行儀の良い世の中へ、後藤まりこが起こす叛逆のアジテーション

<有機交流電燈、ひとつはあおい光です 私は支配する あなたを支配する>。後藤まりこのニューアルバム『こわれた箱にりなっくす』の1曲目“触媒”は、こんな歌詞から始まっている。文学好きの方ならすぐにおわかりの通り、これは「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です」という、宮沢賢治『春と修羅』の一節がモチーフとなっていて、“触媒”には<たぶんきっと忘れてしまうんでしょう 私という現象を>という歌詞も出てくる。つまりアルバムの冒頭から、後藤まりことは「触媒」であり、「現象」なのだと匂わせている。

5月27日に行われたSHIBUYA-AXでのワンマンライブと、その前段階として都内各所で行われたゲリラ的なパフォーマンス。近年のアイドルとの接近を経て、アイドルやアニソンを手掛けるアレンジャーが多数参加した『こわれた箱にりなっくす』。そして、ミュージカルやドラマ、映画など、様々な分野への進出。これらはすべて、後藤まりこが「触媒」となって、多くの人を巻き込み、「現象」を巻き起こしてきたことの記録である。そして今、彼女は、「もっとめちゃくちゃになればいい」と言う。それはまるで、めちゃくちゃな社会に飼いならされてしまい、お行儀良く日々を過ごす人々への、アジテーションのように聞こえた。

とにかく人に委ねたいんですよ。ほっといたら全部自分でやってしまうんで。

―新作は新しいレコード会社(キングレコード内のEVIL LINE RECORDS)からのリリースで、新しい事務所も今年決まったわけですが、それまでは自ら進んでフリーという立場に身を置いていた部分もあったのでしょうか?

後藤:活動歴の中で、事務所に所属していない時期のほうが長いんですけど、フリーに身を置きたいと思ったことはないですね。と言うのも、バンドのときにずっと事務所がなくて、それがどれだけしんどいことかわかってるつもりなので、任せるところは人に任せたいなって。

―先日CINRAでスガシカオさんに取材をさせていただいたんですけど、スガさんは数年前に1度、自ら事務所を辞められているんですね。それはメジャーにいると生々しさが感じられないことを問題に挙げて、「生々しさを感じるために、インディペンデントで活動してみる必要があった」というお話だったんです。

後藤:スガシカオさんめっちゃかっこいいですね。でも、僕は全然そんなんじゃないです。とにかく人に委ねたいんです。ほっといたら全部自分でやってしまうんで。

―じゃあ、今は後藤さんが望んだ状態になったと。

後藤:ありがたいことです。でも、事務所やレコード会社がどうこうっていうのは、音楽には直接的には反映されないと思っています。

アイドルの子たちがやっているようなことをバンドの子もやればいいのになって思うんです。

―ここ1年ぐらいの活動を振り返ると、ライブではアイドルのように自ら物販に立って、チェキを撮ったりもされていましたよね。そういった経験をされて、どんなことを感じましたか?

後藤:ライブの後のテンションのままのお客さんと喋るのは、感想がダイレクトに入ってくるから、めっちゃ嬉しいです。アイドルの子たちがやっているようなことをバンドの子もやればいいのになって思うんです。僕、下北沢シェルターで1日2公演したんですけど、そういうのもバンドの人にもっとやってほしいと思ってやってるところがあります。

後藤まりこ
後藤まりこ

―確かに、1日2公演というのも、アイドルだと普通だけど、バンドでやってる人はほとんどいないですもんね。これは改めての質問になりますけど、近年アイドルとの共演が増えたのは、アイドルのどんな部分に惹かれたからなのでしょうか?

後藤:甲子園感。応援したくなる感じというか、プロ野球だと阪神もそうなんですけど、「文句言うてても結局好き」みたいなお客さんとの関係性。「今年あの選手あかん!」って言ってても、それは愛情があるからディスってるわけで、アイドルちゃんのファンもその子のことのためにディスったりするところがあると思う。好きやから一生懸命熱くなるのって、めっちゃいいなって。

―逆に言うと、やっぱり後藤さん自身はバンド畑の出身ですし、今のバンドには物足りなさを感じる?

