夏帆×石田真澄 心地よい関係性の築き方。「撮られる側」「撮る側」だから気づけた距離感の大切さ

コロナ禍で人との距離が隔てられ、他者と関係を結ぶことやコミュニケーションについて、あらためて見つめ直す機会も増えた昨今。他者と同じ空間や時間を共有することによる、ひらめきや揺らぎを、あらためて感じている人も多いのではないだろうか。

2022年4月9日に発売される俳優・夏帆の写真集『おとととい』には、写真家・石田真澄が2年の時間をともにし撮影した、何気ないけれども記憶にとどめておきたくなるような、ほのかに光輝く瞬間をとらえた写真が収められている。そこに写る夏帆は、どれも飾らず、気負いのない表情に見える。

そんな今回の写真たちはどのように撮られたのか、制作過程を二人にうかがった。話を聞くなかで浮かび上がってきたのは、撮影者である石田と被写体である夏帆が、お互いを尊重し合う姿勢。「撮ること」「撮られること」を通じて、慎重に距離感を図り合う二人の繊細なコミュニケーションには、人と誠実に向き合うためのヒントがあるように感じた。

また、この取材当日は一日中、お互いにカメラを持ち、撮影し合ってもらった。二人のほどよい距離感から生まれた、飾らない表情の写真も本記事に掲載する。

じつは私、写真を撮られるのがすごく苦手で(夏帆)

―夏帆さんは、なぜこのタイミングで写真集を制作しようと思ったのですか?

夏帆:「20代のうちに写真集をつくりたい」と思ったのが、いちばんの理由です。20代後半を迎えてから、時の流れがどんどん早くなってきて。

自分自身も周りにいる人も環境が変わり始めて、「ずっと同じ居場所にはいられないんだな」と感じるような出来事が多かったんです。そういった環境の変化もあり、より一層、いま目の前にある時間を大切にしたいと感じるようになって。30歳という節目に向けて写真集をつくろうと決めました。

夏帆の写真集『おとととい』のInstagram公式アカウント(Instagramで見る

―「こんな写真集にしたい」という作品のイメージは、最初からあったのでしょうか?

夏帆:いえ、初めのうちは漠然としていました。ただ、いわゆるつくり込んだ世界観というよりは、日常の延長線上にあるような感覚でつくれたらいいなと考えていて。

日常にあるちょっとした気持ちの揺らぎとか、ときめきとか、言葉にできない感情を収めたかったんです。そのほうが、「自分らしさ」も出るのかなと。そこで誰に撮ってもらうかを考えたときに、自然と真澄ちゃんのことが頭に浮かびました。

石田:とっても嬉しい。ありがたいです。

―それまで石田さんとはどのような関係性だったんですか?

夏帆:以前に一度だけ、雑誌の取材で真澄ちゃんに撮ってもらったことがありました。そのときに、絶妙な距離感で写真を撮る方だなと感じたんです。「さあ、いまから撮ります!」という感じではなくて、すっと現場に入って、そのまま流れるように撮っていて。

石田:それ、よく言われるかも。気づいたら撮られてたって(笑)。

夏帆:じつは私、写真を撮られるのがすごく苦手で。演じている状態で撮られるのは問題ないんですが、私個人として撮られるときはとまどってしまうことが多いんです。

でも、真澄ちゃんに撮ってもらったときは、身構えることもなく、すごくフラットな状態でいられたんですよね。ほどよい距離感を保ってくれて、心地よかったのでとても印象に残っていました。

「写真を撮る」という行為って、極端にいえば暴力的な部分もあると感じる(石田)

―夏帆さんがおっしゃられていたような距離感の保ち方は、石田さんが写真を撮られる際、意識的に行われているのでしょうか?

石田:そうですね。仕事では、「はじめまして」の人を撮影することも多いので意識します。撮られる相手によって、心地よいと感じる距離感の取り方は違っていて。時間の制約があるなかで、初めてお会いする方とどのような心の距離で撮ったらベストなのか、毎回すごく考えます。

話しかけたほうがいい人もいれば、ある程度距離を置いて撮ったほうがいきいきと動いてくださる人もいるし。本当に人それぞれなんだと、撮影するたびに実感します。

夏帆:今回の写真集も、最初はお互いに心の距離感をどのくらい保てばいいのか探っていた気がする。

石田:たしかに、そうだったかも。これまで夏帆さんとは一度しかお仕事をしたことがなかったので、どんな人で、いつもどんなことをしているか、まったく知らない状況で撮り始めて。

