山本達久、実験音楽家として語る「音楽の魔法」と身体・脳の関係

「この人はできると思ったのはグレンさん以来でした。私がドラムスに求めることは、ドラムスをどう叩くかではなくて、曲をドラムスでどう演奏するかなんです」

これは『Simple Songs』(2015年)リリース時に刊行された『︎別冊ele-king ジム・オルーク完全読本』(2015年、Pヴァイン)内で、ジム・オルークが本稿の主人公である山本達久を評した際の言葉だ。同書に収められたインタビューで山本達久は、ジムに手渡されたCD-Rによって音楽の聴き方が激変したと語っている。なお、「グレンさん」というのは、今やWilcoのメンバーとして知られるグレン・コッツェである。

ジム・オルークと石橋英子とのカフカ鼾や「マームとジプシー」の音楽をはじめとした様々なプロジェクト、七尾旅人やUA、前野健太のサポートドラムとして名を馳せる山本達久。彼が4年の歳月をかけて完成させた『ashioto』『ashiato』には、山本自身の人生が、ドラマーとしての哲学が、音楽家としての尽きせぬ探究心と芸術性が投影されている。この双子のアルバムが内包するものを、『︎別冊ele-king ジム・オルーク完全読本』の監修・編集、また『前衛音楽入門』(2019年、Pヴァイン)の著者である松村正人とともに紐解いた。

山本達久(やまもと たつひさ)
1982年10月25日生。ドラマー。2007年まで地元山口県防府市bar印度洋を拠点に、様々な音楽活動と並行して様々なイベントのオーガナイズをするなど精力的に活動し、基本となる音楽観、人生観などの礎を築く。独創的なソロ(ライブセット / 電子音楽作品)や即興演奏を軸に、ジム・オルーク / 石橋英子との様々な活動をはじめ、カフカ鼾、石橋英子ともう死んだ人たち、坂田明と梵人譚、禁断の翼棟、Sweet Herringbone、オハナミ、NATSUMENなどのバンド活動多数。ex.芸害。青葉市子、UA、カヒミ・カリィ、七尾旅人、phew、前野健太、山本精一など歌手の録音、ライブサポート多数。演劇の生伴奏・音楽担当として、SWANNY、マームとジプシーなど、主に都内を中心に活動。2011年にはロンドンのバービカンセンターにソロパフォーマンスとして招聘されるなど、海外公演、録音物も多数。活動は多岐に渡る…。

七尾旅人やUAらのサポートで知られる名ドラマー、しかしその哲学は主流には沿わず。ジム・オルークらと過ごした10年の濃密な時間が山本達久にもたらしたもの

松村:『ashiato』と『ashioto』、今回同時リリースされた2作品を聴いて、達久さんって一流のアーティストだったんだって思いました(笑)、本当に。

山本:いやいやいや(笑)。

松村:千住宗臣さんとのアルバム(2009年発表の山本達久&千住宗臣『a thousand mountains』)は、ドラマーとしての観点があったと思うんですよ。ドラマーとしてどうするか、ドラマーとしてそのドラム道をどう外していくかってことだったと思うんですけど。

山本:そうですね、完全に。

松村:それから達久さんもいろいろな活動をしてきて……この言い方が正しいかわかんないけど、いちドラマーではなくなったと思うんです。

山本:まあ道を外れてるっていう(笑)。

松村:悪い意味で言ってるわけではないんだけどね。

山本:いや、わかります(笑)。

松村:『ashiato』『ashioto』を聴いて、そのような立ち位置にいるんだとますます思いました。その点についてはいかがですか?

山本:まあ俺、家で全然練習しないし、クリックを聞いて練習することも本当にしてないんで。今の世の中で求められている生ドラムの演奏って、ステディでシャープでクリッキーなものだと思うんですけど、俺そこから全部逸脱してるから(笑)。

テンポが揺れないドラムって、叩いてる人の感じがわからないから面白くないし、ハッキリ言って誰が叩いててもほぼ一緒じゃんと思っちゃうんですよね。打ち込みとかプログラミング、コーディングのほうが人力で不可能なこともできるから、音楽の進化としては面白いはずなんですよ。それなのにみんな退化しようとしてるのかなって感じますね。

松村:その境地に達したのは、ジム(・オルーク)さんとずっとやっているのが大きい?