後藤:めっちゃ感じます。でもまあ、バンドはバンドなので、アイドルちゃんがやってるようなことをそのまま取り入れたとして、中途半端になってしまうのも嫌なので、それを自分の中で解釈してゴーンとアウトプットしてもらえたら嬉しいです。

形式的には一人ぼっちじゃなくて、もちろんいろんな人に支えていただいてたんですけど……でも、やっぱり気持ちの上で一人感はぬぐえないところがありました。

―まさに、今の後藤さんはそういう活動をされてますよね。アイドルのいい部分を取り入れつつ、でもあくまで「後藤まりこ」であるっていう。

後藤:うーん……できてますかね?

―後藤さんのような人は他にいないと思います。

後藤:でも、売れてないですよ?

―目に見える結果が出ないとダメ?

後藤:売れたいです。枚数っていう結果が欲しいです。

―5月27日にSHIBUYA-AXでワンマンライブがあって、その前の5月10日に都内の各所でライブを行いましたよね。あれに関しても、より近い距離でお客さんとコミュニケーションをとりたいという想いが背景にはあったのでしょうか?

後藤:あのときは「なんでチケット売れんのや、大勢の人に来てほしい、売らなければ」っていう、使命感。ただそれだけ。状況が状況だったから四の五の言うてる暇はなくて、自分でやらなきゃ仕方がなかった。失敗したら責任とってくれるイベンターの人はいました。けど、だからといって責任取らせるわけにはいかんし、やっぱりその責任は自分で取るものだと思うから、自分でやっただけです。

後藤まりこ

―その成果もあって、ライブ当日には多くの人が集まりましたよね。

後藤:うん、ありがたい。

―MCでは「もう一人ぼっちやない気がします」ということをおっしゃられていましたが、逆に言うと、それまでは「自分は一人ぼっち」だと感じていた?

後藤:形式的には一人ぼっちじゃなくて、もちろんいろんな人に支えていただいていたんですけど……でも、やっぱり気持ちの上で一人感はぬぐえないところがありました。AXでいろんな人に支えられているのを確実に実感しました。

―アルバムに入ってる“正しい夜の過ごし方”を聴いて、この曲ってSHIBUYA-AXでのライブのことを歌ってるんじゃないかなって思ったんです。<気がついたら ひとりぼっち ねえ そろそろ言えるんじゃない 「寂しいな」って 言えるんじゃない>って歌詞とか、今回のアルバムでこの曲だけバンドでのセッションで編曲されてたりとか、後藤さんにとってあの日こそが「正しい夜」だったのかなって。

後藤:あー、考えてなかった! でも、そうだったら嬉しい。

―実際は、どんなことを考えてこの曲を書いたのでしょう?

後藤:どんな気持ちやったっけな……覚えてないなあ。でも、この曲はえらい難儀したんです。結局バンドで録ることになりました。

―そっか、この曲が特別な曲だから、あえてバンドで録ったのかと思ってたんですけど、そういうわけではなかったんですね。今回この曲以外はそれぞれの曲ごとにアレンジャーさんを立てていて、しかも、これまで一緒にやったことがない人がほとんどだと思うのですが、こういった方向性自体はどうやって決まったのですか?

後藤:(キングレコードの)宮本さんと湯本さんと話したときに、今までと違う人とやってみるのがいいんじゃないかという話になったんだと思います。移籍後の第1弾だし、新しい側面を見せようということだと思うんです。とにかく人に委ねたかったのでそこはお任せしました。

人間関係の構築って……どうやるんですか?

―でも、人に委ねるのって、まず人間関係を構築してからじゃないと難しかったりしませんか?

後藤:人間関係の構築って……どうやるんですか? 僕、人を信用したことがないというか……、人を信用し過ぎて痛い目見てきてるせいで、信用せえへんようになったのかわからんけど……基本的に誰も信用してないんです。だから、誰に委ねても一緒って考えているところがあるんかな。でも、宮本さんとは一緒にご飯食べたから、委ねてもいいかなと思って……。ご飯食べたことない人やったら、「こうしよう!」って言われても、「どうしよう?」って思うやろうけど、1回ご飯食べて、電話番号も知ってたら、いいかなって思う。今、僕の携帯の電話帳にはたぶん20人も連絡先が入っていないです。

後藤まりこ

―昔はもっと入ってた?