一緒にどこかへ行ったり、ご飯を食べたりしながら写真を撮るなかで、夏帆さんとのほどよい距離感も掴んでいきました。

相手のパーソナルスペースを把握していくなかで、自分のパーソナルスペースもわかっていくような感覚もあって。2年もの時間を誰かと共有しながら撮影させていただくのは、珍しかったのでいろんな発見がありましたね。

夏帆:心の距離を縮めようとか、仲良くなろうとして無理に頑張るのではなく、お互いになるべく自然体でいれる距離感を徐々に掴んでいったというか。そういう絶妙な関係性を築けたからこそ、居心地がいい空間と時間のなかで写真を撮っていただけたんだと思います。

―この写真集の発売が発表された際の、石田さんのコメントが印象的で。「夏帆さんと出会ってから、写真を撮るときの相手との心の距離をずっと考えていたなと思います。こんなに誰かとの距離の変化を意識していたのは初めてでした」とおっしゃられていましたが、お互いに干渉し過ぎず、居心地のいい距離感を模索していったんですね。

石田:はい。私自身、写真を撮られる側になったときにすごく苦手意識があるので、相手を知れば知るほどいい写真になるかというと、じつはそうでもないのかなと最近思うようになって。

この写真集に限らず、「写真を撮る」という行為って、極端にいえば暴力的な部分もあると感じるんです。適切な言い方が思い浮かばないんですが、「上下関係」みたいにも捉えられてしまうというか……。

夏帆:「撮る」と「撮られる」では、意識や立場が違ってしまう部分はあるよね。

石田:そうそう。撮る側がディレクションしたり、自分のタイミングでシャッターを押したりするからなのか、撮られる側よりも主導権を握る立場になってしまう気がして。

そう考えると、「踏み込んで撮る」みたいなことは、私の感覚には合わないんです。だからこそ、「ここはそんなに撮られたくないのかな」と思う写真や、撮っていて気持ちよくならない写真はなるべく撮らないようにしていますね。

夏帆の写真集『おとととい』のInstagram公式アカウント(Instagramで見る

必ずしも踏み込んでやってみたほうが、いい結果につながるとは限らないかも(夏帆)

―「気持ちよくならない」というのは、撮られる側がですか?

石田:お互いにです。私自身も「これは撮ってよかったのかな」と後悔したり、カメラを向けられた相手が反射的にびくっとなったりするような写真は撮りたくないと思っていました。

ほかの仕事のときもそうなんですけど、夏帆さんに対しても、そこはすごく探っていましたね。とはいえ、今回は一緒にいる時間が長かったからこそ、「遠慮する」ということとはまた少し違う気もしますけど。

夏帆:うんうん。『おとととい』は私の写真集ではあるけれど、真澄ちゃんの作品でもあると思っていたから、真澄ちゃんの心地いいやり方で撮ってほしかったし、私が「こういうふうに撮ってほしい」と強要するのは違うなと感じていて。

だから、真澄ちゃんが距離感のことを考えていたという話を聞いて、すごく共感できました。

―夏帆さんは撮られる側として、どのようなことを意識していましたか?

夏帆:役者という仕事をしているので、プライベートを見せることに対して、慎重になってしまうところもあって。だからこそ、この写真集でどこまで踏み込んで表現すべきかのバランスはすごく考えました。

演じることが本業なので、自分自身のすべてをさらけ出すみたいなのは少し違うかもなと。さっき真澄ちゃんが「踏み込んで撮るというのは、自分の感覚に合わない」と言っていた話にも少し通じますけど、必ずしも踏み込んでやってみたほうが、いい結果につながるとは限らないかもなと私も思います。

結果だけ共有したほうが早いかもしれないけど、一緒に過程を踏んでいく意識ってすごく大切(石田)

―撮る側である石田さんも、撮られる側である夏帆さんも、いい作品をつくるために、お互いが心地よくいられるあり方を、とても意識されていたんですね。

夏帆:たしかに写真集をつくるという目標があったからこそ、意識的に距離感を気にしましたし、結果的にこのいい関係性が築けたのかもしれません。

これが仕事じゃなくて、プライベートだったら、まったく違う関係性になっていたかも。友達のように親密だけど、それなりに距離感があるからこその居心地のよさがありました。二人でいろんなところに行ったけど、どれもいい思い出ばかりです。

―お二人が積み重ねてきた丁寧なコミュケーションの集積が本作にも宿っていると感じます。他者を尊重しつつ、適切な距離感を図り続けていくことは、一般的な人付き合いにおいても、とても大切なことではないかと思います。コロナ禍においてリアルな場での人との交流が切断されることが増えたなかで、コミュニケーションについて、お二人が感じることがあったら教えてください。

