チームラボ猪子が解説、長年の研究でわかった江戸琳派の大発明

六本木・東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で開催中の『鈴木其一 江戸琳派の旗手』展は、幕末に活躍した絵師・鈴木其一(すずききいつ / 1796~1858年)の画業を総覧できる展覧会である。鮮やかな色彩感覚と優れたデザイン性は、現在のグラフィックデザインにも通じる清新さと驚きに溢れている。

しかし、それを単に「きれい!」「かわいい!」だけで済ませてしまうのは少しもったいない。そこで今回は、ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」を率いる猪子寿之を招き、サントリー美術館学芸部長の石田佳也の解説を踏まえつつ、認知科学や空間性という視点から其一の魅力に迫ってみることにした。

日本美術に潜在するさまざまな可能性を、最先端のテクノロジーで解析し作品化する猪子は、其一と彼が属した琳派をいかに読み解くか?

「近代以前の日本人は、日本絵画に描かれているような世界を見ていたのではないか?」という仮説に興味があるんです。

―今日はよろしくお願いいたします。まず、猪子さんは鈴木其一のことはご存知でしょうか?

猪子:もちろんです。チームラボの作品を制作・発展するなかで日本絵画はずいぶん研究したので、其一にもざっと触れました。特に『朝顔図屏風』は記憶に残っていますね。

猪子寿之
猪子寿之

石田:その作品は展覧会の目玉の一つですよ。アメリカのメトロポリタン美術館所蔵で、今回が12年ぶりの里帰りなんです。

―小品から大作まで、ずらりと揃うのが『鈴木其一 江戸琳派の旗手』展の特徴ですね。ところで、まず前提としておきたいのは「其一とはどんな絵師だったか?」ということです。

石田:そうですね。江戸後期の1796年に生まれた其一は、江戸琳派を代表する人物です。江戸琳派とは、その名のとおり京都で始まった芸術の一流派である琳派が江戸において再興されたもので、酒井抱一(さかい ほういつ)を祖としています。其一はその後継者であり、豪商や有力大名をクライアントとして、そのオーダー以上の成果を出し、人気・実力を兼ね備えた絵師でした。

猪子:作品を見ると本当に仕事人ですよね。クライアントは嬉しかっただろうなと思いますよ。

―江戸期の最も強大な芸術家集団といえば幕府のお抱え絵師だった狩野派です。狩野派は、模写を通じた技芸の伝承を重んじていますが、琳派はすでにあった作品のコンセプトや構図を用いつつも、絵師個人のオリジナリティーを大事にしたことが特徴の一つですね。

『朝顔図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち左隻 / 江戸時代 19世紀 アメリカ・メトロポリタン美術館 ©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY(東京会場のみ出品 全期間展示)
『朝顔図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち左隻 / 江戸時代 19世紀 アメリカ・メトロポリタン美術館 ©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY(東京会場のみ出品 全期間展示)

『藤花図』鈴木其一筆 一幅 / 江戸時代 19世紀 細見美術館(展示期間:9月10日~10月3日)
『藤花図』鈴木其一筆 一幅 / 江戸時代 19世紀 細見美術館(展示期間:9月10日~10月3日)

石田:ええ。ですから其一も、抱一から受け継いだ技術を洗練するだけでなく、独自の画風をさまざまに実験しています。とはいえ、これまでの其一に対する理解は「抱一のよくできた弟子」くらいだったんです。ですから今回の展覧会では、改めて其一の画業を振り返って、新たな発見を促したい。そういう思いから企画・構成しています。

―チームラボは、伊藤若冲や葛飾北斎など日本美術を主題とした作品を非常に多く発表しています。猪子さんが、江戸時代、特に後期以降の作品に惹かれる理由はなんでしょうか?

猪子:其一から話がずれてしまうかもしれないんですが、自分の興味として「近代以前の日本の人々は、日本絵画に描かれているような世界を見ていたのではないか?」という仮説があるんです。よく日本絵画の構図は平面的と言われますが、それは当時の日本の人々の空間認識を絵として図像化しただけではないのかと考えています。

猪子寿之

―それは江戸後期に西洋から輸入された遠近法の概念が、それまでの日本には存在しなかったから、ということでしょうか?

