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内藤礼×茂木健一郎 認識できないものがある世界、そこにいる幸福

内藤礼×茂木健一郎 認識できないものがある世界、そこにいる幸福

金沢21世紀美術館『内藤礼 うつしあう創造』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:奥祐司 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

人間には限りがある、と感じとることが、私にはとても落ち着くことなんです。(内藤)

茂木:僕が今回、あらためて気づかされたのは、内藤さんの作品は建築との関係がとても深いんだということ。内藤さんの作品は小さなものの力というイメージがあるんだけど、じつは建築と一体になったときがすごくて、しかも、スケールという意味で周囲の大きな空間にぜんぜん負けていない。作る際に建築はどう意識されるんですか?

内藤:場所との関わりが強いから建築との関係で語られることが多いんですけれど、じつは私自身が建築そのものに関心があるかと言うとそうではないんです。むしろ、建築とも名づけられない、光なども含んだ無名の空間というふうに、まず捉えています。その空間と初めて出会って、立ったり、過ごしたりするなかで、自分が何を感じ取るのか。そこから始めていく感じです。

左から:茂木健一郎、内藤礼

内藤:私は、「目の前にあるものはよいものだ」というところに立ちます。もしそう感じられないとしたら、何かがもともとそこにある良いものを隠してしまっているのだ、と。そのよいものが自由にいきいきと表に現れることを願いはじめます。

―いまの茂木さんのお話にも関わりますが、内藤さんの作品には、もっとも小さいものでもっとも大きなものを語るような部分がありますよね。1番小さいものと大きなものがパッとつながってしまうような。スケールというものについてはどう考えていますか?

内藤:私が初めて作品を作ったのは大学の卒業制作だったのですが、そのときから基本の視点は「俯瞰」なんです。その卒制の作品は、大きなテーブルの上に白い布を敷いて、照明を当てて、シンメトリーの祭壇のような箱庭のようなものだったのですが。

―『Apocalypse Palace』。机に小さなオブジェが100個以上も並べられた作品ですね。

内藤:俯瞰ということは、対象が小さくなる。そういう、私がいる生の世界を遠くから眺めるというような感覚が、自分でも繰り返していくうちに気づいたことですが、あるんです。

その卒制の時点で、すでに「この大きさのもの」が「この大きさ」ではなかった。それが実際より巨大だったり、遠くにあったり。遠くから、いま起きていることを眺めているような感覚。

内藤礼『Apocalypse Palace』1986年、パルコ・スペース5 撮影:北川茂 / Courtesy of Taka Ishii Gallery ※卒業制作展の翌年、初めての個展風景
内藤礼『Apocalypse Palace』1986年、パルコ・スペース5 撮影:北川茂 / Courtesy of Taka Ishii Gallery ※卒業制作展の翌年、初めての個展風景

内藤:だから、それは生の外からの「死者や生まれる前の者、そして動物や精霊のまなざし」だったのです。

茂木:金沢21世紀美術館に、傾いた壁に黒い円が描かれただけのアニッシュ・カプーアの作品(『L'Origine du monde』)がありますよね。あれなんかも、最小の行為で大きな世界を見せる世界だと思う。僕はあの作品が好きなんですが、以前、小さな男の子があの部屋に入ってきて、「何もないや」と言って出て行ったことがあったんです(笑)。

アニッシュ・カプーア『L'Origine du monde(世界の起源)』(2004年)金沢21世紀美術館蔵 提供:金沢21世紀美術館 © Anish Kapoor
アニッシュ・カプーア『L'Origine du monde(世界の起源)』(2004年)金沢21世紀美術館蔵 提供:金沢21世紀美術館 © Anish Kapoor

茂木:じつは今回の内藤さんの展覧会でも、一通り見終わったあと、「気づいていない作品がありますよ」と、教えてもらったものがいくつかあったんですよ。それが素敵で、じつは最高の芸術作品って、気づかず通り過ぎているものかもしれないと感じるんです。

内藤:糸の作品は、自分でも見つけるのが大変です。

一同:(笑)

内藤:不安になるくらい見つからなくて。じつは最初の仕切り越しに覗く部屋にも、糸があるんですよ。

茂木:それはわからないよ!

