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いとうせいこう×會田茂一インタビュー

「いとうせいこう」と「會田茂一」。日本のカルチャーを通過してきた人間で、この二人の名前に接触したことがなかったとしたら、ラッキーである。何せそこには、「超」がつくほど素晴らしい作品が、数え切れないほど埋もれているんだから。そしてその中に、この重要人物二人が結成した音楽ユニット「Just A Robber」も当然ながら含まれている。 さて、あなたの中で「大人の男」ってどんなイメージだろう? ちょっと想像してから、この二人の言葉に触れてみて欲しい。基本的には笑い話。なのに、この余裕と説得力はなんだ!? そう言えば大人って、憧れる存在だったっけ。
(インタビュー・テキスト:柏井万作 撮影:柏木ゆか)
いとうせいこう
1961年3月19日生まれ。東京都出身。
1988年に小説『ノーライフ・キング』でデビュー。真新しいテーマと独特の文体で注目され、その後も小説、ルポタージュ、エッセイなど、数多くの著書を発表する。1999年、『ポタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞受賞。執筆活動を続ける一方で、宮沢章夫、竹中直人、シティーボーイズらと数多くの舞台・ライブをこなす。盟友・みうらじゅん氏とは共作『見仏記』で新たな仏像の鑑賞を発信し、武道館を超満員にするほどの大人気イベント『スライドショー』をプロデュースするなど、常に先の感覚を走り創作し続けるクリエーター。また音楽家としてもジャパニーズヒップホップの先駆者として活躍するなど、カルチャーシーン全般に影響を与えた。昨年より音楽活動も徐々に再開し、「DJ BAKU」「レキシ」「口口口」「ポメラニアンズ」などのRECに参加している。
OFFICIAL HOME PAGE 『WATCH SEIKO』會田茂一
1989年よりライブサポート、レコーディングなど、ギタリストとしての活動をスタート。その後、朝本浩文とのRAM JAM WORLD、LOW-IQ ICHIとのACROBAT BUNCH、柚木隆一郎とのエルマロ等の活動を経て、99年、佐藤研二(bass)、小松正宏 from bloodthirsty butchers(ds)と共に、FOEをスタート。03年にはベーシストの高桑圭(GREAT3)とHONESTYを結成する等、様々なバンドワークスを展開。また、数多くのアーティストのプロデュースを手がけ、その他にもアレンジャー、リミキサー、映画の音楽監督として、多岐に渡る音楽活動を繰り広げている。そんな彼が40歳を迎える今年、生涯初!となる1stソロアルバム『SO IT GOES』を6月18日にリリース。8月にはソロ名義では初となる RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008への出場も決定している。
Shigekazu Aida|會田茂一
誰が出してくれるとも決まっていなかったのに、
いい曲出来てるなっていう満足だけでずーっとやってるんだよ?
不思議なもんだよね。
─Just A Robber (以下、JAR)の結成は、浅草にある洋服屋さんが関係しているらしいですね。
いとうせいこう:そうそう、「Just A Robber」の由来にもなっている「The Three Robbers」っていう洋服屋さんがあるんですよ。少量生産でこだわった物を作っているお店で、出入りしているうちにお店の人と仲良くなったんだよね。そしたらアイゴンも、ね?
會田茂一:そうなんです。そのお店が新宿御苑にもあって、やっぱり面白いお店だったからぼくも出入りするようになって。そしたらいつの日か、「今からいとうせいこうさんがいらっしゃいますよ」って言うんで、「じゃあ俺待ってます!」って。
いとう:アイゴンじゃん! みたいな。
會田:あ、どうもーって。
─あっ、それ以前にもお会いにはなっていたんですね。
いとう:何回か音楽系のTV番組で一緒になっていてね。「なって」というよりは、ぼくが「番組にアイゴンを呼べ!」とまで言っていたくらいアイゴンびいきだったから。
─なんでそんなひいきにしていたんですか?
いとう:アイゴンって、自分の利益を捨ててでも俺を笑わせることを考えていたりするんだよね。たとえばクイズ番組に出てもらうでしょ。勝負どころの大事な場面でアイゴンが手を上げたから指してみたら、見事にボケるんですよ。もうそこまでやる!?って感じで(笑)。その意気や良し!って感じだよね。
─音楽よりもまず、人間的な部分がお気に入りだったんですね。
いとう:そう、人間的な部分ですよね。でも音楽だって人間ありきでしょう? JARでも同じで、アイゴンは俺を裏切ってるもんね。その曲にそんなギター入れちゃうんだ、その曲にそんなムード作っちゃうんだって思わせるから。JARは音楽だから笑わせるわけじゃないけど、びっくりさせてくれるんです。
─なるほど。それで「The Three Robbers」で再会して、一緒に音楽をやろうという話になったんですか?
いとう:いや、二人とも照れ屋なので、「あ、どうもどうも」ってお互い赤らんでるばかりでさ。それを店長の塚本君が仲人してくれてね。
會田:でもぼくは、それ以前から密かにせいこうさんとやりたいと思っていたんです。だって高校生くらいのときからせいこうさんのレコードも本も持ってて、影響を受けていましたから。
─憧れの存在だったんですね。
會田:そうなんです。憧れの存在でもあるし、学校の先生とかに「自分はできる奴だ」っていい風に見てもらいたいと思っちゃうことがあるじゃないですか? ぼくにとってせいこうさんはまさにそういう存在でした。
─JARを結成する際に、音楽的な方向性などについても話し合ったんですか?
會田:英詞の曲を日本語でカバーする、という話があったくらいで、それ以外は特に決めていなかったですね。
いとう:アイゴンから仮唄が入ったデモ曲が送られてきて、ぼくが詞をつけて。ふわふわっと集まって、ふわふわっと録って。後はアイゴンよろしく、みたいな。ふわふわっとしているよね。
─ふわふわって(笑)。

いとう:だって、いつ発売とか決めてなくてさ。聞けばもう三年前くらいからやっているんだもんね。
─そうなんですか?
會田:そうなんですよ。
いとう:誰が出してくれるとも決まっていなかったから、ある意味非常に無欲に出来た。気に入るものしかやってないんだよね。不思議なもんだよね。「これリリースされないんじゃない?」って不安にも思わず、ただ闇雲に、いい曲が出来てるなっていう満足だけでずーっとやってるんだよ? そんなことあんまりないんじゃないかなあ。
會田:ないですよね。
─音からも、そうした余裕とか自由な雰囲気がにじみ出ていますよね。
いとう:そうそう、大人の子供じみたところがよく出ているんじゃない? 子供の子供じみたところじゃなくてね、大人の子供じみたところ。でも勘所はちゃんとアイゴンがプロデュースしてくれているから、ぼくはそれに乗せていただいているだけです。
會田:いやいや。ぼくはずっと、大人になったらサブリミナル・カーム(いとうせいこうと藤原ヒロシのユニット)みたいな音楽をやりたいと思っていたんですよ。だから今回、ご本人と一緒にやれるっていうのがもう本当に感動だったんです。
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