もはや一般ウケは不要? 賛否割れた『モービウス』から考える、アメコミ映画が置かれる特殊な状況

5月には映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が、6月にはドラマ『Ms.マーベル』が、7月には映画『ソー:ラブ&サンダー』が、さらに11月には映画『ブラック・パンサー ワカンダ・フォーエバー』(原題)が……と、今年は例年にも増してマーベル作品の公開が多数予告されている。

映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、ドラマ『ムーンナイト』含め、1年のうちにこれだけの作品が公開されることからも、マーベル作品、およびアメコミ映画がいかに巨大なファンダムを抱えているかが想像できる。一方で、熱心なファンに対する製作サイドのサービス精神の表れか、あるいは長年かけて培われた豊かな土壌、長い歴史を持つ原作へのリスペクトからか、近年のアメコミ映画は長尺化の傾向が顕著にある。3月に公開されたDC映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の上映時間が2時間56分だったのがいい例だろう。

そんななか4月に公開された『モービウス』の上映時間は1時間44分とコンパクトな作品となり、その短さも影響してか賛否が分かれた。本稿では『モービウス』を取り巻く状況を入り口に、アメコミ映画の現在をアメコミライターの光岡三ツ子に考察してもらった。

(メイン画像:『モービウス』 (C)2022 CTMG. (C) & TM 2022 MARVEL. All Rights Reserved.)

ジャレット・レト主演、スパイダーマン関連の注目作はなぜ賛否が分かれたのか?

日本では2022年4月1日に公開となった『モービウス』。

ソニー・ピクチャーズが大掛かりに展開するプロジェクト「スパイダーマン・ユニバース」(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース、略してSSUという通称もある)に属するこの作品は、「マーベル・コミック」に登場するスパイダーマンのヴィランをフィーチャーしたダークアクション映画だ。

モービウスは1971年にスパイダーマンのコミックで登場した、通称「生けるヴァンパイア」。

血液の難病にかかった天才医学者が、治癒のために吸血コウモリのDNAを自身の身体に組み込んだことで超常的な体力や飛行能力を手に入れるが、代償として人間の血に飢えることとなってしまう、現代のヴァンパイアというコンセプトのキャラクターだ。

すでに映画でお馴染みとなったヴェノムと比べると知名度は低いが、理性で血への衝動に抗おうとするモービウスにはダークヒーローの要素もあり、原作ファンからの支持は高い。

主人公マイケル・モービウス役を演じるのは『ハウス・オブ・グッチ』(2021年、監督はリドリー・スコット)、『スーサイド・スクワッド』(2016年、監督はデヴィッド・エアー)などの出演で常に大きな話題を呼ぶスター、ジャレッド・レト。

全米興行収入歴代第3位にまで食い込む大ヒットとなった『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2022年)の直後でもあり、順風満帆な公開かと思われた。

『モービウス』予告編

しかし製作が遅れ、プレミアの日にも本編がフルで公開されずじまいという進行具合に、なんとなく嫌な予感が漂いはじめた頃、米国で試写がスタートする。果たして、映画評論家たちからの反応は散々なものだった。

評論家は容赦なしの辛口評価。しかし観客からは思わぬかたちで愛されることに

大手映画批評サイト「Rotten Tomatoes」での統計によると、批評家の肯定的レビューはたったの16%(その後17%となり、4月27日時点では再び16%に)。このサイトでの点数は辛すぎるとよく言われるが、その基準に照らしても明らかな酷評だ。

封切られると、一般の観客からも「ひどすぎる」「最初から最後までゴミ」など、容赦ない書き込みが目立ち、「Rotten Tomatoes」ほか評価サイトでも総じて低い点数が並んだ。

しかし、公開から日にちが経つにつれ、潮目が変わりはじめた。Twitterを中心に、モービウスは「ネタ化」され、いじられるオモチャと化し、大きなバズを呼ぶようになったのだ。

たとえば、窓が割られた自動車の写真をアップして「みんな気をつけて。モービウスのチケットを2枚置いていた車が荒らされ、チケットがあと4枚増えてた!」というツイートは44万以上のいいねを集めた。

また、ツイート主が劇場のポスターの横に立ち「このときを3年間待っていた!」と喜ぶ写真をアップしたしばらくあとに「この話はしたくない」とだけ呟いたツイートは31万以上のいいねを集めている。

こうしたツイートがバズるにつれ、モービウスはネット上で「愛でられる」存在となり、同時に「そこまで嫌わなくてもいい」「自分は楽しんだ」というツイートも目立つようになった。「Rotten Tomatoes」の観客スコアも徐々に上がり、現在は肯定レビューが71%(2022年4月27日現在)と、まあまあと言える点数に引き上げられている。

20年前と比べて過熱するアメコミ映画の人気。『スパイダーマン』などの興行収入を辿って考える

こうして、なんとなく結果オーライの様相を帯びたものの、ネットでの評価はあくまでも一部の動向であり、動員と結びつくものではない。

『モービウス』は全米4,268館で公開され、週末3日間(4月1日~3日)で興行収入は約3,900万ドルとなった(*1)。一応は全米第1位スタートとなったが、近年、大ヒットするのがもはや当たり前となっているコミック原作映画の基準としては、この数字は驚くほど低い。

