レビュー

ハードコアな現代美術と漫画、キッチュカルチャーの交わるところ

20120220_art_ishiko.php
2012/02/20
ハードコアな現代美術と漫画、キッチュカルチャーの交わるところ

石子順造とは1960年代から70年代にかけて活躍しながらも、49歳の若さで早逝した美術批評家である。が、いきなり『石子順造的世界』といわれても、日本現代美術に詳しい人でなければ、それが一体どういう世界を指しているのか、当然ピンとはこないだろう。石子順造は、特に2000年代に入ってから再注目された批評家であるが、その視線は60年代の日本現代美術から漫画、そしてキッチュカルチャーと、非常に幅広い分野を捉えている。難解といわれる現代美術と、俗っぽいといわれる漫画やキッチュカルチャー、なぜこの3つが石子順造の中でテーマとして繋がっていったのか。それを実際の作品鑑賞を通しながら体験できる貴重な展覧会が『石子順造的世界』である。

『石子順造的世界―美術発・マンガ経由・キッチュ行』
祝用花輪 2011

いきなり展示作品でもある巨大な祝用花輪のお出迎えに面食らいながら展示室に入ると、赤瀬川原平、横尾忠則、高松次郎、関根伸夫といった、戦後日本現代美術を代表する作家たちの作品がずらっと展示されている。1968年に東京画廊、村松画廊で行われた伝説的な展覧会『トリックス・アンド・ヴィジョン』展が一部再現されたかたちで展示されるというのは、アート好きにはたまらない機会だが、それ以外の人たちにとっても、鏡面や錯視効果を利用して観る者の視覚を挑発するその作品たちは十分刺激的に感じられるに違いない。

『石子順造的世界―美術発・マンガ経由・キッチュ行』
©つげ義春 「ねじ式」原画 1968

しかしそれは全くの序章にすぎないところが、この展覧会『石子順造的世界』の恐ろしいところである。続く隣の展示室において、舵は一気にマンガ世界にふられ、テンションはぐっと上がる。白土三平、水木しげる、赤塚不二夫、ジョージ秋山、谷岡ヤスジといった日本マンガ史に残る蒼々たる面々の作品が、自由に閲覧出来るように工夫されて展示され、薄暗い奥の部屋ではつげ義春の『ねじ式』の原画が、まるで平安時代の絵巻物の展示のような繊細かつ丁寧な取り扱われ方で、壁面ガラスケースに収められて部屋中をぐるっと囲っている。展示室を丸ごとひとつ使って『ねじ式』を原画でじっくり眺められるという、何とも贅沢な展示構成である。

ここで注意したいのは、石子順造そしてこの展覧会は、何も純粋芸術と大衆芸術を対比して、マンガを純粋芸術の域に高めようとしているわけでも、闇雲にサブカルチャーを賛美したいわけでもないということだ。1967年に『マンガ芸術論』を書き下ろした石子順造は、その中で「マンガを芸術視することを、非芸術扱いにすることとともに撃ちたい」とキッパリ書いている。それは現代芸術というものの正体を徹底的に疑い考え続けた石子順造が導きだした答えでもある。現代社会に生きる人々の深い悲願や欲望、本音を描き出すメディアとしてのマンガ。その「人々の本音を描き出す」という部分に、生活と関係した本来の芸術のあるべき姿を発見し、現代芸術を再定義した『石子順造的世界』は、いわゆる純粋芸術 or 大衆芸術の対比には含まれないかたちで、マンガを美術館の展示室へと繋いでいるのである。

『石子順造的世界―美術発・マンガ経由・キッチュ行』
©早川利光 ペンキ絵(西伊豆海岸)2002

これだけでも既に並の美術展を超える世界観を提示しているが、圧巻のフィナーレとして待ち構えるのは、もはやお祭り騒ぎ感すらも漂う、巨大な銭湯ペンキ壁画の富士山が見守るキッチュカルチャーの展示室である。明々とライトに照らし出された展示室には、マッチ箱から風俗チラシ、観光地のペナント、祝儀袋に招き猫、トロフィーや賞状、食品サンプルに消しゴム、女優のピンナップ、造花、絵馬、大漁旗などによって埋め尽くされている。もはや人々の欲望がビッグバンを起こし、カオス的世界の様相を見せており、結局一体なんの展覧会なんだ!とさえ突っ込みたくなるが、人々の本音や欲望と芸術の関係性を徹底的に追求した石子順造が、短い生涯ながらも辿り着いた地平がここにある。展示室を埋め尽くす様々な欲望のかたちに目をこらしてみると、その中には世界中の誰もが名画中の名画と讃える、最高の芸術作品の代名詞『モナリザ』が、Tシャツ、ネクタイ、ハンカチーフなどの大量生産品に転写された姿で横たわっている。もし彼がもう少し長生きすることが出来たなら、この先の世界に一体何が待ち構えていたのだろうかと想像を巡らせる。

美術=ファインアートというカルチャーの特殊性が疑われ始めてもう何十年になるのだろう。その表面のハリボテはボロボロと音をたてて、毎日のように崩れ去ってはいるが、さすがに時の権力と数百年以上も強く結びつきあいながら、その崇高性を保ってきた美術のガードは固く、まだまだ頑固にこびり付き、これからも当分の間生き残っていくに違いない。

石子順造の功績をとてもここで書き尽くすことは出来ないが、このお祭り騒ぎを堪能しつつ、全ての展示を観終わったあと、何かが胸に引っ掛かった人は、是非展覧会カタログを手に取ってみてほしい。担当学芸員による渾身の力作としか言いようがない質量を持つそのカタログは、生前の石子順造の芸術への執念と、次世代の執筆者たちの熱意が組み合わさって、何ともいえない感覚をもたらしている。濃厚かつテンションの高い、本気の展覧会である。

イベント情報

©つげ義春 「ねじ式」原画 1968

『石子順造的世界―美術発・マンガ経由・キッチュ行』

2011年12月10日(土)〜2012年2月26日(日)
会場:東京都 府中市美術館
時間:10:00〜17:00
休館日:月曜
料金:一般700円 高校生・大学生350円 小学生・中学生150円

石子順造

1928年生まれ。美術評論家、漫画評論家。1956年に静岡県清水市の物流会社、鈴与倉庫に入社。勤務に籍を置くかたわら、美術評論活動を開始する。戦前の前衛、アングラ芸術、デザイン、漫画などを対象に評論活動を展開し、独自の見解を示す。特に漫画評論においては先駆け的存在であった。1960年、画家の伊藤隆・鈴木慶則らと評画誌『フェニックス』を創刊。1964年に退社し、上京した後、『現代美術』で池田龍雄論を発表。以後、大衆芸術全般を対象に広く批評活動を展開する。1977年、48歳で早逝。主な著書に『戦後マンガ史ノート』『マンガ芸術論』『俗悪の思想』『現代マンガの思想』『表現における近代の呪縛』『小絵馬図譜』キッチュの聖と俗』『子守唄はなぜ哀しいか』『ガラクタ百科』ほかがある。

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