150年以上祝われてきた「ジューンティーンス」と、ヒップホップによる黒人差別への抵抗の足跡

『グラストンベリー・フェスティバル』の最終日、ヘッドライナーとしてステージに上がったKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)はセットの最後に「They judge you, they judge Christ」「Godspeed for women’s rights(女性の権利に祝福を)」と繰り返し唱えた。これは、アメリカで巻き起こる「中絶の権利」をめぐる状況に対する明確なリアクションだった(※)。

※関連記事:オリヴィア・ロドリゴ、ハリー・スタイルズらが非難。「中絶の権利」求めて声を上げるアーティストたち(記事を開く

このことに限らず、社会や政治そのものがおかしな方向に進もうとする際に音楽家が声をあげることは、珍しいことではない。人種差別や環境問題、ジェンダーやセクシュアリティーに関する問題など、そのトピックはさまざまで、各々のアクションにある背景も当然それぞれである。

そのなかでも本稿では、主にラッパーたちがどのように黒人差別に声をあげてきたかについて、そしてその足跡と重要な楽曲、近年の出来事について振り返っていく。

(メイン画像:2020年6月19日、ジョージア州アトランタで行われた『Juneteenth Voter Registration Concert & Rally』でマイクを握るLil Baby / Photo by:Paras Griffin (Getty Images))

数々のヒップホップ界の人物を讃えたアワードが開催された6月には、ブラックコミュニティーにおける重要な記念日も

Lil Nas X(リル・ナズ・X)のゼロノミネートで物議を醸しつつも、先日6月26日に授賞式が開催された『BET Awards』(※)。

「最優秀新人賞」では、Baby Keem(ベイビー・キーム)やBenny the Butcher(ベニー・ザ・ブッチャー)などをおさえて受賞した女性ラッパーのLatto(ラトー)や、多方面での活躍で生涯功労賞を受賞したDiddyことSean Combs(ショーン・コムズ)など、今年もヒップホップ界の多くの人物が讃えられた。

Jack Harlow(ジャック・ハーロウ)やLil Kim(リル・キム)などによるパフォーマンスも行なわれ、Jack HarlowはLil Nas XのTシャツを着用し、“INDUSTRY BABY”で組んだ仲間を称えていた。

※アフリカ系アメリカ人向けのテレビ局「BET」が主催するアワード / 関連記事:Lil Nas Xは何と戦っているのか。プライド月間に考える、ヒップホップとLGBTQを取り巻く状況(記事を開く

なお、パフォーマンスには現在人気を拡大しているゲイのラッパーのSaucy Santana(ソーシー・サンタナ)も登場。“Walk”と“Material Girl”“Booty”の3曲を披露した。

『BET Awards』は、今年で21年目を迎える長い歴史を持つアワードで、記念すべき第一回は2001年の6月19日に開催。この6月19日という日は、「ジューンティーンス(juneteenth)」という記念日でもある。

150年以上の歴史を持つ「ジューンティーンス」。Black Lives Matterとヒップホップから見た近年の動き

「ジューン(june=6月)」と「ナインティーンス(nineteenth=19日)」をつなげたこの日は、1865年にテキサス州で奴隷解放宣言が発令されたことに由来する記念日で、2021年6月17日にジョー・バイデン大統領が署名して正式にアメリカの祝日となった。

祝日になる前からジューンティーンスに関連した動きは多く見られており、音楽プラットフォームのBandcampも2020年には収益を人権問題に取り組む団体に寄付するイベント「Juneteenth fundraiser」を開催。その後も毎年6月のジューンティーンス近くの金曜日に毎年開催しており、「Epic Games」の傘下に入った今年も継続して行われた(※)。

※関連記事:Epic GamesによってBandcampが買収。大企業による資本介入は、音楽文化にどう影響する?(記事を開く

BandcampのInstgramより(詳細を見る

Bancampの取り組みは、2020年5月25日に起きた「ジョージ・フロイドさん殺人事件」をきっかけに大きな注目を集めたBlack Lives Matter運動(※)を受けてはじまったものだった。

Black Lives Matter運動には多くのヒップホップアーティストも反応し、それまでコンシャスなイメージを持たれていなかったアトランタのLil Baby(リル・ベイビー)も黒人差別に抗議するシングル“The Bigger Picture”を発表。

