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なぜ、デヴィッド・ボウイは特別なのか? 奈良美智が語る

なぜ、デヴィッド・ボウイは特別なのか? 奈良美智が語る

『DAVID BOWIE is』
インタビュー・テキスト
麦倉正樹
撮影:豊島望 編集:野村由芽、山元翔一

ボウイは先見の明がありすぎたところはあると思う。その先鋭さにオーディエンスが、ついていけなかったところもあったんじゃないかな。

―デヴィッド・ボウイは、いつの時代もどこかアウトサイダー的なイメージがあったように思います。それについては、どのようにお考えでしょうか?

奈良:それはやっぱり、すべてが早すぎたからじゃないですか。1970年代末にニューウェーブが出てきたとき、どこか既視感があって……「あれ? デヴィッド・ボウイって、こんなことしてなかったっけ?」って思ったんですよね。

あと、ステージにビジュアルを持ち込んで、ひとつの劇のように構成にすることもそうですよね。以前からThe Whoが「ロックオペラ」と称してやってはいたけど、それはロックオペラでしかないんです。でも、デヴィッド・ボウイの場合は、ひとつのライブであり、ステージでもある、つまり音楽であるとともに演劇でもあった。振れ幅と表現の質が全然違ったんです。

『Diamond Dogs』(1974年)をリリースした際のプロモーション写真 / Photo by Terry O'Neill , Image ©Victoria and Albert Museum
『Diamond Dogs』(1974年)をリリースした際のプロモーション写真 / Photo by Terry O'Neill , Image ©Victoria and Albert Museum

ジョージ・オーウェルの小説『1984』(1949年)のミュージカル化から発展した、『Diamond Dogs』の作品世界を表現するために考案されたツアーセット / Courtesy of The David Bowie Archive , Designed by Jules Fisher and Mark Ravitz , Image ©Victoria and Albert Museum
ジョージ・オーウェルの小説『1984』(1949年)のミュージカル化から発展した、『Diamond Dogs』の作品世界を表現するために考案されたツアーセット / Courtesy of The David Bowie Archive , Designed by Jules Fisher and Mark Ravitz , Image ©Victoria and Albert Museum

奈良:その振れ幅が大きければ大きいほど、それぞれの分野に精通している層には伝わるんだけど、全体的には浅くしか伝わらないというか。たとえば、ファッションが好きな人は、デヴィッド・ボウイのファッションに注目するし、舞台の構成が好きな人は、その構成だけを見る。

ボウイがアウトサイダー的に、どこの枠組みにも所属しない表現者に見えるのは、そういうことなんじゃないかな。すべてのジャンルに精通している人であれば、ボウイの関心の広さと深さ、表現としての質の高さに気づくことができるけど、世の中の多くの人はそうじゃなかった。

―なるほど。

奈良:それと、ボウイは常に、王道ではないところに目を光らせているんですよね。さっきの日本の話じゃないけど、他の人には思いもよらないところから、キラッとしたものを見つけ出してピックアップする才能があった。そういう先見の明がありすぎたところはあると思います。その先鋭さにオーディエンスが、ついていけなかったところもあったんじゃないかな。

『Scary Monsters』(1980年)の収録曲。MTV開局の1年前に発表された映像は、この後に続くミュージックビデオの新時代を切り拓いた

―常に時代の一歩先を歩いていたというか。

奈良:そうですね。僕はパンクが好きだから思うのは、ボウイはパンクと同じように古い価値観を壊してたと思うんだけど、さらにその先のビジョンも示してきたんですよね。それはパンクにはできないことだった。だから、ボウイは、あとになってからわかることが、すごく多いんですよね。中学生のときに感じた、「このビジュアルをカッコいいと思う俺は、なんかおかしいんじゃないか?」なんていうのは、今考えるとまったくおかしくないですし。

音楽性にしても、あんなにロックをやっていたのに急に70年代半ばにフィリーソウルに傾倒したりして。当時はなんか違うんじゃないかって思ったんですけど、音楽はそんなに浅いものじゃなくて、幅の広いものなんですよね。ボウイ自身はいつも、ただ前に進もうとしていただけなんです。

ボウイが様々なカルチャーを音楽に変換していった姿を見て、僕も美術の道を選んだんです。

―そんなボウイの存在は、アーティスト・奈良美智にどんな影響を与えているのでしょう?