猪子:遠近法とは違った空間認識の論理構造が発達してたということです。どういうことかというと、身体的には人間の目って、自分たちが思っている以上にフォーカスできる範囲が狭くて浅いんですよ。例えば顔の前にぴっと人差し指を出したとすると、その後ろの顔はぼやけて見えづらくなりますよね?

指を見ると、他はまったく見えなくなってしまうくらい。肉体的な目の脆弱さを人間は瞬間的に脳で補って、まるで周りもちゃんと見えているかのような整合性のある空間を再構築してしまうことです。その再構築する論理構造が西洋と当時の日本は違ったと思っているということです。

猪子寿之

―たしかに、よほど目が悪いか、乱視にでもならない限り「ピントが合わなくて見づらいな~」とは、自分の目に対しては思わないですね。

猪子:空間認識のしかたとして、西洋では遠近法的な奥行きのある空間が一般化しました。一方、日本では日本絵画に描かれたような平面的な空間性が当たり前のものとして共有されていた。そこを発端にして、異なる空間認識のしかたで世界を見ている人々に、どのような行動の違いが生まれるのかということに一番興味を持ちました。それで言うと、其一が属していた琳派は非常に面白い集団なんです。

意識してかわからないけれど、其一は大きな発明をしていると思うんですよ。

―猪子さんが言う、琳派の面白さというのはどういったものですか?

猪子:かなり特殊な見方を僕はしていると思うのですが、琳派っていうのはフレームの概念を持たずに成り立つ絵画表現を発明した集団なんですよ。

―フレームというのは、例えば額縁とかキャンバスのことでしょうか?

猪子:他にも写真とか映画のスクリーンとか。絵画を含めた平面表現の多くは、まず決められた形とサイズのフレームがあって、そこから絵の構図が見えてきますよね。けれども琳派は、そのセオリーを前提とせずに作品を作っていると思うんです。

例えば其一の『朝顔図屏風』や、彼が参考にしたであろう尾形光琳の『燕子花図屏風』は、どちらも六曲一双(六枚に折り畳める屏風を左右1セットにした形式)ですね。もちろん計12枚のタテ構図で完成されたものではあるのだけれど、僕からすると、これらは無限に左右につなげていけるように見えるんです。

『朝顔図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち右隻 / 江戸時代 19世紀 アメリカ・メトロポリタン美術館 ©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY(東京会場のみ出品 全期間展示)
『朝顔図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち右隻 / 江戸時代 19世紀 アメリカ・メトロポリタン美術館 ©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY(東京会場のみ出品 全期間展示)

―仮に百曲一双という形式であっても成立するかもしれない。

猪子:そのとおりです。描かれる内容が決定されればフレームは無限に拡張できる。それこそコピー&ペーストするように。狩野派と比較して、琳派は扇でも重箱でも受注されればどんなものにも描いていますけど、それもフレームから解放された視点を持っていたからかもしれない。

石田:とても刺激的な見方だと思います。工芸分野での研究では、19世紀末にヨーロッパで流行したアールヌーヴォーは、江戸琳派の影響を受けているという指摘もあるんですよ。純粋絵画の仕事を超えて、立体的な装飾で器などを覆い尽くすような傾向には、其一の仕事がひとつのきっかけになっている可能性はあります。

猪子:『朝顔図屏風』を改めて見てみると、尾形光琳は間違いなく意識しているけれど、フレームからの自由さはやや失われている気もする。加えて、若冲とか円山応挙とか、別の流派のエッセンスを取り入れている気がしてきますね。

『水辺家鴨図屏風』鈴木其一筆 六曲一隻 / 江戸時代 19世紀 細見美術館(展示期間:9月10日~10月3日)
『水辺家鴨図屏風』鈴木其一筆 六曲一隻 / 江戸時代 19世紀 細見美術館(展示期間:9月10日~10月3日)

石田:師匠の酒井抱一が若冲から部分的に影響を受けているのは間違いないので、其一にもおそらく何らかの影響があったと思います。それと其一の活躍した幕末期は情報が伝わるネットワークも密になっていたらから、他作品からのインプットは絶対にあったし、それを踏まえてアウトプットしている印象は強いです。

