初音ミクの開発者・伊藤が語る、音楽・映画界が打つべき次の一手

「初音ミク」を創出したクリプトン・フューチャー・メディアの代表取締役である伊藤博之らが中心となって企画された『No Maps』が、この秋、北海道は札幌市を舞台に開催される。

「映画」「音楽」「インタラクティブ」を3つの柱に、国内外のクリエイティブ産業を横断する、札幌独自の大規模コンベンションとして企画された『No Maps』。ライブや映画の上映会はもちろん、ワークショップやセミナー、その他連携イベントも含めると、70以上の催し物が同時開催される。『No Maps』実行委員会の委員長を務める伊藤博之に、開催に至った理由、そしてこのイベントが目指すものについて訊いた。

技術分野と、音楽や映像を掛け算することによって、新しい文化を育んでいけると思っています。

―まず、札幌で『No Maps』を開催するに至った経緯を教えてください。

伊藤:そもそもの話をすると、今年11年目になる『札幌国際短編映画祭』という映画祭がありまして。それを取り込みつつ、音楽やIT技術のイベントをまとめてやることによって、新しい可能性が出てくるのではないかと思ったんです。

ロールモデルとなったのは、テキサス州のオースティンで開催されている『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)』でした。今年30周年を迎えた『SXSW』は、もともと音楽祭だったのですが、近年は映画祭やインタラクティブフェスティバルを同時に開催するなど、世界的に注目を集める複合的なイベントに成長しています。日本からも注目されていて、経産省の人たちがブースを出展していたり、いろいろなクリエイターやエンジニアにとって世界的な発表の場となっているんです。

水曜日のカンパネラが『SWSX』に出演した様子

―『SXSW』は音楽祭として有名ですが、最近はそのような複合的なイベントになっているのですね。

伊藤:はい。『SXSW』みたいなことを札幌でやろうと、最初に発想したのが実は16年前でして。2000年に『No Maps』と同じ趣旨のイベントをやりました。そのときは、まだちょっと時期が早すぎたせいか、数回で終わってしまったんです。ただ心のなかでは、「またああいうのやりたいよね」と、関わった多くの人が思っていて。

今、コンテンツビジネスが、新しい局面を迎えていますよね。このタイミングでなにか新しいことに取り組まなければならないという雰囲気が、音楽業界にもあると思うんです。

―確かに音楽をめぐる状況は、近年かなりドラスティックに変化しています。

伊藤:『No Maps』の「インタラクティブ」は、IT技術をテーマにしますが、ご存知の通り、ここ1、2年ぐらいでITの可能性がグッと広がったようなところがあって。たとえば、人工知能が普通に日常に入るようになって、これからどんどん社会を変えていくことになる。VRのような疑似体験も、昔は何千万円もするような大きい装置がなければできなかったのが、今は本当に廉価な装置で体験することができる。新しい技術が、すごく身近なものになってきました。

VR映画とか、観客とインタラクティブに繋がった音楽ライブなど、「映画」や「音楽」「インタラクティブ」のクロスポイントで新しいタイプのコンテンツを作る動きも出てきていますよね。あと、ドローンや自律走行車といった新しい技術の実験場として、広い北海道は案外適していると思います。北海道は新しい開拓地になれる。

伊藤博之
伊藤博之

―というと?

伊藤:北海道というのは、かつて開拓地だったわけです。平成30年に、北海道という名前ができて150年になるのですが、150年経って、いい加減開拓は終わってしまった。道路を作るとか、前時代的な開拓が終わったなかで、新しいテクノロジーやコンテンツを開拓することを、北海道が実験場となってやってもいいんじゃないかと思うんです。『No Maps』の実行委員会には、札幌市長や北海道知事も名を連ねていて、北海道全体で『No Maps』を盛り上げていこうと取り組んでいます。

―伊藤さんは、ボーカロイド「初音ミク」の生みの親として知られていて、伊藤さんの得意分野となると、やはり「インタラクティブ」になると思うのですが、具体的にはどのようなことを考えられているのですか?

伊藤:僕が主に関係するのは「インタラクティブ」、つまりIT技術分野に関わることです。IT技術に音楽や映像を掛け算することによって、音楽や映像文化の次の形を実験したいと思っています。

あと『No Maps』は、「映画」「音楽」「インタラクティブ」の3分野で成り立っていますが、それらの分野に限定しているわけではないです。北海道では、やはり食や観光が産業として大きいので、そことも掛け合わせることで、いろんなシナジーが生まれてくるのではないかとも思いますね。

『No Maps』ロゴ
『No Maps』ロゴ(サイトを見る

―伊藤さんの会社が開発した「初音ミク」は、単なる歌声合成ソフトではなく、ほとんど現象といってもいいほど、世界的な広がりを見せました。その経験もこのイベントには反映されるのでしょうか?

