たくさん売れる服が正義なのか?YUIMA NAKAZATOが考える、サステナブルなファッションとは

大量生産、大量消費にともなう環境負荷の高さなど、ファッション産業が多くの課題を有するなかで、これからの未来に向けて、人とファッションはどのような関係性を築いていくべきだろうか。

3月24日まで都内各所で開催中の、国内最大級のファッションとデザインの祭典『東京クリエイティブサロン2024」。同イベントに参画している『SHIBUYA FASHION WEEK」では、「THINK」をテーマに「サステナブルとは何か」を問いかける。その一環として、パリのオートクチュールウィークに参加するブランド、YUIMA NAKAZATOが制作したドレスを渋⾕駅東⼝地下広場に展示。

YUIMA NAKAZATOのデザイナーである中里唯馬は、自身の制作する服に、植物由来の原料を使用し微生物発酵によって生産される人工タンパク質素材・ブリュード・プロテイン繊維を使用するなど、その活動を通じて、現在のファッション産業、ひいては広く社会が抱える課題に向き合ってきた。中里が、なぜオートクチュールという方法を通じて、ファッションの現在や未来を考えようとしているのかを聞いた。

幼少期に触れたクリエイティブが環境問題を考えるきっかけに

─中里さんは、YUIMA NAKAZATOとしてのクリエイティブや、「FASHION FRONTIER PROGRAM(ファッションフロンティアプログラム)」(※1)の発起人を務めるなかで、さまざまな社会課題に対して意欲的にアプローチされてこられたと思います。そのなかでも環境課題について意識するようになったきっかけを教えてください。

中里:両親がアーティストで、ものをつくったり表現したりすることが身近な環境でした。衣食住に関わるものについては、できるだけ自分の手でつくったり、知り合いのアーティストと物々交換をしたりするようなことが、子どもの頃から日常的な風景だったんです。両親も環境問題に興味があって、海外での先進的な取り組みなどについてよく話していました。

一方で、当時自分が属していた学校などのコミュニティでは、環境問題に向き合っているということが、時代的にもまだ、やや特異な目で見られてしまうところがあって。両親が持っている視点や哲学や思想と世の中の人たちの感覚に、少し乖離があるとも感じていました。

※1 ソーシャルレスポンシビリティ(社会的責任)とクリエイティビティ(創造性)を審査のポイントに据えた、ファッションデザイナーの発掘と育成を目的としたプログラム

─そういった環境問題への意識は、自身が手がけるファッションとどのように結びついていくのでしょうか?

中里:そもそも衣服に興味を持ったのは小学生の頃でしたが、大人になるにつれて、ファッションがさまざまな課題を抱えていることがわかってきました。生きていくうえで大切なものだし、自分はファッションがすごく好きだけど、そこにあるたくさんの課題にどう向き合ったらいいか自問自答するなかで、ファッションへの興味がどんどん深まっていきました。

衣服は環境負荷だけでなく、さまざまな社会問題とリンクしている

─中里さんは2016年からパリのオートクチュールウィークで発表を続けられていますが、オートクチュールに可能性を見出したのはなぜですか?

中里:着る人の要望に合わせて服をつくっていくという行為が、コミュニケーションとしてすごく豊かに感じられたんです。自分のつくった服で目の前の人が喜んでくれる、なんて素晴らしい仕事なんだろうと思いました。

また、ダイレクトに要望に応えられるという意味で、無駄なものをたくさんつくらずに済みます。ある意味プリミティブなしくみですが、いまの大量生産のあり方を見ていると、そうした方法に向き合うことの必然性を感じざるを得ないところもあります。

ただ、多くの人に一点ものの服を届けることはしくみとして不可能で、そこに大きな矛盾や乖離があることも感じるので、理想と現実の両面に向き合っている状況です。

YUIMA NAKAZATOの最新のcouturecollection “UTAKATA”の映像

─衣服に向き合うなかで、あらためてファッションにどのような役割を感じますか?

中里:私が小学生のときに、服のおかげでコミュニティの中で一目置かれたり、自信が持てたという原体験を通して感じるのは、服は社会階層やジェンダーや人種など、さまざまな問題と密接につながっているということです。だからこれを改善していくことは、人類の未来を考えることに等しいのではないかと思っています。

衣服は環境への負荷以外にも、さまざまな社会的イシューと結びつきながら存在しているので、その答えを一つひとつ見つけていきたいという思いがあるんです。過去の偉大なデザイナーたちが、極端な言い方をすればファッションの力で社会を変えてきたなかで、ファッションが人に与える影響力は非常に大きいと信じています。

─中里さんの取り組みの一つとして、針と糸を使わずに、着る人に合わせてパーツを変えることができる「TYPE-1」というシステムがあります。部分的にパーツを変えられることによって、長く同じアイテムを着続けられますが、そこには、あくまで個々の人間のありように合わせて服があるという意思も感じます。中里さんが服をつくるうえで、人間と服はどのような関係でありたいと考えていますか?

