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能町みね子が『ヨコトリ』で考えた、わからない物事との対峙

能町みね子が『ヨコトリ』で考えた、わからない物事との対峙

『ヨコハマトリエンナーレ2020 「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」』
インタビュー・テキスト
松井友里
撮影:前田立 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

動物はどこへでも行けてしまうのに、人間だけが行ってはいけないと諦めているんですよね。

均質化を促すグローバリゼーションに抗うようなテーマ性を持った作品として、能町が気になったと話すのは、鍋や花柄のファブリックといった「家庭的な」小道具に囲まれ、スポーツには適さない服装の女性たちが器械体操に取り組む、ニルバー・ギュレシの写真作品『知られざるスポーツ』(参考:コムアイ×ドミニク・チェン ヨコトリで考える孤立と共生の感覚)。

ニルバー・ギュレシ『鞍馬』(「知られざるスポーツ」より) (部分) 2009 © Nilbar Güreş, Courtesy of Galerist
ニルバー・ギュレシ『鞍馬』(「知られざるスポーツ」より) (部分) 2009 © Nilbar Güreş, Courtesy of Galerist

能町:あの作品からはオリンピックを想起しました。オリンピック側は「多様性」というキーワードを打ち出そうとしているように感じますけど、実際はオリンピックってグローバリゼーションそのもので。でこぼこしているものを平たくして、世界を一つに集約させようとする行いだと思うんです。そうしたものに対峙して、散漫にしようとする意図をあの作品からは感じました。

同じくスポーツを題材に、個人をある種の「正しさ」の側から規定しようとする不気味さを描いた作品に、タウス・マハチェヴァの『目標の定量的無限性』がある。器械体操に使われる器具を取り囲むように置かれたスピーカーからは、「姿勢よくしなさい」「子どもはまだなの?」など、個人の身体や生き方を裁くような言葉が流れ続ける。これらの言葉は、最初にウクライナで作品を発表したときに現地のパフォーマーから集めた言葉と、今回の日本版を作るにあたって日本の体操選手などから集めた言葉が混じっているのだという。

タウス・マハチェヴァ 『目標の定量的無限性』 2019-2020年 ©Taus Makhacheva
タウス・マハチェヴァ 『目標の定量的無限性』 2019-2020年 ©Taus Makhacheva

ニルバー・ギュレシと同じ展示室に置かれた、ズザ・ゴリンスカの作品『助走』も、能町が印象的だったと話した作品の一つ。いくつもの段差が設けられた真紅の絨毯の上を歩いて体験することができるこの作品からは、十年前に旅行で訪れたグリーンランドを思い出したのだそう。

能町:子どもの頃から地球儀の上のほうにあるグリーンランドを見て、なんとなく行ってみたいなと思っていたんですけど、行ってみてびっくりしたのが、仕切りがどこにもないということで。

―仕切り、ですか?

能町:例えばいまいるこの場所から、まっすぐ向こうのほうへ行きたいと思っても、車も走っているし、どこかで建物にぶつかるし、建物に入るまでにも柵があって、勝手に入ったら不法侵入になる。でもグリーンランドでは、車が通る道路は別として、ちょっと郊外に行くとひたすら岩場が続いている場所が多くて。その間はどうにか見つけた平地に家が建っているような状態で、家と家の間にも塀がないんです。

北のほうにある国だから、芝しか生えていないし、森がなければ、川もない。岩場といってもなだらかなので、切り立った崖もほとんどなくて、歩こうと思うとどこまでも行けてしまう。私にはそれが衝撃的で。仕切りがないのってこんなに気持ちいいことなんだと感じたんです。本来大地ってそういうもので、動物はどこへでも行けてしまうのに、人間だけが行ってはいけないと諦めているんですよね。道路にあるたくさんのでこぼこや、行ってはいけない場所を柔らかくならしたような表現が、グリーンランドの大地にすごく似ていると思いました。

