レビュー

咆哮(ハウリン)する経典の破壊的な重さ

大辻都
2013/06/20
咆哮(ハウリン)する経典の破壊的な重さ

生半可な批評を拒む絶対的な重量である。この重量すなわち1,000枚分のテキストはしかし独自のリズムで疾駆していて、筋力・骨量に関係なく、読み手はこれに持続的に耐え読み切ることを要請される。「あらすじ」などには還元できないこれら文字の塊を読破したとき、放心すると同時に気づかされるのが、混沌とも見えがちなこのテキストが緻密なまでに形式に則って創られていることだ。

たとえば数字への志向。この作品は過去に書かれた『ロックンロール七部作』(2005年)を包含し発展しており、もとの各書に新たなパートが付加されて(7×2)14部となり、さらにもう1パートが付加されて(7×3)今あるように21部となった。それだけではない。テキスト全体が、仏教的数字への目配せに満ちている。六道、六地蔵、六欲天、あるいは全世界を表す六十万(人)などにつながる完全数6。そして6に素数の1を足した7もまた、地獄の裁きや彼岸への道行きにかかわる数字として依然基底をなしているし、満中陰の77も770もその延長で考えていいのではないか。

『南無ロックンロール二十一部経』なる奇妙きわまるタイトルがまさに示しているとおり、ここに認められるのはロックンロールと仏教、より端的に輪廻転生とのアナロジーの関係だ。物語は両者を軸に並走する。一方にあるのが、穢土=地獄としての東京を舞台とした輪廻転生(鶏→アムール虎→狐→馬頭人間→女の子→肥満老人)と裁きの物語。そのつど生まれ直し、「わたし」「あたし」「俺」などと呼称され、時に黙示録らしく「お前」と呼び代えられる主体の輪郭はあいまいだが、その記憶は共有され「遺伝」してゆく。

もう一方は、世界の6つの大陸(南極、ユーラシア、南米、オーストラリア、北米、アフリカ)とひとつの亜大陸(インド)を股にかけた20世紀史ともいえる物語。それは必然として前史を含むロックンロール史(チャック・ベリー、THE BEATLES、エルヴィス・プレスリー、そしてその拡散)のかたちをとる。ストーリーという意味でなら両者はまるで重ならないが、東京というローカルな場と世界とは呼応しており、互いが互いを内包するのは明らかだ。ここにもまたアナロジーが(あるいは小説の決め台詞に準じるなら「パラフレーズ」と言ってもいいか?)。

日本が富国強兵を旗印に掲げていた明治から終戦までは、20世紀と呼ばれる100年間とずれながらも重なっている。第二次世界大戦を自国の歴史として世界と共有した日本は、敗戦後この旗印こそ取り下げたが、経済至上主義の姿勢は一貫して崩していない。大震災とそれに続くできごとは、この事実をまさに横っ面をはたくように私たちに突きつける体験だった。そして帝国主義、覇権主義、進歩主義、植民地主義、人種主義……、19世紀後半から20世紀の世界史で記述される多くの「主義」は、じつは現代日本のローカルな姿勢のなかにすべて注入されている。

そうした公の歴史(Histoire)に物語(histoire)で対峙すること。20世紀にアメリカ合衆国で生まれ、アフリカの砂漠からインドの場末まで世界のすみずみに感染したロックンロールという必然の題材を使って。それを作家は作家としての使命と考えたようだ。

各書冒頭に置かれた「コーマW」の短いパートでは、作家自身を思わせる一人称「私」が昏睡のなかにあるWに向かって語りかけ、そこから次なるパート、輪廻転生の物語へとつながってゆく。巨大な物語のかたわらで控えめな存在であり続けるこの「私」は、だが終盤になり衝撃的に存在感を増す。

この作家の作品として予期しなかった発見がそこにある。これは畸形的ともいえる一種の私小説だ。明治末期、西欧小説とりわけ自然主義小説をなかば誤解しつつ模倣し、その後わが国文学のお家芸ともなったこのジャンルの本義、すなわち自分のパーソナルな問題のみを書き綴るという本義からおよそ逸脱した、20世紀という歴史的時間の総体、世界の空間の総体、その両者を反映した日本という国家までをも「私」が引き受ける、とほうもない私小説である。

いわば「裏切りの私小説」ともいうべきこの形式は、1995年(地下鉄サリン事件)を(約)15年後の2011年から照射する、言い換えれば20世紀の終焉を刻印するという企図のためには不可欠だったと思われる。そしてこの試みを「フィクション」として成り立たせるのに、この時間にわずかに遅れながら証言する別の時間が導入される。作家・古川日出男誕生からの15年。個人の時間と歴史の時間、作家はふたつの「15年」をアナロジカルに重ね合わせ、みずから地獄の(監獄の)ただなかへ降り立ったのではないか。「念仏としてのロックンロール」を唱え、あるいは小説を「漬け物みたいに」「ロックンロールに漬けて」物語る、横断的な語り部ブックマンにも姿を投影しながら。

大震災以降、古川がみずからの脚本による朗読劇をくり返し上演してきたことは、彼の小説執筆と無関係ではないだろう。この長編作品がもつ私小説性は、舞台上彼が見せる朗読さなかの絶句、あるいは震えといった身体的な反応と接続しているし、朗読劇の素材である――もちろん恣意的に選ばれたわけではない――宮沢賢治の死生観は輪廻転生=ロックンロールに込められた祈りとやはり呼応しているようだ。

『南無ロックンロール二十一部経』は、作家がわが身を生贄とし投じたことで、その物理的な重みをはるかに超える破壊力を獲得した。テキスト全編を通し、終わらない戦争Warの世紀を揺さぶる咆哮(ハウリン)Wow!が響きわたる。

書籍情報

『南無ロックンロール二十一部経』

2013年5月15日発売
著者:古川日出男
価格:2,520円(税込)
ページ数:576頁
発行:河出書房新社

CINRA.STORE限定特典:『古川日出男 × 後藤正文 トーク&ライブセッション』ご招待抽選券付き。

プロフィール

古川日出男(ふるかわ ひでお)

1966年7月、福島県郡山市生まれ。98年、日本人少年のアフリカ大陸での色彩探求譚『13』で作家デビューし、2001年発表の『アラビアの夜の種族』がジャンル越境型の奇書として読書界の話題を集める。06年、『LOVE』で三島由紀夫賞を受賞。その他の著書に軍用犬の視点から二十世紀の戦争史を描いた『ベルカ、吠えないのか?』、東北六県の700年間の歴史を徹底した文学的ハイブリディティで浮き彫りにする大著『聖家族』、東日本大震災直後の福島での旅が綴られる『馬たちよ、それでも光は無垢で』等がある。朗読活動も積極的に行ない、CDブック『春の先の春へ』を始めとするCD、DVDも発表。また管啓次郎、小島ケイタニーラブ、柴田元幸との共同プロジェクトとして朗読劇『銀河鉄道の夜』を制作し、2011年末より国内各地で上演する。イラストレーター/アート・ディレクターの黒田潔との共著『舗装道路の消えた世界』等も刊行している。

大辻都(おおつじ みやこ)

専門はフランス語圏カリブ海文学、ポストコロニアル文学。現在、京都造形芸術大学文芸コースで文学の講座(特に現代小説)を担当している。

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