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2016年を象徴する傑作、ビヨンセの『Lemonade』はなぜ凄い?

ビヨンセ『Lemonade』
テキスト
宇野維正
編集:山元翔一
2016年を象徴する傑作、ビヨンセの『Lemonade』はなぜ凄い?

ソロデビュー以降、6作連続全米1位を記録するスーパースター・ビヨンセ

言うまでもなく、Destiny's Child時代から現在までビヨンセは常に世界のスーパースターとして君臨してきたが、彼女が久々に「音楽シーンの最前線」に立ったのが、2013年12月にiTunes Storeからサプライズリリースされた5thアルバム、前作『Beyonce』だった。

意外に思う人も多いかもしれないが、ソロになってからのビヨンセは、ロドニー・ジャーキンスをはじめとする一時代前のプロデューサーと組むことが多く、また、リアーナの後を追うように最新の売れっ子プロデューサーと組むようになった3rdアルバム『I Am... Sasha Fierce』以降も、流行りのエレクトロニックサウンドにのっかることなく、よく言えばオーセンティック、悪く言えば少々保守的であったのだ。それが一転したのが前作で、そこで彼女は、Timbaland、ファレル・ウィリアムス、ミゲル、ジャスティン・ティンバーレイク、フランク・オーシャン、ドレイク、Hit-Boy(Jay-Z & Kanye Westの“Niggas in Paris”を手がけたことで知られるプロデューサー)、Detail(R&B、ヒップホップを主に手がけるプロデューサー)といったビッグネームや旬のクリエイターたちと組んで、ようやくそのパブリックイメージに見合うフレッシュなサウンドを手に入れた。

最新アルバム『Lemonade』を読み解くための二つの潮流

しかし、6thアルバムとなる本作『Lemonade』を体験した今となっては、そんな「大復活作」であった前作でさえも、その予行演習だったのではないかと思えてしまう。本作では、現在のアメリカの音楽シーンにおいて最も注目すべき二つの潮流が合流し、互いをスポイルすることなく奇跡的に共存しているのだ。

一つは、「インディーR&B」などと呼ばれることもある、ブラックミュージックと白人のインディーロックやエレクトロニックミュージックの垣根を超えた先鋭的なサウンドだ。前作でもBootという完全に無名の新人(本作にも参加)や、ブルックリンのインディーバンド、Chairliftのキャロライン・ポラチェックを抜擢していたビヨンセだったが、本作ではインディーR&Bの象徴的存在とも言えるThe Weeknd、ロック界からはジャック・ホワイト、エレクトロニックミュージック界からはジェイムス・ブレイクといった三大スターを招集している。そのほかにも、エズラ・クーニグ(Vampire Weekend)やPanda Bearなど、音楽好きだったら思わず前のめりになるような、意外なミュージシャンたちが各曲に参加している。

もう一つは、本作で歌われているメッセージが(もちろんその前から同じような悲劇は繰り返されてきたが)2014年のミズーリ州ファーガソンでの白人警官による黒人青年射殺事件を機に全米の黒人社会において大きなうねりとなった人種差別反対デモ、及び「Black Lives Matter Movement」(アフロアメリカンの命の重要性を訴える抗議運動)の強い影響下にあることだ。そのムーブメントは、既にD'Angeloの『Black Messiah』(2014年)、ケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』(2015年)という、数十年後も語り継がれているに違いない歴史的傑作を生み出しているが、本作にはそのケンドリック・ラマーも客演していて、あまりにもストレートなプロテストソング“Freedom”をビヨンセとともに披露している。

ビヨンセ『Lemonade』ジャケット
ビヨンセ『Lemonade』ジャケット(Amazonで見る

人種問題にも切り込む、「戦う黒人女性」としての覚悟と矜持

以前から、女性の地位向上のために、作品の中でもステージの演出でも積極的にメッセージを発してきたビヨンセ。本作の大きな意義は、そうしたフェミニズム的な見地からも、人種問題に大きく一歩踏み込んでいるところにある。かつて「マイケル・ジャクソンの女性版」などと称され、ことあるごとにマイケルへの敬愛も公言してきたビヨンセの口から<自分のニグロっぽい鼻も大好き、ジャクソン5みたいな鼻腔でしょ>(“Formation”)と歌われたときはさすがにドキッとしたが、本作でビヨンセは全方位的に「戦う黒人女性」である覚悟を決めたのだ。

