レビュー

インターネットでは味わえない、「シェア」される前の新鮮な映画たち

澤隆志
2014/03/19
インターネットでは味わえない、「シェア」される前の新鮮な映画たち

まだ誰も観ていない、新鮮な映画体験

毎日のように新鮮な情報がやりとりされるインターネットの世界。高画質の動画が無料でシェアされることにも驚かなくなったし、それによっていろんな面白い状況も生まれ始めている。と同時に「国際映画祭」というものに関わる人間にとって、この状況は脅威だったりもする。「もうこれで観られればいいんじゃない?」と感じることもときどきあるが、そのたびに映画祭でしか体験できないことも思い出す。始終チャットやメールに邪魔される煩雑なデスクトップからの解放、見知らぬ他人との意見交換、アクシデントも含めた偶然のドラマ、そして、何よりも(一部の関係者以外は)最初の観客体験だということ。すでに誰かが観ていて、他人の評判と共に出されるネタではないということ。そのとびきり新鮮な作品体験が、「泣ける」とか「笑える」だけでなく、反応に困ったりするような「何だこりゃ?」という映画だともっと嬉しい。そんなスリルを味わうのに最適なのが海外の映画祭体験。そんなケースの1つとして先日参加した『ロッテルダム国際映画祭』の様子をお送りしたい。

全てのプログラムを網羅することはスタッフですら不可能!? ときには運任せに未知の作品との出会いを楽しむ

『ロッテルダム国際映画祭』は『カンヌ国際映画祭』や『ベルリン国際映画祭』『ヴェネチア国際映画祭』と並ぶ、世界的にも大規模な映画祭だが、実験的な短編作品や特集上映も多く、好バランスの充実したプログラムが特徴。全てのプログラムを網羅することはスタッフですら不可能で、事前に情報を仕入れつつも、ときには運任せに未知の作品との出会いを楽しむ。それはゲームのようでもあり、日頃から映画や映像アート作品に興味のある人にとっては、数日かけて濃密な映像体験をする好機であるのは間違いない。

オランダ・ロッテルダム市内のde Doelen(メイン会場)で手続きを済ませ、最初に観ることができたのは日本でも人気の高い韓国の映画監督ホン・サンスの新作『Our Sunhi』だった。1997年に『豚が井戸に落ちた日』で『ロッテルダム映画祭』タイガー・アワード(コンペティション最高賞)を勝ち取ったホン・サンス監督は、今や多くの映画祭に愛されている。主人公スンヒに惹かれる3人の男。お話のロジックが小気味よく、嫌味にならず、低予算で愛嬌たっぷりな恋愛(を茶化してもいる)映画。もはや名人芸である。


そして、今回の旅で一番楽しみにしていた『Hard to be a God』(神様はつらい)も観ることができた。世界中でカルト的な人気を誇るロシアの映画監督アレクセイ・ゲルマンの遺作である。長年構想していたストルガツキー兄弟による同名小説の映画化作品で、監督が2013年2月に亡くなった後、編集が半ばであった大作を妻と息子が完成させた。ずぶ濡れで泥だらけの世界(地球ではないどこか)で、およそ緩急というものはなく終始「急」な展開。画面には生きた人(ボディコンタクトが実に多彩)、死んだ人(死に様が実に多彩)、動物、吐瀉物、排泄物が、狭い空間を淀みなく移動するカメラの前でめまぐるしく表れては消える。正直、一度観ただけでは話の全容は不明だが、時折、奇跡的なタイミングで構図とポーズとセリフが「キマる」。日本での公開もなんとか実現しそうなので、楽しみに待っていてほしい。


『Hard to be a God』(神様はつらい)©International Film Festival Rotterdam
『Hard to be a God』(神様はつらい)©International Film Festival Rotterdam

超個性派揃いの音楽系作品

『恵比寿映像祭』や『イメージフォーラム・フェスティバル』でもおなじみベン・リバースとベン・ラッセルの共同監督となる『A Spell to Ward Off the Darkness』は、北欧メタルとキャンプ風情の出会い(!)。スローネスと孤独な緊張が同居した力作だった。実在のミュージシャンロバート・A・A・ロウ(aka Lichens)を主役に、ミュージシャンのコミューンでのゆるりとした日常(フィンランド)、苔むした山岳地帯の孤独なトレッキング(エストニア)、ロックコンサートでの壮絶なシャウト(ノルウェー)を展開する。


『A Spell to Ward Off the Darkness』 ©International Film Festival Rotterdam
『A Spell to Ward Off the Darkness』 ©International Film Festival Rotterdam

短編作品で印象に残ったのは『To Valerie Solanas and Marilyn Monroe in Recognition of their Desperation』。戦隊モノのコスチュームのごとき原色の衣装に包まれた6人組バンドが、互いのトーンを確認し合うように演奏を続けている。全身タイツにギターとアンプを縛り付け、柱に身体を擦りつけて演奏する6名。アコーディオン奏者ポーリン・オリヴェロスが、アンディー・ウォーホルを銃撃したヴァレリー・ソラナスの著書『スカム・マニフェスト』に共鳴して書いたという1970年のスコアを演奏しているそうだ。

『To Valerie Solanas and Marilyn Monroe in Recognition of their Desperation』 ©International Film Festival Rotterdam
『To Valerie Solanas and Marilyn Monroe in Recognition of their Desperation』 ©International Film Festival Rotterdam

独特の空気を増幅させる、映画館という密室

海外の映画祭では、よく目にする光景だが、結構マニアックなプログラムにも幅広い層の観客が観にやってくる。そして、自分に合わないと感じたら躊躇なく席を立つ。『ロッテルダム映画祭』のプログラムディレクターの一人、エドウィン・カレルスにそのことを聞くと「関係者の感想も大事だけど、一般の観客のダイレクトな反応は重要」とのこと。インターネット動画サイトのコメント欄とも違ったリアルな「場の空気」を感じることができる。

ここ10年ほど、映画祭でもインスタレーションやライブパフォーマンスが多く行われるようになった。トークセッションや観客参加形式のプログラムも各地で工夫されている。ジャンルを横断する作品が増え、インターネットに連動した企画もある。オンラインでの手軽な発見や驚きはたくさんあるし、それに影響を受けるかたちで、場所と時間を特定したオフラインのイベントも時代と共に変化している。ただ、ずっと変わらないのは不特定多数の人たちと同時刻に共有する「空気」であって、暗転した満員の密室、つまり映画館という強力な装置が、それを増幅させている。そんな「空気」の中で、まだ色のついていない新鮮な作品を受け取って、ある者は笑顔で去り、ある者は困惑して他人に意見を求め、ある者は喧騒でパチリと目を覚ますのだった……。映画祭という独特の現場、人と映像の光が織りなす代え難い空気感。もし機会があれば是非、海外旅行の行き先として、『ロッテルダム国際映画祭』のような映画祭にトライしてみてはいかがだろうか。

イベント情報

『第43回ロッテルダム国際映画祭』

2014年1月22日(水)~2月2日(日)
会場:オランダ ロッテルダム

コンペティション結果
『タイガーアワード』(長編作品)
『山守クリップ工場の辺り』(Anatomy of a Paper Clip) / 池田暁
『Han Gong-Ju』 / Lee Su-Jin
『Something Must Break』 / Ester Martin Bergsmark

『タイガーアワード』(短編作品)
『The Chimera of M』 / Sebastian Buerkner
『Giant』 / Salla Tykkä
『La isla』 / Dominga Sotomayor、Katarzyna Klimkiewicz.

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