レポート

「テープ起こし」の達人・サクラバ姉妹に学ぶ「仕事」の本質

テキスト
半澤絹子
山本真平
前川有香
撮影:間部百合 編集:若林恵、柳樂光隆、宮田文久
「テープ起こし」の達人・サクラバ姉妹に学ぶ「仕事」の本質

「教養」というものの正体

文:山本真平

「テープ起こし」とは、ただ機械的に音声を文字にするだけ――そう思う人もいるかもしれない。だが、彼女たちの仕事はそうではない。テープ起こしのプロフェッショナルである親子、その仕事ぶりから見えてきたのは、技術とクリエイティビティをめぐる、実践的なノウハウを超えた哲学だった。

彼女たちが登場したのは、編集・ライター向け勉強会である『若柳宮音筆の会』。講師は、元『WIRED』日本版・編集長の若林恵氏と、『Jazz The New Chapter』シリーズの編者としても活躍する音楽評論家・柳樂光隆氏、元文藝春秋のフリー編集者・宮田文久氏の3人だ。これまでの回では、インタビュー方法や企画における人選など、文字コンテンツ制作において重要な要素が扱われてきた。今回、「特別講」として「テープ起こし」というテーマが設定され、文藝春秋のテープ起こし外注先としてよく名前があがるという桜庭夕子、久美子両氏が招かれた(姉妹というのはよくある誤解だそうだ)。

 

実際のテープ起こし原稿が会場で映し出されていたが、冒頭に述べたような「機械的」というイメージを覆す圧倒的なクオリティだった。倒置していた語順を入れ替えるのは序の口。語尾や方言まで発注元の指定通りに整えていく。その原稿を発注した宮田氏が「あがってきた文字起こしを見るだけで文章構成を練ることができる」というほどの高品質。

テープ起こしは、政治家や芸能人その他、誰かが話した音声をテキストで「再現」していくという、記事制作において欠かせない工程のひとつだ。彼女たちは数多くの出版社・出版物に携わってきたというが、その成果物のクオリティを、間違いなく彼女たちの仕事は支えてきたはずだ。

だが、面白いことに彼女たちは決して読書家ではないという。彼女たちがプロフェッショナルである所以(ゆえん)、そのクリエイティビティの源は、一般的なイメージとは別のところにある。

その秘密のひとつは「相手に対する想像力」だろう。それは、彼女たちが「文章を読みやすくする」と表現するスキルに象徴される。具体的には、音声のなかでどの部分が実際のコンテンツで使われるのか――それを意識しながら無駄を省くというもの。どこを削って、何を残すかは、どんな肩書きを持った誰の発言かによって柔軟に変えていく。たとえば政治家が「あのー、えーっと」という言葉を実際に頻繁に発していたにせよ、記事にそれが載ることはありえない。しかし、喋りのテンポこそが命の芸人だったらどうだろう?

複数人による対談や座談のときには、読み進めるままに意味が通るよう、発話の順番を整えたり、意味を間違えて使われている接続詞をただしたり、といったことも行う。句読点を打つ位置にも気を配る。話者がつらつらと話しているようなものは、意味のかたまりごとに一文一文を区切る。

左から:柳樂光隆、若林恵
左から:柳樂光隆、若林恵

様々な前提や条件のもと、そしてそれを読む人間のことを絶えず想像しながら、音声は文字に起こされる。もはや単なる「起こし」ではなく、「再構成」といってもいい。理想とするのは、編集者やライターが文字起こしに目を通したときに、「取材の場が再現されること」だと彼女たちは言う。

自分がいない現場の雰囲気を音声だけから読み解き、活字として再現する。それをなすための想像力は、別の言葉で言えば、「コンテクストを読む力」でもある。彼女たちは、こんな例を挙げる。

「ある医療関連の記事の起こしをしていて『セイショク』という言葉が出てきたんです。最初は、それが『生殖』だと思っていたんですが、どうも文脈にあわない。そこで他の可能性を調べてみると、『生理食塩水』の略称の『生食』だってわかったんです」

となると、テープ起こしの仕事にとっては、「検索」も重要なスキルとなる。久美子氏は「たとえ一個でも単語の意味がわからないと、その音声全体がなんの話をしているかわからなくなる。そうなると文字起こしのスピードが落ちる」という。コンテクストが読めてこそ、「検索」は可能になる。ITなども含め、彼女たちが扱うジャンルの幅は広いが、そのジャンルごとの専門性が問題ではない。そのコンテンツがどのように作られ、どのように読者に届いていくのか。そのプロセスや着地点を想定したうえで、音声をとりまくコンテクストを読み取っていけば、納品時の原稿に「?」が残されることはない。

私たちは技術を磨く、といったとき、とにかく「知識」を受容・摂取しようとしてしまう。しかし多くの場合必要とされるのは、専門知識ではなく、むしろ一つひとつの仕事を取り巻く情報のコンテクストなのだ。自分が知らない言葉や情報であっても、それを取り巻くコンテクストから、「きっとこんな感じの言葉だろう」と想像し、予測できること、広い意味における読解力が重要となる。そして、それこそが「教養」と呼ばれるものの正体だろう、と議論が進んだところで、会は時間切れとなった。

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イベント情報

『若柳宮音筆の会』
特別講『サクラバ姉妹(?)にテープ起こしの奥義を見る』

2018年7月15日(日)
時間:16:30(16:00開場) 
場所:東京都 原宿 TOT STUDIO
出演:
サクラバ姉妹
若林恵
柳樂光隆
宮田文久
協力:THINK OF THINGS、&Co

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