通算1億DL超「メルカリ」の企業文化が支える、本来のUXデザイン

新しさだけじゃない。転職の末にたどり着いた、ユーザー目線のUXデザイン

たとえば同じ性能のアプリでも、画面表示や操作方法次第で、使いやすさや楽しさは大きく変わる。さらに、どんな人が、どんな場面で使うかによっても体験は多様になる。これらを見すえてベストなユーザー体験作りを目指すのが、いま多領域で活用されるUX(ユーザー体験)デザインだ。

これからのクリエイティブを各界で活躍するゲストと考える、デジタルハリウッド主催の特別授業『EAT creative program』。2018年は「UXデザイン」にフォーカスした3つの講義を実施する。その先陣を切ったのが、フリマアプリ「メルカリ」のUX改善を手がけた宮田大督(現・株式会社メルペイ)。日英米で通算1億ダウンロードのアプリを支えた彼の言葉から、多くのもの作りに通じるヒントを探してみたい。

宮田:もともと僕は大手通信事業企業にいて、お客様目線を活かしたよいサービスを世の中に増やしたいと考えていました。そんなときUXデザインに出会い、自分がやりたいのはこれだ! と思ったんです。ただ、大きな組織のなかで自分の目指す新しいUXデザインを受け入れてもらうのはなかなか難しかった。

「それならば新しい手法がより馴染む企業でチャレンジしよう」と決心して大手ITベンチャーへ転職し、その後、さらにスタートアップへという流れで「メルカリ」に入社しました。でも、ここでも最初は「UX的なことは、やらなくていいんじゃない?」と言われて(苦笑)。さすがに、一度UXのことは忘れようと思いました。

講義の様子
講義の様子

そこで初心に戻り、手法としてのUXデザインではなく「よいサービス作りを『メルカリ』でゼロから学ぼう」と視点を変えたことで、活路がひらけたという。

宮田:「メルカリ」の主要メンバーは、ペルソナ(想定顧客の人物像)やジャーニーマップ(ペルソナが時系列でどのような行動をするか分析したもの)を作ったりという、いわゆる「UXデザイン」をしているわけではないけれど、「ゴールとしてのUX」を常に意識していると気づいたんです。お客様にとって「変」なものは議論なしには絶対進めないし、逆に業界の流行的には「ダサい」ものでも、「メルカリ」のお客様にとってよいものなら取り入れる。つまり、常にお客様のことだけを当たり前のように考えているんです。

そんな「ゴールとしてのUX」の本質を、宮田はその後、US版「メルカリ」改善調査のチャンスを得て実感することになった。

 宮田大督
宮田大督

宮田:上司にアメリカ現地でユーザー調査をやるかと誘われ、「いいですね! じゃあ人集めや仮説作りを急ぎ進めて、ひと月後を目標に……」と答えたら、「いや、来週くらいに行こう!」となり、あっというまにサンフランシスコへ。協力者は地元掲示板や知人経由で集め、オフィスを調査会場にしたり、彼らの家を訪ねたり、いろいろとノリで乗り切りました(笑)。

そこで行ったのは、「ユーザビリティテスト」です。これは、開発中の機能なども実際にアプリを使ってもらうことで、画面表示や操作方法などのユーザインタフェースの改善をはかるもの。「メルカリ」をとにかく触ってもらい、ダメなところを見つける。UXデザインでは定番ですが、このときは勢いがすごくて、改善点はその場ですぐ日本のチームに伝え、対策版を作ってもらい、A / Bテスト(2案を比較検討するテスト)で再確認。調査開始から修正版の開発まで数時間ということもあり、最終的に50個近くの改善策を生み出せました。

「本来のUXデザイン」を実現する鍵は、組織デザインにある

結果的に、「近所に話を聞きに行くテンション」で突撃した機動力が、急務だったUS版改善に功を奏したと宮田は感じた。それは、目指すゴールが正しい方向なら、そのための手法は臨機応変でいいと教えてくれた体験だったという。

宮田大督

宮田:こうした話がただの精神論で終わらぬよう、今回その背景も考えてみました。「メルカリ」が独特なのは、組織の文化作りが徹底されていること。特にこの会社が掲げるバリュー「Go Bold(大胆にやろう)」はすごく浸透しています。「Go Bold」Tシャツをメンバーが普段から着ていたり、「それってGo Boldじゃなくない?」的な会話も普通に交わされたりします。

「Go Bold」Tシャツを着用するメンバー
「Go Bold」Tシャツを着用するメンバー

宮田:ここで強調したいのは「UXデザインをよくすることは、突き詰めれば組織デザインからはじまる」ということ。よいUXの理論や手法をめぐっては僕らも悪戦苦闘の日々ですが、メンバー全員に「成功のためなら大胆にやろう」という目的意識があれば、手法論に振り回されない本来のUXデザインが可能になる。