後藤:わからへんです。携帯のメモリがいっぱいになって、ボタン押したら、全部消えてしまって。せやけど消えたのはたかがデータやし、連絡先を知らなくても、人の繋がりってたぶんまた繋がれるし、別にいいかなって。

―そういう、物事に対する考え方がシンプルで強いところに、後藤さんの魅力があるんだなと思うんですよね。今って、人間関係を気にするあまり、身動き取れなくなってる人ってたくさんいると思うんです。

後藤:「身動き取れない」って言ってみたい。僕は友達が少ないだけです。普段は基本、家におって猫と過ごしてるので、人と出歩くこともあんまりないし。LINEの乗っ取りってあるでしょ? あれに、乗っ取られてみたいなあ。

―え? なんで?(笑)

後藤:あれ、全員に連絡行くんでしょ? 連絡取ってなかった人から返信来るかどうか、気になる。乗っ取られたいなあ。

今の世の中における音楽の立ち位置って、ちゃんとし過ぎだと思います。でも、もっとめちゃくちゃになればいいと思ってて。

―アルバムの話に戻すと、アイドルやアニソンがらみのアレンジャーさんが多く参加されていますが、人選には後藤さんはどのように関与しているのでしょうか?

後藤:基本的には湯本さんと宮本さんから「この人どう?」って言われて、参考音源を聴いてみて、「よくわからない」「いいと思う」みたいに返して、それを踏まえた上で発注してもらいました。でも、Tom-H@ckだけ、僕が「この人がいい」って言ったんです。数曲しか知らないんですけど、すごいなって。

―具体的には、どの曲の印象が強かったんですか?

後藤:『けいおん!』。すごい。リズムというか、エディット能力がすごい。あんな曲聴いたことないです。バンドの人の中にはアニメの音楽を舐めてる人もいると思うんです。やばいからちゃんと確実に、聴いてほしいです。

後藤まりこ

―アニソンやアイドルの曲を作ってる人は、アカデミックに音楽を勉強してる人も多いし、聴いてる量も全然違うと思うんですよね。どのジャンルも分け隔てなく聴いてるからこそ、情報量の多い曲が作れるんだと思うんですけど、おそらく後藤さんもそういうタイプなんじゃないですか? ジャンルでは聴いてないんじゃないかなって。

後藤:でも僕、毛嫌いはしますよ。某男性アイドルの曲とか、聞く前に「おおっ」ってなります。でも、聴いてみたらめちゃくちゃいいのかもしれないですね。売れてるものにはちゃんと理由があると思います。

―アルバムの1曲目の“触媒”も、AKBからジャニーズから、幅広く手掛けられている生田真心さんがアレンジを手掛けられていますが、この曲の歌詞は宮沢賢治の『春と修羅』がモチーフになっていますよね。小説と同様に、自らを「存在」としてではなく「現象」として捉えるという視点が、今の後藤さんをよく表しているように思いました。アーティストは一般的に、自らの存在を作品に込める人が多くて、もちろん、後藤さんにもそういう側面はあると思いますが、少なくともここでは自分は「現象」だと言っていて、言い方を変えると、周りとの関係性があって初めて自分が存在するということだと思うんです。

後藤:そうかも。僕、めっちゃ「自分、自分」って感じの人っぽいですけど、というか、たぶんそうなんですけど、うーん、でも現象というか、そういうふうになりたいんですよ。なんていうか……めちゃくちゃにしたいんです。「めちゃくちゃにする」って、言葉にするのは簡単やけど、一人やったらめちゃくちゃにできないから、みんなと一緒にムーブメントにしたい。

後藤まりこ

―それは何に対してですか?

後藤:世の中。全部。今の世の中における音楽の立ち位置って、ちゃんとし過ぎだと思います。もっとめちゃくちゃになればいいと思ってて。

―お行儀のいい音楽が多過ぎる?

後藤:産業としての音楽っていうのは、そうじゃないと成り立たないっていう側面もあると思うんですけど……。本来音楽が持ってる言葉の意味や、音楽自体の持つ力って、もっと自由だと思うんです。それを認識しているのとしていないのとでは違うから。もっと音楽の意味を認識して、その上で行儀良くするならしてほしいです。音楽のめちゃくちゃな側面を知らない人が多過ぎるなって、少し思います。

―逆に言えば、後藤さんは音楽の力を信じてるってことですよね。

後藤:はい。何かをすることとか、何かを思い込むことって、すごいしんどいことなんです。みんな最近疲れてるんかもしれへんけど、もっとしんどくなればいいのにって思います。しんどくなればしんどくなるほど、何かを達成したときにすごく楽しい。何かをやるのって、絶対しんどいんです。そのしんどさの1個目を乗り越えられていない人が多過ぎる気がする。しんどいほうがいいんです。絶対。

