枝優花が照射する歪な「男/女らしさ」 新しい時代への確固たる意志

ジェンダーに関する議論が様々な場所で絶え間なく起こっている昨今。これまでの時代が作り上げた紋切り型の「男らしさ」「女らしさ」という固定観念が揺らいできている。WOWOWプライムで現在放送中のドラマ『彼らを見ればわかること』では、「夫婦関係の多様化」を軸に、これまでのジェンダーロールや、選択することの自由に対して問題提起がされている。

今回、映画監督の枝優花を招いてドラマのストーリーを交えながら話を伺った。映画界は男性社会が今でも根強い。製作される映画の多くは男性監督によるものだし、近年のMeToo問題が巻き起こったのも映画界が発端だった。そうした男性社会の中で作品を撮り続けている枝優花は、女性のジェンダーロールや、生き方の選択についてどのように考えているのだろうか。

「結局は私の人生なので、飛び込むしかない。そうやって自分で自分を崖っぷちまで追い込めば、意外と馬力は出るもんだなと思います」

―今回のドラマは「選択」がテーマのひとつになっています。枝監督は自らの意志で選択して道を切り拓いてきていると感じるのですが、過去の選択について後悔することはありますか?

:もちろん細かな後悔はたくさんありますよ。何でこのシーンをこうやって撮っちゃったんだろうとか。でも、人生的な後悔はないです。もともとものづくりに携わりたいという気持ちがあったので。むしろ、20代のうちから実現できていることはありがたいなと思います。

枝優花(えだ ゆうか)
1994年3月2日生まれ。群馬県高崎市出身の映画監督。2018年、初長編監督となった『少女邂逅』が、2018年3月の香港国際映画祭にも正式出品されて話題作に。大学時代から映画の現場に従事し、山下敦弘監督『オーバー・フェンス』特典映像撮影編集、吉澤嘉代子、indigo la End、マカロニえんぴつのMV監督なども務めた。その他も、『ViVi』『装苑』などでのスチール撮影、メイキング、助監督とその活動は多岐に渡る。

:でも、やりたいことはあるけど選択できない人ってけっこう多いんですよね。私も同世代からSNS経由で相談のメッセージをいただくことがあるんですけど、選択した身からすると「やればいいじゃん!」って思っちゃいます。もちろん、いろんな事情で行動できないのだろうけど。

―そうですね。

:両親から「映画界は一握りの人しか成功できない」と言われたことがあるんですよ。でも、そもそも両親は映画界にいたわけでもないから、そんなアドバイスを聞いてもしょうがないと思っちゃったんですよね。それに親が反対したから自分はできなかったなんて言い訳は絶対にしたくないんです。迷ってもしょうがない。ダメならダメなだけ。結局は私の人生なので、飛び込むしかない。そうやって自分で自分を崖っぷちまで追い込めば、意外と馬力は出るもんだなと思います。

同じマンションに住むごく普通の3家族が、それぞれの事情や欲望を通して、多様な結婚観、夫婦観や女性の生き方を問いかける。『連続ドラマW 彼らを見ればわかること』ポスタービジュアル
『連続ドラマW 彼らを見ればわかること』今後の見どころ

「映画なんて極論言えばあってもなくてもいいものじゃないですか。私のやっていることは世のためになってるのかな? とたまに考えることがあるんです」

―昔からそうやって自分を追い込むタイプだったんですか?

:いえ、そうやって割り切れるようになったのは最近のことなんですよ。以前は保険をかけるタイプで、映画の専門学校なんて怖くていけませんでした。それで大学に行くことにしたんですけど、そこでも単位を落とすのが怖かったから、遊ぶことなく取り組んでいました。

―何かがあって変わった?

:私はお芝居からこの道に入ったんですけど、師匠みたいな人に「世の中にお前のファンなんて一人もいない。どんな有名人でもそう。それは一人ひとりが自分の人生を生きているから。だからこそ、誰かの人生において1%でも意味のある存在になれたらすごいことだと思う」と言われたことがあって、確かにそうだなって。

:それからは自分の人生は自分で応援しようと考えるようになったんですよね。それに今は私の作品を見て救われたって言ってくれる人もいるから、以前より自信を持つことができるようになったし、自分が作ったものでお金をもらうことに少しずつ罪悪感も感じなくなってきました。

―罪悪感?