なお、大胆イコール無鉄砲、ではありません。たとえば「ちゃんとやってる感」を出すためだけの資料を作ったり、やる前から不要な理論武装をしたりせず、素早く実行に向かってみること。我々は感覚的につながる部分も大事にしています。

組織デザインというと、経営層などにしか実行できない印象もあるが、宮田は「ちょっとしたイベントで『コト化』するなど、誰でもはじめられることはある」という。たとえば「メルカリ」で四半期ごとに社員に贈られる、名物の「Go Bold賞」も、そうしたもののひとつなのかもしれない。

ユーザーの声を聞き、期待を超えていく。「メルカリ」のイノベーションのもと

後半は「メルカリ」のUXデザイン手法が「Go Bold」の精神とどうつながるかも交えた解説となった。日本最大級のフリマアプリとなった「メルカリ」だが、いまも改善のための「ユーザーインタビュー」「ユーザビリティテスト」は各地でひんぱんに行われている。

宮田:各地でユーザーインタビューをすると、東京と地方での肌感覚の違いや、意外な活用法を気づかせてもらえることがあります。たとえばこのフリマアプリを、流行を知るための「メディア」として眺める、というユニークな使い方があるという発見も。それらの調査報告も、事務的ではなく記事風に作るなど、社内から広く意見をもらえるよう工夫します。

また、「メルカリ」ではユーザビリティテストもほぼ毎週、主に数人単位でやっています。同業者からは狂気の沙汰と思われそうな頻度ですが(笑)、これによって臨機応変かつ定量的な検証ができる。

終盤には聴講者との質疑応答も
終盤には聴講者との質疑応答も

宮田はこれらも「Go Boldな開発」につながっているという。なお、テストは場所を選ばず実行できるシンプルな機材セットで行い、その映像をGoogleハングアウトなどで共有。これを見たメンバーの気づきはSlackやGoogle Documentなどの協働ツールで共有し、リアルタイム性の強い検証が行われる。

宮田:UXデザインの評価も、最終的に売上げへの貢献度で測られることは多い。でも僕はある上司に「プロダクトマネージャーは売上げを見なくていい、お客様を見なさい」と言われたことがあります。いま売上げがよくても、UXがよくないサービスは早晩消えるだろうとも思います。

ただし、「お客様の声を聞く」イコール「お客様の言う通りにする」でもない。やはり思ってもみなかった驚きや、インパクトを与えることも必要です。そしてそれは、イノベーション的な動きにもつながっていくと考えています。

テクニカルな話題を含みつつも、冒頭には「今日は『メルカリ』秘伝のUXデザインを……という話ではありません!」と笑顔で釘を刺した宮田。彼がこの日の話で伝えたかったのは、組織のなかでのチャンレジや、もの作りのより本質的な部分だったように思える。そして、本来のUXデザインとは単に使いやすさや楽しさの向上を担うのみでなく、ユーザーを徹底的に考え、その期待を超える感動を届けるものでもある、ということだろう。

イベント情報
『EAT creative program』

2018年8月より開講
会場:東京都 御茶ノ水 デジタルハリウッド東京本校
講師:
宮田大督(株式会社メルペイ)
川島優志(Niantic, Inc.)
天野成章(トヨタ自動車株式会社)
料金:
一般27,000円
デジタルハリウッド東京本校以外の校舎でご受講の在校生18,000円
卒業生18,000円
※デジタルハリウッド東京本校本科生・専科生は無料

プロフィール
宮田大督 (みやた だいすけ)

慶應義塾大学 大学院 メディアデザイン専攻卒業後、2008年にNTTコミュニケーションズ株式会社に入社し、新規事業開発等を担当。2012年に楽天株式会社へ入社。市場やトラベルなど様々な既存サービスや、新規サービス立ち上げにおけるUI/UX改善を行う。2015年よりプロデューサーとして株式会社メルカリに入社。UI/UX改善をメイン業務とし、US版を2年、JP版を1年担当。同時に、毎週行うユーザビリティテストの実施など、メルカリ全体としてUI/UX改善の仕組み作りを行う。2018年4月より、グループ会社である株式会社メルペイに出向、新しいプロダクトの立ち上げにおける、UX向上の仕組み作りやディレクション業務に取り組んでいる。現在、株式会社メルペイではUXリサーチャーを募集中。

デジタルハリウッド東京本校 (でじたるはりうっどとうきょうほんこう)

日本唯一の、大学・大学院を併設した社会人・大学生向けプロ養成クリエイティブスクールです。開学以来フラッグシップコースとして開講をしている『本科』はCG、デザイン、テクノロジーを活用できる真のクリエイターを育成し、クリエイティブ業界のビジネス発展に寄与することを目的としたコースです。専門技術の習得だけに終わらず、現場での即戦力になりうる「実務能力」「作品力」の向上を目指します。



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