樹海で彷徨う生を描く『追憶の森』に見るガス・ヴァン・サント節

『グッド・ウィル・ハンティング』『ミルク』『エレファント』などで知られる映画監督、ガス・ヴァン・サントの最新作『追憶の森』がDVD化される。同作は、自殺の名所として知られる日本の青木ヶ原に、自らの命を絶つためにやって来たマシュー・マコノヒー演じるアーサーと渡辺謙演じるタクミの心の交友を描くミステリードラマ。アーサーは妻との結婚生活を回想しながら、タクミとの出会いを通じて再生を目指していく。磁石が狂い携帯電話も通じない過酷な状況に置かれながらも、一緒に出口を求めて彷徨うふたりだが……。

そんな映画を監督したガス・ヴァン・サントの大ファンを公言しているのが、一人バンドarko lemmingに加え、told、0.8秒と衝撃、さらにドレスコーズのサポートメンバーとしても活動するミュージシャンの有島コレスケ。『追憶の森』も映画館に見に行き、いたく感銘を受けたという。そんな有島に、同作をはじめとするガス・ヴァン・サント作品の魅力、さらには自身の創作の源泉について訊いた。

ガス・ヴァン・サント監督作品は、照れ隠しが上手くて後味がいいんです。不良がいいこと言うみたいな……伝わるかな? これ(笑)。

―有島さんが最初に見たガス・ヴァン・サントの作品はなんですか?

有島:『エレファント』(2004年)ですね。あれは監督本人が脚本をやっているのでちょっと例外的な作品ですけど、単純に映像としても作りが面白いですよね。これはガス・ヴァン・サント監督の作品すべてに共通しているところなんですけど、淡々と終わりに向かっていく感じがいい。

有島コレスケ
有島コレスケ

―『エレファント』は『カンヌ国際映画祭』で賛否両論を巻き起こした作品ですね。賛の人と否の人との間で殴り合いの喧嘩が起きたとか。

有島:でもそれぐらいのほうが作品の強度は高いですよね。実際にあった事件をもとにしている(米・コロンバイン高校の銃乱射事件が題材)から、結末はバッドエンディングだって分かっているんだけど、もともとバッドエンディング好きなので見入ってしまうんですよね。俳優に素人の学生を使っていたり、手法が実験的で面白いですよね。

―その後は何をご覧になりましたか?

有島:『パラノイド・パーク』(2007年)かな。それから、『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』(1997年)がガス・ヴァン・サント監督だっていうのを後から知って見たんですけど、これがまたよくて。

『エレファント』とか『パラノイド・パーク』みたいに、ユース感があって荒廃した感じの作風ばかりなのかと思ったら、こんないい話もできるんだって。その辺りから、この監督の作品は見ようって思ったんですよね。で、『永遠の僕たち』を見たんですけど、あれが2011年の個人的ベストムービーで。大ファンになりました。

―『永遠の僕たち』はどんなところが好きですか?

有島:主役のヘンリー・ホッパーがラストシーンで見せる表情がすごすぎるんです。その表情がアップになってスタッフロールまでの流れは、本当に最高でした。 それからは、友達と「ガス・ヴァン・サント監督の新作やるらしいよ」って見に行くようになって。僕は、映画の衣装をすごく見るんですけど、『永遠の僕たち』は衣装もいい。実際の古着じゃなくて、古着のヴィンテージ風のものをいちからちゃんと作ったらしいんです。それによって時代感が曖昧になっているところも好きでした。

青木ヶ原樹海で彷徨うアーサー(左:マシュー・マコノヒー)とタクミ(右:渡辺謙) / 『追憶の森』
青木ヶ原樹海で彷徨うアーサー(左:マシュー・マコノヒー)とタクミ(右:渡辺謙) / 『追憶の森』

―『追憶の森』も映画館で見られたとのことですが、印象に残っていることはありますか?

