
高橋健太郎と渡邊未帆が語る、ズークバンドKassav'の奇跡
FESTIVAL SAISON ROUGE 2019- インタビュー・テキスト
- 大石始
- 撮影:鈴木渉 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
「多様性」や「共生」という言葉が重要視される一方で、現在、世界のありとあらゆる場所で分断が進んでいる。民族や出自、経済格差や思想、世代や細かな趣味嗜好。分断の理由はさまざまだが、その中で文化はなにができるのか、ふたたびその力を問われているともいえるだろう。
現在進行形のフランス文化を紹介する『FESTIVAL SAISON ROUGE』が今年も開催される。さまざまなアーティストやダンサーがパフォーマンスが繰り広げる中、フェスティバルのテーマである「ダイバーシティ(多様性)とサステナビリティ(持続可能性)」を体現するグループが31年ぶりの来日公演を行う。それがKassav'(カッサヴ)だ。
Kassav'はフランスの海外県であるマルチニークおよびグアドループというカリブ海のアンティル諸島にルーツを持つメンバーにより、1979年にパリで結成。カリブのさまざまな伝統音楽と当時の最新テクノロジーを融合させたダンスミュージック「ズーク」を確立すると、世界的な人気を獲得した。40年に亘るKassav'の活動とは、アンティル諸島にルーツを持つ人々によるアイデンティティー確立の試みでもあった。そして、そこには分断が進む世界をふたたび繋ぎあわせるためのヒントが隠されている。
今回はKassav'が世界的なブレイクを果たした1980年代当時の様子を知る音楽評論家の高橋健太郎と、音楽学を専門とし、今年マルチニークで開催されたズークの国際会議にも出席した渡邊未帆の2人の対話を通じて、「分断を超える音楽の力」について考えてみたい。
小学校の校歌にもなる。国民的人気バンドの愛され度
―まずおふたりがどのようにKassav'と出会ったのかお話いただけますか。
高橋:1986年にパリに行ったんですが、そのときfnac(フランスの小売チェーン)で売っていたレコードを、アフリカのものかカリブのものかわからない状態で買ってきたんですね。その中にズークのレコードがあった。当時はワールドミュージックの時代で、それまで知らなかった世界中の音楽に一気に触れていたんです。ズークに限らず、コンゴのスークース(西アフリカの広い範囲で親しまれているダンス音楽)などアフリカの音楽もね。
―ワールドミュージックのひとつとしてズークと出会ったという感覚だった、と。
高橋:そうですね。ただ、ズークが他の音楽とちょっと違うなと思ったのは、「パリのスタジオミュージシャンによるスタジオの音楽」だったということ。僕はJAGATARAの『おあそび』(1989年)というアルバムのレコーディングを手伝ったことがあるんだけど、そのときはパリの「スタジオ・ダヴー」で録ったんですね。ダヴーは当時のパリで一番大きなスタジオで、フランシス・レイやミシェル・ルグランのオーケストラもそこで録っていた。JAGATARAのレコーディングのころはアフリカやカリブのミュージシャンもそこでレコーディングするようになっていて、そうしたグループのひとつにKassav'がいたんです。
渡邊:1990年ごろのことですよね。
高橋:そうです。そのとき印象的だったのは、パリで活動しているアフリカやカリブのミュージシャンは意外と真面目で、遅刻もしないということ(笑)。演奏もうまくて、新しい機材も使いこなす。Kassav'のメンバーとはダヴーで会わなかったけど、「そういう真面目な人たちの音楽なんだろうな」とは当時から思っていました。
Kassav'の1984年に大ヒットした曲“ズークだけが俺たちのクスリさ”
渡邊:私はハイチ音楽の研究を何年かやっていまして、昨年フランス語圏のカリブ文学に関するシンポジウムが日仏会館であったんですよ(2018年3月の『世界文学から見たフランス語圏カリブ海―ネグリチュードから群島的思考へ』)。私もハイチ音楽に関する発表をしたんですが、今年はズークの国際会議がマルチニークで開催されるということで、音楽の研究をやっている私に声がかかったんです。ズークのことは知らないからどうしようかと思ったんですけど、とりあえず行ってみよう、と。
―ズークの国際会議とは、どのようなものなのでしょうか。
渡邊:2日間に渡ってズークとはなんぞやと話し合うもので、Kassav'の結成40周年を記念した会議だったんです。マルチニークとグアドループ(どちらもフランスの海外県で、カリブ海の島)以外の研究者は私だけ。Kassav'の創設者ピエール・エドゥアール・デシムス(脱退)とジョスリーヌ・ベロアールも全行程参加していましたし、ミュージシャン、音楽学者、文学者、言語学者、経済学者が集っていました。私は1980年代のワールドミュージックブームの中、日本ではKassav'がどのように受け入れられてきたのかを発表したんですが、向こうの研究者には「Kassav'はワールドミュージックのグループじゃない」と返されました(笑)。「Kassav'は『ワールドミュージック』というジャンルではなくて、『ズーク』という私たちのジャンルの音楽だ」と。