山本:まあこのアルバムに関してはそうですね。ジムさんとか(石橋)英子さんとか須藤(俊明)さんとかこの10年間一緒にやってきた人たちから、いい影響も悪い影響も全部受け取ってて。やっぱ、距離が近すぎたんですよ。どれがいい影響なのか、どれが悪い影響なのかを洗いたくて、今回自分の作品を作ったところもあります。

2016年とかは特に忙しすぎて、「自分が本当に好きなものって何だろう?」ってわかんなくなっちゃって、これはよくないなって思ってました。もちろんジムも英子さんも須藤さんも先輩だし、いろんな面白い芸術を教えてくれて、「これは引っかかったな」「これは引っかからないな」とかいろいろあったんですけど、それを整理する時間は設けてなかった。入れるだけ入れてはよくないなと思ってたんです。

4年間かけて行われた制作の終盤に訪れたコロナ禍。4月以降、Bandcampで精力的にリリースを重ねていた背景

松村:コロナ禍になってから達久さんはBandcampに結構な数の音源をあげていますよね。

山本:そうですね。俺、今年の頭ぐらいに手術をして内臓を取ってるんですけど。

松村:そうなんですか!?

山本:胆嚢にでかいポリープができて手術するしかないってなって、今年の1月の終わりくらいに仕事も制作も家で何でもできるように機材を一新したんですよ。そのときは手術後で体力も超低下してるんで、3月くらいまでは仕事も全部セーブして4月からやろうとしてたんですけど、4月からいきなりコロナで全部の予定が飛んで(笑)。

松村:図らずも制作環境も変化したんですね。

山本:そうですね。もう収入がなくなるんで切り替えざるを得なかった。サポートの仕事も基本的には全部口約束だから、キャンセル料をもらえるわけでもないんで。

松村:前向きに何かやっていくしかないってことですよね。それまで電子音楽というか、こういった音楽制作は日常的にやられてました?

山本:機材はいくつか持っていじってはいたんですけど、日常的にはやってなくて。それこそ『ashiato』と『ashioto』作るにあたっては須藤さんに手伝ってもらって。わからないことは任せるんじゃなくて、質問して勉強しながら一緒にやるっていうスタンスでやってたんです。ミックスもやりながら4年間じっくり時間をかけてやってた。

松村:須藤さんしかり、電子音楽や実験音楽の分野では達久さんの周りにはすごい人がいっぱいいますもんね。

山本:だから俺の仕事じゃないくらいに思ってたんですよ。でも実際やってみると自分で録れたほうがいいなって思いました。たとえば、「このお茶ちょっと苦いから、もう少しだけ苦味を抑えてくれる?」って3人にオーダーしてもやり方は全員違うと思うんですよ。

松村:水を足したり、元のものを薄くしたりとか、いろいろあるからね。

山本:そう。だから、過程も結果も人によって違うものを他人に任せられないなと思って。

松村:そのプロセス自体を自分で工夫してみるのも面白いんじゃないかってことなんでしょうね。

「英子さんがBandcampにあげる新曲を作ったときに、たまたまオーレンと俺に同じCCで『よかったら聴いて』みたいな連絡があって」

松村:ご自分で何かを作ろうと思ったとき、どんなことを最初にやろうと思いました?

山本:何を表現したいかは常に具体的で。今までBandcampで出したやつは実験音楽だと思ってるんですけど、実験って予測と実践と結果があるじゃないですか。俺、それしかやってないんですよ。どういう実験をやるのか決めてやってるだけなんですけど、ここで重要なのが頭でっかちにならないように、コンセプトを決めたらできあがりは気にしないってことで。

松村:結果に対しては、事後的に作り替えたりはなるべくしないということですか?

山本:逆ですね。音楽的に面白いように事後的に作り替えたりするのもアリだと思っていて、『ashiato』『ashioto』もそういうふうに作ってあります。ただ初めの、何をどう実験したのかだけは絶対に変えないようにしてて。

松村:実験の条件は必ず守る、と。

山本:Bandcampに関しては厳密に守ってます。『ashiato』と『ashioto』はもうちょっとファジーで、理屈じゃ説明できない流れがあります。まあ4年もやってたんで(笑)。途中で考えが変わったりもして。ただ二つで一つの作品だけど、違う国の違うレーベルからほぼ同時にリリースするってことは最初から決めてました。片割れの双子みたいにしたら、みんな2枚とも聴きたくなるかなと思って。

松村:『ashiato』は「NEWHERE MUSIC」からデジタル配信とアナログ盤で、『ashioto』はオーレン・アンバーチのレーベル「Black Truffle Records」からアナログ盤でのリリースとなりますが、なぜオーレンのところから出すことにしたんですか?

