「わかる」ものを「わからなく」することの面白さ

『未知との遭遇』は、人生をどう捉えたらよいか、どういう価値観や考え方をもって生きたらいいかということについて著者が読者に対して説いた「人生論」である。

どんな人生論なのか。わかりにくく、ややこしいものである。

これは批判ではない。編集部からの私への依頼は「この本のどこがおもしろいのかについて書評せよ」ということだったが、この「わかりにくく、ややこしい」のがおもしろい、正確に言えば「そういうものがおもしろい、という価値観を提唱している」本だからだ。

なお、ここでは著者の佐々木敦がどういう人物なのかの解説はしない。いっさいの予断を排して読むほうが、『未知との遭遇』にはふさわしい。

この本の内容を要約すれば、こうなる。「本書は、おそらくちょっと独特なやり方で、われわれが通り越してきた過去と、やがて来るべき未来を肯定することによって、他ならぬ今ここ、すなわち現在を肯定しようとする本です」というまえがきにはじまり、しかしどういうわけかオタク論が展開され、「偶然」や「時間」をめぐる抽象度の高い哲学論議に移行し、結論としては、過去に起こったことを後悔しても無駄だから、過去にとらわれるのではなく肯定しよう、そして未来のことを考えよう、未来に起こることは未知だからそれになるべく驚こう、というような提言がなされるに至る。まったくもって、わかりにくく、ややこしい。

議論の立て方が迂遠であるというだけではない。この本を読もうとしたとき、おそらく多くの人間にとってつまづきになるのは、文中で例にあげられる思想やサブカルチャーに対する知識や関心の度合い、そして論理展開において著者がおいている「前提」が共有しがたいことだろう。演劇から哲学までの無数の固有名詞が議論にさいして引き合いに出されるが、知らないジャンルについて延々議論が展開されるとしらけるという人間も多いかもしれない。しかし佐々木は、そうした態度は「オタク的」でよろしくないのだといさめる。もちろんこれを「オタク的」などと形容されても、オタクからすれば不可解なことだ。そう、本書で展開されるオタク論は、現代のオタクの実態に即していない空論である(再度ことわっておくが、これも批判ではない)。

あるいは問題の立て方や、議論の前提について引っかかりを覚える点が多々あるはずだ。たとえば「たくさん選択肢があってもひとつしか選べない」ということに対して人間は後悔やあきらめが生まれる、ということにこの本は執拗にこだわっている。だがたとえば私は自分の選択についてあまり後悔しないし、そもそも「ひとつしか選べない」という前提がよくわからない。

また、著者が「ゼロ年代批評」と呼ぶあるジャンルにおいては「先読み」が流行ったそうだが、佐々木はそういう先読みのゲームはくだらないからやめるべきだ、と言う。しかしそもそも先読みなどして何が楽しいのか、外部の人間にはわからない(文中に説明もない)。声高に言うまでもなく、常識的に考えて評論家同士の先読み合戦などくだらないに決まっている。ようするに、読んでいて「このひとはいったい何にこだわっているのだ?」ということが、つかめない部分があるはずだ。

佐々木は2000年代の「萌え」に代わって、2010年代(著者の言い方を借りれば「天然」を意味する「テン年代」)は「アレ?」の時代になる、と主張しているが、本書はまさしく「アレ?」と思うような記述にあふれていると言っていい。そうした違和感こそを、ポジティブに受け入れ、おもしろがるべきだ――この本の主張をパラフレーズすれば、そういうことになる。「この世界の中に、どれだけ驚くべきことを見つけられるか、どれだけ多くのことに驚けるか」に佐々木は価値を置く。ならば、ひとの主張に飛躍や矛盾やまちがい、理解不能なものをみつけたときに、断罪するのではなく、おもしろがり、びっくりしてみせるべきなのだ。

ネットが普及して以降、知識を持つことがステータスであった時代は過去のものとなり、「わかる」「知っている」こと自体が意味を持つ時代ではなく、「使える」ことが大事である、と佐々木は言う。ここまではよく言われることだ。ふつうのビジネス書ならば、どうすれば「わかる」に留まらず「使える」状態にしていけるのかについての方法論を教え、読者に実践を奨励する。しかし佐々木は違う。「わかる」ものを「わからない」ややこしいものにしていくことのほうがおもしろい、という価値観を提唱するのだ。端的に言って佐々木が提示するこの処方箋は、ロジックが飛躍していて「わからない」。「アレ?」と思わされる。だがこれこそが、この本のメッセージなのである。

『未知との遭遇』は、わかりにくく、ややこしい。そしてそれをおもしろがることを、読者に訴えた本である。

書籍情報
『未知との遭遇 ─無限のセカイと有限のワタシ』

2011年12月8日発売
著者:佐々木敦
価格:1,890円(税込)
発行:筑摩書房

佐々木敦

1964年生まれ。批評家。音楽レーベルHEADZ主宰。雑誌『エクス・ポ』編集発行人。映画・音楽から文学・演劇・ダンス・思想など多分野にわたって批評活動を展開。著書に『即興の解体/懐胎』『文学拡張マニュアル』『テクノイズ・マテリアリズム』『(H)EAR』『LINERNOTES』(以上、青土社)、『小説家の饒舌』『「批評」とは何か?』(以上、メディア総合研究所)、『絶対安全文芸批評』(インファス)、『ソフトアンドハード』(太田出版)、『ニッポンの思想』(講談社現代新書)ほか多数。近刊として『ニッポンの音楽』 (講談社現代新書)、『90年代論』(原書房)など。



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