レビュー

北欧発。ジャック・タチに並ぶアナログ映像美で、カルチャーマニアを虜にするチャーミングな巨匠

森直人
北欧発。ジャック・タチに並ぶアナログ映像美で、カルチャーマニアを虜にするチャーミングな巨匠

世界中のカルチャーマニアを虜にする、北欧生まれの映画作家

スウェーデンといえば、音楽やインテリア、ファッションなど、日本でも大人気の北欧カルチャー最大の発信地としてよく知られる。それも戦略というよりは伝統に根づいたもので、パステルカラーを基調としたデザインワークなど、まさに「かわいい」や「おしゃれ」のナチュラルな本場だ。そんなお国柄でじっくり才能を育まれ、先日『アカデミー賞』を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥやダーレン・アロノフスキー(代表作に『ブラック・スワン』『レスラー』など)といった監督および、世界中のカルチャーマニアたちを虜にしている、一人の偉大でチャーミングな映画作家をご存じだろうか?

その名はロイ・アンダーソン。1943年生まれだからまったく新鋭とかではなく、充分なベテランなのだが、CFディレクターとしてのキャリアが長く(『カンヌ広告映画祭』で8度受賞)、映画の監督本数は多くない。8月8日から日本公開される最新作『さよなら、人類』は、長編としてはまだ通算5作目。実は1970年、思春期の甘酸っぱい恋を描いた『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』で若くして監督デビューしているのだが、独自のスタイルを築いたのは2000年の超異色SF『散歩する惑星』。次いで『愛おしき隣人』を2007年に発表し、さらに7年経ってから『さよなら、人類』を完成。ロイ・アンダーソンは、これらを「リビング・トリロジー」(人間についての三部作)と名付けている。

『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB
『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB

とりわけ『さよなら、人類』は、笑えて、泣けて、時に呆然としてしまう、三部作の締め括りにふさわしい大傑作に仕上がった。2014年の『ヴェネチア国際映画祭』では、『アカデミー賞』で作品・監督賞など計4冠に輝いた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を抑えて『金獅子賞』(グランプリ)を受賞した。

古風な技術を駆使して作り上げる、狂気の映像美

さて、ではロイ・アンダーソンの「独自のスタイル」とはいかなるものか? 語り口はミニコントの連鎖。ノリはユルユルの脱力系だが、クリエイションとしては構図から色彩、細部まで厳密に計算され尽くしたもので、「動く一枚画」として精巧を極めている。それをワンシーンワンカットで撮影し、『さよなら、人類』は全39カットで構成。例えば推薦コメントとして、異能の映画監督でもあり、芸人、俳優の板尾創路は「39枚の絵画は突然 動き 喋り 笑いを仕掛けてくる…そんな100分間の美術館」と実に的確な評言を寄せている。ちなみに板尾は、『散歩する惑星』以来のファンであり、本作では予告編のナレーションも務めている。



その流儀をさらに解析するために召喚したいのが『ぼくの伯父さん』(1958年)などで知られるフランスの喜劇映画作家、ジャック・タチだ。共に徹底したヴィジュアリストである彼らの狂気じみた特異点としてつながるのが、完璧主義を実現するためのセット主義だ。ロイ・アンダーソンは1981年、ストックホルムに個人所有の巨大スタジオ「Studio 24」を建設し、映画の撮影はすべてこの中で行っている。

Studio 24で行われた砂浜制作の様子

CGは使わず、マットペインティング(背景画)という古風な技術を駆使した頑固なアナログ美術主義。これはジャック・タチが近未来のパリを舞台とする大作『プレイタイム』(1967年)を撮影する際、私財を投げ打って街のセットを丸ごと作ってしまったという破格の伝説を連想させるものだ。ただしこの無茶な投資でタチが破産したのに対し、幸いにもロイのスタジオはまだ存続中だが。

ロイ・アンダーソン監督 © Roy Andersson Filmproduktion AB
ロイ・アンダーソン監督 © Roy Andersson Filmproduktion AB

さらに「文法」上の共通の特質として、同じカットの中で、複数のギャグやエピソードが同時進行することに注目したい。例えば『さよなら、人類』では、レストランに面した路上で将校が電話している間、その奥の店内ではフラメンコ教師の女性と生徒のイケメン男子のしょっぱい恋の次第が展開している。

『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB
『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB

このような構造はジャック・タチ作品も同様である。つまり「主役とその他大勢」ではなく、この世界では誰もがそれぞれ主人公である、といった全体性への視座が彼らの世界観のベースなのだ。

Studio 24で行われた舗道撮影シーン

白塗りの登場人物たちが演じる、普遍的な人間模様

もちろん彼らには決定的な違いもある。ジャック・タチがひたすら笑いの純度へと先鋭化していくのに対し、ロイ・アンダーソンの世界にはもっと人懐っこいユーモア&ペーソスが漂うのだ。噛み砕いて言うと、ジャック・タチは一人の人間を描くというよりは笑いの徹底的な追求をしている。だけどロイは人間臭さに焦点を当てている。

具体的には、『散歩する惑星』では「とある惑星」と称しつつ、リストラされたサラリーマンや借金苦の父親など、とっても人間臭いダメなヤツらが蠢く。『愛おしき隣人』も愛に飢え、運のなさを嘆く不器用な人間たちのパノラマ図鑑のよう。『さよなら、人類』でも陰気なセールスマンのコンビや、60年以上も同じカフェに通う老人など、社会の隅っこで淡々と生きる人々の日常生活を切り取っていく。その可笑しく切ない人間模様は、同じ北欧でもフィンランド映画の雄、アキ・カウリスマキにも通じるマイナーコードの哀愁がある。ちなみにロイ・アンダーソン作品の登場人物たちは顔を白塗りにしているのだが、これは個別性を超越し、普遍的な人間性を示すためのメイクらしい。その明晰な意図は彼の作品を優れた寓話へと昇華させる。

『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB
『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB

『さよなら、人類』はそういった市井の人々のスケッチに加え、スウェーデン国王に率いられた中世の騎馬隊や、虐待されるアフリカの囚人たちなど、「歴史」のイメージが突如乱入してくる。語りとしてはシュールだが、ここには大きな「物語」のうねりがある。

『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB
『さよなら、人類』© Roy Andersson Filmproduktion AB

ロイ・アンダーソンは「リビング・トリロジー」の試みが目指すところは、映画を観る人に人間存在について考察してもらうことだと語っている。「私たちは何をしているのだろう? 私たちはどこへ行くのだろう?」と――。『さよなら、人類』というタイトルは逆説で、むしろ極めて濃厚なヒューマニズムの作品である。これは「生きる意味」を普段顧みない我々が再び、ちゃんと人類に出会うためのレッスンなのかもしれない。ロイ・アンダーソン節の究極として、『さよなら、人類』から彼の世界に入ることはおすすめだ。

作品情報

『さよなら、人類』

2015年8月8日(土)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
監督:ロイ・アンダーソン
出演:
ホルガー・アンダーソン
ニルス・ウェストロブロム
配給:ビターズ・エンド

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