前作に続いて今作でも、音源のリリースと同時にアルバム全曲をほぼ網羅する映像集が発表(アメリカでは有力ケーブル局HBOのスペシャルプログラムとして放送された)されているが、今回の映像集はただのミュージックビデオの寄せ集めなどではなく、本作における彼女の黒人女性としてのメッセージを補強する上で、すさまじい強度と情報量を持ったもう一つの「作品」となっている。先ほど「前作は予行演習」のようだと書いたが、この映像集を見て、その思いを改めて強くした。

夫Jay-Zの不貞を告発。キャリア史上最もパーソナルで扇情的な作品の本質

巷では、本作の中でビヨンセが夫Jay-Zの不貞を告発していることが話題になっているが、(宣伝効果は大いにあっただろうが)そのことをクローズアップしすぎるのは、この作品の本質を矮小化することになると自分は思っている。

Jay-Zの不貞を告発していると話題となった楽曲

Jay-Zが「初めての男」だったというビヨンセにとって(本当にそういう人なのだ)、家庭内のトラブルが創作上の大きなテーマであったのは間違いないが、本作がJay-Zがオーナーを務めるストリーミングサービスTIDALから先行リリースされたこと、そのタイトルがJay-Zの祖母の90歳を祝う誕生会のスピーチからとられていること(「人生が酸っぱいレモンを与えたなら、甘いレモネードを作りなさい」という慣用句。実際に作中にもそのまま義祖母の声が使われている)から、二人の絆が完全に壊れているとは思えない。

今作リリース後のツアーで同曲を披露する際、「Jay-Zを愛している」と発言したことが報じられている

空前の傑作ラッシュに沸いている2016年の音楽シーンだが、そのサウンドの先鋭性においても、そのメッセージの力強さにおいても、間違いなく本作『Lemonade』はそんな2016年を象徴する最重要作品と言えるだろう。

リリース情報

ビヨンセ『Lemonade』日本盤
ビヨンセ
『Lemonade』日本盤(CD+DVD)

2016年7月6日(水)発売
価格:3,564円(税込)
SICP4838/9

[CD]
1. PRAY YOU CATCH ME
2. HOLD UP
3. DON'T HURT YOURSELF (FEAT. JACK WHITE)
4. SORRY
5. 6 INCH (FEAT. THE WEEKND)
6. DADDY LESSONS
7. LOVE DROUGHT
8. SANDCASTLES
9. FORWARD (FEAT. JAMES BLAKE)
10. FREEDOM (FEAT. KENDRICK LAMAR)
11. ALL NIGHT
12. FORMATION
[DVD]
・LEMONADE FILM

プロフィール

ビヨンセ
ビヨンセ

1997年にDestiny's Childとしてデビュー。ソングライター、パフォーマー、プロデューサー、ダンサー、女優として活躍しなかがら、1児の母としての顔をも持つ。トータルセールス1億枚以上、64にも及ぶ米ゴールド / プラチナディスクを獲得、グラミー賞女性アーティスト最多ノミネート記録(52回ノミネート / 受賞数は通算20冠となり、女性アーティストとしては歴代2番目の記録)を誇る。2003年に1stソロアルバム『Dangerously in Love』を発表して以来、新作『Lemonade』に至るすべてのアルバムが全米1位を獲得し、ソロデビューから6作品連続1位を獲得した唯一の女性アーティストに。また、『Lemonade』は US / UK / 日本含め62か国のiTunesチャート1位を獲得。ジャック・ホワイト、The Weeknd、ケンドリック・ラマー、ジェイムス・ブレイクらバラエティーに富んだ「旬」なアーティスト陣と初顔合わせとなるコラボレーションも話題を呼んでいる。

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