特集 PR

平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ

『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:豊島望 編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)
平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ

スペイン人画家による絵画が、英国でどのように受容されていったのか。「想像力が刺激されます」

4つめのセクションである「グランド・ツアー」とは、富裕な若者たちがヨーロッパを旅して回る18世紀の流行現象で、とくにヨーロッパ文化の原点とも言えるイタリア、ローマ遺跡への憧れは熱狂的だったという。このセクションで主に紹介されているのは、若者たちが故郷に「土産物」として持ち帰ったとされるイタリアの風景画である。

平野:僕らが観光地に行って買うような絵葉書、あるいはスマホで撮ってInstagramにあげるような写真と変わらないところがありますよね。先ほども述べたように、イタリアの気候や光は当時の若者たちにとって鮮烈だったと思います。その感覚を少しでも持ち帰りたいと思って描かれた、目的の明確な絵画と言えますね。

フランチェスコ・グアルディ『ヴェネツィア:サン・マルコ広場』鑑賞中
フランチェスコ・グアルディ『ヴェネツィア:サン・マルコ広場』鑑賞中
平野啓一郎

続く「スペイン絵画の発見」セクションでは、17世紀以降にスペイン人画家によって描かれた絵画が、英国でどのように受容されていったかが紹介されている。エル・グレコやベラスケスなどの名作を、とくに時間をかけて平野さんは鑑賞していた。

平野:見応えがありますね。エル・グレコはキリストを描いた画家、とくに磔刑のイメージが強いですが『神殿から商人を追い払うキリスト』(1600年頃)は、タイトルどおりの光景を描いたものですね。

エル・グレコ(本名ドメニコス・テオトコプーロス)『神殿から商人を追い払うキリスト』鑑賞中
エル・グレコ(本名ドメニコス・テオトコプーロス)『神殿から商人を追い払うキリスト』鑑賞中

平野:周囲にいる商人たちと違って、中央にいるキリストだけに空から別の光が当たっているように見えるでしょう。このことに絵のなかのほとんどの人は気づかず、鞭を振りかざすキリストの威容に動揺するばかりですが、画面左にいる2人ぐらいは違いに気づいていて、光源の正体を探るかのように上方を見上げている。そういった神的なるものへの関心が、巧みに描かれた絵だと思います。エル・グレコの作品を観ると、上方が気になってくるのですが、当時起きたプロテスタントに対抗するカトリックの宗教改革の時代的雰囲気もこのようなものだったのかもしれません。

このような時代の雰囲気をとらえようとする意識は、ディエゴ・ベラスケスの『マルタとマリアの家のキリスト』(1618年頃)にも感じます。

ディエゴ・ベラスケスの『マルタとマリアの家のキリスト』鑑賞中
ディエゴ・ベラスケスの『マルタとマリアの家のキリスト』鑑賞中

―不思議な絵ですよね。17世紀のスペインで流行した台所や市場のモチーフに、不公平に対して抱く不満の感情をたしなめるキリストという宗教的なモチーフを掛け合わせています。

平野:聖書のなかの世界と現実の世界の両義性をちょっとアイロニカルに描いた、巧みな作品ですよね。奥では有名なマルタとマリアのエピソードが展開しているけれど、その議論にも参加できず料理をする女性が暗示するものは何か?

その横の魚の描写も面白いです。西洋美術において、魚はキリストを表す重要な象徴ですが、この絵ではその記号性を逸脱するくらいにリアルに描いている。そのどちらに絵のなかの人物、あるいはベラスケスの意識は寄っているのだろう……と、戸惑わせるようなところがあります。想像力が刺激されます。

絵解きを求めてくるような絵を観た後は、「風景画とピクチャレスク」のセクションへ。ここで平野さんが注目したのは、ジョン・コンスタブルの『コルオートン・ホールのレノルズ記念碑』(1833-36年)。

ジョン・コンスタブルの『コルオートン・ホールのレノルズ記念碑』鑑賞中
ジョン・コンスタブルの『コルオートン・ホールのレノルズ記念碑』鑑賞中

平野:異色の風景画です。コンスタブルというと、草原の穏やかで広がりのあるイメージを僕は持ちますが、この絵には他とは違う、相当な力が込められて感じます。風景画ではあるけれど、左右の木立はゴシック建築の壁面のように高くそびえていて、その奥に祭壇に相当する記念碑がある。こういった画題を描いてきた先達の画家たちを意識しながら、自分自身もその絵画史に位置付けられているのだ、という自負みたいなものを感じます。ここまで観てきた多くの絵同様に、ある種の神々しさを感じますが、神話や宗教とは違うところにコンスタブルは「神々しさ」を見出している気がします。

近代が近づいてくると、人々は宗教的な規範や信仰の精神から離れて、自己の確立に意識を向けていきます。例えばドラクロワが書いた日記を読むと、ルーベンスやティツィアーノ、ミケランジェロといった実在の画家たちに対してほとんど崇拝と言っていいぐらいの尊敬の気持ちを持っています。「自分も彼らのようになりたい!」という。それと同様のテンションをコンスタブルもこの作品に向けたのではないでしょうか?