:映画なんて極論言えばあってもなくてもいいものじゃないですか。これが電気やガスを生み出す仕事だったらそうは思わないと思うんですけど。

私のやっていることは世のためになってるのかな? と良く考えてしまいます。だからこそ、楽しいだけで映画を作ってはいけない気持ちがあって。それに苦しみがないと達成感もないだろうから、罪悪感も増える気がするんですよね。ただでさえ芸能界は華やかに見られがちなので。舞台挨拶とかはすごく豪華だし。でも、それって全体の1%くらいで。それ以外の時間はみんなすごく苦しんで悩んでいる。だからと言って、本当は大変なんだと言いたいわけではないんですけど、多くの人は華やかな部分を見て憧れの気持ちを抱くわけだから、私にとってはその1%がすごく大きいし、その裏側の頑張りを大切にしたいんです。

「ものづくりをしている人の孤独は誰もが理解できるものじゃないんだなと強く感じています」

―表向きは華やかでも、裏では大変なことがあるという話は、まさにこのドラマでも伝えたいメッセージのひとつだと思うんです。そういう意味では、このドラマを見て考えることはありましたか?

同じマンションに住む内田百々子(中山美穂)、富澤瑞希(木村多江)、鴨居流美(大島優子)の3人の妻たちには、それぞれ抱えている「事情」がある。

:自分より上の世代の話でしたけど、すごく身近な問題でもあると思いました。というのも、去年くらいから友人の結婚ラッシュが続いて、仕事や結婚について考える機会が多かったんです。彼女たちはすでに20年先のことまで考えていて、「戸建てを建てるなら、老後も視野に入れて……」とか話しているんですよ。私が明日を生きるのも大変な状況なのに(笑)。

―わりと主観的に観たということでしょうか?

:そうかもしれません。自分がスタッフのときは俯瞰して考えることが多いんですけど、今回は共感できる、できないという視点で観ていましたね。

―どの部分で共感しましたか?

:主人公の百々子が漫画家じゃないですか。同じ0から1を作る仕事をしている身としては、うなずく場面が多かったです。漫画も映画も手を動かしていれば終わる仕事ではないんですよね。調子が良いときは問題ないんですけど、ダメなときは1日悩んでもアイデアが降りてこなくて何も進まない。

主人公・内田百々子は、「妻」として「母」としての役割を全うしながら、人気レディコミ漫画家として締め切りに追われる日々を送っている。

:周囲はそんなこと知らないからいろんなことを言ってくるじゃないですか。当然ながら締切の催促もされる。それがたまにしんどい。と言っても、結局は自分の内からアイデアが湧き出てくるのを待つしかないので、誰も悪くないんですけど。だから最近は、ものづくりをしている人の孤独は誰もが理解できるものじゃないんだなと強く感じています。

―つまり、すべてを受け止めてくれる存在がいると安心材料になるってことですよね。

:そうですね。それが恋人である必要はないと思うんですけど、良い意味で無責任に感想を言い合える人がいると心強い気がします。でも、難しいですよね。距離感が近くなるほど、関係性も複雑になるので。

「(個人が持つジェンダーロール意識はその人の)家族の価値観だと思うんですよね。だから、数年で変えられるのかというとけっこう難しい気がして」

―ドラマでも中山美穂さん演じる内田百々子と長野博さん演じる百々子の元夫・鴨居葉介は、別れる前までは作品について話し合う関係でした。

:女性の方がドライというか、仕事とプライベートを分けたい人が多いと思うんです。仕事ってある意味で戦場だから、そこで恋愛していたら死ぬ可能性もあるわけじゃないですか。私もこれからキャリアを積んでいかないといけないし、この先どうなるのかわからないような立場でもあるので、とにかく目の前の仕事をひとつずつこなしている状態なんですけど、やっぱり仕事が溜まってくるといろんなことがおざなりになってしまうこともあって。こういうときに夫がほしくなるのかと思うことがあります(笑)。

―それって世の男性が家事をやってくれる奥さんがほしいという気持ちに近いと思うんです。それが逆転しているのが、ドラマの中での富澤家ですよね。夫の富澤一太(上地雄輔)が専業主夫で、妻の富澤瑞希(木村多江)が一家の収入源。そうやってこれまで当たり前だったジェンダーロールも柔軟に変化していくと思うのですが、枝さんはどのように考えていますか?