中里:オーダーメイドで服をつくっているとよくわかるのですが、人の身体って、当たり前ですが、みんな違う形をしているんです。さらに目に見えない内面・性格もみんな違っていて、外も中もばらばらな個がたくさん存在しているわけです。でもいまのシステムでは、多くの人に届けられるデザインが、正解のようにならざるを得ない。つまり、たくさん売れたデザインがいいデザインということになってしまう側面があります。

それが正義になってしまうと、それは個を尊重していないという課題がある気がしていて。身近なところで言うと、仮に大量に売られている服であったとしても、ちょっとお直しをしてサイズを変えるだけでも、自分の身体の個性にフィットしているという感覚が生まれて、その服に対する向き合い方が変わってくるかもしれない。これはすごく重要なことで、それに近い体験をつくり出すことができたら素敵だなというところから「TYPE-1」は始まっています。

─デザインによって、個々の人間のありようを尊重できるかもしれませんね。

中里:衣服における大量生産の問題では、環境への負荷に視点が集中しがちです。しかし、あくまで人間が着るものなので、そこを無視したまま環境負荷を下げることだけに向き合っていくというのは、合理性に向かっているだけのような気もしてしまって。やっぱり両方必要だと思うので、そうした部分こそ衣服のデザインによってなにかしらのソリューションをつくるべきだとずっと思っています。

また、自分のつくった服で目の前の人が喜んでくれていると、つくり手と着る人のエネルギーの交換のようなことが起きていると感じるのですが、スタート地点としてこれは重要なことだと思っています。しかし、いまはつくり手と着る人の距離が物理的に離れすぎていて、なかなかパーソナルにつくり手の顔が見えないですよね。

それをもう一度、ぐっと近づけられないかなという思いがあります。過去に戻るのではなく、現代にあった考え方や方法で、つくり手も着る人も、お互いの存在を感じるような状況をもっとつくれたら理想的だと思います。

─中里さんは「オーダーメイドを民主化したい」とよくおっしゃっておられていますが、いまのお話ともつながりがあるように感じます。

中里:オーダーメイドの民主化を実現するためには、システムや技術のアップデートも必要かもしれませんが、少しの意識の変化でもそれは可能かもしれません。ものにもう少し意識を向けたり、つくっている人間がそこにいると意識することが、じつはオーダーメイドの民主化の第一歩なのではないかと考えています。

たとえば、少し前には家庭内で衣服をつくっていた時代がありますよね。それがたった数十年で、「つくる」から「買う」という行為に変わっていきました。でも「買う」から次のなにかに、また数十年で変わる可能性があって、そこに私は「感じる」という言葉を当てたいんです。

買って消費していくのではなくて、「感じる」ことがむしろ主体に切り替わっていくというのが、もしかしたら、オートクチュールや、オーダーメイドの民主化を置き換えた言葉かもしれないと考えています。

ケニアにある衣服のゴミ山がドレスになる過程をドキュメンタリー映画で

─話は変わりますが、中里さんは2023年に発表されたコレクション(『MAGMA』)で、ゴミになった150kg分の衣服をケニアから持ち帰って、素材としてつくりかえて使用したドレスを発表されています。現在その過程を記録したドキュメンタリー『燃えるドレスを紡いで』も公開中ですね。そもそも、なぜケニアに行こうと思われたのでしょうか?

中里:衣服がどのような終末を迎えているのか、その最終到達点を見てみたいという思いがあって、日本国内でもリサイクルセンターを回ったりしていました。デザイナーたちがつくり出したものが役目を終えていく場所に、未来のソリューションがあると考えたんです。そんななかで、ケニアには世界でもっとも大量に衣服が集まっていると知って、つくり手側として一度は見ておく必要があるだろうと思い、飛び込んでいきました。

─実際に足を運んでみて、いかがでしたか?

中里:想像以上に、めまいがするような物量を目の前に突きつけられました。古着が山積みになった掘っ立て小屋のようなマーケットが何百件と連なっているところに、日々コンテナで世界中から大量の古着が押し寄せてきていて。どうにもならなくなると、そのまま道に捨てていくので、道に衣服が積もり積もっていて、歩くと道路がふかふかするんです。

ほとりに衣服が山のように積まれていて、墨汁のように黒い水が延々流れ続けている川もありました。直感レベルでこれは良くないと感じる状況でした。

─そうした場所に流れ着いていたのは、おそらく多くが、いわゆる大量生産の安価な服。自身の制作とは切り離すこともできたのではないかと思いますが、中里さんのなかで自分ごととして響いたのはなぜだったのでしょうか?

中里:冒頭の話にもつながりますが、衣服の未来という大きなくくりで考えてみると、やはり全部がつながっていると思うんです。パリで発信したものがトレンドになって、回り回って世界中のスタンダードを生み出しているかもしれないと考えると、無関心ではいられなくて。

安価な服があることによって、多くの人が良質なものや、デザイン性のあるものを着られる状況は、良いことだとも思うんです。ただそこには間違いなく課題があるなかで、つくり手としてある意味対極のものを見て、考えて発信していく道筋が大切であるように思いました。

価値がゼロになった服を、もっとも高価な服を発表する場所に持っていって、人は果たして価値を感じるのか、そのストーリーになにを考えるのか。そこに人が美しさや付加価値を感じることができれば、希望になるかもしれません。

ケニア・ナイロビのゴミの山がインスピレーションになった、2023-’24年秋冬チュールコレクション

『TOKYO CREATIVE SALON 2023』で仕掛ける、サステナブルな問いかけ

─今年6月からは、中里さんのこれまでの活動をまとめた個展『BEYOND COUTURE』がパリで開催されます。こちらはどのような内容になりそうでしょうか?

