5年に1度の現代美術の祭典 ドクメンタが見せる現在の世界

5年に1度開催される現代美術のフェスティバル『ドクメンタ(13)』が、現在、ドイツ・カッセルで行われている。1955年の初開催から13回目を数えるこのフェスティバル。ベネチアビエンナーレに匹敵する、世界でも最も重要な展覧会のひとつだ。今回は「再生と崩壊」をテーマに全100名あまりに及ぶアーティストたちが世界中から集結した。

メイン会場のカールスアウエ公園
メイン会場のカールスアウエ公園

ベルリンから電車でおよそ2時間30分。目的地となるカッセルは、人口20万人あまりの小さな街だ。この地方都市を舞台に、世界中から多大な注目を集めるドクメンタが開催される。会場となるのは大きく3種類。市の中心部にあるフリーデリキアヌム美術館やドクメンタハーレーと名付けられた屋内展示、カールスアウエ公園での野外展示、そして街中の映画館や駅の構内など。街中の至る所に現代美術が潜んでいるといっても過言ではない。

街中にはドクメンタのラッピングバスも走る
街中にはドクメンタのラッピングバスも走る

20ユーロ(およそ2,000円)の1日券を購入し、広々としたカールスアウエ公園に足を踏み入れるとまず目に飛び込んでくるのが中国人作家ソン・ドンによる『Doing Nothing Garden』。広々とした広場に突如として現れる、高さ数メートルにもなる古墳のような作品だ。花や緑に覆われた小山の中腹にはタイトルの中国語訳である「白做也做」の文字がある。周囲はベンチにもなっていて、歩き疲れた観客がゆっくりと休みを取ることもできる。

ソンドン『Doing Nothing Garden』
ソンドン『Doing Nothing Garden』

非資本主義的な生活をテーマとする「AND AND AND」の展示は、オーガニック食品を販売するキオスク。この他にも積極的にワークショップを開催したり、フリーペーパーを配布するなどの活動を行なっていた。「AND AND AND」をはじめとして「オーガニック」や「サスティナビリティ」をテーマとした作品が多いのが今回のドクメンタの特徴。世界を再生するために、アートの視点から様々な提案が行われていた。

「AND AND AND」
「AND AND AND」

日本から参加しているのは大竹伸朗。公園の森の中に『モンシェリー』と名付けられたパビリオンを出展している。広大な公園の奥という足を運びづらい場所ながら、多くの観客を集めていた。半ばゴミのような、よくわからないモノたちがコラージュされた不思議な建物。だが、この得体のしれない建物から溢れ出す強烈なエネルギーは、日本人のみならず、外国人にも伝わっているようで、立ち入ることができないパビリオンの中を熱心に覗き込もうとする観客が多かった。

大竹伸朗『モンシェリー』
大竹伸朗『モンシェリー』

しかし、ひとくちに「公園」といっても、その規模は、日本の公園とは比較にならない。1辺がおよそ2キロもあるかという広大な敷地に、各作家のパビリオンが点在している。徒歩だけではとても1日で回りきることは難しい規模だ。そんな来場者に配慮して、レンタサイクルが用意されているものの、台数は限られており、全て貸し出し済みになってしまう危険性もある(そのため、今回はパビリオンを徒歩で回らざるをえず、見逃した作家の作品もかなりあった…)。どうしてもすべての作家を見て回りたい人は、朝からレンタサイクルブースに直行するのが懸命だろう。

広い会場を回るためのレンタサイクル
広い会場を回るためのレンタサイクル

だが、周囲を見回すと、そんな気持ちも薄らぐかもしれない。広々とした公園の中を自由気ままに歩きまわる観客たち。小さな子どもを連れた家族連れもいれば、犬を連れて鑑賞する夫婦もいる。「できるだけ多くの作品を見て回ろう」と息巻く自分が愚か者のように思えてきて、いつの間にか、鑑賞の速度はペースダウンしてくる。ゆっくりと公園の雰囲気を楽しむ傍らに美術作品がある、さながらそんな感じで他の人々はドクメンタを楽しんでいるようだった。

