
折坂悠太という異能の歌い人、終わりゆく平成へのたむけを歌う
折坂悠太『平成』- インタビュー・テキスト
- 大石始
- 撮影:タイコウクニヨシ 編集:山元翔一
平成元年に鳥取で生まれ、ロシアやイランなどで過ごしたのち、現在は千葉を拠点に活動を続けるシンガーソングライター、折坂悠太。近年は宇多田ヒカルがフェイバリットに挙げるなど幅広い注目を集めている彼のニューアルバム『平成』が、10月3日にリリースされる。
無垢な言葉と世界各地のルーツミュージックを吸収したその歌世界は唯一無二。寺田燿児ら折坂のライブパフォーマンスを支えてきた馴染みのメンバーに加え、トラックメイカーのRAMZAらも参加した新作には、凄まじいスケール感を持つ異能のシンガーソングライターである折坂の才気が迸っている。
平成のはじまった年に生まれた折坂は、平成が終わりを迎えようとしているこの2018年に何を歌おうとしているのだろうか? 「終わり」と「はじまり」の気配に満ちた新作の話を中心に、独自の宇多田ヒカル論やさまざまな歌唱法を駆使することで増幅される身体性についてなど、インタビューのテーマは多岐に渡った。
僕は「平成」を自分にとっての肩書きのようなものとして捉えている。
—『平成』を掘り下げるにあたって、平成元年生まれの折坂さんが「平成」という時代をどのように捉えているのかお訊きしたいです。
折坂:個人的な面とパブリックな面があるんですけど、個人的な面でいえば、僕は「平成」を自分にとっての肩書きのようなものとして捉えているんです。
—肩書きですか。
折坂:はい。僕は鳥取生まれだけど育ったのは千葉で、海外で生活していた時期もあって、地元といえる場所がないまま育ってきた。そういうこともあって、自分にはルーツがないと思っているんです。でも、「平成元年生まれ」という肩書きが、そうした出自のなさを穴埋めしてくれるんじゃないかと考えていて。それは要するに「何にもない」ということでもあって、そんな所在のなさが「平成」という時代とも共通するものなんじゃないかと。
—「何にもない」というアイデンティティーを示すものでもあると。
折坂:そうですね。昭和は戦争や、それに続く高度経済成長などいろんなことがあったわけですけど、平成は「自分たちの時代を作るんだ」という意識もそれほど共有されないまま、経済だけがひたすら下っていった印象があるんです。自分はまさにそういう時代に生まれ、そういう時代を生きてきたというコンプレックスが少しだけあるんだと思います。
今回の『平成』というアルバムは、そんな自分の出自のなさに正面から向き合ったものなんです。平成という時代が終わってしまうということもあって、そういう自分に向き合わないといけないと思ったんですね。
—たしかに、平成って非常に捉えどころのない時代だったと思っていて。昭和のようにわかりやすい物語があるわけでもないし、実態が掴みにくい。今回のアルバムは、捉えにくくてモヤモヤとした「平成」という時代に、新しい言葉と音によって実態を与えようとするものなんじゃないかと思ったんですよ。
折坂:そういうところはあるかもしれませんね。今回のアルバムに“みーちゃん”という曲がありますけど、みーちゃんというのは自分の姉のことで、幼少期の他愛のない記憶をもとにしているんですね。そういうモヤモヤとした記憶に音をつけて実態化した曲もありますし。
—今回の収録曲は、そのように具体的な体験や記憶に基づいたものが多いんでしょうか?
折坂:“みーちゃん”のように古い記憶に基づいたものもあれば、いま自分が思っていることや、物語そのものを創作したものもあります。時代も幼少時代を舞台にしているものもあれば、震災後のこともあって、平成というお題に合わせてさまざまなエッセイを書いた感覚に近いんです。
—なるほど。今回はその一方で私小説的な感覚が滲んでいる曲もありますよね。
折坂:内容は多岐に渡っているけど、全部私小説といえば私小説だと思います。これまでのアルバムではこの世にいない人や、まだ生まれていない人、もしくは自然に対して歌っているような感覚があったんですけど、今回のアルバムに関してはいま生きている自分であるとか、顔が見える人たちのことを歌おうと思った。そのあたりの感覚は以前と真逆かもしれません。
リリース情報

- 折坂悠太
『平成』(CD) -
2018年10月3日(水)発売
価格:2,700円(税込)
ORSK-0051. 坂道
2. 逢引
3. 平成
4. 揺れる
5. 旋毛からつま先
6. みーちゃん
7. 丑の刻ごうごう
8. 夜学
9. take 13
10. さびしさ
11. 光
イベント情報
- 『平成 Release Tour』
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2018年11月22日(木)
会場:愛知県 名古屋 Live & Lounge Vio
料金:3,000円(ドリンク別)2018年11月24日(土)
会場:大阪府 心斎橋 CONPASS
料金:3,000円(ドリンク別)2018年12月2月(日)
会場:東京都 渋谷 WWW
料金:3,300円(ドリンク別)
プロフィール

- 折坂悠太(おりさか ゆうた)
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平成元年、鳥取生まれのシンガーソングライター。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年よりギター弾き語りでライヴ活動を開始。2014年、自主製作ミニアルバム『あけぼの』を発表。2015年、レーベル『のろしレコード』の立ち上げに参加。2016年には自主1stアルバム『たむけ』をリリース。その後は合奏(バンド)編成でのライヴも行う。2017年8月18日には、合奏編成にて初のワンマンライヴとなる「合奏わんまん」を代官山 晴れたら空に豆まいてにて行い、チケットは完売。同日より合奏編成で録音した会場限定盤「なつのべ live recording H29.07.02」を販売開始する。2018年1月17日、合奏編成による初のスタジオ作EP「ざわめき」をリリースする。2018年2月より半年かけて、全国23箇所で弾き語り投げ銭ツアーを敢行。10月3日に最新作『平成』をリリース。独特の歌唱法にして、ブルーズ、民族音楽、ジャズなどにも通じたセンスを持ち合わせながら、それをポップスとして消化した稀有なシンガー。その音楽性とライヴパフォーマンスから、宇多田ヒカル、ゴンチチ、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、伊集院光、小山田壮平(ex: andymori)、坂口恭平、寺尾紗穂らより賛辞を受ける。