特集 PR

松浦弥太郎が語る、イサム・ノグチの「さりげなさ」と「豊かさ」

東京オペラシティ アートギャラリー『イサム・ノグチ -彫刻から身体・庭へ-』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:森山将人 編集:木村直大
松浦弥太郎が語る、イサム・ノグチの「さりげなさ」と「豊かさ」

ノグチには「清潔」を感じています。それは単に潔癖な清潔さではなくて、透明感と言うべきものです。

本展にある『2mのあかり』は、1996年に『ヴェネチア・ビエンナーレ』に出品されたことで知られているが、同作に関連して、ノグチはこんな言葉を残している。

AKARIはその人の権威(ステータス)の象徴ではなく、貧富にかかわらず感性の証であり、暮らしの質(クオリティ)を与え、いかなる世界も光で満たすものです。(イサム・ノグチ「あかりの意味」、『イサム・ノグチ あかりと石の空間』、リブロポート、1985年、p.94)

照明以外にも、インテリアや家具、食器といったプロダクトデザインを数多く手がけたノグチの、「生活と環境の一体化」というテーマに強く結び付いた発言だが、同時に、暮らしの豊かさを根本から問う松浦のこれまでの活動と響きあう部分も感じさせる。

 

1990年代前半に古書販売の仕事をスタートし、知と文化の結び付きを移動書店や伝説の書店「COW BOOKS」で試行してきた松浦は、後年『暮しの手帖』編集長に抜擢され、生活や暮らしという誰にとっても身近な、しかしだからこそ奥深い人間の営みに、哲学的な思索と実践を重ねてきた人だ。

松浦:これはあくまでも僕の主観で人とは違うかもしれませんが、ノグチには「清潔」を感じています。それは単に潔癖な清潔さではなくて、透明感と言うべきものです。

もちろん、ノグチはさまざまな苦難を経験して、制作を断念せざるをえなかった作品も数多く持っている人。そこにはきっときれいごとでは済まされない、いろんなことや感情もあったはずです。でもそれを含めてなお、ノグチは「清潔」で居続けることができた。それを体現したような作品に接することで、僕たちは、僕たち自身がどこかで記憶してる原点みたいなもの、また、いつかやって来る未来を思い浮かべることができるんだと思います。

そこには懐かしさが伴っているけれど、けっして感傷ではなく、もっと暖かなものとして僕らを包み込むようでもある。誤解を恐れずに言うならば……それは、ノグチの作品の一部に自分がなるということなのではないでしょうか。

 

今回の展覧会を見て驚かされるのはノグチの交友の広さだ。師匠と慕ったブランクーシ、無二の親友と認めあったバックミンスター・フラー(アメリカの思想家、建築家)、舞踊の世界に彼を導いたマーサ・グラハム、日本では建築家の谷口吉郎、丹下健三、磯崎新、デザイナーの剣持勇、画家の長谷川三郎、猪熊弦一郎、岡本太郎らと深く交流した。気難しいことで知られた北大路魯山人すらも、ノグチとその妻・山口淑子に住まいを提供し、作陶のために使う貴重な土を惜しむことなく与えた。

ノグチの才能、そして人を惹きつける人間性を伝えるエピソードは数多い。同時に、けっして人と群れたり、一時的な成功に留まることをよしとせず、孤独を好んだ彼の性癖も、様々に語られてきた。生前、ノグチは日本とアメリカに引き裂かれた自分のアイデンティティーについて複雑な思いを巡らしている。

 

自分は何者なのか? 自分の居場所はどこにあるのか? そんな人間としての存在の問いに、ノグチは悩み、苦しんだ。しかし、ノグチの作品世界に、ノグチ個人の姿は、もはや無い。そこあるのは、ちっぽけな個を越えて、自然や大地、宇宙とひとつになる、もっと豊かで大らかな、清々しい世界だ。松浦がノグチ作品に見てとる「清潔」さとは、そのことと関わっているのではないか。

本展で紹介されている『火星から見るための彫刻』案は、残されたアーカイブフォトからのみ知られる作品だが、その最初のタイトルが「人類のためのモニュメント」であったという挿話は、なにか示唆的である。

イサム・ノグチ『「火星から見るための彫刻」案』1947年 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR. Photo by Soich Sunami
イサム・ノグチ『「火星から見るための彫刻」案』1947年 ©The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum, New York / Artist Rights Society [ARS] – JASPAR. Photo by Soich Sunami

いつか私たちが科学や文化のリミットを乗り越えて、宇宙に生活の場を伸ばしたとき、はじめて観ることのできるノグチの「彫刻」。その構想は実現しなかったが、そこにノグチの果てしない、そしてずっと遠い時代と場所まで届くメッセージを感じることができる。そんな気がするのだ。

 

Page 3
前へ

イベント情報

東京オペラシティ アートギャラリー
『イサム・ノグチ ―彫刻から身体・庭へ―』

2018年7月14日(土)~9月24日(月)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー

プロフィール

松浦弥太郎(まつうら やたろう)

2005年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年7月にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。2017年、(株)おいしい健康・共同CEOに就任。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

あらかじめ決められた恋人たちへ“日々feat.アフロ”

何かを我慢することに慣れすぎて忘れてしまいそうになっている「感情」を、たった10分でこじ開けてしまう魔法のようなミュージックビデオ。現在地を確かめながらも、徐々に感情を回転させていくアフロの言葉とあら恋の音。人を傷つけるのではなく、慈しみ輝かせるためのエモーションが天井知らずの勢いで駆け上がっていった先に待ち構えている景色が、普段とは違ったものに見える。これが芸術の力だと言わんばかりに、潔く堂々と振り切っていて気持ちがいい。柴田剛監督のもと、タイコウクニヨシの写真と佐伯龍蔵の映像にも注目。(柏井)

  1. THE SPELLBOUNDがライブで示した、2人の新しいロックバンド像 1

    THE SPELLBOUNDがライブで示した、2人の新しいロックバンド像

  2. 中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿 2

    中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿

  3. 『プロミシング・ヤング・ウーマン』が映し出す、「女性の現実」 3

    『プロミシング・ヤング・ウーマン』が映し出す、「女性の現実」

  4. ジム・ジャームッシュ特集が延長上映 『パターソン』マーヴィンTシャツも 4

    ジム・ジャームッシュ特集が延長上映 『パターソン』マーヴィンTシャツも

  5. A_oから青い心を持つ全ての人へ 自由に、自分の力で生きること 5

    A_oから青い心を持つ全ての人へ 自由に、自分の力で生きること

  6. 地下から漏れ出すアカデミックかつ凶暴な音 SMTKが4人全員で語る 6

    地下から漏れ出すアカデミックかつ凶暴な音 SMTKが4人全員で語る

  7. 林遣都×小松菜奈『恋する寄生虫』に井浦新、石橋凌が出演 特報2種到着 7

    林遣都×小松菜奈『恋する寄生虫』に井浦新、石橋凌が出演 特報2種到着

  8. 『暗やみの色』で谷川俊太郎、レイ・ハラカミらは何を見せたのか 8

    『暗やみの色』で谷川俊太郎、レイ・ハラカミらは何を見せたのか

  9. ギャスパー・ノエ×モニカ・ベルッチ『アレックス STRAIGHT CUT』10月公開 9

    ギャスパー・ノエ×モニカ・ベルッチ『アレックス STRAIGHT CUT』10月公開

  10. 『ジョーカー』はなぜ無視できない作品なのか?賛否の議論を考察 10

    『ジョーカー』はなぜ無視できない作品なのか?賛否の議論を考察