レビュー

岩井俊二『TOWN WORKERS』は、なぜアニメーションである必要があったのか?

島貫泰介
2014/10/24
岩井俊二『TOWN WORKERS』は、なぜアニメーションである必要があったのか?

トークショーでの何気ない一言から見えてくる、岩井俊二の優れた観察眼とディテールへのこだわり

「正しい位置でこめかみを描くよう指定するのは難しいんです。だいたいのマンガがしくじっていて、本当は眉毛よりも上にこめかみが来るんだけど、下に描いている人が多い。眉毛より下に来るということは、そのぶん耳の位置が下がるので、全体のバランスが崩れてしまう。それをスタッフに説明するのは難しくて」

これは、自身初のアニメーション監督作品『TOWN WORKERS』上映会の最後に行われたトークショーでの岩井俊二監督の発言。大学生の頃はマンガ家を目指していた(つまり『TOWN WORKERS』第2話に登場する男子のモデルは本人でもある!?)という彼の優れた観察眼を物語るコメントだが、このようなディテールへのこだわりは、一般的な「岩井俊二」のイメージからは、少し意外に思われるかもしれない。

『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』
『TOWN WORKERS』第3話『この遠い道程のため』

映画2作目の『Love Letter』以降、『四月物語』『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス』などの代表作によって岩井俊二に形成されたのは、「青春時代を背景に、少年少女を抒情たっぷりに描く監督」というイメージだった。岩井作品の特徴でもある深度の浅いカメラフォーカスは、少年 / 少女らの内面の繊細さや脆さを体現する記号として働く一方、厳しい社会の現実を「イメージ」へと還元し、その重みを作品世界から遠ざける。それは、しばしば岩井作品の中で起こる残酷な展開を詩的に転換する装置として機能し、「こんなことをしてはいけないよ」と子どもらに伝える現代版おとぎ話という色彩を作品に付与してきたのだ。おとぎ話は、ストーリーが指し示す対象のフォーカスが曖昧になればなるほど「誰のものでもありうる」という普遍性を獲得する。岩井が繰り返しアドゥレセンス(思春期)の終わりを描くジュブナイル映画を手がけてきたのは、その時代周辺を描くことが普遍性に至る近道だったからである。

『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』
『TOWN WORKERS』第2話『君の夢を読む』

その意味で、今回の『TOWN WORKERS』は、正しく岩井俊二的な作品である。「初めてのバイトに実家と同じ仕事を選ぶ女子大生」「人間関係の多層性を労働と生活の間で学ぶ女子高生」「職能的役割を得ることで新しい関係を構築しはじめるフリーター(?)」。アルバイトを巡る3つの物語はそれぞれ異なる主人公を設定しているが、通覧すればある1人の少女の成長物語のように見えてくる。絶妙に抽象化して描画されたアニメーションの少女(たち)は、見る者それぞれの世代差や生活環境の違いを受け止める普遍的で曖昧な器なのだ。

『TOWN WORKERS』は、なぜ実写ではなく、アニメーションで描かれたのか?

だが、そんな曖昧な器を作るために、制作工程そのものが曖昧になるわけではない。冒頭の岩井の発言はこの当然の事実を示している。本作を観て誰もが思う感想は「なぜ実写映画にしなかったのか?」だろう。ポストプロダクションに相当する動画編集作業以前に、岩井は実際に俳優を起用しての撮影を行っているし、そのままでも本作は作品として成立していたはずだ。それでもなお、ロトスコープという実写映像をなぞる古典的な技法を採用し、アニメーションを描き切ったのは、おそらくそこで得られる、思春期特有の浮遊感や、デジャブ(既視感)とジャメブ(未視感)の同時並列を求めたからだ。

足し算ではなく引き算の表現であるアニメーションは、画面上の情報を整理することで視覚的なメリハリをコントロールする。岩井は、この減算によって主題にフォーカスする選択をした。そして当然ながら、これはディテールに対する鈍感さからではなく、鋭敏さから生まれた選択なのである。

作品情報

『TOWN WORKERS』

2014年9月18日(木)から特設サイトで公開中
監督・脚本:岩井俊二
エンディングテーマ:ヘクとパスカル“ぼくら”
第一話「初めての潮の香り」
第二話「君の夢を読む」
第三話「この長い道程のため」

リリース情報

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ヘクとパスカル
『ぼくら』

2014年9月24日(水)からiTunes Store、Amazonほか、各音楽配信サイトにて限定配信中
SPACE SHOWER MUSIC

プロフィール

岩井俊二(いわい しゅんじ)

1963年、宮城県仙台市生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は「岩井美学」と称され注目を浴びる。1993年、フジテレビのオムニバスドラマ『if もしも』の一作品として放送された『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』はテレビドラマとしては異例の『日本映画監督協会新人賞』を受賞。1995年『Love Letter』で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。代表作に1996年『スワロウテイル』、2001年『リリイ・シュシュのすべて』、2004年『花とアリス』、2010年『New York, I Love You』、2012年『ヴァンパイア』など多数。同年、NHK『明日へ』復興支援ソング『花は咲く』の作詞を手がけ『岩谷時子賞特別賞』を受賞。2013年、音楽ユニット「ヘクとパスカル」(メンバー:岩井俊二 / 桑原まこ / 椎名琴音)を結成。2014年1月クールのテレビ東京ドラマ24『なぞの転校生』で脚本、プロデュースとして初の連ドラに挑戦し、“「ヘクとパスカル”」のデビュー曲『”風が吹いてる』”が起用され話題となる。2015年2月には、初の長編アニメーション監督作品『花とアリス殺人事件』が公開予定。

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