有島:すっごい細かいんですけど、アーサーの奥さんを演じているナオミ・ワッツが夫婦喧嘩でイライラしている時にワイングラスをくるくる回すシーンがあるんですよ。苛立ちを表現するのに「そんな表現ある!?」って思って。全然たいしたことじゃないのに、でもそれだけで苛立ちが伝わってきて衝撃だったんですよね。ちなみに、衣装の話に戻りますけど、『追憶の森』は首つり死体のネルシャツが実はオシャレだったりするんですよ(笑)。

『追憶の森』DVDジャケット
『追憶の森』DVDジャケット(Amazonで見る

―そんなところまで見られているんですね(笑)。有島さんは、ガス・ヴァン・サント監督作品でベスト3を挙げろと言われたら何を挙げますか?

有島:うーん、『エレファント』『永遠の僕たち』、今回DVD化される『追憶の森』もよかった。『追憶の森』も賛否両論でしたけど、僕は、ガス・ヴァン・サント節全開というか、「もともとガス・ヴァン・サントってこんな感じじゃない?」って思いました。

―「こんな感じ」というのは?

有島:まともにやると恥ずかしくなっちゃうようなストーリーとオチでも、クサくなり過ぎず、湿っぽくなりすぎず、ちゃんといい話になる感じ。照れ隠しが上手いというか、後味がいいんです。不良がいいこと言うみたいな……伝わるかな? これ(笑)。話は淡々と進んでいくのに、それでいて後からじわじわくる。『追憶の森』は特にそうですよね。

死というものに対して悲観的じゃないというか、それが自然なことだと思えるんです。

―青木ヶ原樹海で彷徨う自殺願望者のやりとりが話のスタートではありますが、たしかにすごく湿っぽいわけではなく、結構ドライですよね。

有島:そう、乾いた感じ。じとーっとならない。だからクサい話でも許せるんですよね。『追憶の森』も、加瀬亮さんが幽霊役で登場する『永遠の僕たち』と同じで、非現実的な要素が入ってくるファンタジーっぽいお話だけど、すごく浮世離れしている感じもしないというか、嘘っぽくない。

なんというか、死ぬこと自体をそんなに悲観していないですよね。自殺を肯定しているわけじゃないけど、大切な人が死んでしまったという事実は自然なこととして捉えるような描き方が多い気がします。『追憶の森』は、輪廻転生の思想も入っていて、東洋的な死生観があるから、日本人が受け入れやすいんじゃないかな。

樹海に咲く花を食い入るように見るタクミ / 『追憶の森』
樹海に咲く花を食い入るように見るタクミ / 『追憶の森』

自殺防止のための看板も生々しく描かれる / 『追憶の森』
自殺防止のための看板も生々しく描かれる / 『追憶の森』

―その非現実的な要素が持っているメッセージも強いですよね。

有島:そうそう。最初は絶望して命を絶ちに行くところから始まる話だけど、あとから考えると、生きることを肯定するようなメッセージとかテーマが込められている。

主人公のアーサーは、奥さんの好きな色も知らなかったことにやっと気づいたのに、奥さんが亡くなってしまって、絶対後悔しているわけじゃないですか。お互い素直になれなかったな、みたいな。見ている人に対して、お前ら素直になれよっていう教訓的なメッセージもあると思います。

ジョーン(ナオミ・ワッツ)&アーサー・ブレナン夫妻 / 『追憶の森』
ジョーン(ナオミ・ワッツ)&アーサー・ブレナン夫妻 / 『追憶の森』

―『追憶の森』は、身近な人の死に直面したことがある人にとっては結構切実な話なのかなと思います。

有島:そう、僕、4月に身近な人が亡くなったんです。悲しいのは悲しいんですけど、すごく遠くに引っ越したぐらいの感覚もあって。

―身近な人が亡くなった時って、すごく悲しいと思っている自分と、客観的に「人って死ぬんだな」って思っている自分がいる気がします。

有島:僕は後者が強いですね。あんまり泣きもしない。僕もガス・ヴァン・サント監督と一緒で、死というものに対して悲観的じゃないというか、良いのか悪いのかわからないですけど、それが自然なことだと思えるんです。

有島コレスケ

―今回、改めて『追憶の森』をご覧になったそうですが、何か新たな発見はありましたか?