Page 3
前へ 次へ

イベント情報

『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』

東京会場

会場:東京都 国立西洋美術館
会期:2020年6月18日(木)~10月18日(日)
開館時間:9:30~17:30
毎週金・土曜日:9:30~21:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、9月23日
※7月13日、7月27日、8月10日、9月21日は開館

※会場内の混雑緩和のため、これから本展入場券を購入されるお客様には、事前に来場日時を指定した入場券をご購入いただきます。
今後販売する本展の入場券はスマチケ、読売新聞オンラインチケットストア、イープラスとファミリーマート店頭Fami ポートのみの販売となり、国立西洋美術館での販売はありませんので、ご注意ください。
すでに前売券や招待券などをお持ちのお客様、無料入場のお客様につきましては「前売券・招待券用日時指定券」を購入のうえ指定時間内にご入場いただくか、当日先着順でのご案内(会場混雑時は、入場整理券を配布します)となります。ただし、当日の入場人数の上限に達した場合はご入場いただけませんので、予めご了承ください。

大阪会場

会場:大阪府 中之島 国立国際美術館
会期:2020年11月3日(火・祝)~2021年1月31日(日)

プロフィール

平野啓一郎(ひらの けいいちろう)

1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。美術、音楽にも造詣が深く、日本経済新聞の「アートレビュー」欄を担当(2009年~2016年)するなど、幅広いジャンルで批評を執筆。2014年には、国立西洋美術館のゲスト・キュレーターとして「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」展を開催した。著書に、小説『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』等、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』等がある。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計58万部超のロングセラーとなっている。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

BIM“Wink”

BIMの新作『NOT BUSY』より“Wink”の映像が公開。ゆるめに結んだネクタイは軽妙洒脱でも、背伸びはしない。どこか冴えない繰り返しのなかで<だって俺らの本番はきっとこれから>と、吹っ切れなさもそのままラップして次へ。BIMの現在進行形のかっこよさと人懐っこさがトレースされたようなGIFアニメが最高にチャーミング。(山元)

  1. ユニクロ「ドラえもんUT」登場 名言入り配送ボックスも用意 1

    ユニクロ「ドラえもんUT」登場 名言入り配送ボックスも用意

  2. 米津玄師の新AL『STRAY SHEEP』パッケージ公開 本日“感電”初オンエア 2

    米津玄師の新AL『STRAY SHEEP』パッケージ公開 本日“感電”初オンエア

  3. 花盛友里の写真集『NUIDEMITA ~脱いでみた。2~』刊行 写真加工一切なし 3

    花盛友里の写真集『NUIDEMITA ~脱いでみた。2~』刊行 写真加工一切なし

  4. 『MIU404』放送開始。綾野剛×星野源らキャストによる「刑事ドラマ」 4

    『MIU404』放送開始。綾野剛×星野源らキャストによる「刑事ドラマ」

  5. 都築響一が語る、日本のファッションの面白さ、本当のかっこよさ 5

    都築響一が語る、日本のファッションの面白さ、本当のかっこよさ

  6. 『アングスト/不安』に石野卓球、相沢梨紗、大石圭、江戸木純らがコメント 6

    『アングスト/不安』に石野卓球、相沢梨紗、大石圭、江戸木純らがコメント

  7. 長澤まさみの主演映画『MOTHER マザー』にYOU、米倉涼子らがコメント 7

    長澤まさみの主演映画『MOTHER マザー』にYOU、米倉涼子らがコメント

  8. アップリンク元従業員らが浅井代表のパワハラ「謝罪声明」を批判 8

    アップリンク元従業員らが浅井代表のパワハラ「謝罪声明」を批判

  9. 平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ 9

    平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ

  10. スピッツ、リモート制作による新曲『猫ちぐら』配信 ジャケットは長崎訓子 10

    スピッツ、リモート制作による新曲『猫ちぐら』配信 ジャケットは長崎訓子