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フラワーカンパニーズ×曽我部恵一 対談
20年の活動を振り返った第一弾「フラカン入門」に続く第二弾では、3月31日にリリースされるフラカン初の映画主題歌『元少年の歌』に収録される新録の“深夜高速”のプロデュースを務めた盟友・曽我部恵一との対談をお届けしよう。デビュー当初からの付き合いという二組に、“深夜高速”の話はもちろん、出会いからお互いに対する印象、ライブに対する向き合い方や音楽業界の変遷、さらには過去のぶっちゃけ話まで、存分に語っていただいた。
(インタビュー:タナカヒロシ テキスト:金子厚武 写真:柏井万作)
フラワーカンパニーズ
89年、名古屋にて鈴木圭介 (Vo)、グレートマエカワ(B)、竹安堅一 (G)、ミスター小西 (Dr)の4人で結成。95年にアンティノスレコードよりメジャーデビュー。01年、アンティノスレコードを離れ、自らのレーベルTrash Recordsの立ち上げに参加。熱く地道な活動が、アーティスト達から絶大な支持を集め、再び注目を集める。08年夏、ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズと契約し、メジャー復帰。10年1月には、オールタイムベストアルバムとなる「フラカン入門」をリリース。男40歳!結成20周年にして快進撃を続ける、スーパーライブバンド!
フラワーカンパニーズ
曽我部恵一
1971年8月26日生まれ。香川県出身。1995年サニーデイ・サービスのボーカリスト/ギタリストとしてデビュー。2001年よりソロ活動をスタート。2004年、メジャーレコード会社から独立し、<ローズ・レコーズ>を設立。活動母体である<曽我部恵一BAND>は、シンプルなロックンロールを軸に、小細工無しのストレートで熱いライブを繰り広げる。2008年にはアルバム『キラキラ!』を発表。同年7月には、サニーデイ・サービスを再結成し、2010年4月に10年ぶりとなるアルバムをリリースする。
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90年代、フラカンとサニーデイの出会い。
―デビュー当時によくフラカンとサニーデイで対バンをされていたそうですけど。
曽我部:ロッキング・オンの兵庫慎司さんっていう人が紹介してくれて。「すごいバンドがいるよ」って。
―一緒に対バンしてみたらどう? みたいな?
曽我部:そこまでいかなくて、「すごいいいから、絶対好きだから聴いてみて」って、CDかテープをもらったんですよね。それが初めて聴いたきっかけでした。たぶんお互いに似たような環境で。
マエカワ:そうだね。俺ら、『若者たち』(1995年4月発売)が出た頃にサニーデイをチェックしてたんだけど、これまでにない肌触りの音楽で「わっ! すげーの出てきたな!」って思ってね。

曽我部恵一
鈴木:当時は渋谷系がボーンってきてた時期だったよね。
曽我部:そうそう。当時は90年代で、「センスがいい」みたいなところが評価されるような時代だったけど、フラカンは自分が中学のときとかに聴いてたようなロックというか、インディーの、例えばスターリン(遠藤ミチロウを中心に1979年に結成されたバンド)とか、そういう匂いがあるバンドだったんですよ。すごいなと思いましたね。
―どんなところがすごかったんですか?
曽我部:やっぱりライブですよね。あの当時の印象は、今も全然変わんないんですけどね。ああいう迫力がどうやったら出るんだろうっていうのは、ずっと思ってました。あと、僕らはMIDIっていうわりと小っちゃい会社からリリースしてたけど、フラカンはソニーだったから、宣伝とかもすごいいい感じでやってて羨ましかった(笑)。打ち上げがめちゃくちゃデカいとか。
マエカワ:その印象はあると思うわ(笑)。新宿の呑者家銅羅とかね。
曽我部:あそこ貸し切ってやってたりしたよね? 俺らはもう、居酒屋のテーブルを2つくらいで(笑)。でも、フラカンの打ち上げは楽しいから行ってましたよ。人がいっぱいいるし、わりとタダで飲めるし(笑)。


































