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注目を集める「伝統芸能」の楽しみ方を作家・岩下尚史に聞く

注目を集める「伝統芸能」の楽しみ方を作家・岩下尚史に聞く

『スパイラル芸能の宴2016「花方」~第二章「若松の宴」』
インタビュー・テキスト
萩原雄太
撮影:田中一人 編集:佐々木鋼平

私、恋愛以外の視点で物事を見たことがないんですよ。

―昭和30年代を境に、歌舞伎の大衆化が起こったことによって、芝居の見方も変わってくるのでしょうか?

岩下:歌舞伎も新派劇(歌舞伎をベースに明治期にはじまった、同時代の人々の哀歓を演じた劇)も、昔でいうところの芝居は「芸」を観ていたんです。テーマでもストーリーでも、思想を喧伝するものでもなく、ひいきの役者の芸を観るのが、昔の芝居の見方でした。しかし、敗戦後に新劇(明治末期に欧米から持ち込まれた近代劇)が演劇の主流となり、さらにアンチテーゼとしてのアングラ演劇などが隆盛してくると、伝統芸能の世界でも、取り残されまいと新奇な試みに憂身をやつす一派もあらわれはじめました。

『花方』~序章「花の宴」公演の様子 撮影:岡本隆史
『花方』~序章「花の宴」公演の様子 撮影:岡本隆史

―「芸」より「作品」を観るようになったわけですね。そのような変化はなぜ起こったのでしょうか?

岩下:それは、観客の多くが声曲舞踊の「稽古事」をしなくなってしまったからだと思います。長唄、浄瑠璃、鳴り物、舞踊、茶の湯に至るまで、広く浅くでも稽古した人じゃないと芸の本当のところまではわからないと私は思うんです。昭和までは、歌舞伎のお客さんの多くは、芸事の世界を知る花柳界の芸者でした。けれども、次第に客層も世代が替わってくると、特に平成以降は、「稽古事」をしない人が劇場に足を運ぶことが多くなりました。つまり「芸」のなにを見たらいいか知らないので、新劇のように、作品の主題や登場人物の性格を分析して観る人たちが増えてきたわけです。「役者」より「歌舞伎」を見るようになったように思いますね。

―私もよく演劇を観にいくことがありますが、当然そういうふうに観るものだと思っていました。

岩下:現代演劇は当然そうだと思います。でも、歌舞伎の場合は、江戸時代から明治にかけて書かれた台本がほとんどですから、現代人の考え方では理解しきれない部分もじつは多いんですね。ただ、いまでは熱心な観客ほど、あらかじめ解説を読んで、勉強してから観る人が増えている気がします。役者を観ても、芸そのものを観るのではなく、頭で分析して、解釈して、納得しようとするんです。だから、役者のほうでも表情豊かに説明的な演技をすることが多くなったような気がしています。

『花方』~第一章「星逢いの宴」公演の様子 トークセッションで司会をする、岩下尚史、八嶋智人、 撮影:岡本隆史
『花方』~第一章「星逢いの宴」公演の様子 トークセッションで司会をする、岩下尚史、八嶋智人、 撮影:岡本隆史

―身体全体を使った「芸」よりも、解釈しやすい「表情」に重きが置かれるようになり、演技の質まで変わってしまったんですね。ただ、観客として芸の妙味を味わうためには、熟練を積まなければなりません。伝統芸能を楽しむことは、やはり初心者には難しいものなのでしょうか?

岩下:必ずしもそうではありませんよ。私は子どもの頃から芝居を観ていますが、そのときは、芸の詳しいことなんてよくわかりませんよね。私の場合は、ただ、ある名優が好きで通っていたら、その魂みたいなものが身体の内に入ってくるような感じ、あるいはこちらがその心のなかに入ってしまうように感じるときがあったんです。そうすると「この芸の境地に至るまでに、どのような修業を積んだのだろう? さまざまな思いが見事な芸の糧になったに違いない……」という、共感の気持ちが子どもながらに芽生えてくるんですよ。

―役者の演技に入り込んで感じることで、その思いや人生までが伝わってくるんですね。

岩下:芸の本質は「技」ではなく「人格」であり、その流儀に伝わる「魂」なんです。皆さん、芝居を観て「あの役者は上手い」とかおっしゃるでしょう? でも、芸は上手い下手じゃなくて、演じる人の生き方によるんです。だから、稚拙でもいい芸はあるし、達者でもイヤな芸がある。

『花方』~第一章「星逢いの宴」公演の様子 撮影:岡本隆史
『花方』~第一章「星逢いの宴」公演の様子 撮影:岡本隆史

―岩下さんのように、あたかも役者に憑依するような芸の見方は、芸術作品を「鑑賞する」という態度とはまるっきり異なっていますね。

岩下:そうかも知れませんね。私は能でも歌舞伎でも、いわゆる鑑賞芸術として舞台を観ることはできないのです。なけなしの頭で分析して解釈をして納得する暇もありませんし、なんだか、水臭い気がします。

―岩下さんにとっては、「全身全霊で役者に入り込む」ことが、芸を観ることなんですね。

岩下:はい。私、なんであれ「色ごと」以外の視点でモノを見たことがないんですよ(笑)。

―えっ?

岩下:恋するときのようにしか、物事の見方を知らないんです。惚れるか惚れないか、あとは憎らしいか恨めしいか(笑)。私はどんな貧乏をしても、芝居を観に行くときには一等席の真ん中でしか見物しません。だって、劇場は鑑賞するために行くんじゃなくて、惚れた役者に来たことを見てもらうための場所なんですから!

―まるでAKB48のファンの発言のようです(笑)。

岩下:恋することにいまむかしの区別はありません。私は幼い頃から、能でも歌舞伎でも、知識を得るためとか、他人に自慢したいからとか、そんな下らない理由で観たことは一度もないんです。ましてや当時は歌舞伎など、だらしないものというのが、堅気な家の認識でしたから。小学生の頃から親の目を盗んではひいきの役者たちに逢いたくて、やむにやまれず劇場に通ったものです。まあ、そういったところでは、AKB48のファンの方々と似ているかも知れませんね。

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イベント情報

『スパイラル芸能の宴2016「花方」~第二章「若松の宴」』

2016年4月29日(金・祝)16:30開演(開場は開演の30分前)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

第1部
清元『玉屋』

立方:片岡千之助
浄瑠璃:清元一太夫、清元國恵太夫
三味線:清元昂洋、清元美十郎

トークセッション
出演:
片岡千之助
清元昂洋
清元一太夫
進行:八嶋智人
聞き手:岩下尚史

第2部
東をどり『東風流彩色見本』

立方:喜美弥、きみ鶴、寿々女
演奏:多賀子、照代、由良子

トークセッション
出演:
喜美弥
きみ鶴
寿々女
多賀子
照代
由良子
進行:八嶋智人
聞き手:岩下尚史

料金:前売3,500円

プロフィール

岩下尚史
岩下尚史(いわした ひさふみ)

作家。國學院大學客員教授。新橋演舞場株式会社在職中、企画室長として劇場創設の母体である新橋花柳界主催「東をどり」の制作に携わる。2007年処女作『芸者論』で新人としては異例の第20回『和辻哲郎文化賞』を受賞。これを機に、本格的な作家としての活動を開始。三島由紀夫にまつわる実話をモチーフに書き下ろした小説『見出された恋』『ヒタメン』など話題作を発表している。また、日本人の古典的な暮らしや伝承芸能についての実態に基づいた識見が注目され、講演会のみならず、テレビ番組の出演など様々な場で活躍をしている。

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