※関連記事:米歴史家が語る、警察の暴力と黒人の歴史。そしてBLM運動(記事を開く

DaBaby(ダベイビー)とRoddy Ricch(ロディ・リッチ)によるヒット曲“Rockstar”もBlack Lives Matter仕様のリミックスが制作され、Lil Yachty(リル・ヨッティ)やJ. Cole(J. コール)などが抗議デモに参加する姿も見られた(*1)。

音楽による黒人差別へのプロテストの歴史。60〜80年代の重要楽曲をたどる

そもそもヒップホップ以前から黒人アーティストたちは、人権問題に密接に関わってきた。

Sam Cooke(サム・クック)が1964年にリリースした名曲“A Change Is Gonna Come”やMarvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)の1971年のアルバム『What’s Going On』など、関連する音楽も多く存在する。

“A Change Is Gonna Come”が発表された1964年は、キング牧師の「I Have a Dream」の演説の翌年。同曲は、ボブ・ディランの“Blowin' in the Wind”と並び、公民権運動のアンセムとして認識されており、オバマ元大統領の就任式の際にも歌われた

『What’s Going On』表題曲。同アルバムは、ベトナム戦争、エコロジー、ゲットーの貧困、同胞へのメッセージといった社会性を帯びたコンセプチュアルな内容で、歴史的な名作として知られる / 『レココレ・アーカイヴズ4 ソウルマスターズ』(2008年、ミュージックマガジン)参照

ヒップホップのアーティストにもその姿勢は自然と受け継がれ、1982年にはGrandmaster Flash & The Furious Fiveが貧困や不当な逮捕などを描いた重要曲“The Message”をリリースした。

1987年には戦闘的なリリックで知られるPublic Enemyが登場。同じく1987年にはN.W.A.のEazy-E(イージー・イー)がストリートを描写したシングル“Boyz-n-the-Hood”を発表し、ギャングスタラップを広めていった。

N.W.A.は1988年には警察の不当な扱いに抗議する名曲“Fuck tha Police”をリリースするなど、その後も音楽を通してアフリカ系アメリカ人の苦難を世界に届けた。そもそもグループ名からして「主張のある黒人(Niggas With Attitude)」である。

1990年代に入るとMC Hammer(MCハマー)やDr. Dre(ドクター・ドレー)などがヒットを放ち、ヒップホップはその人気をさらに拡大していった。

しかし、メインストリームで人気を集めるギャングスタラップはパーティーや暴力、豪遊などのトピックが目立つようになり、Paris(パリス)のようなラッパーも現れたものの非ギャングスタ系のラッパーたちの多くはPublic Enemyほど攻撃的な姿勢は見せないようになっていった。

しかし、ヒップホップのセールスが上昇し、スーパースターも多く生まれていったことは後のラッパーの発言力の高まりなどを思うと重要な出来事だった。

ハリケーン「カトリーナ」による被害で、Kanye Westらが声をあげた2000年代

2005年8月にはハリケーン「カトリーナ」が発生し、ルイジアナ州ニューオーリンズを中心に1800人以上が命を落とした(*2)。

このときの被災者の多くが黒人の貧困層で、当時のジョージ・ブッシュ大統領には多くの批判の声が上がった。ヒップホップ界からはすでにスーパースターとしての道を駆け上がっていたKanye West(カニエ・ウェスト)が「ジョージ・ブッシュは黒人に関心がない」と発言し(*3)、大きな話題を集めた。

ほかにもMos Def(モス・デフ)がニューオーリンズのギャングスタラップ系グループ、UTPのヒット曲“Nolia Clap”のビートを使った楽曲“Dollar Day”を発表。「大統領は黒人をゴミ扱いするよりも酷い扱いをしている」とラップし、親交のあるKanye Westと同じくこの問題を批判した。

学校における人種間の緊張感に事件に発展した「ジーナ・シックス」という悲劇

そのカトリーナの翌年の2006年には、ルイジアナ州ジーナの高校で黒人生徒6人と白人生徒の喧嘩が殺人未遂で起訴された事件、通称「ジーナ・シックス」が発生した。

学校では白人生徒が首吊りを想起させる縄を木に吊るすなど人種間での緊張感があり、そんななかで白人生徒が発した人種差別的な発言から事件につながったと言われている。

この事件で起訴された黒人生徒6人のうち一人は当時16歳でありながら成人として起訴された。学校での喧嘩が殺人未遂として扱われたこの起訴内容には、不当だとして抗議の声が噴出。

