レビュー

日本で才能を開花させた、現代アートシーンを代表する作家・蔡國強。「火薬爆発」に込めた思い

野路千晶
2015/07/07
日本で才能を開花させた、現代アートシーンを代表する作家・蔡國強。「火薬爆発」に込めた思い

戦争の道具である「火薬」の爆発を、美術作品に転化

「パン!」という鋭い破裂音とともに、床上の導火線をすばやく走り抜ける火花。ほどなくして広く吹き抜けた空間全体が、霧のような煙と独特の残り香で覆われる。数秒にも満たない、一瞬の出来事。これは「爆発のアーティスト」とも称される、現代アート界のフロントランナー、蔡國強(ツァイ・グオチャン)による「火薬ドローイング」制作の一場面だ。7月11日より横浜美術館で開催となる蔡の個展『蔡國強展:帰去来』に先駆け、6月20日、同館のグランドギャラリーにて新作『夜桜』の制作が行われた。

『夜桜』制作現場、火薬爆発の瞬間 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio
『夜桜』制作現場、火薬爆発の瞬間 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio

『夜桜』制作現場、火薬爆発の瞬間 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio
『夜桜』制作現場、火薬爆発の瞬間 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio

「火薬ドローイング」とは、火薬の爆破作用によってカンバスや和紙に色を定着させる、絵画の制作手法のこと。蔡はこの独自の手法を通して、戦争、攻撃に用いられる火薬の爆発を美術作品へと転化。破壊性と平和利用の2つの視点を示してきた。そしてこれらの大胆な作風が、蔡が「爆発のアーティスト」と呼ばれる所以だ。今回、その火薬ドローイングによって制作された『夜桜』は、同技法では過去最大サイズ、横24メートル、縦8メートルにおよぶ大規模なもので、会期中、横浜美術館のエントランス部分にあたるグランドギャラリーの天井から吊り下げて展示される。

火薬爆発後、姿を見せた『夜桜』と蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio
火薬爆発後、姿を見せた『夜桜』と蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio

日本でその才能を開花させ、『北京オリンピック』の花火演出を務めた、国際的アーティスト

蔡國強の名前を知らないという人も、2008年の『北京オリンピック』開会式・閉会式ハイライトとなった、壮大な規模の打ち上げ花火シーンを憶えている人は多いのではないだろうか。同大会で視覚特効芸術監督を務めた蔡は、開会式・閉会式の打ち上げ花火演出を担当。それまでも、万里の長城の最西部・嘉峪関を起点として砂漠の上に1万メートルにわたって導火線を設置し、600キロの火薬を100秒間爆発させるという『万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト』(1993年)や、1999年の『ヴェネチア・ビエンナーレ』で『金獅子賞』を受賞するなど、国際的に活躍してきた蔡は、『北京オリンピック』を機に、より高い知名度を得ることになった。

火薬をセッティングする蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai
火薬をセッティングする蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai

火薬をセッティングする蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio
火薬をセッティングする蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio

一方、現在の創作活動の原点が、じつは日本にあることはあまり知られていないかもしれない。1957年、中国・福建省泉州市に生まれた蔡は、上海の大学を卒業後、1986年末に来日。9年間の日本滞在のなかで、前述の火薬ドローイングを発展させ、屋外で火薬を爆発させる大規模なプロジェクトを展開。アーティストとして開花し、国際的な活動へとつながっていった。横浜美術館での個展『蔡國強展:帰去来』の「帰去来」とは、中国の詩人・陶淵明が官職を辞し、故郷に戻る決意を表した詩『帰去来辞』に由来するもの。現在はニューヨークを拠点に、円熟した活動を行う蔡自身が、日本という自身の自由な創作の原点に立ち戻る意味が込められている。