有島:話が時系列に沿って進んでると思っていたんですが、改めて見て、それが違うんじゃないかと。自殺の名所っていうあの世とこの世の境目みたいな場所が舞台なのもあるし、実はアーサーは途中から半分死んでいて、そのあとは半分夢なんじゃないかって思いました。

たき火を囲んで生き延びようとするふたり。青木ヶ原樹海に辿り着いた経緯や胸中を語り合う / 『追憶の森』
たき火を囲んで生き延びようとするふたり。青木ヶ原樹海に辿り着いた経緯や胸中を語り合う / 『追憶の森』

海外に住んでいる時、日本人会の誰かの家に来たビデオやCDをみんなで回すっていう習慣があって、それにワクワクするような子供時代でした。

―有島さんは曾祖父が小説家の有島武郎さんで祖父が俳優の森雅之さんですよね。文化系の血筋だと思うんですが、小さい頃から芸術や文化が身近にある環境でしたか?

有島:父親が転勤族だったので、外国も含めて転々としてたんです。生まれたのが東京で、ドイツ、成田、大阪、オーストラリアに行って、東京に戻ってきました。海外生活の時は、ティム・バートンが監督した『バットマン』とか、何回も見たのを覚えています。向こうのテレビを見てもあまり分からないし、日本から送られてくるテレビや映画のビデオテープを見ていたんですよね。だから、その頃から映画は見てました。

有島コレスケ

―映画は子供の頃からお好きだったんですね。昔も今も幅広く見られているんですか?

有島:そうですね。ミニシアター系も普通に見ますけど、やっぱり、『踊る大捜査線』面白いじゃないですかっていう(笑)。大規模なエンターテイメント作品も圧倒されるところがあるし、最近だと『君の名は。』は最高でした。今のところ、2016年のベストかもしれない。

―『君の名は。』も話が尽きなさそうですね(笑)。音楽も子供の頃からお好きだったんですか?

有島:音楽は親がオペラとかクラシックとかジャズが好きで、それが家でかかっていて……、なんか鼻につきますよね、そんな家庭(笑)。でも、ジャズは僕もすごく好きになって、そこからJ-POPとかも聴くようになりました。それも海外に住んでいる時に日本から送られてくるものの中に入っていて。

有島コレスケ

―その「日本から送られてくるもの」って誰が送ってくるんですか?

有島:近所に住む日本人会みたいなのがあって、誰かの家に来たビデオやCDをみんなで回すっていう習慣があったんです。「早く次の荷物が来ないかな」ってワクワクするような子供時代でしたね。ビデオにね、日本のドラマが3話ずつとか入っているんですよ。それを楽しみに生きるっていう(笑)。

あと、その頃からゲームとかドラマの音楽が好きでした。ドラマのBGMがワイドショーで転用されていたりするじゃないですか。それを見つけるのが得意だったんですよ。今でも映画を見る時は衣装と同じくらい音楽もすごく聴いちゃうし、もともとBGMが好きだったのかもしれない(笑)。

誰にも言えない悩みを持っている人とか、ガス・ヴァン・サント監督の作品に救われる人は絶対いると思います。

―有島さんは映画『なけもしないくせに』(2016年)の劇伴もやられていますよね。

有島:はい。すごく光栄でした。音楽で携わらせてもらったのもそうなんですけど、ちょい役で出るとか、映画を構成するいち要員になってみたいっていう願望は今もあります。バンドもそうですけど、ひとつの目標に向かって自分が何ができるのかを考えるのが好きなんです。

―集団創作がお好きなんですかね?