夏帆:私が口下手なところがあるからかもしれないですけど、直に会わないとわからないこともたくさんあるというのは、このコロナ禍を通じて、あらためて気づきましたね。台本読みや打ち合わせもオンラインで行なう時期があったのですが、難しさを感じることも多くて。

もちろん、オンライン上では効率的にコミュニケーションを取れる方法もあると思いますが、やはり会って話したほうが、相手のテンションとか温度感も伝わりますし、どういう人なのかもわかりやすい気がします。

石田:その場の空気感とか相手との温度感をお互いに感じることで、得られたり生まれたりするものってありますよね。今回の写真集をつくるにあたっても、用紙にプリントした写真を見ながら一緒にセレクトしていく機会が3、4回あったんです。

オンラインだったら、画像データのなかから夏帆さんが選んだ結果を教えてもらうだけだけど、同じ場で選ぶことによって「そこで迷ってるのか」とか「この写真はすぐにいいって言ってるな」とか、選んでいく様子を見ることができる。

どういう感情によってそのセレクトに至ったのかを知れて、すごくいい時間だったんですよね。もちろん分業して結果だけ共有したほうが早いかもしれないけど、一緒に過程を踏んでいく意識ってすごく大切な気がします。

夏帆:一緒に悩んだり、考えたりする時間って大事だよね。「自分がこうしたい」という思いだけを相手に伝えて、そのとおりにしてくれたとしても、それだと二人でいる意味があまりない気がして。

お互いの価値観や考えを共有しながら、同じ時間を過ごすからこそ、一人では味わえない印象的な思い出にもなるんじゃないかなと思います。

真澄ちゃんと時間をともにすることで生まれる世界観がただ見たかった(夏帆)

―今回の写真集でも、2年という時間を共有してきたからこそとらえられた夏帆さんの表情がどれも印象的です。

夏帆:私も、できあがった写真集を見たときに、時間の流れみたいなものがきちんと写っていたのは印象的でした。それもあって、真澄ちゃんが子どもの頃から使っている、「おとといの前の日」という意味の造語『おとととい』を写真集のタイトルにしたんです。

はじめはコンセプトも仮タイトル案も決めずにスタートしたので、どんな写真集になるのか未知数でしたけど、いまは完成した写真の内容もタイトルもすごくしっくりきています。

―撮影の過程やタイトル名がつけられた経緯などをうかがうと、今作は夏帆さんの写真集でありつつも、先ほど夏帆さんもおっしゃられていたように、お二人の共作なのだとあらためて感じます。

夏帆:そうですね。普段の俳優業では、自分がゼロから作品を立ち上げて仕上げまで一貫して関わることはないので、本当にわからないことだらけで。真澄ちゃんのことを、すごく頼りにしていましたし、いろいろと助けてもらいました。

石田:私のほうこそ、対等な立場で話しながら進めていくことができたので、とてもありがたかったです。制作にあたってわからない部分があっても、きちんと知ろうとしながら根気強く関わってくださって。

それって俳優業もあるなかで、なかなかできないことだと思うんです。「こんな感じでいいか」という妥協がまったくなかったですね。

夏帆:私自身、真澄ちゃんと時間をともにすることで生まれる世界観がただただ見たくて。真澄ちゃんには真澄ちゃんの好きなものや自分の世界があって、私にもそれがある。

そのうえで、お互いの持っている世界観がちゃんと混ざりあったらいいなと思っていたので、今回はそれがかたちになってよかったです。読んでいただいた方にも、その世界観からなにかを感じ取ってもらえたら嬉しいですね。

作品情報
『おとととい』

2022年4月9日(土)発売
価格:3,200円(税抜)
発行:SDP

夏帆の30代に向けて羽化する様子を写真家・石田真澄が2年間追い続けて撮影した写真集。
プロフィール
夏帆 (かほ)

俳優。1991年、東京生まれ。2007年『天然コケッコー』にて映画デビュー。第31回日本アカデミー賞の新人俳優賞をはじめ、数々の新人賞を受賞。以降、映画、ドラマを中心に活躍。2015年『海街diary』で、第39回日本アカデミー賞の助演女優賞に輝く。主な映画出演作に『うた魂♪』(2008年)、『箱入り息子の恋』(2013年)、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(2019年)、『架空OL日記』(2020年)など多数。2022年4月9日に写真集『おとととい』を発売。

石田真澄 (いしだ ますみ)

写真家。1998年、埼玉県生まれ。2017年5月に自身初の個展『GINGER ALE』を開催。2018年、初作品集『light years -光年-』をTISSUE PAPERSより刊行。2019年8月、2冊目の作品集『everything will flow』を同社より刊行。雑誌や広告などで活動。2022年4月に発売された夏帆の写真集『おとととい』で撮影を担当。



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