中国現代アートシーンにおける「陰と陽」。もう一人のキーパーソン・艾未未

ちなみに蔡國強に加え、中国の現代アートシーンを語る上でもう一人忘れてはならない人物が、蔡と同じく1957年、中国に生まれた艾未未(アイ・ウェイウェイ)だろう。艾は、中国の歴史、社会問題に根ざした立体作品を多く手がけ、アート、建築、デザインなどの領域横断的な活動を展開。蔡と同じように多数の国際展に参加し、日本でも2009年に森美術館で個展が開催された。他方、そうした国際的な注目を集めるアーティストであると同時に、人権活動家、社会運動家としての側面を持ち、中国当局から要注意人物として常に動向を注視される人物でもある。

蔡と同じく、『北京オリンピック』ではメインスタジアムの設計に携わるも、その後、同大会のプロパガンダ的側面を批判。さらに2010年には、四川大地震における中国当局の責任追及を行ったことをきっかけに自宅軟禁。翌年、当局による身柄拘束を受け、不当に入獄されるという出来事は大きなニュースとなり世界中を駆け巡った。蔡國強と艾未未、通底する問題意識を持ち、国際的に活躍する彼らは、中国のアートシーンにおいては、さながら陰と陽の関係にあるともいえるだろう。

「破壊」と「平和」、「不老不死の薬」、火薬ドローイングに込められた意味

横浜美術館での公開制作後に行われた蔡のインタビュー。そこでは、作品に火薬を用いることへの様々な理由があらためて明かされた。たとえば、本来は「不老不死の薬」として開発されたという火薬と中国の長く深いつながり。または、「爆発」というコントロール不能なものへの不安と期待。そして「破壊」と「平和」の両義性。さらには、より個人的な背景として、自身の性格についても触れられた。

「私は、理性的で真面目で、おとなしい性格であると自覚しています。人間としてはいいけれど、アーティストとしては少し物足りない。火薬ドローイングによってその部分を破壊して、脱皮したかったんです」

インタビュー取材を受ける蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio
インタビュー取材を受ける蔡國強 Photo by Wen-You Cai courtesy Cai Studio

蔡が「火薬ドローイング」を始めたきっかけの1つとして、中国の抑圧的で管理色の強い美術の伝統や社会の空気に対抗していたという説もあり、そこには艾未未と通じる批判精神も感じられる。しかし、柔らかな物腰でそう静かに語る蔡からは、「爆発のアーティスト」の過激さは影をひそめる。そして、その多面的な性格こそが、激しさ、優美さなどの相反する要素が拮抗する、蔡の作品そのものであるように感じられた。

リリース情報

『蔡國強展:帰去来』
『蔡國強展:帰去来』

2015年7月11日(土)~10月18日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館
時間:10:00~18:00(9月16日、9月18日は20:00まで開館、入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜
料金:一般1,500円 大学・高校生900円 中学生600円
※小学生以下無料

プロフィール

蔡國強(さい こっきょう / ツァイ・グオチャン)

1957年、中国福建省泉州市生まれ、ニューヨーク在住。上海戯劇学院で舞台美術を学んだ後、1986年末から1995年まで日本に滞在、筑波大学で学ぶ。1995年以降はニューヨークを拠点に活動。近年の主な個展とプロジェクトに『透明モニュメント』ニューヨークメトロポリタン美術館(2006)、『アイ・ウォント・トゥ・ビリーブ』ニューヨークソロモン・グッゲンハイム美術館、北京中国美術館(2008)、ビルバオ・グッゲンハイム美術館(2009)、『蜃気楼』ドーハマトハフ・アラブ近代美術館(2011)、『スカイ・ラダー』ロサンゼルスMOCA(2012)、『農民ダヴィンチ』ブラジリア、サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ巡回(2013)、『Falling Back to Earth/帰去來兮』クイーンズランド州立美術館(ブリスベン / 2013)、『九級浪』上海当代芸術博物館(2014)ほか。また、2008年の『北京オリンピック・パラリンピック』開閉会式で視覚特効芸術監督を務める。

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