木村:作家と話していたときに、あの作品は「家」を意識していると言っていたんです。作品自体、ポーランドの一般家庭の平均的な広さにサイズを合わせて作られています。

能町:へええ。

木村:『助走』というタイトルがついていますが、家という見えない仕切りから出ていく意味も読み取れます。ポーランドでも「家」というものを意識していることに驚きましたが、まさに能町さんがおっしゃられていたグリーンランドのお話とつながるように思います。

エリアス・シメ ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景 ©Elias SIME Courtesy of the artist and James Cohan, New York
エリアス・シメ ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景 ©Elias SIME Courtesy of the artist and James Cohan, New York
エリアス・シメ ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景 ©Elias SIME Courtesy of the artist and James Cohan, New York

性って人間にとってはアンタッチャブルで、神聖なものであったりしますけど、動物はおそらくなにも思っていないはずです。

海老の生殖をテーマにした東京在住のアーティスト、エレナ・ノックスによるプロジェクト『ヴォルカナ・ブレインストーム』は、能町が特にじっくり見入っていた作品。日光を当てるだけで生態系を自己完結できる「エコスフィア」と呼ばれる環境システムの中に入れられた海老が生殖をやめてしまうという現象に対し、海老のためのポルノグラフィーを、40名ほどの参加者とともに数か月かけてワークショップでディスカッション。それぞれが考えたアイデアを作品として発表するというスタイルで作られている。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』 2019 , 2020年 ©Elena Knox 2020 Courtesy of the artist and Anomaly Tokyo
エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』 2019 , 2020年 ©Elena Knox 2020 Courtesy of the artist and Anomaly Tokyo

能町:これ、面白かったですね。「海老にエロスを感じさせる」というテーマは、最初ちょっと笑っちゃうんですけど、真面目に考えると、そもそも海老の自由なんですよね。個人がエロスを感じても感じなくても、子どもを作っても作らなくても自由です。

一方で世間には古い家制度をキープしたい人たちもいますし、少子化が騒がれていますけど、保育環境の悪さや、経済的な苦しさといった産まない理由には触れられていても、肝心の男と女がセックスしないと子どもが生まれないという核心については、こわごわとしか触れられていない感じがするとずっと思っていて。例えばクローンのように、人工的に子どもを増やすことだって、やろうと思えばできるわけですけど、議論しないで「タブー」の一言で済ませている感じがする。そこにすごく欺瞞があると思っているんです。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部
エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部

―生殖や性を「神聖なもの」にしておきたいという感覚がどこかあるのかもしれません。

能町:私、動物の交尾の動画を見るのがすごく好きなんです。性って人間にとってはアンタッチャブルなものであったり、神聖なものであったりしますけど、動物はおそらく人間が思うほどの意味は見出していないはずで。シンプルで楽しそうに見えるんです。一方で、人間と動物でやっている行為自体はたいして変わらないのに、人間が性行為をしている動画はYouTubeにアップしたらいけないものとされています。そんな風にいろんなことをこの作品を観ながら考えられて、楽しかったですね。

エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部
エレナ・ノックス『ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)』2019 / 2020年の一部
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イベント情報

『ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」』

2020年7月17日(金)~10月11日(日)
会場:神奈川県 みなとみらい 横浜美術館、プロット48
時間:10:00~18:00(10月11日は20:00まで、10月2日、10月3日、10月8日~10月10日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休場日:木曜(10月8日は開場)
チケット:チケットは、日時指定の予約制です。
料金など詳細は下記をご覧ください。

プロフィール

能町みね子(のうまち みねこ)

北海道出身。近著『雑誌の人格(全3巻)』(共に文化出版局)、『結婚の奴』(平凡社)、『逃北』『言葉尻とらえ隊』(文春文庫)、『ときめかない日記』(幻冬舎文庫)など。ほか雑誌連載多数、テレビ・ラジオにも出演。

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