中里:クチュールはファッションのオリジン的な存在でもあるし、フランスの文化でもあって、そこに日本のブランドとして参加している状態が7年ほど続いているなかで、『BEYOND COUTURE』というタイトルのもと、パリで発表することはすごく感慨深いものもあります。

一方で、まだまだ深めきれてない部分や、学びきれてないクチュールやフランスのファッションの文化がたくさんあって、そこに一石を投じられているんだろうかという葛藤もあるので、自分のなかではターニングポイント的なエキシビションになるような気がします。ここから先の未来の服を考えるような、そんな場所になったらいいなと思います。

─現在開催中の『東京クリエイティブサロン2024』に参画している『SHIBUYA FASHION WEEK』では、こちらの個展と連動したインスタレーションが渋⾕駅東⼝地下広場に展示されていますね。

中里:『BEYOND COUTURE』を体現する象徴的な服として、コレクション「ATRAS」で発表した象徴的なルック(※2)を展示しています。「ATRAS」は人工タンパク質素材のブリュード・プロテイン繊維を使ってつくっていますし、未来のビジョンを可視化するようなデザインになっていると思うので、それを渋谷という場所で発信していくことは非常に大きいことだと思います。

できれば普段「ファッションって面倒だな」と思われている方にこそ見ていただきたいですね。たまたま通りかかった人がちょっと足を止めて、頭の中でなにかを考えるようなことが起きたら、いつもパリでやりたいと思っていることを渋谷という街で実現できる、またとない機会だと思います。

ファッションの世界は閉じているところがあって、パリコレも限られた人しか見られませんが、街行く人たちが見ることに、とてつもない意味があるような気がします。

※2 2021春夏コレクションでは発表されたもの。ブリュード・プロテイン繊維を用いた形状を緻密にデザイン、コントロールできる独自技術「バイオスモッキング」によって複雑な造形を作り出すことで、自然をモチーフとした幻想的かつ躍動感あふれるルックに仕上がった

─中里さんは普段パリを発表の場にされていますが、東京という街についてはどんな風にご覧になられていますか?

中里:私の場合は、パリという歴史が積み上がってきた場所で、新たななにかを投じることにいまは全力投球している状況です。しかし、今回インスタレーションが行なわれる渋谷という街では、ギャル文化が生まれたように、大人たちが仕組んだわけではない、当事者たちの野生の本能によって自然発生的なトレンドが生まれてくる力強い場所。そういう場所は世界でも、ほかになかなかないと思うんです。

─中里さんがギャル文化に言及されることが意外でした。

中里:若い人たちが、マツモトキヨシやドン・キホーテで見つけたものを、もとの用途とは違う形にアップデートして自分の作品をつくり上げていくクリエイティビティって、人の持っている生存本能みたいなもので、半端じゃないエネルギーがあると思うんです。それが連なり合ってカルチャーになって、パリコレで発表しているデザイナーがインスピレーションを受けたりしますよね。

なので個人的な願いとしては、自然発生的にトレンドやカルチャーが生まれていく環境や、個人の中から湧き出るクリエイティビティを尊重できるような都市のあり方について、ぜひ多くの人で議論したいところです。

商業施設をどんどん建てていくようなことで本当にいいのか、なぜそういう現象が起きたのかを、もうちょっと分析しながら、これからの都市のあり方を考えることができたらと思っています。

イベント情報
THE INSTALLATION I

『パリ オートクチュールウィーク』に参加している唯一の日本のファッションブランド「YUIMANAKAZATO」が、今年6月にブランド初の個展『BEYOND COUTURE』をフランスにて開催。個展と連動し、環境に配慮したサスティナブルな次世代素材を開発しているバイオベンチャー企業・Spiberの素材が使用されたクチュール衣装を観ることができる「街なかインスタレーション」を実施。今春はNEO CHAOSをコンセプトに、ファッショントレンドを生み出してきた渋谷の街から、サスティナブルとは何かを問いかけます。

開催日時:3/16(土)-3/24(日)
開催場所:渋谷各所
プロフィール
中里唯馬 (なかざと ゆいま)

彫刻家の父と彫金家の母の間に生まれ、幼いころから様々なクリエイティブに囲まれて育つ。独学で服作りを開始し、ベルギーアントワープ王立芸術アカデミーファッション科入学。卒業コレクションがヨーロッパで数々の賞を受賞。2015年に株式会社YUIMA NAKAZATO設立。2016年、パリ・オートクチュール組合より公式ゲストデザイナーに選ばれパリでコレクションを発表。テクノロジーとクラフトマンシップを組み合わせた新しいものづくりを提案している。



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