奈良:あるジャンルに関して、そのなかだけで物事を考えない姿勢や、挑戦するメンタリティーには、すごく影響を受けましたね。新しいことに挑戦するには、自分の表現における居心地のよい場所から出て、いろんなものを取り入れたり、勉強したりしなくてはならない。それは、居心地のいい場所にいたままではできないことなんですよね。

奈良美智

奈良:もちろん、そこには勇気と痛みが伴うんだけど、物事をクリエイトしていく、創造していくということは、そういうことなんじゃないかと思うんです。それは、僕も高校を卒業するくらいの頃に感じたことでもあって。僕が美術を本格的にやろうと思ったのは、高校の終わり頃で、普通の美大志望者に比べて遅かったんですよね。

―そうだったんですね。

奈良:昔からみんなに絵が上手いとは言われていたけど、美大とか芸大っていうのは特別な人だけが行くものなんじゃないかっていう、変な先入観があったんです。周りで美大を目指している人は、みんな美術部に入ったり、塾に行ったりしていたし。でも、美術の勉強をすることだけが、何かをクリエイトすることに繋がるわけじゃないっていうのは、デヴィッド・ボウイが示してくれたことでもあって。

僕は、ボウイが様々なカルチャーを音楽に変換していった姿を見て、美術の道を選んだんです。もともと文学がすごく好きで、詩人になりたかったんですけど、その想いを美術に変換すればいいんじゃないかって思えたことは、今の自分にとって大きな出来事でしたね。

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イベント情報

『DAVID BOWIE is』
『DAVID BOWIE is』

2017年1月8日(日)~4月9日(日)
会場:東京都 品川 寺田倉庫 G1ビル
時間:10:00~20:00(金曜は21:00まで、最終入場は閉場の1時間前)
休館日:月曜(3月20日、3月27日、4月3日は開館)
料金:
一般 前売2,200円 当日2,400円
中高生 前売1,000円 当日1,200円
※16時以降入場の会場販売当日券はそれぞれ200円引き

プロフィール

奈良美智(なら よしとも)

1959年青森県生まれ。愛知県立芸術大学修士課程修了。1988年渡独、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに在籍。ケルン在住を経て2000年帰国。2001年国内で初めての大規模な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」を横浜美術館で開催。独特のひねた表情の子どもを描く絵画やドローイングが国境や文化の枠組みを越えて絶賛される。2000年中頃、大阪のクリエイター集団grafとの共同プロジェクト「Yoshitomo Nara+graf: A to Z」を展開。音楽を愛し、山々を望むアトリエで制作する。

デヴィッド・ボウイ
デヴィッド・ボウイ

移り変わり行くロック・シーンの中で、時代と共に変化し続ける孤高の存在にして、英国を代表するロック界最重要アーティストの一人。60年代から、その多彩な音楽性をもって創作された、グラム時代を代表する『ジギー・スターダスト』、ベルリン三部作と呼ばれる『ロウ』、『ヒーローズ』、『ロジャー』、80年代を代表する『レッツ・ダンス』などの名盤の数々は、その時代のアート(芸術)とも言え、全世界トータル・セールス1億4,000万枚以上を誇る。「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」(NME/ミュージシャンが選ぶ)や「100人の偉大な英国人」(チャーチル、ジョン・レノン、ベッカム等と並び)にも選出される。2004年の『リアリティ』ツアー中に倒れ心臓疾患手術を行い、第一線から退いてしまい、もはや引退か??と囁かれた中、2013年世界中の誰もが驚いた予期せぬ復活劇は、「事件」として瞬く間に全世界を駆け巡り、10年振りの新作にして、ロック史上最大のカムバック作となった『ザ・ネクスト・デイ』を発表、アルバム・チャート初登場全英1位、全米2位を獲得し、世界的な大ヒットとなった。その後も大回顧展『David Bowie is』がイギリスはじめ世界で開催され話題を集めている。 ウォルター・テヴィス著『地球に落ちてきた男』(The Man Who Fell to Earth)がインスピレーション基となって、デヴィッド・ボウイと劇作家エンダ・ウォルシュによって書かれた『ラザルス』は、演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェが監督、舞台作品として2015年12月7日からニューヨーク・シアター・ワークショップ(NYTW)にて上演中。舞台の中ではボウイのバック・カタログからの楽曲に新鮮なアレンジを施したものや、新曲「ラザルス」がフィーチャーされている。2016年1月8日(金)69回目の誕生日に、ニュー・アルバム『★』(読み方:ブラックスター)が発売。その2日後、2016年1月10日(金)にこの世を去った。

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