富澤家は、夫の一太(上地雄輔)が専業主夫、妻の瑞希(木村多江)はキャリアウーマンという家庭。

:私の両親がけっこう理想なんですよね。共働きなので、料理は余裕がある方が作るっていう感じだし、お互いのことをとても尊重しあっていることが伝わってくる。

そういう家庭で育ったからこそ、家事をどちらかに任せっきりの関係はどうなのかなと思います。程度はあるにしても、料理は勉強すれば誰でもできる身近なもの。でも、ジェンダーロールの問題ってすごく難しいですよね。男はこう、女はこうっていう昔ながらの考え方も根強いですし。

友人の彼氏にも「家事は女がやるもの」みたいに考えている人がいて、20代でその価値観なのかって驚くんですけど、それって個人の問題というより、家族の価値観だと思うんですよね。生まれてから20数年でその考え方が染みついているわけだから、数年で変えられるのかというとけっこう難しい気がして。

女性も男性も同様に活躍できる現場づくり。大切なのは、個人の考え方よりも、「理解」しているかどうか

―そういう摩擦って今だから問題が顕在化している面もありますよね。映画製作の現場も昔ながらの男社会が根強いと思いますが、女性が活躍できるようになることでどんな変化があると思いますか?

:男女で大きく変わるのは撮影じゃないですかね。身長差があるのでアングルが違うんですよ。男性カメラマンの場合は女性を上から撮ることになるので、ちょっと圧迫感があるんです。それが女性カメラマンだと女性と同じ目線で撮れる。一方で、女性カメラマンが男性を撮るときは、煽り気味になってしまう問題があるんですけど。

―一長一短あるわけですね。

:どちらが良い悪いという話ではなく、選択肢が増えることが大切だと思うんです。カッコいい画を撮りたいときは男性にお願いしたいし、女性の気持ちの機微を表現したいときは女性にお願いしたいし。とはいえ、結局は男女というより理解しているかどうかだと思います。

―というと?

:私の現場は女性が多い環境だと思われることがあるんですけど、実際は8割が男性なんです。それは私が女の子の味方みたいな作品を作っていたときも同じで。

助監督を務めてるのは男性なんですけど、私の意見をものすごく汲み取ってくれる人なんですね。だから、あるときジェンダー問題についてどう考えているのか聞いてみたら「どうでもいい。俺はどちらかというと男尊女卑」って(笑)。そういう人でも私の考えを理解して、製作に取り組んでくれるからこそ、女性らしい作品が作れるんだと思います。

男性は女性に「うっすらマウンティング」している。女性にしかわからない細やかな視点

:でも、女性の視点も必要ですよね。年末に俳優を集めて、今年撮る予定の作品の脚本を使ってワークショップを4日間ほど実施したんです。そしたら、男性陣がやたらと苦戦して。

最初はその理由がわからなかったんですけど、少しずつ演技がよくなっている俳優に話を聞いてみたら「女性視点で脚本を読んでみたら理解できた」って。それでハッとしたんですよね。女性視点で書かれた男性という部分を加味して脚本を読解しないと、私の視点での「正解」に辿り着けないんです。それと同時に、世の中の多くの作品は男性が作っているから、男性にとって読解しやすいものが多いのだなとも思いました。

―ちなみに、どんな設定でワークショップを行ったんですか?