山本:きっかけはBandcampの2作目『shishushushuka』っていうメタアンビエントの作品で。アンビエントってジワーっと10分くらいかけて盛り上がって、カタルシスを迎えるみたいなのが多いじゃないですか。その作品は一番カタルシスがある「キター!」ってときにズバッて切って、全然関係ない音の世界に放り込んだら聴き手はどうなるのかなって思ったのが着想で(笑)。

それで、英子さんがBandcampにあげる新曲を作ったときに、たまたまオーレンと俺に同じCCで「よかったら聴いて」みたいな連絡があって。そういうのはジムとかとも結構やるんですけど。

松村:お互いに聴かせ合うんですね。

山本:そうそう。それで俺もオーレンに「俺も実は作ってるから、よかったら聴いてよ」ってアカウントを送ったら、「Super Awesome!」っていう返信があって。「あ、マジか、これ好きなんだ」って思って。「今できたばっかりのこれあるから、もしよかったら聴いてください」って『ashiato』のほうを送ったんすよ。そしたら「もうひとつのほうを送って」って言われて。そしたら『ashioto』を気に入ってくれて。

松村:その理由について何か述べていました?

山本:いや、オーレンとは「これいいね」「よくないね」くらいしか喋ってなくて(笑)。

着想は「マームとジプシー」との仕事を通じて。2作の背景にある戯曲の存在を明かす

松村:さきほど制作期間は4年とおっしゃっていましたが、そもそも2作同時に手がけるというコンセプトはどこから来たんですか?

山本:この作品って演劇の考え方に起因するものが多いんです。「マームとジプシー」の音楽をしばらくやってて、作りはじめたのは1年中マームで忙しいぐらいのときで。そのとき、演劇と音楽、二つのアートフォームはもちろん違うんですけど、何がどう違うのかを具体的にすごい実感したんですよ。

まず、基本的に演劇って一人じゃ何もできないですよね。演出家が全部、役者も美術も照明も音楽もやるわけにはいかない。でも音楽家って、たとえばシンガーソングライターはギターがあって歌があったらできるじゃないですか。そういうフィジカルな問題を無視したときに、演劇のアートフォームで一番面白い作品の作り方ってどんなものだろうな? って考えたのが出発地点で。

山本:たとえばシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を蜷川幸雄が男だけでやったり、マームは女だけでやったりしますけど、『ロミオとジュリエット』を題材に一人の演出家が同時に複数の作品を作るのはどうかな、と思ったんです。それを同時に上演したときに何を思うんだろうなって。そういうふうに演劇をやったら面白いなと思ったのが2作を同時に作ることにした最初のきっかけですね。

松村:となると、今回の作品ではコンセプトが戯曲の役割をすることになりますね。

山本:そうですね。最初に作ったのは戯曲です。半分フィクション、半分ノンフィクションみたいな物語を考えたんです。ただ自分が作るのは音楽なんで、戯曲自体はあまり関係ないと思って公開もしてないんですけど。

松村:その物語のサワリだけでも教えてください。

山本:本当にファンタジーなんだけど、結構リアルな話で……要は、杖の視点で見てる人の話。

松村:それでジャケットに杖が写ってるの?

山本:そうですね。物語の内容は本当に具体的に書いて。でもそれは恥ずかしいんで、絶対教えないっすね。

松村:(笑)。

山本:ていうか、戯曲について具体的に言及したの初めてっすから(笑)。

松村:杖の視点での物語っていうのは、自分の境遇というか置かれている人生の状況を見つめ直したということですか?

山本:そうですね、自己分析はすごくしました。

松村:ご自身の境遇がアーティストとしての達久さんを作っている要素の一つだと思い至ったということなのかしらね?

