2020年3月19日に配信リリースされたサニーデイ・サービスの新作『いいね!』には、正体不明な巨大なエネルギーがみなぎっている。このエネルギーは一体何だろうか。瑞々しい生命力や無鉄砲な肯定感、というような言葉で言い表せそうなそれは、初めて音楽に夢中になってしまったときに「何じゃこりゃー!!!?」と脳内に閃光が走ったときの記憶を思い起こさせる。
今回の取材で、曽我部恵一は「走り出したくなるような何か」という表現を繰り返し使って話してくれた。その言葉から考えても『いいね!』を形作るエネルギーは、一言でいえば「初期衝動」というようなものなのかもしれない。でも僕はそんなありきたりな言葉で片付けたくない。歳を重ねて知識や経験が身に付いていくのと反比例するように、純情は失われ、好奇心は錆つき、情熱は冷めていく……生きるということは得てして不可逆なものだが、曽我部恵一は力づくで、この世の法則を捻じ曲げるようにして、まだ青く未熟な魂がロックンロールの洗礼を受けたときの一瞬のきらめきを取り戻そうとしたのではないか。今作にあるエネルギーは、曽我部恵一という音楽家の巨大な魂が、好奇心と情熱に燃える純情な少年の心に立ち返ろうとする過程で生成されたものなのだと僕は思っている。
そんなことまでして曽我部恵一は何を歌っているのか? 彼は、我々聴き手に全身全霊で「元気ですか?」と投げかけているのである。「走り出せ!」「目を覚ませ!」と伝えようとしているのである。曽我部恵一は言う、「僕、音楽はコミュニケーションだと思ってるんです」。2020年4月、東京。空はこんなに青く澄み渡っているというのに、僕らはお互いの自室を繋ぎ、ディスプレイ越しに話をした。
「今はやれることやろうって感じですよ。で、とりあえず毎日カレー作ってます」
―今、曽我部さんはどんなふうに過ごされているのでしょうか?
曽我部:カレー屋さんをはじめたので、今はそこに勤めに出てますね。10時とかから仕込みの手伝いをやって、20時くらいまで営業したあとにミーティングをやって、家に帰るのは22〜23時ぐらい。帰ったらもう寝るって感じです。お店は、基本的にはテイクアウトなんですけど、カレー作ったり、接客したり、呼び込みしたり、何だかんだずーっと動いてますよ。
―ミュージシャンとしてはどんな心持ちの日々ですか?
曽我部:うーーーーーん。僕は人間としてという気持ちしかないですから、「ミュージシャンとして」っていうのはちょっとよくわかんないです。ライブがことごとく延期・中止になって表現の場がないし、それにカレー屋さんをせっかく準備してきたわけだから、今動かさないとダメだろってことで動かしてます。今はやれることやろうって感じですよ。で、とりあえず毎日カレー作ってます。
曽我部恵一のInstagramより。「カレーの店・八月」は4月10日より、下北沢にて営業を行っている(お店のInstagramを見る)
「自分の感情に振り回されていない音楽を作りたかった」――新ドラマーを迎えた新作『いいね!』リリースまで裏側
―3月に新しいドラマーとして大工原幹雄さんを迎えたアルバム『いいね!』がリリースされました。このアルバムはすごく晴れやかさがあって、それが逆に寂しさを思い起こさせるというか、少なくともこれまでのサニーデイ・サービスにはないタイプの作品で。前作『the CITY』(2018年)までとは明らかに違うモードに移行しているし、だからこそ曽我部さんが今どんなことを考えているのかすごく気になるんです。そもそも、前作と今作の間に1枚アルバムを作ろうとされていたんですよね? そのお蔵入りになった作品から、“Christmas of Love”(2018年)だけがリリースされたということだそうですが。
曽我部:うん。それは頓挫したっていうか、完成させられなかったんですよ。
―振り返ってみて、その理由はどんなところにあると考えていますか?
曽我部:自分の感情に振り回されていない音楽を作りたかったんですよ。それができたのが今回の作品かなって思っていて。
―今年の元日に“雨が降りそう”という曲がミュージックビデオが公開されましたが、本作には収録されていないですよね(後に配信シングルとしてリリースされた)。
曽我部:“雨が降りそう”は、自分の感情や内面が濃厚に入ってて。曲としてはすごくいいものができたと思ってたんですけど、今回はそこからは離れたかったんです。離れたかったというか、あの曲からスタートしたって感じです。寂しさとか悲しさ、怒りがダイレクトに出る必要はあんまりないのかなって。
―では実際、どういったところから『いいね!』は形になっていったのでしょう?
