蓮沼執太が自ら手ほどき。環境音採集のワークショップに密着

少数精鋭、中身がぎゅっと詰まった特別ワークショップに、蓮沼執太が登場

環境音や電子音を駆使した現代音楽から、映画や舞台、広告などさまざまなフィールドで活躍する音楽家、蓮沼執太が、2018年12月22日、フィールドレコーディングをテーマにした「ソニースクエア渋谷プロジェクト」主催のワークショップに登場した。

蓮沼執太

渋谷モディ1階にある「ソニースクエア渋谷プロジェクト」は、2017年4月のオープン以来、ソニーの製品や新しいテクノロジーなどを複合的に体験できる企画を実施している。2018年10月の拡大リニューアルオープン後には、17.1chの音響設備による音楽体験のほか、「PlayStation®VR」で遊んだり、「aibo」と触れ合ったりすることができるようになった(体験できる内容、展示物は時期により変更になる可能性がある)。

今回のワークショップは、小規模でも中身の濃いプログラムを目指し、ソニースクエア渋谷プロジェクトが定期的に開催する『Saturday Program』と銘打ったイベントの1つ(参加無料)。当日は悪天候だったにも関わらず、10名の参加者が集まった。

渋谷の喧騒も、音楽のかけらになる。フィールドレコーディングに挑戦

この日のテーマは「渋谷の音を集めて、音楽を奏でる」というもの。蓮沼と参加者が渋谷の街に出て「環境音」をフィールドレコーディングし、その素材を全て使って楽曲を作るという。

まずは、レコーディングに使用するPCMレコーダーとヘッドホンが参加者全員に配られ、操作方法や注意事項などがスタッフから説明されたあと、蓮沼本人よりフィールドレコーディングについて、簡単なレクチャーがあった。蓮沼自身、大学では環境経済学を専攻しフィールドワークなどを行い、その「リサーチ」の一環としてフィールドレコーディングを学んだという。

蓮沼:人間って、耳だけで音を聞いているわけではないんです。音の振動を、皮膚で感じていたりもする。しかも、耳は自分が聞きたい音にフォーカスしているので、それ以外の音を無意識に拒否しているんです。なので、レコーダーで録ってみると、その時には気づかなかった音が入っていることがよくあります。そのような未知なる出会いも、是非味わってみてください。

また、「音がたくさん集まると音楽になる」というのが、僕の基本的な考え方です。今日はあまり難しいことは考えず、とりあえず気になった音を録ってみるところから始めましょう。

渋谷駅前、公園、SHIBUYA CAST.。音の採集に、渋谷の街へ繰り出す

早速一行は、渋谷の街へ。3つのグループ分かれてフィールドレコーディングを行うことになった。制限時間はおよそ40分。蓮沼はまず渋谷駅改札付近に向かい、参加者とともにレコーディングを開始した。

ヘッドホンを装着し、一定の方向へマイクを向けている参加者たちの様子は少々異様に映るかと思いきや、意外にもクリスマスシーズンの喧騒に紛れて違和感がない。おそらく他の人たちと同様、音楽を聴きながらスマートフォンを操作しているようにも見えるからだろう。

クリスマス間近の渋谷は、人でごった返していた

蓮沼:これだけ音が溢れていると、何を録ったらいいか分からないかもしれないですね。いっそ、この喧騒を丸ごと録るのもいいと思いますし、例えばひたすら雑踏の足音を録るなど、何かにフォーカスしても面白い。今日は雨ですから、雨の日ならではの音を録ってみるのもいいですね。ただ、雨は空から降ってくる水であって、それ自体の音はない。雨が傘や地面に当たった音、濡れた道路を車が走った時の「シャー」という音が、雨を想像させたりもしますよね。

最初は戸惑いの表情を見せていた参加者たちも、そんな蓮沼の解説をヒントに思い思いの方法で録音をし始めていた。

靴音、ざわめき、車の音。録音マニア・蓮沼も楽しんだ濃密な時間

続いて我々取材陣は、蓮沼とともに美竹公園へ向かった。ここでは参加者たちが、フェンスに傘を当てたり、雨で濡れた点字ブロックを靴でキュッキュと擦ったり、自分たちで自発的に音を鳴らし、それを録っているのが印象的だった。「グループごとに場所を変えてみると、こういう『傾向』が生まれるのが面白いですよね」と、蓮沼も楽しそうだ。