伊藤:そうですね。「越境」というのが、ひとつポイントになってくると思います。初音ミクは、もともと音楽を奏でるソフトとして開発したものでしたし、僕の会社自体、サンプルパックという音楽を作る素材を売っています。その市場は、とてもニッチなもので。だけど、「初音ミク」によって、一部の音楽マニア向けではない広がりを持つようになった。つまり、市場を「越境」した広がりをみせたわけです。

音楽・映画産業は、もともと複製をコントロールするところから商売がスタートしていますが、今や複製行為はコントロールできなくなってしまった。

―初音ミクで体験した「越境」が、今求められている理由を、もう少し詳しく聞かせていただけますか?

伊藤:音楽産業というのは、もともと複製をコントロールするところから商売がスタートしていますが、今や複製行為はコントロールできなくなってしまった。それは映画産業も同じだと思います。

つまり、コピーに依拠したビジネスモデルがことごとく立ち行かなくなって、複製できない「体験」を買っていただいたり、Tシャツなど「もの」でマネタイズするという方向に、どんどんシフトせざるを得なくなっている。複製が小学生でもできるような簡単な行為となった今、複製にこだわってビジネスを組むのは、馬に乗る人がどんどん減っているなか、ひたすら馬具にこだわり続けているようなものです。

伊藤博之

―複製の「壁」を高くしていっても、もはやしょうがないわけですね。

伊藤:そうです。だから、新しい分野へと「越境」していくことによって、新しい可能性を探っていく必要がある。それは音楽に限らず、映画も、あるいは農業や観光も、全部そうだと思うんですね。それには、異なる分野との関わり合いが必要です。

そういうことをする場所として、北海道は最適だと思っています。北海道は、しがらみなく、業界を超えてコミュニケーションできるようなところがある。『No Maps』は、新しい可能性をお互い探り合って、それをビジネスにしていくような試みの場所にしたいと思っているんですよね。

―「複製」を超えたビジネス、新しい市場へと「越境」する方法を、模索する場こそ今必要であると。

伊藤:技術の進化によって、失われるものと新しく生まれるものと、その両方あると思うんです。複製の技術が一般化して、CDが売れなくなったり、失われるものは確かにあります。でも、その一方で「なんでこの曲を知ってるの?」みたいな曲を、みんなが知っていたりする。

先日、初音ミクのイベント『マジカルミライ』を開催したのですが、たくさん外国人も来ていて、みんな曲を知っているんですよね。ライブでは初めてやる曲ばかりなのに、みんな普通に知っている。それはネットで聴いているからなんですよね。

―技術の進化によって、CDの市場は衰退しても、ライブの市場に新しい流れが生まれている。

伊藤:そうですね。初音ミクの楽曲の多くは、ネットで公開することを前提として作られている。そのような音楽のことを「Web Native Music」って呼んでいまして、これからはそういう音楽が主流になる可能性がある。だからこそ、それをみんなが知っている前提で、ライブができてしまう。そうやって、新しいものが生まれていることにちゃんと気づいて、収益に結びつけていくことが今後重要になってくると思いますね。『No Maps』では、そういう目的に向けた実験的なことを試していきたいと思っています。

―市場やジャンルを越境するためには、その場に集まった人々を混ぜ合わせていくことも、ひとつポイントになりそうですね。

伊藤:『No Maps』では、新しい出会いのために、ミートアップの場を設けるつもりです。多様な考えを持った人たちが混ざり合って、いろいろな可能性について意見交換し合うことで、なにか新しいことが生まれる。それを東京とかでやると、みんなその日のうちに帰ってしまうけど、北海道の場合、泊まらざるを得ないから、そこでじっくり語らざるを得ない(笑)。そういうところにも、地方型カンファレンスの意味があると思うんですよね。

あと、「混ぜる」って言われましたけど、実は2000年に行ったイベントの名前が、「MIX」でした(笑)。名前は変えましたが、なるべくいろんなものを混ぜていこうという方向性は変わっていないんです。いろんな人のいろんなアイデアを混ぜることによって、新しいビジネスを生んでいこうと。

起業というのは、まずは身近なもの、たとえば音楽や映画など、とにかくなにかに没頭することから始まる。

―『No Maps』は、様々なステージが融合したフェスやサーキットイベントとは違って、ここからビジネスを生むことが大きな目的となっているんですね。

伊藤:そうです。文化的な目的よりも、産業的なイベントと位置付けています。芸術祭や映画祭など文化的なイベントは、とにかく他と違う独自性にこだわりがちですが、『No Maps』は、ここから産業を生んでいくことや、ビジネスを作っていくクリエイター同士が出会うような、そういった役割のイベントにしたいと思っているんです。

伊藤博之

―ただ、「新しい文化に触れましょう」というのではなく。

伊藤:はい。その一例として挙げられるのが、『No Maps NEDO Dream Pitch』です。ピッチコンテストというのは、短い時間で自分のビジネスプランをプレゼンして、投資を募るイベントなのですが、スタートアップを志す地元の起業家を中心に、全国から参加者が集まりました。そういうことも、どんどんやっていきたいと思っていますね。