山本:うーん……アーティストとしてかはわからないんですけど、4年かけて自分が知らない自分をいろいろ見つめ直して。

物語を投影させて劇的に展開する本作の音楽構造を、松村正人の視点で紐解く

松村:私が戯曲と言われて腑に落ちたのは、『ashiato』と『ashioto』を聴いてともに音楽的な物語性が豊かだと思ったからです。物語というのは作品の構造や展開の仕方も含みます。時間軸上で感覚的に同期する部分が二つの作品にはあると思ったんですね。たとえば10分くらいで盛り上がって、静かになって、また盛り上がってっていうような感覚が共通している。

山本:そうですね、間違いなくそうです。戯曲を作ったあとに、展開をどうつけるか細かく書いたストラクチャーシートを作って。それは2作品に共通なんですけど、『ashiato』のほうはそのストラクチャーシートにふさわしい音を実験しながら当てはめていく作業を繰り返して作っていったんです。

松村:たとえばここでは達久さんの演奏に、ここは石橋英子さんのピアノに、ここでは藤原大輔さんのサックスにというように、音が舞台の中央に現れてスポットライトが当たるような意識をもって作品を構成されていると感じました。個々のサウンドは自由に変化するんだけど、その課程で浮上する位置関係そのものを意識して作っていると思ったんですね。

山本:そうですね。

山本達久『ashiato』を聴く(Apple Musicはこちら

松村:まず戯曲ができて、それを音で表現するとなると、題材、素材を作っていくんですか? どういう作り方だったんですか?

山本:まずストラクチャーシートを元にスケッチした音をパズルみたいに当てはめて。合いそうな音を録って雛形みたいなものを形にしたうえで、たとえば英子さんにエレクトリックフルートを入れてもらう。そのときのオーダーは「どんよりした雲があって、いきなり雷が落ちてきてくるみたいなーー状況が一変しちゃったくらい気分が変わるような、このローズとリバーブで作ったコード感のトーナリティ(調性)を崩すフルートを加工した音で吹いてください」って感じで抽象的に伝えて。で、それを吹いてもらったあとにもともと入っていた音を消して、残った音だけで構成し直して、いらないフレーズはカットしてって、というふうに彫刻みたいに作っています。

松村:削って、足して。

山本:EQもかけて、必要ならコンプもトラックにかけて、とか。そういうのを全部須藤さんに付き合ってもらってました。あとは音響心理学ーー人はどれくらい集中して物事に取り組めるのかってリミットってあるんですけど、そういうことをいっぱい勉強しました。たとえば同時通訳の人って15分で脳が限界なんですよ。だから絶対2人1組らしいんですけど。

松村:それでどんどん代わっていくんだね。

山本:そう。レコードの片面ってだいたい20分だからちょうどよくて。15分くらいのピークのときに一番のクライマックスがきたり、何も起こらなかったり。その生理現象を利用してストラクチャーシートを書いてます。

本作の物語性を演出する山本自身の「小さい音」への眼差し

松村:時間をテーマにして何かをやることと人間がそこに介在することは意味合いが異なることだと思うんですね。やっぱり音楽は人間が聴くものですから。達久さんの今回の作品は、人がどう聴くかをすごく計算している感じがあるから何回も聴けるんでしょうね。

山本:本当ですか? 嬉しいっす。俺はもう4年間何回も聴き続けたから全然ジャッジできない(笑)。

松村:(笑)。ポップスほどわかりやすい構造や旋律はないかもしれないけど、聴いていて楽しい。まったく長く感じないものね。あと、この作品の録音レベルは比較的低いじゃないですか。低いというか小さい音を意図的に使おうとしてる気がします。

山本:そうですね。ドラムっていう楽器の性質上そうなっちゃうんですよね。ドラムって叩いたら耳が痛いくらいうるさいのに、素手でちょっと手ついただけで音が出るわけで、大きい音と小さい音の差がめちゃくちゃあるのが普通の楽器なんで。結果的にダイナミクスレンジがあるけど、ドラマーからしたら当たり前のことなんですよね。

松村:今、ダイナミクスをどうのこうのするドラマーってあんまりいない気がしますが。

山本:傾向としてはそうだとは思いますね。それは俺の足の病気の影響でもあって。俺もともとメタルとかやってたんで、足が悪くなるまですごい音がデカかったんです。未だに腕は音デカいけど、足は20歳くらいのときに物理的にできなくなって。そのときから小さい音に注目するようになったんです。大きく聴かせたかったらマックスを気にするんじゃなくて、ミニマムを下げたほうが音は大きく聴こえるみたいな。そういう考えが基本的にあるんです。あと、ジムもドラムに関しては同じ考え方なんですよね。

松村:ご自分の身体のそういうところをどう音楽に反映していくかは、すごく今回の作品に現れてるような気がしますよね。

山本:そうっすね、個人的な作品なんで。でもきっと外に開かれてると思います。

松村:ところで達久さんご自身で『ashiato』と『ashioto』2作品の違いというのはどこにあると思いますか。私は『ashioto』ほうがどっちかというとエレクトロアコースティック的なイメージで、『ashiato』はミニマルないし電子音楽的な印象を抱きました。

山本:ジャンルミュージックを切り貼りしてるのが『ashiato』のほうで、『ashioto』はエクスペリメンタルですね。自分のなかでは。

松村:デジタルオーディオワークステーションでの作業は、達久さんにとってドラムを叩くことと頭の使い方は違いますか?

