レビュー

「女」をめぐる教師と生徒の残酷な共感

佐々木敦
2012/05/30
「女」をめぐる教師と生徒の残酷な共感

『先生を流産させる会』とは、いかにも剣呑というかドイヒーなタイトルだが、知っている人は知っているように、このネーミングは実話にもとづいている。

2009年の初頭、愛知県半田市の中学校で、1年生の男子生徒数名が「先生を流産させる会」を結成し、妊娠中だった担任女性教諭の給食に異物を混ぜるなどの悪戯を繰り返していたことが発覚、大問題となった。この映画は、この事件を元にしている。だが、もちろんそのままではない。映画と実際の出来事の関係は、いうなれば1999年にアメリカのコロラド州コロンバイン高校で起こった銃乱射事件と、ガス・ヴァン・サント監督の映画『エレファント』のそれに似ている。つまり、確かに出発点は現実の事件だが、フィクションである映画は、それを忠実に再現したり、そこに隠された真相を探ろうとするものというよりも、事実から想像力と思弁を駆使して大胆に離脱、跳躍し、より普遍的な真理へと達そうとするものであるということだ。

『先生を流産させる会』

何よりもまず、この点が決定的というべきだが、現実では「先生を流産させる会」は男子生徒たちだったが、内藤瑛亮監督は、それを女子生徒たちに変更してしまった。この変更によって、会の名称の意味が根こそぎ改変され、映画は独自のテーマを抱えることになった。実際にどうだったのかはわからないが、男子生徒たちの「先生を流産させる会」は、やはりロウティーンの男の子たちの女性教諭に対するセクシャルな視線が伺える(たとえその教諭が男子に不人気であったとしても、それゆえの性的視線というものがあるだろう)。だが、女子生徒に変えることによって、それは同性であるがゆえの違和感や、女であることへの屈託、少女たちの大人になることへの強烈な戸惑い、などといった主題群を招き寄せることになる。この映画が鮮烈に描いているのは、自分も妊娠出産が可能であり、いつかはそうすることになるのかもしれない少女たちによる、現に妊娠出産しようとしている年長の女性への、激しくも痛ましい闘争の記録である。

では、少女たちの行動は、どのような回路を持っているのか? 1「ねえ、先生って妊娠してるんでしょ」→2「それってセックスしたってことだよね」→3「やだ、なんかキモくない?」→4「流産させちゃおうか!」。フロウチャートにしてみると、大体こうなる。すぐわかるように、2から3には飛躍があり、更に3から4で一気にまずいことになっている。しかし「先生を流産させる会」の会長(?)たる少女(小林香織)は、その矛盾には目もくれず、淡々と先生流産計画を宣言すると、同級生たちを率いて計画実行に邁進する。現実の事件同様、給食にクスリを混ぜる、椅子を引いて転ばせる、階段から落とす、等々。これがスクリーンデビューだという小林の冷徹な凶暴さの滲む表情は、この映画の白眉である。

この映画が興味深いのは、妊娠中の教諭(宮田亜紀)が、割とすぐにそれに気づくということである。教諭は、少女たちの目論みと、その理由さえ、おそらくは察知する。そこから映画は、「先生を流産させる会」と女性教諭の闘争の様相を帯びてゆく。一種の心理的なアクション映画に。そして結局どうなるのかは、ここでは書かないでおく。ぜひ映画を観て確かめて欲しい。気の強そうな瞳を持った宮田亜紀は、大変熱演している。こういう顔の女優でなかったら、この映画の印象は、ずいぶん違ったものになっていた筈である。

題名といい題材といい、あからさまにスキャンダラスな作品であり、実際、上映されるごとに物議を醸し、そのこと自体をウリにしてきた感もなくはない映画なのだが、しかしラストまで観れば、これが単なる悪趣味映画などではないということがわかる。内藤監督は、けっしてこれみよがしなアンチタブー的演出はしていない。カメラワークや画面設計は抑制が効いており、ある種の気品さえある。個人的な感想としては、「先生を流産させる会」の一員の少女の母親の描かれ方だけは、ちょっと疑問を覚えたが(あのヒステリックな「母親」の人物造形は、ちょっと古いのではないだろうか? おそらく現在のいわゆる「モンスターペアレンツ」は、もう少し違った感じで不気味である筈だ)、登場人物たちはいずれも平板ではなく、複雑な陰影を有した人間たちになっている。

小林香織扮する少女がしたことは、誰がどう考えても不条理で理不尽な仕業である。だがしかし、そこには「女であること/女になること」をめぐる、きっと多くの女性に覚えがあるに違いない痛みと迷いと苦悩がある。そして女性教諭が彼女に対してすることもまた、また別の不条理さを帯びている。そこには当然、理解はない。だが、覆い隠しようのない共感が、ほの見えているのだ。だからこの映画は、とりわけ女性によって観られるべき作品である。題名のドイヒーさに気圧されず、劇場に足を運んでみてほしい。

映画情報

『先生を流産させる会』

2012年5月26日(土)より渋谷ユーロスペースでレイトショー
監督・脚本:内藤瑛亮
出演:
宮田亜紀
小林香織
高良弥夢
竹森菜々瀬
相場涼乃
室賀砂和希
大沼百合子
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS

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