曽我部:とっかかりは“センチメンタル”って曲で、それを作ったのが2019年のお正月くらい。そのときは「春はとっくに終わったのにね」っていうタイトルにしてたけど、すごくいい曲できたなって思ってて、そこからアルバムを作ろうって意識が芽生えたんですよ。
でもなかなかアルバムにはできなかったというか、この曲がどういいのかっていうのがわからなくて。曲が何を映し出してるのか、自分の何を語ってるのかわからないと説得力に欠けるじゃないですか。だからアルバムの選曲から外しちゃったんですよ。
サニーデイ・サービス“センチメンタル”を聴く(Apple Musicはこちら)
曽我部:そのあとに“雨が降りそう”とか、いろんな曲が生まれて。そうやって作りはじめて、結局、今回のアルバムで最後に録ったのは“センチメンタル”だったんです。
去年のお正月から今年のお正月くらいまでの約1年間は、“雨が降りそう”に至る何かをずっとやってたんです。たくさん曲を作って自分の感情のいろんなものを切り取ってきて、最初のところに戻った感じだった。
―時間をかけて感情を整理するように作った“雨が降りそう”が、アルバムに収録されなかった。そこに今作を紐解くヒントがありそうです。
曽我部:“雨が降りそう”が出たあと、10曲とか12曲とかを並べてアルバムにまとめてみたんだけど、どれを聴いてもこういうのを作るつもりじゃなかったんじゃないかって気持ちになってきて。「ちょっと待って」って一度全部取り下げたんですよ。
「外に出たくなるような、走り出したくなるような何かを作るべきだなって思ったんですよ」
―前作との間に実質2枚分のアルバムが形にならずに立ち消えたと。
曽我部:うん。それでリリースとツアーのスケジュールを考え直して、曲も新しく作りはじめたんですよね。それでできたのが今のアルバム。前に作ってたアルバムからは“春の風”とか“日傘をさして”とかが残ってんのかな。あとは全部、2月以降とか近々に作ったやつ。
―曽我部さんが直前で取り下げたアルバムって、大工原さんも叩いてらっしゃるんですか?
曽我部:“春の風”とか叩いてるよ。大工くんは結構叩いてたと思う。
―ということは、大工原さんが加入したことでこういうフレッシュな作品になったわけではないんですね。
曽我部:あーそうじゃないね。大工くんが入って初めて録ったのは“春の風”でした。
サニーデイ・サービス“春の風”を聴く(Apple Musicはこちら)
―順番に聞くと、「こういうものを作るはずじゃなかった」ってどんな感覚なんですか?
曽我部:ミックスダウンまで終わったのを聴いて、「20年以上やってるバンドにしかない深みがあって、人生の機微や陰影が感じられる芳醇なロックだな」って思ったんですよ。平たくいうと、おじさんくさいなと。1年以上かけて作ったんだけど、こういうのはそんなに好きじゃないなって思ったんだよね。
―それは、サニーデイ・サービスのアルバムとして自分が出すとなったら好きじゃないってことですか?
