連のプロジェクトの場合は、蓮沼執太チームで演奏していたものをフィルでアレンジして、それを録音するというのがゴールだったんですけど、今回は蓮沼執太のアルバムから始まっているので、できあがりから変えていくというか、フィルとは逆の方向性ですよね。どうなるかはまだ僕もわかってないんですけど、思いもよらない方向に行けたらいいなって思います。

蓮沼執太

―ここからまた始まっていくような、そんな軽やかさも本作の魅力ですもんね。

蓮沼:これまでとも地続きではあると思うんですよ。ただ、音楽や展示などの活動をしていると、節目みたいな瞬間があって、CDアルバムを出すというのは、確かに自分のモードが変わるんですよね。それが面白いなって。人生でそんなに何枚もCDを出せるわけじゃないと思うし、やっぱり今回も大事なリリースで、地続きではあるんだけど、『メロディーズ』でまたモードが変わっていくんだろうなって思いますね。

リリース情報
蓮沼執太
『メロディーズ』(CD)

2016年2月3日(水)発売
価格:3,024円(税込)
B.J.L. / AWDR/LR2 / DDCB-13031

1. アコースティックス
2. 起点
3. フラッペ
4. RAW TOWN
5. ハミング
6. テレポート
7. クリーム貝塚
8. ストローク
9. ニュー
10. TIME

イベント情報
『蓮沼執太『メロディーズ』発売記念 ミニLIVE & サイン会』

2016年2月29日(月)START 20:00
会場:東京都 渋谷 タワーレコード渋谷店 8F Space HACHIKAI特設ステージ

『蓮沼執太メロディーズ・ツアー2016』

2016年3月19日(土)OPEN 11:00 CLOSE 21:00
会場:北海道 札幌 芸術の森 アートホール
出演:
青葉市子
Koji Nakamura
sleepy.ac
DJみそしるとMCごはん
蓮沼執太
MODELS
and more

2016年3月26日(土)
会場:福岡県 ROOMS

2016年4月24日(日)
[1]OPEN 15:30 / START 16:30
[2]OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 六本木 Billboard Live TOKYO

『森、道、市場2016』
2016年5月13日(金)~5月15日(日)
※5月13日は前夜祭
会場:愛知県 蒲郡市 大塚海浜緑地
出演:
SPECIAL OTHERS
ペトロールズ
トクマルシューゴ
水曜日のカンパネラ
蓮沼執太
MOODMAN
Yogee New Waves
水中、それは苦しい
中山うり
and more

2016年5月21日(土)
会場:大阪府 クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地)

プロフィール
蓮沼執太
蓮沼執太 (はすぬま しゅうた)

1983年東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演、コミッションワーク、他ジャンルとのコラボレーションを多数制作する。また近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションなど個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行う。音楽祭『ミュージック・トゥデイ』を自ら企画構成を行う。2014年、蓮沼執太フィル『時が奏でる Time plays - and so do we.』を発表後、ニューヨーク滞在を経て2015年より多岐にわたる新たな活動を行っている。



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