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平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ

『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:豊島望 編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)
平野啓一郎と観る西洋絵画。「よくわからない」も楽しみ方の一つ

「最近気になっているのは、メガネの発達が人の視覚に与えた影響です」

15世紀のイタリア絵画から始まり、次第に現代へと接近してきた『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』。最後のセクションは、ゴッホの『ひまわり』(1888年)を中心に構成された「イギリスにおけるフランス近代美術受容」だ。

平野:なんだかんだ言って、僕たちも近代人ですからね。ヨーロッパの歴史や宗教観を前提とするそれまでの絵画と比べて、セザンヌやゴッホの感覚的な世界認識は共感しやすいものではないでしょうか。

音楽でもバッハなんかはちょっと遠い時代に感じますけど、ロマン派以降のショパンやシューマンは人間の孤独の機微、人間関係のなかに生じる個人的な喜びを主題としていたりするから、理解できる。しかし、作品の「見応え」みたいなものが明確ではないから、鑑賞する一人ひとりがその人なりの興味を見出さなければいけなくなるのが、近代以降の芸術の難しいところでもあると思っています。

平野啓一郎

―だとすると、平野さんなりの近代絵画の見方はどのようなものでしょうか?

平野:最近気になっているのは、「メガネ」の発達が人の視覚に与えた影響です。僕の視力はずっと1.5だったんですけど、最近ちょっと老眼が入ってきはじめて、ぼやっと見える世界というのを経験するようになってきたんです(苦笑)。

ツル付きの眼鏡が広まったのは19世紀以降のようで、写真技術も登場しますから、いろんなものをくっきり観察できる時代だったと思うんです。街の明かりにしても街灯が普及していきますしね。ところが絵画においては印象派がそうであるように、特に19世紀後半以降は、むしろソフトフォーカスの世界を描くようになる。逆に、オランダ絵画のセクションにあったウィレム・クラースゾーン・ヘーダの『ロブスターのある静物』(1650-59年)なんてハイパーリアリズムそのもので、なぜ17世紀にこんな風に描けたのか不思議です。

ウィレム・クラースゾーン・ヘ―ダ 《ロブスターのある静物》 1650-59年 油彩・カンヴァス 114 x 103 cm © The National Gallery, London. Presented by Frederick John Nettlefold, 1947
ウィレム・クラースゾーン・ヘ―ダ 《ロブスターのある静物》 1650-59年 油彩・カンヴァス 114 x 103 cm © The National Gallery, London. Presented by Frederick John Nettlefold, 1947

平野:こういった時代の文化状況と相反するような絵画表現への疑問は、近代を考えるなかで生じたものですね。もちろん、写実性で勝負しようとしても写真にはかなわないから、印象派のような光を色彩としてとらえる画家が現れたのだとは思うんですけどね。

―「色彩」への関心は、ゴッホの『ひまわり』も顕著ですね。

平野:今回の展示では実作のほかに、6点のゴッホが描いた『ひまわり』が参考資料として紹介されていますが、どれも花びんの乗った台とその後ろの壁で背景が2色に分割されていますよね。これはおそらく偶然ではなくて、ゴッホが耳を切り落とした後を描いた有名な自画像でも、目の高さのあたりでオレンジ色とそれよりも明るい色の2色で背景を分割しています。つまり、これがゴッホ流の技術なんです。

ゴッホの『ひまわり』鑑賞中
ゴッホの『ひまわり』鑑賞中
平野啓一郎

平野:たしかに、そのおかげで手前にあるひまわりの花瓶を平面的に描いても、曲線だけで立体感が表れてくる。その他にも、さーっと塗ってある背景に対して、手前のひまわりはゴツゴツと厚塗りしている。このやり方は、ちょっと子供が思いつきそうな発想ですよ。でも、美術史的には新しかったし、何より効果的。美術館でマチエールを体験すると、そういったゴッホ独自のリアリティの追求を感じられますね。

「自分にとってよくわからない画家、ある意味では天敵みたいな画家を何人か見つけておくと楽しいですよ」

以上が、この『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』の全セクション。最後に、あらためて平野さんの感想を聞いてみた。