濡れた点字ブロックを靴で擦る参加者
自販機で飲み物が「ガシャン」と落ちる音を録音している人も

蓮沼:僕は、録音マニアなんです。学生の頃、家を出る前にレコーダーの録音ボタンを押して、夜帰宅してから止めたり、川辺に三脚を立ててレコーダーを長時間放置したり、そんなことばかりしていました。「偶然に録れる音とは一体どんなものか?」という実験の一環だったんです。ただ、そうやって録った長時間の素材を、最初から最後まで聴き直さなきゃならないのは大変なんですけど(笑)。

最後は「SHIBUYA CAST.」へ。ここでは参加者たちが、雨よけのある半屋内の空間で、その響きを活かしたフィールドレコーディングを行っていた。そのうちの1人に蓮沼が感想を尋ねると、「屋根のある場所と、ない場所で、同じ音を狙っても響き方が全然違うのが楽しかったです。目に見えない音の違いを改めて意識しましたね」と話していた。

フィールドレコーディングの魅力、それは「騒音の中にも『美しさ』を感じる」こと

それぞれの場所で、フィールドレコーディングを終えた蓮沼と参加者たちは再びソニースクエア渋谷プロジェクトに戻り、録音した素材の中からお気に入り2点を提出。全員で聴きながら感想を言い合った。

交通警備員が鳴らす笛の音や、車のクラクションを録ってきた人もいれば、電話ボックスのボタンを押したり、受話器をガチャガチャさせたりした音を録ってきた人もいたり、バイカーがエンジンをふかす音を録ってきた人もいたりと、まさに十人十色。同じ渋谷の街にいても、「それぞれの音の切り取り方」があることを改めて知ることができた。

参加者から「工事現場の金属の音がきれいに録れて嬉しかった」という感想が出ると蓮沼は、「弦楽器やギターの音色を『美しい』と思うのは普通だけど、こうやって環境音を意識してみると、普段は騒音だと思っている音の中にも『美しさ』を感じることがあるんですよね」と、フィールドレコーディングの醍醐味を嬉しそうに語った。

蓮沼執太曰く、「今日の参加者は全員ミュージシャンだと、割と本気で思っている(笑)」

さて、ここからは蓮沼による曲作りのデモンストレーション。集まった素材をコンピューターに取り込み、音楽制作ソフトを用いて1曲に仕上げていく。ただ、タイムスケジュールが大幅に押してしまい、残り時間があと7分という状況だった。そんな中、例えば車のクラクションにリバーブをかけたり、人の声をループさせたりといったソフト上での編集作業を、時間の許す限り披露してくれた。

手元のPCで、リアルタイムに楽曲を制作する蓮沼

蓮沼:後日完成させますが、既存の音楽のフォーマット、例えばテクノやハウスなどの音楽の文法に落とし込むのではなく、素材をなるべく残した楽曲にするつもりです。録った人が、そのときの状況を思い出したり、聴いた人が情景を想像したりしやすい音像にしたいですね。

音楽って、楽器を使わなくても作れると僕は思っています。「楽器を演奏して、ハーモニーを奏でる」だけが音楽じゃない。例えば今日のようなフィールドレコーディングは、即興演奏に近いと思う。何が録れるか分からないし、どういう音に出会うのか、音に対してそれぞれどう向き合うのか、ある意味レコーダーを使って「演奏」しているとも言えますよね。だから、今日参加してくださった人たちは全員ミュージシャンだと、割と本気で思っているんですよ(笑)。

どんな音が録れるか自分でも分からないし、他の人がどんな音を録ってくるのかも、もちろん分からない。ましてや、集まった音源によってどんな音楽が生まれるのか、そもそも本当に曲として完成するのかどうかも分からない。最初から最後まで次の展開が全く読めない、こんなスリリングなワークショップに参加したのは初めてだった。

蓮沼が仕上げた作品は、ソニースクエア渋谷プロジェクトに設置されているウォークマン®で実際に聴くことができる。蓮沼執太と参加者がどのような音楽を作ったのか、ぜひ足を運んで体感してほしい。

イベント情報
『Saturday Program』

渋谷の街の人々やクリエイターと一緒に新しいカルチャーを作る、ソニースクエア渋谷プロジェクトの新しい取り組み。ソニーのテクノロジーやコンテンツとクリエイターが共創することで新しい可能性を創造し、発信していこうという継続的なワークショップです。

商品情報
プロフィール
蓮沼執太
蓮沼執太 (はすぬましゅうた)

1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、多数の音楽制作をする。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーションを発表し、展覧会やプロジェクトを行う。2013年にアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)、2017年に文化庁東アジア文化交流史に指名されるなど、日本国外での活動を展開。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。最新アルバムに、蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』(2018)。



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