猪子:そういう意味では、ちょっとあざとい(笑)。あるいは「他の誰よりも俺は上手く描ける!」というプライドと自意識が出ている気がします(笑)。だから『朝顔図屏風』も光琳超えを本人的には目指したんでしょうけど、やっぱりフレームが見えるんですよね。

でも、意識していたかはわからないけれど、其一は大きな発明をしていると思うんですよ。それはタテ方向にフレームの概念をなくしたこと。光琳の『燕子花図屏風』は、左右には無限に続くけれど天地の関係ははっきりしているでしょう。でも其一は、朝顔がまるで無重力空間に浮かんでいるように描くことで、縦方向への自由さを得たんじゃないでしょうか。

『風神雷神図襖』鈴木其一筆 八面 / 江戸時代 19世紀 東京富士美術館 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom(展示期間:10月5日~10月30日)
『風神雷神図襖』鈴木其一筆 八面 / 江戸時代 19世紀 東京富士美術館 ©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom(展示期間:10月5日~10月30日)

―たしかに『朝顔図屏風』では、地面から伸びる茎はまったく描かれてないですね。

猪子:チームラボの『花と人』や『Floating Flower Garden』というインスタレーション作品で、鏡を使って床に投影された花の映像を無限にリフレクションしたり、実際の花を上下に動かして空間の移り変わりを表現したのですが、今思えばこれは其一の影響を受けたかもしれない。制作当時は意識していなかったけれど、僕は『朝顔図屏風』を間違いなく目にしていたわけですから。

拘束性の強い世界の見方が、美術、建築、法体系をも決定していく。でも、それは僕にとってかなり不自由なことなんですよ。

―空間の拡張性という話で言うと、猪子さんは、作品をどんどん大きく、空間化していきたいとしばしば発言していますね。

猪子:僕らが扱っているデジタル領域は、キャンバスから解放されていますからね。壁面はもちろん、部屋、建物と、理論上は無限に拡張できます。

猪子寿之

―例えば、都市空間全体に作品を拡張させていきたいと思いますか?

猪子:う~ん……都市1つまるまる作る機会なんてないとは思うんですけど、都市にも、近代以前とはまったく違った新しい有り様があるとは思うんです。だから興味はあります。でも今は、自分が用意できるミニマムな空間の中で、新しい空間認識のヒントを発見していきたい、というところですね。

今の社会構造についてもよく考えます。現代って、今まで話してきた近代以前の知性や文化との連続したつながりがない社会だと思うんですよ。18世紀イギリスで起こった産業革命を境目にして、過去の文化的知の多くが捨てられてしまった。

でも、その捨てられた知の中に、新しい時代を捉えるためのヒントがある気がします。例えば、さっき言った遠近法って鑑賞者の視点を固定してしまうんですよ。映画館や劇場では決まった椅子に座って、正面に展開する状況を延々と見続けるでしょう。そこには「中心」という概念が明確にある。

『夏秋渓流図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち左隻
『夏秋渓流図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち左隻 / 江戸時代 19世紀 根津美術館(東京会場のみ出品 展示期間:10月5日~10月30日)

『夏秋渓流図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち右隻 / 江戸時代 19世紀 根津美術館(東京会場のみ出品 展示期間:10月5日~10月30日)
『夏秋渓流図屏風』鈴木其一筆 六曲一双のうち右隻 / 江戸時代 19世紀 根津美術館(東京会場のみ出品 展示期間:10月5日~10月30日)

―遠近法の誕生は古代ギリシャまで遡ることもできると言われますが、劇場で現在の鑑賞スタイルが決定されたのは19世紀後半ですね。

猪子:でも、其一の『夏秋渓流図屏風』などもそうですが、日本の空間認識に基づいて平面化したものには中心がないから、鑑賞者の視点は固定されないですよね。一点の中心を持たない表現や空間は、複数人が同時に絵と接点を持てるという可能性をもたらすわけです。

其一含め、日本の絵巻物や屏風絵にはその要素があるけれど、僕の知る限り、西洋美術にはそれがない。鑑賞者の立ち位置、鑑賞者がそれをどこから見るかということが拘束される。

そういった拘束性の強い世界の見方が、美術の様式、建築の様式まで決定していくし、もっと言えば社会を規定する法体系をも決定していく。でも、それは僕にとってかなり不自由なことなんですよ。だって、誰だって自由でありたいでしょう?