曽我部:いや、そういうことじゃなく。自分がレコード買うとき、別にこういうのは求めてないなって思ったんですよ。とにかくすごく重いというか、余計なものがいっぱいくっついてるなと思って。そういうものよりも、晴れた空に何もない、一色の青で表現できるようなものがいいなって思ったんです。
関西に一人でライブしに行く機会があったのね。そのときに車のなかでThe Smithsとか中学生のときに好きだったレコードを聴いてたらすごくよくて、「俺こういうの好きだな」「もう一回こういうふうに曲を作りたいな」って思ったんです。
サニーデイ・サービス“心に雲を持つ少年”を聴く(Apple Musicはこちら)
曽我部:たとえば、晴れた日にさ、江ノ島まで誰か誘ってドライブ行こうってときにかけるCDってこれでしょ! みたいなものを自分では作りたいわけ。
二元論にしちゃうとすごく語弊があるんだけど、人生が写し取られたような頭抱えて部屋で聴くようなものよりも、もっと軽くて自分がいつも側に置いて持ち出して聴きたいものを作るべきだって思ったんだよね。もっと言うと、それを聴くと外に出たくなるような、走り出したくなるような何かを作るべきだなって思ったんですよ。
成熟することでは近づけない「音楽の力」。曽我部恵一が見つめ続けたもの
―走り出したくなるような何かってすごくわかります。“春の風”のミュージックビデオにスマホを掲げて走り出すシーンがありますよね。
曽我部:あれ最高ですよね。
―なんか泣けちゃうんですよね。自分が初めて音楽に夢中になった瞬間のことを思い出すというか。
曽我部:そうそうそう。だからあれは、音楽には人を突き動かす力があるんだってことをそのまま証明しちゃうビデオだと思うんですよね。
曽我部:それこそが今回のアルバムで自分が目指したことで。「音楽にはこういう力があるんですよ」「こういうことを歌ってるんですよ」って説明するまでもなく、いい音楽には、ドラムのビートとかギターの音だけで「今すぐ何かやりたい」って思わせる力があると思うんですよね。
僕は英語の曲を聴いてそういう気持ちになったから、何を歌ってるとかはあまり関係ないんですよ。でも、音楽にはものすごく強力な力があるってことをやりたかったなぁ。「悲しいでしょ?」「嬉しいでしょ?」って訴えかけずに、音楽が持つそのものの力を発揮したいなって思ってましたね。
―それって、当初の作品に「余計なものがくっついていた」というのも繋がる話ですよね。
曽我部:うんうん、そうですね。今回のアルバムでボツになったものは、自分の気持ちを語りすぎてたなと思いましたね。
―音楽を聴いて走り出したくなるような体験って、曽我部さんが思い出すのはどんなものですか?
曽我部:いつもありますよ、今でもある。いいもの聴くと、自分にも何かできるっていう気持ちになるんですよ。それは本でも映画でも音楽でも何でもそうだけど、「俺も表現したいな」「何か自分でやってみたい」って気持ちになるなぁ。それは中学生のときにSex Pistolsを聴いたときも思ったし。
去年、『夏の魔物』ってイベントにステレオガールってバンドが出てて、学祭に出てくるバンドみたいだったんだよね。若者5人が頑張ってロックをやってて、一所懸命ロックンロールに近づこうとして何かやってる感じがものすごくよかったんですよ。
曽我部:それ、自分にもう全くないなと思って。「俺が何かやったらそれがロックだ」みたいなおじさんになっちゃってるんですよ。必死に何かに近づこうとしてる、その一所懸命さとか純情さがないなと思って。自分がもともといたはずの場所というか、そこになんとか回帰していくことはすごく考えていたな。もっとシンプルに、自分が初めて音楽を聴いたときみたいに、もっと素直に音楽を作るってことをしたいなって思ったんです。
―『いいね!』が持っているエネルギーは、まさにそういうものですよね。
曽我部:文章を書いててもすごく思うんです。うまいこと書こうとかどっかでしちゃうんですけど、そうじゃないんですよね。その人の気持ちを、心をちゃんと言葉にできているか、心の内を外に出そうとしてるかが一番大事なんですよね。与えられたテーマに対してうまく書くことに長けてきちゃうというか、そのスキルばかりがついてきちゃうっていうことがあるじゃないですか。
たとえば、悲しさをこんなふうに表現したっていうプロセスがなくて、その悲しさがもっとスピーディーに作品になっているほうがいい気がする。そこに手法とか熟練とかがないほうがいいなって思った。ここ最近は、もっとシンプルに行動してシンプルにものが作れたらいいなって思ってます。感情とか考え方とか、感じ方をもっとシンプルにしたいなと思ってますね。
「『好きだよ』『明日もいい日になるよ、きっと』とかそういう無防備なコミュニケーションをもっと大事にしたい」
―ソロで『結婚しようよ』をリリースしたときに実施した、後藤まりこさんとの対談でも近い話がありましたけど、今の曽我部さんは音楽的にも生き方的にも、「シンプル」を志向しているように見えます(関連記事:曽我部恵一×後藤まりこ 歌も人生も、原始的な欲望に従うままに)。
曽我部:たとえば人間関係もさ、気持ちの読み合いとか、マウントの取り合いとか、そういうふうになっていきがちだけど、もうちょっとシンプルにわがままをぶつけ合えたり、怒ったり、許したりをもっと動物みたいにできたらいいなって思うんですよ。