―起業のきっかけになるような場所というのも、『No Maps』のコンセプトのひとつなのですね。

伊藤:ものを作ることと起業することって、近いようで近くないというか。「起業しませんか?」と大学生に言っても、「いきなりできないです」「勘弁してください」という反応が当然だと思います。でも、「自分が面白いと思っていることに取り組みましょう。それは音楽でもいいし、映像でもいいし、ダンスでもいいです」と言うと、わりとやりやすいと思うんですよね。自分でなにかを作って、それを人に見てもらって喜んでもらうことによって、自分が人の役に立っている感覚を持つ。そうして人や社会と深く繋がっていくことができる。

いきなり「起業しなさい」「ビジネスで儲けなさい」って言っても難しいですけど、まずは音楽や映像を見る。そして自分も作りたいという気持ちを持つ。そしてどんどん気持ちが高まっていくと、それを持続させるためには儲けなきゃとか、会社を作らなきゃとか、別のアイデアと掛け合わせることを思いついたりする。

つまり、まずは身近なもの、たとえば音楽や映画でもいいので、とにかくなにかに没頭することが重要で、起業は結果にすぎない。「音楽」と「映画」と「インタラクティブ」の3つを掛け合わせて、しかもそれを産業的なイベントにしたいというのは、つまりそういうことなんです。

インターネットというと、怖いという印象を持たれる方がいるかもしれないですけど、そのなかで行われていることは、本当に人間的なものだったりする。

―『No Maps』の趣旨は、伊藤さんの初音ミクを生んだときから持っていらっしゃる「クリエイティブは一部の人間のものではない」という考え方と繋がっているとも言えそうですね。

伊藤:そうですね。初音ミクが生まれたことで、イラストを描く方、ダンスを踊る方、3DCGを作る方など、いろいろなクリエイターと繋がる接点が増えました。そういうクリエイターが集まるためのリアルな場所を作りたいという思いもあります。

―初音ミクを中心とした動きだと、主にインターネットがクリエイターたちの集合場所となっていたわけですが、そういった場を現実でも作っていきたいと思われたと。

伊藤:インターネットは、デジタルですよね。テキストも音楽も映像も、デジタルのものしか乗らないので。ただ、そこでやりとりされていることって、非常に人間的なんですよ。 クリエイターのモチベーションになるのは、お金ではなく、言葉だったりする。見たり聴いたりしてくれた人が掛けてくれる言葉が、モチベーションになっているわけです。インターネットというと、相手の顔も見えないし、デジタルで怖いという印象を持たれる方がいるかもしれないですけど、そのなかで行われていることは、本当に人間的なものだったりするんですよね。

―いわゆる「ボカロP」の人たちも、ネットを通じた人々の声援や期待が大きなモチベーションになっていると言いますよね。

伊藤:そうなんですよね。創作活動をしていない方でも、クリエイターに対する応援のメッセージを発することで、創作文化に立派に貢献できるのです。

伊藤博之

北海道だけではなく、日本はもちろん、世界中が新しい可能性にチャレンジしている真っ最中だと思うんですよね。

―最後に、『No Maps』というイベントタイトルには、どんな思いが込められているのでしょう。

伊藤:『No Maps』という言葉自体は、SF小説家のウィリアム・ギブスンに関するドキュメンタリー映画『No Maps:ウイリアム・ギブスンとの対話』からきていて……要は、地図のない場所で、新たな可能性を切り開いていこうという意志表示ですね。

あと、先ほど言ったように、北海道というのはもともと「No Maps」だったわけです。まずは、地図を作るところから始まって、今のような形になった。で、それはもう終わって、今は新しい可能性を探る段階にある。北海道だけではなく、日本はもちろん、世界中が新しい可能性にチャレンジしている真っ最中だと思うんですよね。

―そんな状況の一助となるために生まれた『No Maps』は、結局のところ、どんな人々のためのイベントなのでしょう。

伊藤:今年はプレ開催というところで、まだいろいろな可能性を探っている段階ではあるのですが、音楽や映画が好きな人、新しい技術や起業に関心がある方が、主に来てくださるような場所になるのかなと思います。

アイドルフェスやアニソン的なイベントもあれば、その一方で、Tresor(ベルリンにあるテクノ系クラブ、音楽レーベル)の25周年記念イベントやニッキー・ロメロが出演するクラブイベントもあるので、まずは見たり参加したりということだけでも面白いと思います。それぞれの分野に少しでも関心がある方は、是非参加していただいて、なおかつ他のイベントにも参加しながら、いろんな人たちと出会って、それぞれの新しい地図を描いていってほしいですね。

伊藤博之

イベント情報
『No Maps 2016』

2016年10月10日(月・祝)~10月16日(日)
会場:北海道 札幌市内の各会場

プロフィール
伊藤博之 (いとう ひろゆき)

1965年、北海道生まれ。北海学園大学経済学部卒業。1995年、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社を設立。代表取締役を務める。2007年、歌声合成ソフト『初音ミク』を発売。2013年、藍綬褒章を受章。北海道情報大学客員教授も兼任。



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