山本:もちろん違うんですけど、似てるところもありました。たとえばステディな演奏してる場合、ちょっと展開つけたいときに「スネアを増やそうかな」とか「ハットをオープンにしちゃおうかな」とかいろいろ考えるわけですよ。作ってる音楽はミニマルなものが多いんで、徐々に変化していくのが多いんですけど、それは自分の体よりオートメーションを書くほうが面白い場合が多いですね。

松村:なるほど。

山本:基本的にオートメーションをめちゃくちゃ書くんですよ。徐々にパラメーターが変化してるって状態を保つのが多分自分の作品の特徴だと思いますね。

人間の認知機能の不思議と「音楽の魔法」の関係について

山本:あと、音に対する時間の使い方の研究してたんですけど。

松村:それは自主研究?

山本:もちろんです。人って10秒間のループならそれがループだって知覚できるんですよ。だけど、1分半~1分40秒越えたものはもうループとわかんないんですよね。特に抽象的な音だったら頭の音を聴いても覚えてない。

そのときに、藤原さんにものすごくゆっくりメロディを単音で吹いてもらったんですけど、そういう音の場合、どれぐらいの長さでループさせると人はループだとわからなくなるかを実験して。いつの間にかループが増えてるっていう状況を人間の知覚をかいくぐって作ろうとしたんですね。『ashioto』のB面でサックスが増えていくパートは、ルーパーを使ってリアルタイムに演奏してるんです。

松村:あの場面はナマというか、リアルタイムなんだね。速度を変えたり、重ねたり、ループの音が呼応してああいう感じになっていった。

山本:そうですね。あれはパソコン上でエディットしたものじゃないんです。今回、譜面を書いたところもあるんですけど、どっちかっていうと発想的にはテープコラージュなんですよね。

松村:この2作はいろんな聴き方ができると思います。音を追ってくと違う風景が見えるというか。たとえば『ashioto』のほうだったかな、達久さんが細かくペダルを踏んでたりする小さい音がずーっと入っててだんだん消えてって最後のほうにフーって現れてくる感じを追って聴いてると、音楽のなかに違う風景が見えてくる。そんな体験が随所でできてすごく面白かった。

山本:俺、そういう音楽の魔法ってあるなと思っていて。発見したのは実は大友さん(大友良英)とさちこさん(Sachiko M)のライブだったんです。

松村:Filamentですか?

山本:Filamentじゃなくて、さちこさんがいた大友さんの何かのライブで。みんながバーってやってるなかでも、さちこさんって流れを無視するじゃないですか。だから最後にさちこさんの鳴らしてた音が浮かび上がってきて「あ、鳴ってたんや」って思ったんです(笑)。今まで前でおじさんたちがやってた激しいやつは何だったのか、その意味も全然変わってくるやんと思って。

松村:まさにそうだね。

山本:それが20年近く前で、「あ、これかっこいいな」って思ったんです。何も考えなくても綺麗だとか心地いいとか思う音があったり、不穏なコードのあとにメジャーなコードがくると安心したりするじゃないですか。そういう音楽の魔法っていっぱいあると思うんです。英子さんやジム、須藤さんと一緒にやってて一番勉強になったのは、音楽には魔法が本当に具体的にあるってことですね。オートメーションも魔法ですし。今作には自分的に発見した魔法をいろいろ入れてます。

松村:音楽というものを生理現象として捉えるか、それとも美学的な水準で考えるか、立場はいろいろあると思うんですけど、そのふたつは頭と身体が完全に切れないように完全に分断できないと思うんですね。そこに魔法が生まれる余地があるのかもしれない。人間の認知機能というか聴覚はすごく不思議なものですよね。

山本:本当に不思議。人間の耳って可聴域を自分で選べますからね。自分で選んで聴いてるから。「うるせえな」って思っていても自分が選んで聴いてるんですよ。

松村:それはわかりますね。

制作の幕引きを導いた石橋英子の音、山本を4年間支え続けたジム・オルークの言葉

松村:でも4年も制作していると、切り上げどきは難しかったんじゃないですか? 設計図の時点で「ここはこうなってたら終わり」っていうチェックポイントを入れていったんですか?