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AP通信による当時の報道映像

ヒップホップ界からもMos Defが抗議デモを呼びかけ、能天気なヒット曲“Crank Dat (Soulja Boy)”を放ったばかりだったSoulja Boy(ソウルジャ・ボーイ)もコメントを発表するなどの動きがあった(*4)。

ミシシッピのラッパーのDavid Banner(デヴィッド・バンナー)は、アルバムのプロモーションのためのラジオツアーでこの事件について語った。「ミシシッピでは1、2か月に一度ジーナ・シックスが起きている。アメリカはまるでこれが一度きりの出来事であるかのように物事を特別視しようとする傾向がある」と話し、この事件が氷山の一角に過ぎないことを強調していた(同上)。

Black Lives Matterを背景に、Kendrick Lamarらのアンセムが生まれた2010年代

人種差別は2010年代に入ってからもなくなることはなかった。2013年頃にはBlack Lives Matter運動がはじまり、2014年にはヘイトクライムが相次いだことから抗議デモが多く起こった。

2015年にはKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)がアルバム『To Pimp A Butterfly』で人種差別を取り上げ、収録曲“Alright”はBlack Lives Matter運動のアンセムのひとつとなった。

かつてDavid Bannerが語ったとおりヘイトクライムはつねに発生し、Black Lives Matter運動も一過性のものではなくずっと続いていた。

そして2020年、「ジョージ・フロイドさんの殺人事件」が発生。これまで以上にBlack Lives Matter運動は大きな動きとなり、多くのリアクションを生んだ(※)。そしてこのことからジューンティーンスを正式に祝日とするよう求める声が高まり、2021年にはバイデン大統領が法案に署名した。

※関連記事:荏開津広×渡辺志保 音楽から見るBLMの様相(記事を開く

2020年代になっても繰り返される悲劇に、音楽家たちもアクションし続ける

こうした動きがある一方、悲劇はまだ続いている。先日5月13日にはニューヨークのバッファローで人種差別を理由とした銃乱射事件が発生し、10人が亡くなり3人が負傷した(※)。

この事件にもCardi B(カーディ・B)やChance the Rapper(チャンス・ザ・ラッパー)など、多くのヒップホップ関係者がコメントを発表した。

※関連記事:銃乱射事件で全米に広がる波紋。「行動あるのみです」マドンナら銃規制を訴える(記事を開く

Cardi BのTwitterより
Chance the RapperのTwitterより

事件が起きたバッファローを拠点にするレーベル「Griselda Records」に所属するラッパーのBenny the Butcher(ベニー・ザ・ブッチャー)は6月6日にチャリティーTシャツを販売。収益の全額を被害者や遺族を支援する団体に寄付し、悲劇が起きた地元コミュニティーをサポートした。

また、同レーベルに所属していたConway the Machine(コンウェイ・ザ・マシーン)は、「Bandcamp fundraiser」当日にBig Ghost Ltd.と組んだアルバム『What Has Been Blessed Cannot Be Cursed』をBandcamp限定でリリースしていた。

チャリティーの意図があるかは明言していなかったものの、この日にバッファローのラッパーがBandcamp限定でリリースしたことはおそらくまったくの偶然ではないだろう。

Conway the MachineのInstagramより(Bandcampを開く

音楽でメッセージを発信する、抗議デモへの参加など行動で示す、あるいはひとりの人間として悲劇に対して素でリアクションする……そのかたちはさまざまだが、ヒップホップ界の多くのアーティストが黒人の人権問題に対して敏感に反応してきた。

Black Lives Matter運動の広がりにも、ヒップホップの影響は少なからずあるだろう。日本に住む私たちのなかにも、ヒップホップを通して人権問題への関心を持ったという人は多いのではないだろうか。今後もヒップホップはコミュニティーの声になりながら、その外の人も巻き込んでさまざまなかたちで人種差別の問題に取り組んでいくに違いない。

*1:Variety「Lil Yachty, J. Cole, Halsey, Nick Cannon, More Artists Take to the Streets to Protest George Floyd’s Death」参照(外部サイトを開く
*2:時事ドットコム「カトリーナのつめ跡~塀の向こうから見たアメリカ」参照(外部サイトを開く
*3:Rolling Stone「Kanye West Blasts Bush on Hurricane Katrina Relief」参照(外部サイトを開く
*4:Today「Hip-hop stars add voices to ‘Jena 6’ protest」」参照(外部サイトを開く
*5:TMZ Hip Hop「Benny The Butcher Drops Song & Fundraiser For Buffalo Mass Shooting Victims」参照(外部サイトを開く



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