渡邊未帆(わたなべ みほ)
日本の前衛音楽をテーマに博士号取得(音楽学)。現在、大学非常勤講師、ラジオ番組制作、音楽関係の編集・執筆にたずさわっている。共著に『ジャジューカーーモロッコの不思議な村とその魔術的音楽』(太田出版)。2019年6月マルチニークで開かれた国際ズーク会議 「Le zouk: trajectoires, imaginaires et perspectives」に参加。
―では、マルチニークでKassav'はどういう存在なんでしょうか。
渡邊:ラジオでも毎日かかってるし、生活の一部という感じですね。ボーカルのジョスリーヌ・ベロアールはまさに国民的スター。向こうで携帯電話会社の小冊子をもらったら、表紙がジョスリーヌだったんですよ。
高橋:Kassav'はいまも変わらず、しかも順調なペースでアルバムを作ってますよね。フランスでも相変わらず人気があるみたいだし。
渡邊:私がちょうどマルチニークに行ったとき、ジョスリーヌが生まれ育ったシェルシェールという街の小学校が「ジョスリーヌ・ベロアール小学校」という名前に改名されるということで式典に参加したんです。校歌はKassav'の有名曲のひとつ“Soleil”で、ジョスリーヌと子どもたちと親御さんたち、先生たちで大合唱。(笑)
高橋:ところで、マルチニークにはKassav'の後継者といえるアーティストはいるんですか?
渡邊:マルチニークで口を揃えていっていたのは、「もしもKassav'がいなくなったら心にぽっかり穴が空いてしまう」と。Kassav'の代わりはいないということなんでしょうね。
高橋:1979年に結成したということは、日本だと1978年にデビューしたサザンオールスターズとほぼ同じぐらいですよね。代わりがいないバンドという意味では、サザンと似てるところもあるのかもしれない。
イベント情報
- 『FESTIVAL SAISON ROUGE 2019』
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2019年10月17日(木)~21日(月)
会場:Contact、SOUND MUSEUM VISION、渋谷ストリーム エクセルホテル東急、渋谷ストリーム ホール、東放学園、アトリエクマノ、BX CAFÉ、ブルーノート東京、PLUSTOKYO、アンスティチュ・フランセ東京

- 『Saison Rouge presents Kassav'(カッサヴ)特別公演』
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2019年10月21日(月・祝前)
会場:東京都 渋谷ストリーム ホール
開場:19:00
開演:20:00(22:00終演予定)
出演:Kassav'(カッサヴ)
MC:渡邊未帆(早稲田大学非常勤講師)
料金:前売8,000円 当日10,000円
主催:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、株式会社エフイーユー
助成:財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル
企画制作:Saison Rouge実行委員会
協力:J im J imagine Japan(NPO日本マルチニークグアドループ友好協会)
協賛:楽天チケット
プロフィール
- 渡邊未帆(わたなべ みほ)
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日本の前衛音楽をテーマに博士号取得(音楽学)。現在、大学非常勤講師、ラジオ番組制作、音楽関係の編集・執筆にたずさわっている。共著に『ジャジューカーーモロッコの不思議な村とその魔術的音楽』(太田出版)。2019年6月マルチニークで開かれた国際ズーク会議「Le zouk: trajectoires, imaginaires et perspectives」に参加。
- 高橋健太郎(たかはし けんたろう)
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1956年、東京生まれ。音楽評論家、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、インディー・レーベル「MEMORY LAB」主宰。音楽配信サイト「ototoy」の創設メンバーでもある。一橋大学在学中から『プレイヤー』誌などに執筆していたが、82年に訪れたジャマイカのレゲエ・サンスプラッシュを『ミュージック・マガジン』誌でレポートしたのをきっかけに、本格的に音楽評論の仕事を始めた。