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同世代に向けた「やっちゃえば」 野本大監督インタビュー

野本大監督インタビュー 弱冠25歳の若手映画監督が語る、難民と自分と社会との関係

MOVIE

同世代に向けた「やっちゃえば」 野本大監督インタビュー

「難民」という言葉を聞いてどんなイメージを持つだろう? 弱冠25歳の野本監督がつくった映画は、難民についてのドキュメンタリーだった。でもそれは、よくありがちな難民の現状を知ってもらいたい! というような押しつけ的な作品とはほど遠い、ごく個人的な彼の視点でつくられた映画。その個人的な視点が、同世代を生きる人々に多くの共感を生み、不思議と作品がしみ込んでくる。山形国際ドキュメンタリー映画祭や毎日映画コンクールでも受賞した『バックドロップ・クルディスタン』。7月5日からのポレポレ東中野での上映直前に、作品について、そして秋葉原でのあの事件についてなど、野本監督にお話しを伺った。

(インタビュー&テキスト:杉浦太一、小林宏彰 撮影協力:HI.SCORE Kitchen)

PROFILE

野本 大(のもと・まさる)
1983年6月生まれ。埼玉県羽生市出身。高校卒業後、日本映画学校に入学。映像ジャーナルゼミに所属し、ドキュメンタリーの制作を学ぶ。 2年次に、自傷癖のある女子高生を撮った「*@17」の演出を務め、卒業制作にはクルド難民企画を提出するもあえなく落選。撮影を続行するため同校を中退し、3年の月日をかけて今作を完成させた。

「バックドロップ・クルディスタン」

難民とかクルド人、「なんじゃそりゃ?」って思うじゃないですか?

─『バックドロップ・クルディスタン』を観て、よくある教育ドキュメンタリーとは全く違う印象を持ちました。どういったきっかけでつくったんですか?

バックドロップ・クルディスタン』より

野本:そもそも自分の中に、孤独とか不安っていうものが根本にずっとあったんです。今まで生きてきた中で、ニュースで色んな出来事に遭遇するじゃないですか。大きなところで言えば、オウム真理教とか、9.11とか。ぼくと同世代でもある酒鬼薔薇聖斗による事件もそうですね。それで、当然色んなことを感じるわけですけれども、そういった出来事に対して何か自分が関わろうとする。そうすると、何もできないで一瞬にして終わっちゃうんですよ。特に9.11で言えば、あまりに遠い存在で、身近な生活にも何の影響もないから、実感が全くない。

そういう形で色んな出来事が素通りしていく中で、結局自分は社会とつながれないんじゃないか、何ともつながれないんじゃないか、っていう孤独や不安を感じていました。もちろん、それでも生きていくことはできるわけですよ。バイトして、夜は友達と飲んで、って。でも、やっぱり何か残っちゃうわけです。

そんな中、映画学校の卒業制作をつくる時期に、タワレコにフラっと寄ったんです。そしたら、とあるポスターが貼ってあって、「世界にはこんなに難民がいます」とか、「日本は他の先進国に比べてこんなに難民を受け入れていません」っていうのを見たんですよ。「難民」って聞いたら、もうそれはそれはすごい遠いわけです。でも、学校で聞いたような、なんとなくのイメージはありますよね。で、ちょっと調べてみたら、色んな事実を知るわけです。そうこうしているうちに、この作品に出演しているクルド人のカザンキラン一家に出会いました。それで決めましたね。これで作品をつくろうって。

─そういう社会とつながりたい、っていう思いから難民を題材に作品をつくろうという時に、やっぱり彼らの現状をもっと広めたいとか、そういうジャーナリズムというか、正義感のようなものはあったんですか?

野本:正義感なんていうものはまったくなかったですね。彼らが難民として認められないから座り込みをするっていう状況になって、もちろんぼくも人間なので「お腹が空いているだろうな」とか、「不衛生だから大丈夫かな」とか、そういう思いはありましたよ。でも、「難民がこんなにも辛い境遇だからそれを広めたい」っていう衝動ではなかったです。やっぱり「自分は何者なんだ」、「社会と関わることはできるのか」っていう問いからスタートしていて、その問題を軽々とクリアしちゃっているのがあの一家だったんです。もちろん彼らの言動には賛否両論あるとは思いますが、それでも彼らはちゃんと自分が誰であるかっていうことを語れるわけですよ。それがすごく魅力的に見えたんです。自分に足りないものが彼らにあった、だから撮った、そしてそれが難民であった、っていうことなんです。

─なるほど。だからきっと、観る側にとってもすごく遠いものである「難民」を作品を通して見た時に、スっと入ってくる感覚があったんだろうと思います。それが野本さんのドキュメンタリーをつくるスタンスなんでしょうね。

バックドロップ・クルディスタン』より

野本:もちろんあの一家とは近い距離にあったとは思います。ずっと一緒にいるわけですから、バカ話しとかもしますし。でも、今まで自分の中にあった難民像と、実際にそこにいる彼らに、やっぱりズレが生じるわけです。「難民」って言ったら、戦争で被害を受けていたり、迫害を受けていたりっていうイメージだと思うんですけど、彼らのバックグラウンドを含めて、ぼくにはわからないことが多かったんです。だから、手放しに彼らを助けるために自分が動くことはできなかった。彼らが難民として主張することが○か×かっていうのは、非常に答えにくいと思うし、ぼくにもわからないんです。この作品を観た知人から、「難民は携帯を使うのか」とか、「難民はテレビを観るのか」とか聞かれましたが、そりゃ彼らだって人間だから携帯も使うし、テレビも観るわけですよ。そういう、「難民」っていうある意味でキレイなイメージと、自分が実際に見たズレを無視はできないし、自分にウソをつきたくなかったんです。

─となると、野本さんがこの作品の中で伝えたかったことっていうのはどういうことになるんですか?

野本:関係することが大事なんじゃなくて、関係し続けることが大事なんだっていうことですね。関係する対象自体は、なんでもいいと思っているんです。やっぱりこの作品は同世代の方々に観てもらいたくて、冒頭に話したような自分が感じた「何ともつながれないんじゃないか」っていう孤独や不安に対して、とりあえずなんでもいいから「やっちゃえ」っていうことなんですよね。難民とかクルド人って聞いて、「なんじゃそりゃ?」って思うわけじゃないですか。その瞬間から関係はスタートしていて、関係し続ければするほど、そこに意味が生まれてくる。そういう感覚を伝えたいと思っています。

2/2ページ:秋葉原の事件を知った時に、「何かこの感覚、似てるな」って思った。

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