犬を連れて会場を回る参加者も
犬を連れて会場を回る参加者も

もうひとつのメイン会場であるフリーデリキアヌム美術館では不穏な雰囲気に満ちたドローイングなどを出品するアイダ・アップルブルッグや、カブールの風景をコラージュしたゴシュカ・マキュガといった作家たちの作品を展示。マリオ・ガルシア・トレスの作品は、アフガン空爆当時の手紙やビデオをまとめたもの。今回、アフガニスタンの首都・カブールでも展覧会を開催するドクメンタ。「再生と崩壊」というテーマが、西欧諸国の動向によって混乱を余儀なくされ、未だ安定を勝ち得ない中東情勢を念頭に置いているのは明らかだ。

メイン会場のひとつであるフリーデリキアヌム美術館
メイン会場のひとつであるフリーデリキアヌム美術館

「再生と崩壊」というテーマから、日本の震災をモチーフにした作品が多いのかと思いきや、意外にも、僕が見た限りでは日本に関して言及しているのはオトリス・グループによるドキュメンタリー映像『The Radiant』のみだった。現在の福島の様子を伝える映像とそこに住む人々に対するインタビュー、そして福島第一原発の完成を祝う過去のニュース映像などで構成されたこの映像。事故の本質に迫る手前で、アートに舵を切ってしまうような映像の演出は正直あまり好みではなかったものの、飯舘村民の「(この先どのような影響が出るのかを知るために)自分をモルモットとして生きようと思う」という言葉には強い衝撃を受けた。

アイダ・アップルブルッグ
アイダ・アップルブルッグ

美術家以外の出展では、フランスの振付家、ジェローム・ベルの作品が印象に残った。ダウン症の患者がABBAのダンシング・クイーンなどを踊るこの映像。もちろん、映像に登場する2人の「ダンサー」は、うまく踊ることはできない。しかし、そのダンスを見ていると、どんな華麗なダンスよりもこちらの心を動かす。しかし、街の片隅にある映画館での上映ということからか、観客は僕以外には2人だけ…。贅沢といえば贅沢だが、あまりにも寂しい。

ゴシュカ・マキュガ
ゴシュカ・マキュガ

また、ドクメンタのオフィシャルではないものの、昨年ニューヨークを占拠して賑わせた「オキュパイウォールストリート」の活動をもじって「dOCCUPY」なる一角を構える一団も。美術館前広場の一角を占拠し、キャンプサイトを作ってしまった彼ら。話を聞くと「SNSなどで情報を聞きつけてヨーロッパだけじゃなく世界中から多くの人がここにいる。誰でも入っていいし、いつ出ていっても構わない」という自由さ。また、そこに集う人々もさまざまで、「会期中ずっと滞在するつもり」というアートスクールの学生や、「ドクメンタの目指すアートの方向性には限界がある。アートの未来を考えるならば、多様性を保持した方向へシフトすべきだ」と持論を展開するアートファン、そして、路上で絵を描きながら世界中を旅しているというアーティスト(明らかにジャンキーだったが…)までが集まり、広い会場の中でも最もアナーキーな雰囲気に満ちた場所だった。

アナーキーなキャンプサイト「dOCCUPY」
アナーキーなキャンプサイト「dOCCUPY」

今回、海外のアートフェスティバルに初めて足を踏み入れたのだが、参加者としては「5年に1度の祭典」「世界で最も重要なフェスティバル」という気負いは全く感じられなかった。それよりも、生活の延長としてアートを楽しむという雰囲気が強く、観客の側にも日本のフェスティバルではあまり感じられない余裕を感じることができた。世界最高峰のアートを鑑賞できたことはもちろんだが、日本とは異なったアートの楽しみ方を肌で体験できたのが最大の収穫だろう。

イベント情報
『ドクメンタ(13)』

2012年6月9日(土)〜9月16日(日)
メイン会場:ドイツ カッセル市内各所



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