平野:見応えありましたね。やはり、ナショナル・ギャラリーはヨーロッパ各地で発展した絵画の良品を選んで集めてきた感じがあります。そのおかげで広く「絵ってなんだろう?」という本質的な疑問に触れることもできる。

『葬送』(2002年)という小説で、ずいぶんドラクロワについて調べたのですが、この展覧会にも『ノリ・メ・タンゲレ』(1514年頃)が出品されているティツィアーノをすごく尊敬しているんです。何を描かせても絵になる、と。でも、ティツィアーノの絵って渋好みで、日本ではほとんど研究書のないドラクロワ以上に、なかなか難しい画家だと僕は思うんです。大好きなドラクロワが心酔した画家ですから、僕もいつか痺れるような感動を覚えてみたい……と思って見ているんですが、その時々ですね。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ノリ・メ・タンゲレ』鑑賞中
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ノリ・メ・タンゲレ』鑑賞中

―平野さんにとって、「わからなさ」が残る画家なんですね。

平野:ルーブルのモナリザの裏に展示されてる『キリストの埋葬』とか、本当にすごいですが。でも、この「わからないなぁ……」っていうのがヨーロッパ絵画を見る面白さでもある。「風景画とピクチャレスク」のセクションで『泉で足を洗う男のいる風景』(1648年頃)が紹介されていたプッサンも、自分的にわからない画家の一人。ある時代のフランス画壇の王様的存在で、フランスではヴェルサイユ宮殿とか、いろんな場所に大きな絵画が遺されていますが、何度見てもわからないし、今回もわかりませんでしたね(笑)。

ニコラ・プッサン『泉で足を洗う男のいる風景』鑑賞中
ニコラ・プッサン『泉で足を洗う男のいる風景』鑑賞中

平野:でも、以前、美術史家の林道郎さんが「私も長年わからずにいたんですが、あるときわかるようになったんですよ。そこからはプッサンが好きになりました」とおっしゃっていて、羨ましかったんです。そんな「わかった!」の瞬間が訪れることを願いながら、何度もプッサンの前に立つんですよね。今日こそは感動するかな、と(笑)。

―その大きなクエスチョンがあることが、アートに触れる楽しさでもありますよね。

平野:そうなんです。自分にとってよくわからない画家、ある意味では天敵みたいな画家を何人か見つけておくと楽しいですよ。プッサンやゴーガンの作品は、僕にはよくわからないけど、美術館で遭遇すると、「来たな!」と思いますね(笑)。そうすると、苦手な絵を観ることも楽しくなってくるんです。

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イベント情報

『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』

東京会場

会場:東京都 国立西洋美術館
会期:2020年6月18日(木)~10月18日(日)
開館時間:9:30~17:30
毎週金・土曜日:9:30~21:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、9月23日
※7月13日、7月27日、8月10日、9月21日は開館

※会場内の混雑緩和のため、これから本展入場券を購入されるお客様には、事前に来場日時を指定した入場券をご購入いただきます。
今後販売する本展の入場券はスマチケ、読売新聞オンラインチケットストア、イープラスとファミリーマート店頭Fami ポートのみの販売となり、国立西洋美術館での販売はありませんので、ご注意ください。
すでに前売券や招待券などをお持ちのお客様、無料入場のお客様につきましては「前売券・招待券用日時指定券」を購入のうえ指定時間内にご入場いただくか、当日先着順でのご案内(会場混雑時は、入場整理券を配布します)となります。ただし、当日の入場人数の上限に達した場合はご入場いただけませんので、予めご了承ください。

大阪会場

会場:大阪府 中之島 国立国際美術館
会期:2020年11月3日(火・祝)~2021年1月31日(日)

プロフィール

平野啓一郎(ひらの けいいちろう)

1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。美術、音楽にも造詣が深く、日本経済新聞の「アートレビュー」欄を担当(2009年~2016年)するなど、幅広いジャンルで批評を執筆。2014年には、国立西洋美術館のゲスト・キュレーターとして「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」展を開催した。著書に、小説『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』等、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』等がある。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計58万部超のロングセラーとなっている。

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