予算・話題性・宣伝の規模からは比べるべくもないにせよ、公開初週の週末3日間で2億6千万ドル以上を稼ぎ出した『スパイダーマン:ノー・ウェー・ホーム』(*2)のフランチャイズの一環と考えると、この成績は大きく期待外れと言わざるを得ない。予算規模的に同程度と推定される『ヴェノム』シリーズは約8,000~9,000万ドルを稼ぎ出している(*3、4)のだから、なおさらだ。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告編

しかし、いまでこそアメコミ映画はドル箱扱いだが、20年ほど前はこのくらいの興行収入がごく普通だった。

今日のアメコミ映画ブームを切り拓いたサム・ライミ監督の『スパイダーマン』(2002年、主演はトビー・マグワイア)は、初週の週末3日間で1億1千万ドル超を稼ぎ出して世間を驚かせた(*5)。

しかしそのような一部のメガヒット作の下で量産されたアメコミ映画の多くは、すでに固定されたファン層を掴んでいる強みがあったからか、意欲作というよりは中規模の予算でそこそこの出来を目指しているように見える作品が目立つ。

『デアデビル』(2003年。監督はマーク・スティーヴン・ジョンソン、主演はベン・アフレック)や『ゴーストライダー』(2007年。監督はマーク・スティーヴン・ジョンソン監督、主演はニコラス・ケイジ)は4,000万ドル台で(*6、7)、当時はこの水準が「手堅い」ところだった。

『ゴーストライダー』本編映像より

『モービウス』は久々に登場した、この水準の作品と言えるのだ。

実力役者たちの好演も。そもそも作品の路線自体は悪いわけではない

奇妙なことに興行収入のレベルだけでなく、映画としての完成度も2000年代の出来を彷彿とさせる。これは『モービウス』の映画化がもともと2000年頃に企画されていたことと無関係ではないだろう。

モービウスは、原作コミックで縁の深い『ブレイド』(1998年。監督スティーヴン・ノリントン、主演ウェズリー・スナイプス)に登場する予定だった。権利関係に支障があって頓挫したとされるが、そこからずっと生き残ってきた企画ではあるのだ。

監督や脚本家は当初の候補から変わっているだろうが、プロデューサーは当時から変わっておらず、当時のアメコミ映画の残り香を感じるのはそのせいかもしれない。

『モービウス』予告編

中規模予算作品も含めたアメコミ映画を長年愛好してきた身としては、『モービウス』のこの路線自体は決して悪いとは思えない。

原作ファンを喜ばせるコミックどおりのビジュアル、ややこしさのない既定路線のストーリーは、このジャンルのファンに楽しい時間を提供してくれる。「スパイダーマン・ユニバース」の今後の展開を匂わせるサービスカットも多数盛り込まれており、友達同士やSNS上で盛り上がる要素がたくさん詰まっている。

レトロ感あるレーザーで作られたタイトルロゴや、セリフ内における映画『ロストボーイ』(1987年、監督はジョエル・シュマッカー)への言及などからは、ダニエル・エスピノーサ監督や製作陣による1980年代ホラームービーのテイストへの意識が伺える。

その意図が十分に反映されていたかどうかはともかく、「現代に生きるヴァンパイア」という、キッチュ感のある作品の狙いとしては悪くない。

撮影時でなくとも松葉杖や車椅子で移動するほどモービウス役に入れ込んでいたというジャレッド・レトはじめ、俳優たちも好演している。特にマイロ役のマット・スミスは、その背景がほとんど語られないにも関わらず、厚みのある演技で奇妙な魅力のあるキャラクターを表現し、酷評していたレビュアーの多くもその実力を認めていたほどだった。

予告編にある複数の没シーンから考えられること

しかし、そうした光るよさもある『モービウス』の最も大きな弱点は、観客の感情を置いてけぼりにするほどの慌ただしさだ。ストーリーはまるでダイジェストのようにぶつ切りに流れていき、唐突感が否めない。

気になるのは『モービウス』が1時間44分という短尺であること。娯楽映画の平均的な尺が2時間程度であることを考えると、ここまで断続感が出てしまうなら、もう少し時間を取ってもよかったはずだ。

予告編を見ると、本編ではカットされたと思しきシーンが複数ある。予告編に本編の没シーンが入っているのは近年よくあることではあるが、それにしても多い。なぜこれらのシーンは削られなければいけなかったのか?