有島:集団の中で素材になりつつ、いい意味で和を乱したい気持ちもあるんです。ちょっと無茶をやってしまいたいというか。

―ガス・ヴァン・サント監督は、脚本はけっこう他の人に委ねるじゃないですか。逆に有島さんは昨年一人バンドarko lemming名義でアルバム『PLANKTON』を出されましたけど、集団創作とは違う面白みのある作品でしたね。ひとりで作っているのにバンドっぽくて、不思議でした。

有島:バンドの人のソロって、アコースティックや打ち込みっぽいイメージがあるじゃないですか。そういうのじゃないのにしようというのはありましたね。すごくバンドっぽい音にしたかったんです。

―曲は長年作り溜めていたんですか?

有島:もともと人に聴かせることをまったく考えずに作っていたので、世に出すとは思っていなかったんですよ。家で作って自分で聴いて満足していたので。変態ですよね(笑)。

でもやっぱり、家でひとりで曲を作っている時間が好きだし、閉じこもって楽器を触っていると無になれるというか。その時がいちばん幸せです……って根暗だなあ(笑)。でも、結局そこから全部創作意欲が生まれているから大切にしたいんです。

有島コレスケ

―楽器もひとりで全部やられていますが、有島さんがそもそも最初に手にした楽器はなんだったんでしょう?

有島:海外にいる時に家にクラシックギターがあって、それをいじっていたのが最初ですね。東京に帰ってきて、小学校の音楽室にドラムがあったからそれを叩きつつ、中学に入ってギターを弾いている友達に会ってベースを弾くようになり……。昔から割と並行して全部の楽器をやっていて、とにかく楽器にずっと触っていました。

飽き性だからひとつの楽器だけだと飽きるのかも(笑)。ベースですら毎回決まったフレーズを弾かないので。とにかく、好きなものが多いんですよね。映画もそうですけど、音楽も何でも聴くので、「何聴くんですか?」って訊かれると困っちゃいます。「何でも聴くんだよなー」って(笑)。

―次作もバリエーションが豊かそうですが、アルバムの予定は?

有島:ついこの間、次作のレコーディングが終わったところです。1枚目とは違って、完全に人に聴かせるつもりで作りました。まだ詳しくは言えないんですけど、かなりコンセプトがはっきりしたものになりましたよ。

有島コレスケ

―楽しみにしています。音楽をやる上で、映画から受けた影響で何かフィードバックされていることはありますか?

有島:ガス・ヴァン・サント監督の影響か分からないですけど、クサくなりすぎないものを作りがちですね。メッセージ性が強いことを言っていても、それをあえて緩和させるような言い方にしたり、照れ隠しをしてしまう気がします。

―ベタになりすぎないというか。

有島:そうですね。僕は、映画でも「ここに向かってますよ、ここで泣きますよ」みたいなのが見えると冷めちゃって。性格が、たぶんちょっとひねくれてるんですよね。ガス・ヴァン・サント監督の作品は、そういうひねくれてる人が素直にいいって言えると思う。

監督自身もゲイであることをカミングアウトしているし、やっぱりマイノリティーの気持ちを描くのに長けているんじゃないかな。だから、誰にも言えない悩みを持っている人とか、『追憶の森』に限らず、ガス・ヴァン・サント監督の作品に救われる人は絶対いると思います。

リリース情報
『追憶の森』(DVD)

2016年10月4日(火)発売
価格:4,212円(税込)
BIBF-3048

監督:ガス・ヴァン・サント
脚本:クリス・スパーリング

『追憶の森』(Blu-ray)

2016年10月4日(火)発売
価格:5,184円(税込)
BIXF-0225

監督:ガス・ヴァン・サント
脚本:クリス・スパーリング

プロフィール
有島コレスケ (ありしま これすけ)

2015年より一人バンドarko lemmingとして活動をスタート、並行してtoldのベース、0.8秒と衝撃。のドラムを担当。ドレスコーズのアルバム、ツアーでのベース等を中心に、女優・日南響子の音楽プロジェクト、Buffalo Daughterのベストアルバム、三浦建太郎『ギガントマキア』のOfficial Trailer楽曲等に参加。スズメーズ、BOYLY Entertainmentも行う。



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