山本:それをやると音楽がつまらなくなるんですよね。今回は自然と着地点が見えたので、着地させたんですけど、それが4月の頭で。英子さんに最後のオーバーダブをしてもらったときなんです。

2つの作品のバランスも完全にとって、「あとは英子さんが入れてくれるやつを待てばいいだけだな」ってくらいまで完成させてたんですよ。そしたら英子さんが全然オーダーと違うものを送ってきて「なんじゃこりゃ」ってなって。ここまできてこんな景色が変わるんだなと思って、さらに自分に湧いてきたアイデアを足してミックスをしたんです。そしたら想像より何倍もよくなって、だから初めの予定と変わったんですけど、「もうこれで完成だな」とそのときに思いました。

松村:なるほど。

山本:当初のコンセプトからは外れていないんで、ゴールに到達してるんですけど、できあがった音自体にゴールは設けてなかったってことですね。

松村:音に対して開かれた姿勢は常に保っていたわけですね?

山本:コンセプトに縛られるというか、頭でっかちになりたくなかったからかもしれないです。

松村:私もこういう音楽いっぱい聴いてるけど、コンセプト一発みたいなのってすごい多いわけですよね。

山本:多いっすよね、それで成功してるものもありますが。

松村:コンセプトを聞いたら聴いた気になる感じってあるでしょ? でも達久さんのこの2作はそういうようなものではなかったなって。

山本:そこを避けたんですよ。それが伝わってすっげえ嬉しいです。(笑)

松村:時間の厚みというか、創作における時間の長さって誠実でいることはすごく大切なことだと思う。

山本:そこはジムからの影響ですね。ジムも『Simple Songs』(2015年)を作ったとき、録音とミックスに6年くらいかけてて。最後の最後までリテイクもいっぱいやってたんですよね。そのときにジムは覚えてないと思うんですけど、「3年前の録音でも、3年後に聴いたときにまだ新鮮だって思えれば、まだその音楽は生きてるってこと。なのではい、今リリースしても大丈夫」みたいなことを言っていて。

その新鮮さって俺にとってどういうものかというと、普段レコード買うときに、試聴して「あ!」って思ったらすぐ買うのと一緒の感覚で、今回はそういう物差しの使い方をしましたね。そもそも時間をかけるっていうのははじめから決めてたんですよね。4年前に作ったものを4年後に聴いて自分が面白くなかったら嫌だなと、だって人に捨てられちゃいますからね。消費されるのだけは嫌だと思いました。

松村:そうだね。流行りものじゃなくても消費されるものは消費される。私としては久しぶりに清々しい作品を聴いたなって感じがして、すごくよかったですよ。耳が洗われました。

山本:嬉しいですね。俺もともとレコ屋やし、レーベルから出すからには損をしてほしくはないっていう責任感みたいなものもありましたから(笑)。

リリース情報
山本達久
『ashioto』(アナログ盤)

2020年9月18日(金)発売

山本達久
『ashiato』

2020年10月21日(水)配信

山本達久
『ashiato』(アナログ盤)

2020年10月21日(水)発売
価格:3,300円(税込)
PEJF-91031 / NWM-005

[SIDE-A]
ashiato part 1

[SIDE-B]
ashiato part 2

プロフィール
山本達久
山本達久 (やまもと たつひさ)

1982年10月25日生。ドラマー。2007年まで地元山口県防府市bar印度洋を拠点に、様々な音楽活動と並行して様々なイベントのオーガナイズをするなど精力的に活動し、基本となる音楽観、人生観などの礎を築く。独創的なソロ(ライブセット / 電子音楽作品)や即興演奏を軸に、ジム・オルーク / 石橋英子との様々な活動をはじめ、カフカ鼾、石橋英子ともう死んだ人たち、坂田明と梵人譚、禁断の翼棟、Sweet Herringbone、オハナミ、NATSUMENなどのバンド活動多数。ex.芸害。青葉市子、UA、カヒミ・カリィ、七尾旅人、phew、前野健太、山本精一など歌手の録音、ライブサポート多数。演劇の生伴奏・音楽担当として、SWANNY、マームとジプシーなど、主に都内を中心に活動。2011年にはロンドンのバービカンセンターにソロパフォーマンスとして招聘されるなど、海外公演、録音物、ソロ作品も多数。



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