愛犬のコハル。曽我部恵一のInstagramより
曽我部:動物ってよくできてんなと思う。たとえば、知らない犬同士が道端ですれ違うと、どっちかが威嚇して終わりとか、お互い匂いを嗅ぎ合ったりとか、コミュニケーションが一瞬で成立して。人間だとそこに挨拶とか自己紹介とか前段階の余計なものがあるんだけど、動物にはそれがない気がして、人間関係も動物みたいにシンプルであるべきだと思ってる。
というか、その前段階のところで終わっちゃうことがよくあるじゃん。恋愛もさ、恋人同士ですってなってもそこから関係性の確認事項とかいろいろあるわけで。でも本当は、恋愛なんて単純なことだとは思うんですよ。何もこだわりなく、お金も使わず、社会的な制限を受けずにシンプルに許し合ったり、求め合ったりって思うんだけど、なかなか難しいよね。
―そう思います。今作にも恋愛に関する言葉がたくさんありますよね。“コンビニのコーヒー”には<恋もさめるもの / 温めなおしてもちょっと最初とちがうんだ / そんなことわかってるよね>って一節があります。
サニーデイ・サービス“コンビニのコーヒー”を聴く(Apple Musicはこちら)
曽我部:安い少女漫画のセリフみたいな歌詞がいっぱい出てきますよね。そこがすごく好きなんです。「安い少女漫画」と言っても、見下したみたいに聞こえたら申し訳ないし、そんなつもりは全然ないんだけど、安い少女漫画に描かれていることが全てだと思うのね。含蓄とか難しいレトリックみたいなのがなくて、「がんばってね、応援してるよ」みたいな言葉だけでいいなって思ってるの。THE BLUE HEARTSとかはそうだった気がするけど。
無謀だし、純粋すぎるし、何も考えてなくて若いんだけど、「大丈夫だから頑張ろうね」とかさ、「好きだよ」「明日もいい日になるよ、きっと」とかそういう無防備なコミュニケーションや言葉をもっと大事にしたいなって思ってますね。それはタイトルの『いいね!』にも通じることで。
―そういうシンプルで無防備な言葉って、実生活だとなかなか受け止めてもらえないですよね。
曽我部:うんうん、難しいよね。すごく難しいけど、やるしかないんですよ。音楽もそうで、それはすごく難しいのね。でも一所懸命やったら絶対に説得力を持つはずだと思って、今回こういうものを僕は出したんです。今はそうじゃない音楽がほとんどで。
曽我部恵一のInstagramより
「僕、音楽はコミュニケーションだと思ってるんです」――音楽は、何かを説明したり、議論したりするためのものじゃない
―どういうことですか?
曽我部:なぜこれが正しいのかって裏付けがあったり、説明してくれる音楽っていうのがすごく多いんだよね。たとえば、ケンドリック・ラマーみたいなヒップホップとか、Thundercatみたいなジャズとポップスの新しいフュージョンみたいな音楽には、現代の社会の問題点が写し取られていて、そこには奴隷として連れてこられた黒人たちの歴史が連なって表現されている。彼らが評価されるのは、表現に文化的な担保というか、社会的メッセージとして存在する重要性があるからというのが大きいと思うんだよね(関連記事:ケンドリック・ラマーに集まる共感 国内ラッパーの言葉から探る)。
映画とかもそうなんだけど、アーティストがそういう社会的な裏付けを芸術作品の担保として持ち出しているところがあって。日本でもそうだし、海外でもそう。『パラサイト』(監督はポン・ジュノ、『映画第72回カンヌ国際映画祭』パルムドール受賞作品 / 関連記事:『パラサイト』に見る、格差社会への失望と「諦めの悪さ」)って映画が評価されたのもそうだったと思うし。
でも僕、社会的な裏付けって余計なものだと思ってるんですよ。もっと単純な「明日も頑張ろうね」「じゃあね、バイバイ」みたいな安っぽいメッセージが好きなんだけどさ、それだと社会的な裏付けがとれないからみんな評価してくんないんだよね。でも、本当はそこなんだよって俺は思ってる。
サニーデイ・サービス“ぼくらが光っていられない夜に”を聴く(Apple Musicはこちら)
―僕は時代の空気を映し出している作品に興奮させられるし、そういうものこそ素晴らしいと思ってメディアの仕事をしていますけど、音楽や文化・芸術ってそれを「説明」するためのものじゃない、ってことですよね。
曽我部:音楽を聴いて「走り出したい」って思うってことはさ、「外走ったら気持ちいいだろうな」ってことをどっかで感じているわけじゃないですか。走りたい衝動を呼び覚ますって、「走ることがこんなふうに体にいい」って説明してるわけじゃなくて、「外、気持ちよさそうだね」ってことを伝えることなんだと思うんだよね。
曽我部恵一のInstagramより
曽我部:僕、音楽はコミュニケーションだと思ってるんです。コミュニケーションっていうのは議論じゃなくて、「元気?」とか「じゃあまたね」「好きだよ」「お腹空いたね、なんか食べよう」とかそういうもので。議論も社会的・政治的な主張もなくなったらダメだと思うんだけど、コミュニケーションとはまた別もので。自分の音楽は、社会的な議論をする場所とは思ってないんです。音楽はもうちょっと幅広いものであってほしいって俺は思うんだよね。
「『あ、なんか今の風めっちゃ気持ちよかった』みたいな、いかにそれくらいのものになれるかってことなんだよ」
―「音楽はコミュニケーションだと思う」って言うとき、曽我部さんはどんなことを思い浮かべているんですか?