『モービウス』予告編

逆におかしな話もある。この予告編には、ライミ版の『スパイダーマン』の一場面を思わせるカットが入っているのだが、これは本編にはないもので、スタジオが勝手に組み込んだのだと、監督はインタビューで明かしている。また、クレジット中に入る映像は自分ではなく、スタジオによってつくられたものだという話もしている(なお、監督の話ぶりからはソニー・ピクチャーズを非難するニュアンスは感じられない)。

こうした情報を見るにつけ、今後展開するスパイダーマン・ユニバースのお披露目を急いだスタジオ側が映画に介入し、クリエイティブを損なったのかもしれないと想像してしまう。

実際、ハリウッド映画でそうした事態は珍しくない。たとえば『マイティ・ソー/ダークワールド』(2013年、監督はアラン・テイラー、主演はクリス・ヘムズワース)、『スーサイド・スクワッド』でも、それぞれの監督が自分に断りなくスタジオが映画を編集したことを明かしている。

『スーサイド・スクワッド』トレイラー映像。本作でレトはバットマンの宿敵ジョーカーを演じた

市場調査にしたがって「一般ウケ」する作品を完成させるためには強引に手を入れざるを得ないとスタジオが判断すると、こういう事態が起きるのだが、こうした作品は世間では「失敗作」と評価されることが多い。今回もその轍を踏んだ可能性がなきにしもあらずだろう。

モービウスに先立って成功した『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021年、監督はアンディ・サーキス)は1時間37分という短尺であり、その潔い短さも評価されていた。しかしそれは短くとも、この映画の核となるヴェノムとエディの関係性は余すところなく描写されていたからだ。

『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』予告編。ヴェノム=エディ・ブロックを演じたトム・ハーディは、本作の原案・製作も務めている

もし『モービウス』がこの成功にあやかるつもりで無理に尺を短くし、そのためにあるべきディテールを切り取ったのであれば、本末転倒と言わざるを得ない。

3時間は長いのか? 妥当なのか? アメコミ映画にとっての「一般ウケ」を考える

近年のアメコミ映画は長尺が目立つ。『ザ・バットマン』は2時間56分、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は2時間28分、『アベンジャーズ:エンドゲーム』は3時間2分だった。

アメコミものは大型映画ほどキャラクターが多くなり、特定ファンへのサービスカットも外せない。そのために長尺にならざるを得ないという事情はあるが、その拘束時間をものともせずに驚異的な人数が劇場に足を運ぶ意味を、もう一度見直すべきだろう。

『ザ・バットマン』のマット・リーヴス監督は、未編集版を上映するテスト試写の際、観客からの好評価に驚かされたと話していた。このバージョンは4時間ほどもあったと伝えられている。うんざりするほど長かったにも関わらず、観客は熱心にこの映画を支持したのだ。

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』予告編

関連記事:映画『ザ・バットマン』は新しかったのか? 原作に忠実だったのか? アメコミ研究家がレビュー(記事を開く

このエピソードから見ても、アメコミ映画に観客が求めるものが何かははっきりしている。おなじみのキャラクターの新鮮な描写、共感できる心理描写、没入できる世界観こそが鍵だ。それには当然、キャラクターの個性や関係性の丁寧な描写が必要となる。

長時間あればいいというものではないが、ファンにとっては、そうした描写こそは長時間の拘束による膀胱の疼きよりも足腰の痛みよりも優先すべきものなのは自明だ。

ソニーのスパイダーマン・ユニバースには、この先、2023年に公開予定の『クレイヴン・ザ・ハンター』(原題:以下同様)、『マダム・ウェブ』、テレビシリーズ『シルク』 などの作品が控えている。また、近い未来にはスパイダーマンのヴィランが総集結する『ザ・シニスター・シックス』も待機すると言われている。

ソニー・ピクチャーズは、MCU(2008年公開の『アイアンマン』よりはじまるマーベル・シネマティック・ユニバース)より先にユニバース展開のアイデアを持っていたという。しかし、ここまで大風呂敷を広げられるようになったのも、この20年余り、いくつものスタジオでつくられてきた数多くのアメコミ映画が豊かな土壌を育ててきたからなのは間違いない。

20年ほど前と比べ、現代の観客は明らかにアメコミ映画により多くのものを求めるようになった。充実した鑑賞感や、SNS等で長く共有できる話題性などだ。

そしてその当時とは違い、アメコミ映画の観客層はアメコミファンや、気軽なアクション映画を求める「決まった固定層」ではない。いまや世界中で、娯楽映画の観客の多数を占める「一般客」なのだ。

本当に一般ウケを目指すのならば、現在できあがった土壌と、支えているファンを改めて見つめ直す作業が必要だろう。それ抜きではこの先、何本の映画を送り出そうと、いつまでも2000年代につくられたかのような映画を量産し続けることになってしまうかもしれない。

*1:Box Office Mojo『Morbius』参照(外部サイトを開く
*2:Box Office Mojo『Spider-Man: No Way Home』参照(外部サイトを開く
*3:Box Office Mojo『Venom』参照(外部サイトを開く
*4:Box Office Mojo『Venom: Let There Be Carnage』参照(外部サイトを開く
*5:Box Office Mojo『Spider-Man』参照(外部サイトを開く
*6:Box Office Mojo『Daredevil』参照(外部サイトを開く
*7:Box Office Mojo『Ghost Rider』参照(外部サイトを開く

作品情報
『モービウス』

2022年4月1日(金)公開

配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:ダニエル・エスピノーサ
出演:
ジャレッド・レト
マット・スミス
アドリア・アルホナ
ジャレッド・ハリス
アル・マドリガル
タイリース・ギブソン


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