内藤礼『母型』2020年 / 『内藤礼 うつしあう創造』展示風景 金沢21世紀美術館 2020年 撮影:畠山直哉
内藤礼『母型』2020年 / 『内藤礼 うつしあう創造』展示風景 金沢21世紀美術館 2020年 撮影:畠山直哉

内藤:でも、あるの。大量のビーズが吊るされた最後の空間も、光との関係でどうしても一部しか見ることはできないんですね。でも、実際は見えている数の7~8倍くらいのビーズがあるんです。

ほかにも、今回の展示では壁に小さな鏡がいくつか貼られていますが、ある鏡は、部屋のかなり高い位置で向かい合わせになっていて、高すぎて人には見えないんだけれど、そこに無限に続く空間があります。

左から:内藤礼、茂木健一郎

内藤:人には認知できない、もっと大きなものや違うものがそこにある。そういうもののなかにいるんだということに、私にはなぜか幸福感があるんです。

人間の限界を知ることに、安らかさや楽しさがある。それは展示しながらこれまで以上に思いました。今回、昼間は自然光で展示していますが、見えないからといって照明をつけようとは思わなかった。完成してみると、認知できないものがたくさんありました。

―ある意味では、観客が会場を出るとき、まだ見残しているものがあるかもしれないという一抹の感覚を持って去ったとしても、それはそれでいいわけですか?

内藤:いいです。

―それは「見せるもの」という美術作品の常識からすると、相当ラディカルですよね。

内藤:豊島美術館(作品『母型』)もそうです。「糸があったってわからなかった」と言う人がいる。気づかないかもしれないけど、でも、その世界にいたんです。見えなくても影響を受けたり、気配を感じたりしたかもしれない。世界ってそういうものだと思います。

内藤礼『母型』2010年 豊島美術館 撮影:森川昇
内藤礼『母型』2010年 豊島美術館 撮影:森川昇

茂木:とてもコンセプチュアルですよね。勝手に時流に触れるけど、いま、政府が新型コロナウイルス対策のために、コンタクトトレーシング(接触追跡)のアプリを推奨していますよね。

誰と誰がすれ違ったのかを、徹底的に可視化しようとしている。そのことに象徴されるように、ITの時代のいま、あらゆるものはすべてビジュアライズできると思われがちだけど、本当に大切な出会いとか経験は気づかず通り過ぎているものだと思う。

内藤:認識できないものがある世界にいるということが幸福というか。だって、この部屋の外側にいる人たちのことを、私たちはわからないわけでしょう。それくらい、人間には限りがあると感じとることが、私にはとても落ち着くことなんです。

茂木健一郎
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イベント情報

金沢21世紀美術館『内藤礼 うつしあう創造』
金沢21世紀美術館
『内藤礼 うつしあう創造』

2020年6月27日(土)~8月23日(日)

プロフィール

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。〈クオリア〉をキーワードとして、脳と心の関係を探究している。著書に『脳と仮想』『東京藝大物語』『クオリアと人工意識』など。『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』は、著者が英語で執筆した最初の書籍となる。

内藤礼(ないとう れい)

美術家。1961年広島県生まれ、東京在住。1985年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1991年、佐賀町エキジビット・スペースで発表した「地上にひとつの場所を」で注目を集め、1997年には第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の日本館にて同作品を展示。主な個展に「みごとに晴れて訪れるを待て」(国立国際美術館、大阪、1995年)、「Being Called」(フランクフルト近代美術館企画、カルメル会修道院、フランクフルト、1997年)、「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」(神奈川県立近代美術館 鎌倉、2009年)、「信の感情」(東京都庭園美術館、2014年)、「émotions de croire(信の感情)」(パリ日本文化会館、2017年)、「Two Lives」(テルアビブ美術館、2017年)、「明るい地上には あなたの姿が見える」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2018年)。パーマネント作品に《このことを》家プロジェクト「きんざ」(ベネッセアートサイト直島、2001年)、《母型》(豊島美術館、2010年)。

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