
目の前の絵がそのまま動き出したような臨場感がありますね
―複数の映像作品の上映が行われている部屋では、入口で音声ガイドが手渡された。手元の音声ガイドを操作して自分の見たい作品に割り振られた曲を選び、ヘッドフォン越しに音楽を聴きながら鑑賞するというわけだ。
黒川「試しに、指定されたものと違う音楽を組み合わせてアニメーションを見てみると、全く違った作品に見えてきました。楽しそうであったり、悲しそうであったりって、音楽の性質によってガラッと変わるんですね」

音声ガイドを操作しながら作品に見入る黒川さん。
背後に写る映像作品は《ステレオスコープ》(1999年)。
黒川「それから、手描きのドローイングが動いているという『ガタガタ感』が、アニメーションにいい雰囲気を与えていますよね。単なる実写の映像って、自分が居るのとは違う場所にある世界、『異空間』を撮影した話なんだと思ってしまいますけど、ケントリッジの作品って、いま目の前にある絵がそのまま動き出したような臨場感で溢れているんです。一度見ただけでは消化できない深さがあって、何度でも見てしまいますね」

《ゼーノの筆記》(2002年)を鑑賞中。
─また、ケントリッジによるさまざまな「自画像」を集めた部屋も。

右側の作品は、《中年の恋愛》(2002年)。
黒川「この絵、『中年の恋愛』っていうタイトルなんですか。激しいですね〜、相撲を取っているみたい(笑)。さっきまでアニメーションを見ていたから、今にも動き出しそうにも思えてきますね。どんなふうに動くんだろう? なんて自然に想像しちゃう」

黒川さんが指差している作品は《男とメガフォンの集合体》(1998年)。
黒川「この絵なんか、裸にハットという格好がおしゃれですよね。それに、よく観るとスリッパを履いているところもいいです(笑)。」

映像インスタレーション《ジョルジュ・メリエスに捧げる7つの断片》(2003年)の展示風景。
黒川「それから、この映像。「自画像」を描いているケントリッジの動きを、逆まわしで見せていますよ。きっと、このモノを投げたりする場面って、逆まわしを計算してあまり手を動かさずに投げたんでしょうね(笑)。フザけたことを真剣にやっている姿が笑えます。こんな一面もあるんですね。面白い!」
※会場での撮影は、東京国立近代美術館の許可を得て行ったものです。
※作品は全て ©the artist
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小林宏彰
1983年生まれ。ライター。小説、映画、演劇を中心として多分野に関心あり。CINRA.NETの他にマイコミジャーナル、HogaHolic、雑誌『ユリイカ』などにも寄稿する。2009年7月に笠井潔らとの共著『社会は存在しない セカイ系文化論』(限界小説研究会・編)が南雲堂より刊行。ゼロ年代の舞台芸術について論じた。