猪子寿之

―だからチームラボの展覧会タイトルには「踊る」といったフレーズが付いていたりするのでしょうか。そこには、猪子さんが望む「自由な世界」への願いが込められているのかもしれません。

猪子:先日までお台場で開催していた『DMM.プラネッツ Art by teamLab』にて展示した『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity』がわかりやすい例だと思うんですけど、プールの水面に映像が投影されていて、100人同時に、それぞれの立ち位置から「絵画」に対して接点を持てるようになっている。

多くのプロジェクションマッピングは建物の表面に投影しますよね。それは大きな体験性をもたらしはするけれど、実際には西洋の絵画表現の流れを汲んでいるから視点は一点に固定されているんです。でも閉鎖された空間に設えたプールに投影された映像であれば、はじめからそれを俯瞰したいとは思わない。

―むしろ映像の中に、同時に、複数人が埋没していくわけですね。

猪子:それを絵画鑑賞に言い換えるなら、1枚の絵画に対して順番待ちして並ぶ必要がなく、互いの自由が担保されるということです。同じ絵画を見ているにもかかわらず、一人ひとりの考えていることは相互には理解できず、コントロールもされてない状態になる。

近代以降の、国家が市民を統制することが理想とされる時代では、そういった制御のきかない自由な状況はネガティブなものとして扱われてきました。でも、近代以前の日本の絵画には、それをポジティブに捉えている感じがあるんです。プールの作品にはそれを目指したところがあって、同じ空間内にいる全員が自分中心に世界を見ることができるように設計しています。

猪子寿之

―「自分中心」と言うとなんだか身勝手に振る舞うようにも聞こえますが、そういった姿勢は他者を侵害することにはなりませんか?

猪子:ならないんですよ。なぜなら自己と他者の身体が、完全には分断されずにそこにあるから。自由にもかかわらず、他者の存在によって自分の世界に何らかの変化が必然的に起こっていく。要は、他者との境界が曖昧になっていくような体験を作りたかったんです。

―その発想は、お祭りやライブの体験を思い起こさせますね。

猪子:だからどちらも僕は好きなんです。でもこの発想の根本には、近代以前の日本の空間認識の特徴を発見するためにずっと模索してきたことがあります。近代以前の世界が持っていた可能性に気づいたわけです。

繰り返しになりますけど「世界と自分の間にある境界は曖昧になり、そして、世界は自分中心に変えられるもの」であり、同時に「自分にとってコントロールできない自由な他者とつながる」という体験は、まったくネガティブなものではなく、ポジティブなものなんです。

猪子寿之

石田:面白いですね。最初に申し上げたように、今回の展覧会は、まず鈴木其一という歴史的人物の成し遂げたことを時系列に紹介するということが第一のミッションなんです。

でも調査を進めていくと、其一がアーティストとして伝えたかったことを強調するためには、猪子さんがおっしゃるように「美術史の線的な時間軸を崩していかないといけないのではないか?」という思いが強くなって、好奇心を強くかき立てられました。会期中の1か月半、多くの人に見ていただきたいと思いますが、同時に私自身も其一の作品と対面して、新しい発見をしていきたいと思っています。

猪子:僕もあらためてぜひ見に行かせていただきます。今日はけっこうメチャクチャなこと言っちゃってますからね(笑)。

イベント情報
『鈴木其一 江戸琳派の旗手』

2016年9月10日(土)~10月30日(日)
※会期中展示替えあり
会場:東京都 サントリー美術館
時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※10月9日(日)は20時まで、10月22日(土)は『六本木アートナイト』のため22:00まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※shop×cafeは会期中無休
休館日:火曜
料金:一般1,300円、大学・高校生1,000円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
※10月22日(土)は「六本木アートナイト割引」のため一般、大学・高校生は一律500円
※本展覧会は姫路市立美術館(2016年11月12日~12月25日)、細見美術館(2017年1月3日~2月19日)に巡回

プロフィール
猪子寿之 (いのこ としゆき)

1977年、徳島市出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。チームラボは、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、絵師、数学者、建築家、ウェブデザイナー、グラフィックデザイナー、編集者など、デジタル社会の様々な分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート・サイエンス・テクノロジー・クリエイティビティの境界を曖昧にしながら活動している。



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