アジア映画界が参照すべきはフランス?弱肉強食市場のサバイブ術

東南アジアの映画産業の課題は、文化を発信する全ての国にあてはまる

日本発、アジア最大級の国際短編映画祭『ショートショート フィルムフェスティバル&アジア』。2015年度は、新たな取り組みとして、「国際交流基金アジアセンター」とともに、東南アジア11か国の短編映画上映などを展開する「東南アジアプログラム」が発足。カンボジア、インドネシア、ラオス、シンガポール、東ティモール、フィリピンという6か国の作品上映が行われた。

また、「東南アジアのショートフィルムの現状と展望」をテーマにしたシンポジウムではインドネシア、カンボジア、シンガポール、ラオスの映画関係者をパネリストに迎えて、率直な意見が交わされた。特設サイトではその模様を記録した動画視聴に加え、書き起こしを読むことができるが、そこから見えてくるのは、東南アジアにとどまらず、文化を発信し受容する全ての国における課題である。

「東南アジアのショートフィルムの現状と展望」シンポジウム風景
「東南アジアのショートフィルムの現状と展望」シンポジウム風景

まず東南アジアでは、スマートフォンの普及によって動画に触れる機会が飛躍的に増え、さらに動画共有サービスのおかげで「見る」だけでなく、「撮る」方に回る人が出てくるようになった。そういった流れを受けて、短編映画はまず「インターネットのための映画」として作られる。そして短編映画が充実してくると、次のステップとして「長編映画への登竜門」の役割を担うようになる。つまり短編映画が、自国の映画産業を強化させたり、国際的な映画祭やマーケットに打って出るための才能・人材を育てる試金石となり得るのだ。

しかし、インドネシアの映画監督・プロデューサーであるヨセプ・アンギ・ノエンは、「ほとんどの作品はまだ急速に発展したテクノロジーに反応しているだけで、テーマやストーリー、ソフト面のクオリティーが不足している」と指摘する。ハード面の環境が整っても、「作家」が生まれるかどうかは、また別の話なのだ。

インドネシアからフランスまで。「国」が文化のスポンサーになる意味

そうしたノエンらの問題意識と働きかけはインドネシア政府を動かし、彼の地元のジョグジャカルタでは短編映画制作を推進する審査委員会が発足したという。その審査に通れば、1作品につき1万ドルという短編映画としてはかなり高額な助成金が出る。こういった公共的な支援というのは、「質の向上」を支えるアーティスティックな活動の保護において極めて重要なポイントになるだろう。

東南アジアから遠く離れて、現時点で映画文化への公共支援が最も充実している国はフランスだと言える。例えば今年の『カンヌ国際映画』ある視点部門で監督賞を受賞した黒沢清監督の『岸辺の旅』は、純然たる日本映画にもかかわらず、フランスから助成金が降りている(逆に言うと、日本からは公的に支援されなかったということだろう)。これは映画のヒットでのちに回収できるというような目先の「投資」ではなく、文化的に意義があると判断し、国がスポンサーとして動くのだ。パトロネージュシステムが、世紀を越えて芸術や文化を守ってきたという歴史的な実感を備えるヨーロッパでは今も生きており、とりわけ映画発明者であるリュミエール兄弟を生んだフランスは映画に手厚い、ということなのだろう。

むろん現在において、それは単に伝統の継承などではなく、例えばハリウッド映画が市場に飽和していることからも見てとれるように、ソフトの一極集中を招く弱肉強食の原理から、多様性を確保するために必要な措置であることは言うまでもない。

ハリウッドへの一極集中という巨大な問題。今最も必要な「観客の成長」と文化の多様性

実は先のシンポジウムには、別枠でフランスの『クレルモンフェラン国際短編映画祭』子どもプログラム統括であるベルトラン・ルーシもパネリストとして参加している。彼は国の管轄で「映画観客を育てる」試みとして、子どもの頃から映画を見て議論する機会を与えるというフランスの「映像教育」の内実を紹介している。当然、いくら作品の「質の向上」が実現されても、それを受け止める側のレベルが追いついていないと始まらない。だから何より映画観客総体のリテラシー能力、感度を高める土壌作りが必須というのだ。

急いで補足しておきたいのは、これは決して「経済VS文化」の構図ではないということ。いわゆる非英語圏の映画産業は、ハリウッドへの一極集中という巨大な問題を共通して抱えており、ローカルな映画の多様性に目を向けさせることは経済活動としても重要なのである。ゆえに東南アジアのこれからにとっても然り。ノエンは、今後最も必要なのは「観客の成長」だと語る。それを受けてシンガポールの動画サイト「Viddsee」(アジアの短編映画を無料配信し、ユーザー数を爆発的に伸ばしている)共同創設者であるデリック・タンがこう続ける。「映画を取り巻くシステムにとって、大きなカギとなるのは、あまり注目されていませんが観客を育てることです。ヒットしたハリウッド映画の続編だけが娯楽作品ではありません」。

ここまで来ると、東南アジアの映画の現在が抱える諸問題について、日本もまったく他人事ではないことがよくわかるはずだ。日本では映画学校の教育はかなり充実しているが、どうしても「作ること」偏重になっており、小さな映画の公開本数ばかりが増え、需要と供給のバランスが奇妙なまでに大きく崩れている。当たり前だが、映画は見られることで初めて成立する。その発信と受信の関係性は、どんな表現活動も変わらない。「作ること」と「見ること」、ひいては創作と批評の生産的な連動。単にダメ出しや好き嫌いの域で終わらない、次のクリエイションを生むための、作り手と受け手の豊かな意見交換の在り方。

「観客を育てる」ための状況整備――これは映画に限らず、すべてのカルチャージャンルにおいて、もう一度最初から見直し、考えるべき課題ではないか。それが「もの作り」の幸福な在り方として、今後最大のテーマになるのかもしれない。

イベント情報
『ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2015』
「東南アジアプログラム&シンポジウム」

近年高い経済成長を続け、世界の「開かれた成長センター」となる潜在力が各国から注目されている東南アジア。その東南アジアを中心とするアジア諸国と日本の様々な分野での交流・協働促進のため2014年4月に新設された国際交流基金アジアセンターと本映画祭は、東南アジア11か国のショートフィルム上映とシンポジウムを2年に渡り実施します。2015年度は、カンボジア・インドネシア・ラオス・シンガポール・東ティモール・フィリピンの6か国の作品を「東南アジアプログラム」として上映した他、ショートフィルム業界のゲストを招き、シンポジウム「東南アジアのショートフィルムの現状と展望」を実施しました。ショートフィルムの上映とシンポジウムを通して、みなさんが知らなかった東南アジアの「今」をお届けします。

国際交流基金アジアセンター

国際交流基金アジアセンターは、アジア域内に住む人々の間に、共に生きる隣人としての共感、共生の意識を育くんでいくことを目指し、文化事業、知的交流事業、日本語教育事業をはじめとした幅広い分野で、日本とアジア諸国との交流と協働を促進、強化するさまざまな活動を行っています。東南アジア地域を主な対象とする交流事業や調査・研究活動等を支援する助成プログラムも実施しています。詳細はウェブサイトをご覧ください。



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