曽我部:目が合ってニッコリするような、それくらいのものですよ。「飯でも食いに行こうよ」とかね。僕が自分の音楽に求めてるところはそこなんですけど、一般的にはそうじゃない音楽が評価される時代になってきちゃった。
―世の中的には、音楽に社会的な裏付けが求められていると。
曽我部:夏の朝に外に出てみたら朝の匂いがあってさ、「あー夏が来たな」って思うことってあるじゃん。それくらいのことを表現したいと思ってる。でもそんなのぶっちゃけ、みんなの社会的生活においてはどうでもいいことなんですよね。生きていると、もっと大事なことがいっぱいあんの。自分もそう。でも、僕の音楽はそれくらいのことなんですよ。今回、それをすごく頑張りたかった。
曽我部恵一のInstagramより
―曽我部さんも楽曲のなかでアクチュアルなメッセージを発してきましたよね、ソロだと特に。それこそ、日本に生きる僕らにとっての社会的な裏付けがあるような曲も書いてこられてると思います。
曽我部:うん、でも本当はそれくらいのことに感動して、それを音楽でやろうとしてる気はする。「あ、なんか今の風めっちゃ気持ちよかった」とかみたいな、いかにそれくらいのものになれるかってことなんだよ。
サニーデイ・サービス“日傘をさして”を聴く(Apple Musicはこちら)
言葉で説明し、描き取るのではなく、音楽の表現によって曽我部恵一の歌には人が生きるということが滲み出る
―具体的な楽曲について聞きたいんですけど、“エントロピー・ラブ”って曲がありますよね。「エントロピー」って覆水盆に返らず的なことだと捉えていて、それに「ラブ」って言葉が付いています。結果的にかもしれませんが、歌詞では人生の機微みたいなのを描きとっているなと思って。
曽我部:あれは、恋愛でも何でも、感情がうまくお互いに行き交わない現象についての歌だと思うんですよね。あとで付けたタイトルだけど、エントロピーとラブっていう二律背反するような言葉が並んでいる。
<愛も憎しみもどっちでもいいけど>っていう歌詞が出てくるけど、意見が合わないと、ケンカしたり、感情のぶつかり合いになるじゃないですか。人と人とがいると絶対に感情がぶつかってしまうけど、実はそれって錯覚で。もっと両者のシンプルな根源的なところにいけば、あんまり何も変わんないよっていうようなことを歌っているんですけどね。
サニーデイ・サービス“エントロピー・ラブ”を聴く(Apple Musicはこちら)
―結果的に人生の機微を映し出していても、愛や恋にまつわる人間模様について説明をしているわけじゃない、ということですよね。何かについて説明しているわけじゃないということでは、“時間が止まって音楽が始まる”はその極致なのかなと思いました。何のことを歌っているのか一見わからなくて、ただ寂しさとか切なさ、喪失感みたいなものが濃密に感じられて。それはめちゃくちゃ重いものかもしんないし、そうじゃないかもしれない。そういう曲だなと思いました。
曽我部:遠い昔の記念写真を見るような曲かもしれないね。でもあの曲っていうのは昔の写真を見て、「戻ってこないこんな風景があったな」って思っている一方で、「またそういう風景をいつか記念写真に撮れる日がある」っていう希望も同時にあって。
こんなに素晴らしいことが遠い過去にあった、それは絶対に戻って来ないことなんだけど、ここから先にいつか素晴らしい風景に出会える、そんな瞬間がおそらくこれからもあるだろうって。同時にその2つのことを歌えたような曲だった。だからあの曲、僕は一番気に入ってるんですよね。
サニーデイ・サービス“時間が止まって音楽が始まる”を聴く(Apple Musicはこちら)
「一番大事なのは聴く人の想像力なんですよ」
―曽我部さんが今作で聴き手と試みたコミュニケーションって、ごくごく軽やかなものから人生そのものについて思い巡らせるようなものまでグラデーションがあって。たとえば「元気ですか?」ってありふれた言葉であっても、その中身はすごく尊いものだなって気づかされます。
曽我部:そうだよね。それがあってこその人生というか、それがなかったら額面どおりのものしかない世の中になっちゃうよね。ニッコリし合うような、説明できないものがあるから生きてるんじゃないかなって思う。
―たとえ頭でわかっていたとしても、そういう境地に自分を持っていくのは簡単なことではないですよね。
曽我部:まぁそりゃそうだよね、僕もそう思いますよ。日々仕事してるなかで、そんなこといちいち考えながら生きてるわけじゃないし。とにかく目の前のことをやっつけることが優先されていくしね。でも心の根本ではそういうふうに思ってますよ。心の根本では、ってことが大事なんじゃない?