最近は「盗んだバイクで走り出す」的な人を見ないですよ。若いうちはパワーをいろんなところにぶつけたほうがいいと思うんです。

―今の若い人って、自分ができることの範囲を自分で決めてしまって、そこから出ようとしないって言われていますよね。それは、今の日本の社会状況とか、インターネットの浸透とか、いろんな要因があって、原因を一言で言うのは難しいですけど。

後藤:最近は「盗んだバイクで走り出す」的な人を見ないですよ。武闘派とかも見かけないです。若いうちはパワーをいろんなところにぶつけたほうがいいと思います。

―そういう世の中に変化を引き起こすためにも、後藤まりこがある種の「現象」となる、もしくは曲名通り、いろんな人を繋ぐ「触媒」になっていったら面白いですよね。

後藤:そういう現象に、触媒的なものになりたいです。

―でも、今の後藤さんって、それこそ芝居とかもやられて、いろんな分野を横断する存在になってきていますよね。今年出演されたミュージカル『ロミオとジュリエットのこどもたち』も、そういうものだったと思うし。

後藤:そうかなあ……なれてたらいいなあ。

“Re:なくす”は最初は弾き語りでいい感じの曲やったんやけど、だんだんそれが自分の中で許されなくなってきて、自分自身を圧倒的なもので黙らせてほしくなって。

―アルバムタイトルが『こわれた箱にりなっくす』で、“Re:なくす”という曲も収録されていますが、この二つの関係性について話していただけますか?

後藤:最初アルバムタイトルを決めるときに、20~30個ぐらい宮本さんにアイデアを送ったんですけど、その中の1つが『こわれた箱にりなっくす』で、宮本さんがそれを選びました。ちょうどパソコンが壊れて、「Linux入れようかな?」って思ってたときに、「りなっくす」って音の響きが可愛いなとか、「こわれた箱って自分やな」とかいろいろ考えて……。“Re:なくす”は最後のほうにできた曲です。最初は弾き語りで。いい感じの曲やったんですけど、だんだんそれが自分の中で許されなくなってきて。自分自身を圧倒的なもので黙らせてほしくなって。だから、うるさいアレンジにしてもらいました。

後藤まりこ

―それでAKIRASTARさんと睦月周平さんによる、今のアレンジになったと。「こわれた箱が自分」っていうのは、まさに本作でその中に新しいOSを入れたということですよね。

後藤:僕、ずっとTwitterで「リブートしたい」みたいなことを言ってたみたいなんです。

―まさに、再起動の作品だと思います。

後藤:そうなったらいいなって。結果が伴ったらいいな……。

AXのライブが終わって一番嬉しかったのが、僕が音楽をすることの中に、「人に聴いてもらう」っていうのが、普通に組み込まれてるんやなって再認識できたことなんですよね。

―“Re:なくす”っていうのは、「自分の存在をなくす」と捉えれば、さっきの「現象」っていう話と繋がるし、<youがないdayはない>っていう歌詞も、他者との関係性、つまりは「触媒」という話と繋がるから、この曲もやっぱり作品の中核をなす曲になっていると思ったんですよね。

後藤:そうかも……。今思い出したけど、AXのライブが終わって一番嬉しかったのが、僕が音楽をすることの中に、「人に聴いてもらう」っていうのが、普通に組み込まれてるんやなって再認識できたことです。相手がいなければ、できひんことやなって。音楽って。

後藤まりこ

―だからこそ、後藤さんは多くの人を巻き込む可能性を持っているんだと思います。言ってみれば、今のアイドルブームっていうのも、結局はそこを取り巻く人の熱量が生んだものだと思うし。

後藤:アイドルブームって、そういう現象になりましたもんね。今って、戦国時代っぽいですね。そのまま、もっとめちゃくちゃになればいいのに。

―そこに後藤さんがどう加わっていくのかっていうのは、これからますます楽しみですけど、今ってCDを出すこと以外にも、いろんな活動の仕方があるわけじゃないですか? それこそ、チェキ会みたいのもそうだし。今後やってみたいことって何かありますか?

後藤:人の家に行きたいです。人の家でライブしたいです。前にツイキャスで、「家にライブしに来てほしい」って言われたので、「メールで住所送って」って言ったら、「ごめんなさい、やっぱ無理です」って返ってきて。四国の人で、ホンマ行くつもりやったのにー。そうやって、都道府県回りたい。近所の人とかも来てくれるかもしれないし、楽しそうやなあ。でも、自分でいろいろ考えるのはあんまり得意なほうじゃないから、委ねられるところは委ねて、言われたら何でもするっていうスタンスはずっと変わらないと思います。

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