:2年付き合ってる男女のカップルが映画を観に行くんですけど、上映中に彼氏の方がずっと寝ていて、それに彼女は気づいているんです。でも、帰りの電車で彼氏は映画を観てたかのような話ぶりで感想を言うので、「寝てたじゃん」と彼女が指摘すると、彼氏は寝ていたことは認めずに映画が面白くなかった話を続けようとするっていう。こういうやりとりって日常的によくあることだと思うんですけど、実は彼氏が彼女にうっすらマウンティングしているんですよね。しかも男性は無意識で悪気なくやってたりするので、俳優たちも理解するのが難しかったっていう。

―確かにそれも社会的な価値観の中で生まれた歪みですよね。

:みんなで悪い社会構造を直していこうよっていう話なんですけど、そういう話をすると男性はすごく責められた気持ちになるらしくて。SNSを見ていても「どうしてこんなことを言われなきゃいけないんだ!」とか「女って面倒くさい!」みたいな拒否反応を起こしてる人がいますよね。しかも、SNS上で議論していても終わりが見えないじゃないですか。

:だから、自分たちで行動して引っ張っていかないとダメなんだろうなと去年くらいから思うようになりました。女性の細かなストレスって言葉にしても伝わりにくいけど、ドラマとか映画とかにした瞬間に伝わる気がするので。そういうのも女性の作り手が増えることで、少しずつ社会は開かれていくんだろうなと思います。

―確かに、言葉で言われるよりビジュアルで見せられる方がインパクトもありますね。

:考える瞬間があるだけでだいぶ変わると思うんですよ。それを私より下の世代に向けてやりたいんですよね。まだ何も知らない中高生が、こういう社会で生きたいとか、こういう価値観もいいなと思えるような映画を撮りたいと考えています。

「自分たちが救われる物語とか、自分たちが立ち止まれる物語がほしいなって」

―次にどんなものを作るかは決めているんですか?

:25歳になってから、これからの人生について急に考えるようになったんですね。でも、今の時代に何か指針になるような映画があるかと言われたら少ない気がしていて。ドラマだと医療ものや刑事ものが多いし、映画も原作ありきなことが多いじゃないですか。でも、それだけだと私たちの世代は路頭に迷うというか、リテラシーがどんどん下がっていく気がするんです。

だから、自分たち若い世代が救われる物語とか、自分たちが立ち止まれる物語がほしいなって。それで今は、男女が一緒に生きていくとはどういうことなのかをテーマにした映画を構想しています。

―男女をテーマにしようと思ったのは、先ほども話していたジェンダーの問題について考えるところがあったからなんですか?

:そうですね。SNSでみんながくれる悩みを見ていると共通項が多くて。私もわかることも多かったので、作りたいなって。ジェンダー問題って気が滅入ることも多いんですけど、それは過渡期だから。15年後くらいに「あんなこともあったよね」と笑い合えるものにしたいよねって同世代のクリエイター同士で話しています。

番組情報
『連続ドラマW 彼らを見ればわかること』第4話

2020年2月1日(土)22:00~WOWOWプライムで放送


2月1日(土)WOWOW「無料放送DAY」
8:30から第1話~3話まで一挙無料放送
22:00から第4話を無料放送

監督:深川栄洋
脚本:沢木まひろ
音楽:福廣秀一朗
出演:
中山美穂
木村多江
大島優子
髙橋優斗(HiHi Jets / ジャニーズJr.)
佐久間由衣
七瀬公
中川翼
笠原秀幸
駒木根隆介
堀内敬子
桂三度
片瀬那奈
高橋惠子(特別出演)
片岡鶴太郎(特別出演)
上地雄輔
長野博
生瀬勝久

プロフィール
枝優花 (えだ ゆうか)

1994年3月2日生まれ。群馬県高崎市出身。監督作『さよならスピカ』(2013年)が第26回早稲田映画まつり観客賞、審査員特別賞を受賞。翌年の第27回早稲田映画まつりでも『美味しく、腐る。』(2014年)が観客賞に選ばれる。大学時代から映画の現場に従事し、山下敦弘監督『オーバー・フェンス』特典映像撮影編集、吉澤嘉代子、indigo la End、マカロニえんぴつのMV監督なども務める。その他も、『ViVi』『装苑』などでのスチール撮影、メイキング、助監督とその活動は多岐に渡る。初長編監督となった『少女邂逅』は、2018年3月の香港国際映画祭にも正式出品されて話題作に。6月30日から全国で上映され新宿武蔵野館では9週間のロングランとなった。



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