―心の根本でそういう言葉とか心のあり方を信じて、自分のものになるように日々生きていくことが大事なんですかね。
曽我部:それもあるかもね。
サニーデイ・サービス“OH!ブルーベリー”を聴く(Apple Musicはこちら)
―最後に、今、新型コロナウイルスの感染拡大で、物理的にも、精神的にも世界が病んでいるように思うのですが、そういう状況で音楽はどういうふうに人に作用するのか、あるいは音楽文化の未来はどうなっていくのかということを曽我部さんに聞きたいです。
曽我部:このあと音楽産業がどうなっていくかは、僕らもわかんないですよ。でも音楽っていうのは、たとえばCDから配信になったからって、フォーマットが変わっただけで、音楽の魅力、意味、人に作用する部分は全く変わんないから。コロナによって経済が落ち込んだとしても、別に変わんないと思いますよ。
一番大事なのは聴く人の想像力なんですよ。聴く人がどう想像するかっていうのが一番大事で、僕らは聴く人が感動するものを作るべきなんですよね。あくまでも音楽っていうのは、聴き手の感動とか想像力、感情を起動させる装置だから。音楽自体が優れているわけではなくて、それを聴いて感じた人が優れているってことなんですよ。だから音楽自体は変わらないだろうと思いますよ。アートとか映画もそう。人が心っていうものを持ってる限りは、ずっと同じだと思います。
- リリース情報
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- サニーデイ・サービス
『いいね!』初回限定盤(CD+DVD) -
2020年5月22日(金)発売
価格:3,300円(税込)
ROSE-249DX[CD]
1. 心に雲を持つ少年
2. OH!ブルーベリー
3. ぼくらが光っていられない夜に
4. 春の風
5. エントロピー・ラブ
6. 日傘をさして
7. コンビニのコーヒー
8. センチメンタル
9. 時間が止まって音楽が始まる[DVD]
2020年1月4日 江ノ島オッパーラにて行われたワンマンライブより9曲 / 50分を収録
- サニーデイ・サービス
『いいね!』通常盤(CD) -
2020年5月22日(金)発売
価格:2,750円(税込)
ROSE-2491. 心に雲を持つ少年
2. OH!ブルーベリー
3. ぼくらが光っていられない夜に
4. 春の風
5. エントロピー・ラブ
6. 日傘をさして
7. コンビニのコーヒー
8. センチメンタル
9. 時間が止まって音楽が始まる
- サニーデイ・サービス
『いいね!』(LP) -
2020年5月22日(金)発売
価格:3,300円(税込)
ROSE-249X[SIDE-A]
1. 心に雲を持つ少年
2. OH!ブルーベリー
3. ぼくらが光っていられない夜に
4. 春の風
5. エントロピー・ラブ[SIDE-B]
1. 日傘をさして
2. コンビニのコーヒー
3. センチメンタル
4. 時間が止まって音楽が始まる
- サニーデイ・サービス
- プロフィール
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- サニーデイ・サービス
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1995年に1stアルバム『若者たち』を発表。フォーク、ネオアコからヒップホップまでを内包した新しい日本語のロックは、シーンに衝撃を与えた。現在までに13枚のアルバムをリリース。どの作品もバンド像を更新し続ける創造性/革新性に満ち、グッドメロディに溢れる。今日に至るまで、国内外で揺るぎない支持を集め続ける。最新作『いいね!』が3月19日に先行配信され、5月22日にはCDとアナログ盤がリリースされた。
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